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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SS】非情の選択・前編 / 葛城・深墨

 古々しいベンチに腰を下ろす青年が1人。
 手にした書物を途中で止め、顔を上に向けたまま惰眠を貪っている彼の名は葛城・深墨。
 大学の授業をすべて終えて帰宅する途中、気になる本を見つけたのがそもそもの始まりだった。
 心地良い天気の中、ただ帰るだけではと思い、人気の少ない公園に来たまでは良かった。
 さして興味のある分野ではなかったものの読み始めれば面白い。始めは黙々と読んでいたのだが、次第に日ごろの疲れが出てしまったのか眠気が襲ってきた。そしてそのままバタンキューだ。
「ん……パンダ……」
 寝言を呟いて頬を掻く。そして寝返りを打つように身じろいだ瞬間、彼の目が思い切り見開かれた。
――ドゴーンッ!
 パラパラと舞い上がるのは、木の破片だ。
 目の前には半分だけ粉々に砕けたベンチがある。深墨はずるずると残ったベンチから滑り落ちると、信じられないものでも見る様に、破片が舞い散るその場所を見詰めた。
「な、に……いったい、何が……」
 破片が散る中で、意思をもって動くものがある。風になびく金色の髪、俯けられた横顔には勝気な表情が浮かぶ少女――星影・サリー・華子の緑色の瞳が深墨を捉えている。
「!」
 殺気を含んだ瞳に射抜かれ、深墨の背がゾクリと震えた。
 殺気を向ける華子の手には、ベンチを砕いた日本刀が握られている。恐怖を感じたとしても当然だろう。
「まさか、通り魔――いや、このパターン……もしかして」
 ヒクッと口元が揺れる。彼は手にしていた本を地面に落とすと、ゆっくりと立ち上がった。そしてそのままジリジリと足を後退させる。
「どう考えても、分が悪い」
 そう口にするのと、深墨は背を向けて走り出した。
 その姿をゆっくり顔を上げた華子が見つめる。
「……珍しい」
 ぽつりと呟いて、汚れを払うように刀を一振りする。そうして彼女の足が地面を蹴った。
「ちょっと、待ちなさい!」
 響いてきた声にチラリとだけ振り返る。
 その目に映ったのは、刀を握り締めたまま走ってくる華子だ。しかもその足取りは深墨のものより遥かに速い。
「っ、このままじゃ、追いつかれる……ったく、仕方ないな!」
 深墨はクルリと身体を反転させると、華子に向き直った。そして手を前に組んで、術を組み上げる。
「そうそう、それで良いのよ」
 観念したらしい相手に華子はニッと笑って刀を振り上げた。その刃が迷うことなく深墨に襲いかかる。
「シャドーウォーカー発動」
 深墨が術を解き放った。
 彼が今居た場所に、彼と同じ姿の幻影が映し出される。そこに刃が落とされた。
 だが振い落した刃は難なくかわされてしまう。
 華子は身軽な相手の動きに眉を潜め、もう一度刃を繰り出した。
 しかしこれも難なくかわされてしまう。
 そうして何度か攻撃を繰り返した後、彼女の目が驚きに見開かれた。
「――……これって」
 今まで闘っていた深墨の姿が消えた。
 周囲を見回してみるが、彼の姿は何処にも見当たらない。
「今のは幻? じゃあ、本体は逃げた……?」
 チッと舌打ちを零すと、華子は刀を手にしたまま駆けだしていた。

