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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


汝、その身を投じるなかれ
●オープニング【0】
「美味しかったね、文子ちゃん」
「ええ、とっても」
 11月のある日の夕方のことだ。影沼ヒミコと原田文子は満足げな表情で言葉を交わしていた。そしてそばには他の者の姿もある。近頃話題になっているケーキショップへ皆で行き、いくつもケーキを堪能してきた帰りであった。
「バイキングだと、どうしてあんなに食べられるのか不思議だよね」
「それはやっぱり、色んな種類を味わいたいからじゃ……」
 などと感想を言い合っている時だった、文子が何かを見付けたのは。
「あれは確か……」
「どうしたの文子ちゃん?」
 足を止めた文子をヒミコが不思議そうな顔で見た。
「今、隣のクラスの広田さんが、あのビルに入っていって……制服姿で」
 怪訝そうに答える文子。というのも、その広田という少女が入っていったビルはどう考えても関係のなさそうに思われる7階建ての雑居ビルであったからだ。
「あ、文子ちゃんっ?」
 そして、雑居ビルの方へと歩き出した文子を慌ててヒミコが追いかけた。他の者もそれについてゆく。
「……何か鉄の扉を閉めるような音が」
 雑居ビルへ足を踏み入れてすぐ、文子が頭上を見上げてつぶやいた。結構上の方から聞こえてきたような気がした。
 足早に階段を上がってゆく一同。行き着く先には、屋上へと出る鉄の扉があった。先程の音はこの扉の音であったのだろうか?
 文子はその鉄の扉をそっと開いてみたのだが――。
「!」
 はっと息を飲む文子。見えたのは、広田という少女の姿。それも……屋上の柵を乗り越えた後の姿。ヒミコも扉の隙間から覗き込んで、驚きの声を上げそうになった口を慌てて押さえていた。
 これはどこからどう見ても、飛び降りようとする寸前の様子である。位置関係からすると、広田が今居るのは裏手に面する方だった。つまり、広田が飛び降りようとしているのに気付いているのは、今ここに居る面々だけである可能性が高く……。
「待って!!」
 突然文子が屋上へと飛び出した!
 そしてその声に反応した広田が振り返り、身を固くして叫ぶ。
「来ないで!!」
 さて、猶予なきこの状況、一刻も早く何とかしなければ……。

●選択で、時の流れは変わりし【1A】
(まさかこんなことになるとはね)
 緊迫した状況の中、シャルロット・パトリエールはふとそんなことを思った。それはそうだろう、当初のシャルロットの予定としては妹――母親こそ違うけれども――のナタリー・パトリエールを留学している神聖都学園まで迎えに行くことだけだったのだから。
 それがナタリーが影沼ヒミコや原田文子と一緒にケーキを食べに行くというから、妹が世話になっている礼を言うのも兼ねてシャルロットも同行して……その結果がこれである。こういうのを世間ではあれだ、巻き込まれた、とでも言うのだろう。
 繰り返しになるが、この状況は猶予がない。広田が柵を乗り越えてしまっている以上、自分から飛び降りなくとも何かの拍子に足を滑らせた時点で、彼女の身は冷たい地面に叩き付けられることになるのだから……。
(……何としても止めるわ)
 そう心に決め、シャルロットは広田の方へと向き直った。

