コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


 Secret mission part1

 岸壁に建てられた要塞のような建物。それを見上げて微笑むのは1人の女性だ。
 艶やかな長い黒髪にメリハリのあるしなやかな体躯。穏やかさを装いながらも厳しさを主張する瞳が見上げるのは建物の上部に設置された通気口だ。
「情報通りね」
 口中で呟き手に嵌めたグローブを確かめる様に握り締める。その上で一気に地面を蹴り上げた。
「ハッ!」
 通気口の入り口に嵌められた金具を、蹴りで弾き飛ばす。難なく外れたそれは草の上に転がり、それを見届ける間もなく、女性の手が通気口の縁を掴んで飛び上がった。
 闇を照らす月が通気口に滑り込む女性の姿を一瞬だけ映し出す。身体にフィットする衣服を着ているのだろう。滑らかな曲線が浮かびあがり艶めかしい印象を受ける。
 だがこれは当人が動きやすさを重視した結果のものだ。その証拠に、難なく通気口に身体を滑り込ませている。
「建物内部への潜入成功。通信を遮断します」
 耳に嵌めた通信用のイヤホンマイクを外してポケットに突っ込む。そうして姿勢を正すと、蹴りの衝撃で僅かに下がったブーツを引き上げた。
「探知には随分と時間がかかったようだけど、探り当てれば後は簡単じゃない」
 彼女の名前は水嶋・琴美。そして彼女が今いる場所は、彼女が所属する部隊が長い時間をかけて探しだした施設だ。
 水嶋・琴美――彼女が所属する部隊とは自衛隊内部に非公式で設立された、暗殺、情報収集等の特別任務を目的とした特殊部隊「特殊統合機動課」である。
 空からも陸からも、そしてレーダーからも隠された離島に目的の施設があるとわかったのは、つい先日のこと。それから数日の内に潜入捜査員の選抜が行われ、今までの功績を元に琴美が選抜された。
「まあ、楽勝ね」
 自信たっぷりに呟いた琴美は、若干狭く感じる通気口の中をゆっくりと進んでいた。
 履いているミニのプリーツスカートが気になるが、それよりももっと気にするべき事項がある。
「……今までの経験を考えれば目的の場所は奥よね。となると道は一つ、か」
 目の前にある三方向に分かれる道。一つは下方へ落ちる形で、残り二つは左右に分かれる形になっている。
 危険を考えるのなら、選ぶべきは左右のどちらかだろう。しかし目的を達するためならば、向かうべき方向は自ずと決まってくる。
「少し無茶をするしかないわね」
 そう言いながら下方へ続く通気口に足を下げた。その際に着物の袖を短くした衣服の帯を締め直す。戦闘様に改造はしてあるが、万が一外れでもしたら大変だ。
 ブーツの位置ももう一度確認して、琴美は通気口にその身を落とした。
 一気に降下する身体。重力の影響で落下速度が速くなる中、琴美は冷静にクナイを取り出すと、それを壁に突き刺した。
――ギギギギギ……ッ!
 暗闇に火花が散り、手に重い衝撃が加わる。落下する速度が徐々に遅くなり、彼女の足が難なく着地する。
 ここでまた通気口が左右に分かれるのだが、奇妙なことに漏れる明かりから見える限り、一方の通気口が途中で何かによって遮断されているようだ。
 琴美はそこに目を着けた。
「あの先ね」
 身を低くして行き止まりがある場所へ向かう。そしてその壁を手で辿ってから耳を澄ませた。
――ゴウン、ゴウン……。
 複数の機会の音が混じりあった、重低音が響いてくる。壁に手を添えれば、掌にまで音の振動が伝わってくる。
「この先に部屋がある。機械がたくさん置かれた部屋――」
 琴美は試しに壁を叩いてみた。
――カン、カンッ。
 乾いた音と、響く衝撃からしてこの向こうは空洞だ。となれば、考えられるのは一つ。
「この壁の向こうに、通気口は繋がっている」
 琴美は視線を巡らせると、直ぐに目的の物を発見した。光が漏れる場所――通気口の入り口だ。