    ***

「……俺、何でここにいるんだろう」
 呆然と愛刀の黒絵を手に呟く。
ここは深墨の自宅からさほど離れていない空き地だ。路地を入ったところにあるためか、人通りもなく、人目にも付きにくい場所へ彼が到達したのが今さっき。
 無事に逃げだして自宅に駆け込んだにも拘らず、結局は外に出てしまった。
 目の前には憮然とした表情で腕を組む華子がいる。
「あらん。随分とお早いお帰りでぇ」
 厭味ったらしく放たれた言葉に、深墨は大げさに溜息を零す。
「戻るつもりなんてなかったんだ。けど……」
 深墨は手にした黒絵を見てから、華子を見た。その視線に彼女の首が傾げられる。
「放っておけない」
 そう言うと彼は黒絵に掛る鞘を抜き取った。
 黒く沈んだ色の刀身が光を吸収して姿を見せる。
「刀で斬り合いってわけね。良いわよん、勝負してあげる」
 そう言って刀の鞘を取り去ると、華子はにっこり笑った。
 その笑みに目を細め、両手を柄に添えて構える。それを目にした彼女の足が先に地を離れた。
 刃を下に構えて間合いを詰めてくる相手を見ながら唇を引き締める。先ほどは自分よりも遥かに速かった相手の動きが手に取るように分かる。
「見える」
 黒絵を抜いた瞬間から、深墨には常人と違う能力が備わる。そのため、先ほどは見きれなかった彼女の動きがわかったのだろう。
 深墨は黒絵を構えると、下から掬い上げる様に斬りかかる刃を受け止めた。
「くっ」
 刃がぶつかり合った衝撃に、緑の瞳が眇められる。それを見ながら深墨が呟いた。
「あんたは怨霊か?」
 伺うように向けられた視線に華子が笑った。
「――怨霊だって言ったら、あたしを斬るわけ?」
 グッと力を込められた刀身に、深墨の軸足に力が籠る。徐々に草を踏む足が下がり始めている。それでも交えた刃は離さなかった。
「怨霊だったら斬る。でも人間だったら……」
 眉を潜めた深墨に、華子の刃が動いた。
 僅かに刃を浮かせて一気に斬り込もうと言うのだ。だがみすみす攻撃させるわけにはいかない。
 深墨は彼女の動きに合わせて刀を動かすと、迫る刃を払い除けた。それが合図で互いが後方に飛んで間合いを測る。
「甘いこと言ってんじゃないわよ。人間だろうがなんだろうが、自分の敵は斬れば良いじゃない」
 そう言いながら顔の横で刀を構えた華子に、深墨の眉がピクリと動いた。
「今のって……」
 黒絵を握る手に力が籠り、刀の鍔を鳴らして構え直す。
「……人間を斬れば犯罪だ。俺は犯罪者にはなりたくない」
「なら、アンタの選択肢は1つ。ここで眠れ、ってねっ!」
 再び華子が斬り掛って来た。
 それに合わせて深墨が地を蹴る。
 目標に向かってゆく速さは互角だ。
――キンッ。
 互いの刃がぶつかり、クルクルと1つの刃が舞い上がった。
 その下では、舞い上がった刀に視線を向けるでもなく、2つの視線がぶつかり合っている。
「眠るのは、あんたみたいだ」
 華子の眉間に刃を突きつけて呟く。
 彼女はその声にフッと笑みを零すと、刃に向けて顔を寄せてきた。
「なっ!」
 危うく眉間に刺さりそうになった刀を下げる。だが完全に下がる前に、華子の手が刀身を掴んだ。
 零れ落ちる鮮血に深墨の目が見開かれる。
「ばっ、馬鹿! 何してるんだよ!」
 叫びながら手を離させようと彼女の腕を掴む。それを華子の手が掴んだ。
 目がニッコリと笑って深墨の顔を覗きこむ。
「捕獲完了」
「え?」
 目を見開いた深墨の視界が突如奪われた。
 全身を囲うように現れた砂塵。それが彼の目を閉じさせ視界を奪ったのだ。しかも砂はただ視界を奪うだけでなく、彼の皮膚を傷つけ小さな傷を刻んで行く。
「っ……何だ、これ」
 もがいてこの場から離れようとするが、腕を掴まれていて動けない。
 深墨は閉じた目を僅かに上げて華子の位置を確認した。
「情熱的なのは憧れるけど、これはちょっと嫌かな」
 そう囁いて、華子の位置目掛けて蹴りを叩きこんだ。
「ッ!」
 不意を突く形で彼女の腹部に足が入る。
 それによって砂塵は消え去り、深墨の腕も放された。
「今度こそっ……眠れ!」
 黒絵が風を斬った。
 刃が真っ直ぐ華子に向かい、刀の背が首後ろを叩く。
「――っ」
 目を見開き、そのまま倒れ込んだ相手に、深墨はホッと息を吐いた。
 そして動かないことを確認して黒絵を鞘に納める。
「はあ……驚いた」
 大きく息を吐きながら華子に目を向ける。
「この子が言っていた、『人間だろうがなんだろうが、自分の敵は斬れば良い』。あの台詞が無ければ、怨霊として斬ってたかもな」
 よく見ればまだ幼さの残る顔をした少女だ。
「斬らないで良かった」
 そう言って彼女の頬に掛る髪を指で流そうとした。
 その瞬間、彼の眼前を鋭い刃が通り過ぎる。
「!?」
 咄嗟に飛び退いて黒絵に手をかけるが、その手が柄に触れた段階で止まった。
 まじまじと向ける視線の先にいるのは、緑銀髪の青年――不知火だ。
 彼は華子の身体を抱き上げると、ニヤリと笑って深墨を見た。
「またあんたか」
 静かな問いに不知火は意味深な笑みを浮かべて背を向ける。その時、黒絵が音を立てた。
 斬りかかる黒の刃を不知火は彼女を抱いたまま鎌で受け止める。そして薙ぐように刃を払うと、何かを思いついたように彼に視線を注いだ。
「そう言えば。一度怨霊になった人間の魂を埋め込まれた人間は、怨霊になれるのか?」
「……なに?」
 訝しげに視線を向ける深墨に、不知火はニイッと笑う。
「試してみる価値はありそうじゃん♪」
 そう言って喉奥で笑うと、彼は忽然と姿を消した。
 後に残された深墨は、訳も分からないままその場に立っている。その脳裏に残るのは不知火の言った言葉だ。
「怨霊になった人間の魂を埋め込まれた人間……じゃあ、あの子はやっぱり人間。でも、あいつの言葉の意味は――」
 呟き、ハッとなった。
「まさかッ!」
 深墨は不知火が消えた方向を見やると、黒絵を手に駆けだしていた。


――続く...


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】

登場NPC
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは初の前後編ものにご参加いただきありがとうございました。
まさか逃げるを選択肢に入れてくるとは!
さすがは深墨PCですね!
ちなみに寝言のパンダは思いつきなので深い意味はありません;
今回は次に続く個人戦ということで戦闘が半分以上のリプレイではありますが、
楽しんで頂けたなら嬉しいです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。