●カウンターパンチ【2】
「広田さん……よね? 隣のクラスの……」
 文子が広田に向かって静かに話しかける。なるべく刺激しないように話しかけているつもりなのだが――。
「来ないで……。来ないで!!」
 柵をぐっと両手で握り、広田が叫んだ。その顔は血の気が引いているのか、とても青白く見えた。
「文子ちゃん。……会話になってないよ」
 心配そうな表情で、ヒミコが文子にぼそりとつぶやいた。……どうやら広田は興奮状態にあるようだ。恐らく文子が話していることなど、半分も耳に入っちゃいないだろう。
「あの、広田さ……」
 文子は再び広田に呼びかけ、少し前に踏み出そうとした。その途端、広田は身体をびくっとさせ、先程よりも大きな声で叫んだ。
「来ないで!!! 来たら……来たら私……」
 ……何とも困ったものである。会話がまるで成立しない。とりあえず今言えることは、これ以上近付いていけば広田は反射的に飛び降りてしまうだろうということだ。
 となると、まずは広田を落ち着かせなければならないのだが、この時意外な言葉がシャルロットの口から飛び出した。
「そこから飛び降りるのなら自由にしなさいな」
 そう冷淡に言い放つシャルロット。他の3人は思わず耳を疑った。
「でも……それがどういうことか、分かっているの?」
「……え……」
 広田に投げかけられるシャルロットの言葉。けれどもそれは、広田に反応させることに成功していた。
「かつてそう……同じくらいの高さの建物だったかしらね。警官に追い詰められて、その身を空中へと翻した犯人が居たわ。全身を石畳に打ち付けこそしたものの、即座に魂を失うことはなかった。そして、意識もまた……」
 淡々と広田に向かって話すシャルロット。広田は何も言わずその言葉を聞いていた。
「意識ある彼が見たのは次第に赤黒く染められてゆく石畳。身体を……いえ、指1本すら動かすことも出来ず、ただただ痛みと苦しみが長く続いて……。そんな彼のうめき声は、思わず私も耳を塞いだほど。あなたのしようとしていることは……そういうことよ」
 シャルロットの語った話が真実かどうかは分からない。ただ言えるのは、即死するとは限らないということを、わざわざ具体例を挙げて説明しているということだ。
「……さ、どうするつもりなの?」
 シャルロットがダメ押しの一言を言った。
「…………」
 広田は何も答えない。しかし、先程までよりも柵を握る手に力が加わったように感じられた。広田の心中に変化があり、興奮状態を抑えにかかったのかもしれない。
 シャルロットもまた黙り、広田の姿を観察してみた。一見おかしな所はないように見えたが……いやいや、僅かに膝が震えているではないか。やはり恐怖心が大きくなっているようだ、広田の中で。

●その手をつかませて【3】
(姉様はさすがね……)
 シャルロットの行動を見ていて、ナタリーはふとそう思った。落ち着かせなくてはとナタリーも思ってはいたけれども、果たして自分にはあのような行動に出ることが出来たであろうか?
(……理由を聞くべき?)
 黙り込んだ広田の姿を見つめながら、そう考えるナタリー。けれども……今それをすべきなのだろうか。余裕はないはずなのに、自分の中で自問自答が始まってしまう。もし間違っていれば、また火に油を注ぎかねず――。
 と、そんな時である。シャルロットが再び口を開いたのは。
「ケーキでも……いかが?」
 広田に向かってシャルロットが静かに言った。そういえば店を出る前、シャルロットはケーキを買っていた。研究用にするのだと言っていたが……それのことだろうか?
「飛び降りてしまえば、ケーキはもう口には出来ないでしょう?」
「…………」
 話し続けるシャルロットを、広田はじーっと見つめている。そんな広田の表情を見ていると、当初よりも明らかに血の気が戻ってきていた。
「そうね……」
 シャルロットはゆっくりと周囲を見回すと、ナタリーの所でその顔を止めた。
「ナタリー。ケーキを彼女へ……持っていってくれるかしら?」
「……あ。は、はい、姉様……」
 ナタリーはシャルロットのそばへ近付くと、ケーキの箱を受け取って広田の方へと向き直った。
(……よし……)
 ケーキの箱を抱え、ゆっくりと広田に向かって歩き出すナタリー。1歩、また1歩と近付いてゆくが、広田に飛び降りる素振りは見られなかった。
(このまま……このまま柵の所まで……)
 柵の所まで辿り着ければ、広田の腕なり何なりをつかんで飛び降りを阻止することが出来る。だからこそ、この歩みは重要であった。
 ところが――そんな時にこそ、何かは起きるらしい。
「きゃっ!」
 ヒミコが捲り上がりそうになったスカートを両手で押さえた。何ということか、屋上に突風が吹いたのだ!
「……あっ……!」
 その突風に煽られ、広田の身体がぐらりと揺れた。そして右手が柵から離れ――。
「ダメっ……!!」
 ナタリーは短く叫んだかと思うと、柵までの距離を一気に詰めるべくダッシュした。瞬く間に詰まる距離。そして広田の左手さえも柵から離れようとした直前に、ナタリーの右手がしっかと捕まえたのである。
(間に合った……!)
 安堵したナタリーの耳に、他の3人が駆け寄ってくる足音が聞こえてきていた。