 彼女はそこに近付くと、ネジの状態を指で確認してペンライトを取り出した。そしてそれを口に咥えてクナイで器用にネジを外す。
――ガコンッ。
 微かな音が響き、枠が外された。
 彼女はクナイとペンライトを仕舞うと、通気口の縁に手を掛けて滑り降りた。
 片膝を着いて着地しながら周囲に視線を巡らす。その目に映ったのは厳重な構造の扉だ。
「あそこが目的の場所ね」
 小さく頷いて立ち上がり、扉に向かって歩き出す。と、その足が不意に止まった。
「おいおいおいお〜い、なんでこんな場所に女がいるんだ〜?」
 笑い声と共に響いた声に琴美の視線が飛ぶ。
 その目に映ったのは、ニヤニヤとした笑いを口に張り付かせる男――金で雇われ警備に付いていたギルフォードだ。
 土気色の肌と据わった目が本能的に危険だと感じさせる。
「あらやだ。私としたことが見落としてたみたいね。あなたがここの管理人さん?」
 間合いを測るように足を動かしながら問いかける。その声にギルフォードはニヤニヤと笑ったまま琴美の姿を上から下へと眺めた。
「さあなぁ? けど、俺があんたの敵であることは間違いないぜ」
 そう言いながら手を動かしてくる。
 ゆるりと伸ばされた腕。左掌を上に向けて人差し指を曲げて招く姿に、琴美のグローブが鳴る。
「挑発なんかして――後悔させてあげるっ!」
 言うが早いか、琴美の足が足場を蹴り上げていた。
 くの一の末裔である彼女ならではの素早い動きで、一気に間合いを詰める。
「動きが鈍いんじゃない?」
 口角を上げて身動き一つしない相手の首めがけて手刀を繰り出した。
 風を薙ぎ、首を薙ぐ勢いで迫る手。だがギルフォードはその手をチラリと見ると、彼女の上を行く動きでそれを避けた。
「なっ!」
「ひゃははは! んな攻撃、効くかよぉ!」
 笑いながら首を巡らして顔を近づける相手に、奥歯を噛みしめる。完全に馬鹿にされている。その事実に彼女の足が動いた。
「ふざけんじゃないわよ!」
 片足を軸に琴美の間足蹴りが炸裂する。
 先ほどの手刀など比べ物にならないほどのスピードで迫る足にさえ、相手は怯む様子を見せなかった。
 スッと首を後ろに下げて、迫る足を片腕で遮って軌道を逸らす。
「ふざけてるんじゃなくて、遊んでるんじゃん」
「っ!?」
 バランスを崩した琴美めがけてギルフォードの左腕が伸びた。咄嗟に飛び退き防御を張ろうとするが動きが早い。
 異様に長い腕が、風を纏いながら琴美の腹部に迫る。
 そして――。
「――ガ、ハぁッ!」
 目の前で火花が散り、息が奪われる。
 急いで空気を吸おうと口を動かすが、そうするよりも早く、彼女の視界に何かの動きが入った。
 大きく振り上げられた拳。それが今まさに振り下ろされようとしている。
「ッ、ぅう」
 琴美は歯を食いしばると、相手の足に自らの足を引っ掛けて身体の軌道を逸らした。
 その直後、顔の横に左の拳が叩きこまれる。
 尋常でない衝撃が地面を通じて自分にも伝わってくる。早さも攻撃の質も、琴美とはケタ違いだ。
「……ッ、なんて、力」
「感心してる暇なんてあるのかな〜?」
 ゲラゲラと笑う声。その声と同時に、ギルフォードが琴美の足が掛った足を振り上げた。
「――ッ!」
 先ほど拳を喰らったのと同じ場所に、膝が叩きこまれる。
 拙い。本能的にそう感じるが、地面に転がった彼女に次の攻撃は襲いかかって来なかった。
「っ……、何の、つもり……」
 口端に滲んだ血を拭いながら立ちあがる。
 受けたダメージのせいで息が切れ、全身に感じた事もないほどの怠惰感が襲ってくる。それでも気丈に立ち上がった彼女に、ギルフォードはニヤリと笑う。
「もっと楽しみたいじゃん。ゲームは始まったばかり――違うか?」
 そう言って笑った相手に、琴美は拳を握りしめ、攻撃のための態勢を取った。


――To be continue…