●何が我が身を突き動かしたか【4】
 その後、4人で協力して広田の身を柵のこちら側へと連れ戻した。張っていた気が緩んだからかそれからしばらく広田は泣き続けていたが、次第に落ち着きを取り戻してきた。
「広田さん……大丈夫?」
 文子が話しかけると、広田はこくんと頷いた。
「……いったい何があったの」
 ナタリーが広田へと尋ねる。広田は顔を上げ、4人の顔を無言で見回した。
「誰にも言わないから、安心して」
 ヒミコがそう言うと、それを信用したのか広田がようやくぽつりぽつり話し始めた。
「……お父さんとお母さんが……別れることになって……」
 広田が話してくれた内容はこうだった。
 広田の両親は仲が悪く喧嘩が絶えず、互いに愛人を作っているという有様だったそうだ。そんな状態がいつまでも続く訳もなく、いよいよ先頃離婚ということになったという。だがそこで繰り広げられたのは、娘である自分の押し付け合い。要するに、今の愛人と新しい生活を始めるにあたって、自分の存在は双方に邪魔であるのだと実の両親に思い知らされたのである……。
「それで思い悩んで……私なんて居なくなればいいんだって思ってたら……」
「思っていたら?」
 文子が広田に先を促した。
「頭に声が聞こえてきたの。女の人の声……ううん、自分自身の声だったのかも……」
 頭を振りながら言う広田。
「何て声が……聞こえてきたの?」
 今度はナタリーが先を促した。
「ええと……『自らの心に従いなさい』って……。それで街中をふらふらと歩いていたら……このビルが目に入って……」
 なるほど、ここに至るまでの経緯がよく分かる説明であった。
「そう、声が……なの」
 ぼそっとつぶやくシャルロット。何かしら、心に引っかかるものでもあったのであろうか。
 ともあれこれは、簡単には片付かない悩みである。けれども4人は、広田に1人で悩まないよう言い聞かせ、いつでも相談に乗ると約束したのであった。

【汝、その身を投じるなかれ 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7947 / シャルロット・パトリエール(しゃるろっと・ぱとりえーる)
           / 女 / 23 / 魔術師/グラビアモデル 】
【 7950 / ナタリー・パトリエール(なたりー・ぱとりえーる)
            / 女 / 17 / 留学生/見習い魔術師 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全5場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに、悩む少女の身を救ったお話をお届けいたします。
・本文では冗長になるんでやめたんですが、広田の顛末について少し。結局広田は双方から学費と生活費を大学卒業まで出してもらうこととなり、1人暮らしをすることに決めました。彼女にとっては、これが一番よい結論だったかもしれません。
・このお話、普通に読めば悩む少女が身を投げるのを止めただけのお話なのですけれども……果たしてそうでしょうか? 都合よく広田に『声』が聞こえてきたものですよねえ……。ともあれ、少し気に留めておくと後で役立つかもしれませんよ。
・シャルロット・パトリエールさん、2度目のご参加ありがとうございます。ええと、飛び降りて即死出来なかった時の苦しさを語ったのは大正解だったと思います。だいぶ後が楽になりましたから。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。