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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SS】非情の選択・後編 / 月代・慎

 目の前を浮遊する2匹の蝶――常世姫と永世姫が旋回する姿に月代・慎は眉を潜めた。そして視線を外すと、途方に暮れたように息を吐く。
「見失っちゃったか」
 視線を落として頬に手を添える。
 まだ痛みが残る傷に触れて思い出すのは、この傷をつけた相手のことだ。
「……こうしている間にも、あのお姉さんが怨霊にされてるかもしれない」
 呟いてぎゅっと唇を噛みしめる。
 不知火とか言う馬鹿のせいで1人の人間が怨霊に返られてしまうかもしれない。その事実がわかっていながら何もできないことにもどかしさを感じる。
「早くしなきゃ」
 そう呟いた時だ。
 浮遊していた常世姫と永世姫が、慎の視界に入って来た。そして急いで結界を張り巡らせようと鱗紛を振るう。
「どうし――っ、これは!」
 慎も急いで自ら結界を張ろうとするが間に合わなかった。
「ッ!」
 金色の光が慎を襲った。
 光に包まれた慎は、目も開けていられない光に、腕で瞼を抑える。そうして光が消え去るのを待って腕を下した。
「ここは……」
 目を開けた瞬間に飛び込んできた光景に目を瞬く。鼻を擽る埃の臭いと、色濃く感じる人外の気配に眉を潜める。
「嫌な気配――」
――ドオオオオン。
 慎の言葉を遮って、大地が鳴った。
 その音に反応するように慎の目があがり、爆煙らしき煙が見える。それを見て慎はそこを目指して飛びだそうとした。
 だがその足が直ぐに止まる。
「――じゃねえだろ、質問に答えろ!」
 聞こえた声に振り返り、思わず苦笑した。
 学生服に身を包んだ黒髪の青年。あれは紛れもなく神木・九郎だ。慎は口中で「やっぱり巻き込まれてる」そう呟いて歩きだした。
「あれ?」
 近付くにつれて異変に気付く。九郎が何かを掴んでそこに向かって叫んでいるのだ。その手の中にあるのは――。
「っ、あのおじさん!」
 慎の目が見開かれる。
 九郎の手に掴まれたその先に居るのは、ぐったりと腕を下げた緑銀髪の男――不知火だ。
「なんであのおじさんまでここに……じゃあ、まさかあの物音は」
 考えてゾッとした。
 出来る限り嫌な考えを振り払うように頭を横に振って、九郎に近付く。
「またまた偶然だね、九郎さん」
「慎、お前もか」
 九郎の返答を聞きながら、慎は不知火に視線を向けた。
 その目に映ったのは、腹部に負った深い傷だ。敗れた衣服にはこってりと血が滲み、血液が溢れだすはずの皮膚は赤く焼け爛れている。
 きっと止血のために焼くか何かしたのだろう。
「様子がおかしい……」
 そう呟く彼の耳に、今度は別の声が響いた。
「凄い偶然――いや、その男がいる時点で必然っぽいかな?」
 地を踏む音と共に聞こえてきた声に目が動く。そこに立っていたのは、黒い刀を手にする青年――葛城・深墨だ。
 慎は深墨の姿を目にした時に違和感を覚えた。その違和感を確認するように九郎に視線を落とす。
「……みんな怪我してる」
 よく確認してみれば、それぞれ度合いは違うが怪我を負っているようだ。
 九郎は左腕にかなり深い傷を負っているようで、止血のために巻かれたハンカチが、時間と共に赤くなっている。それに深墨も全身に細かな切り傷がある。
「もしかして、みんなあのお姉さんに」
 そう呟いて頬の傷に触れた。
 そこに九郎の声が届く。
「どういうことか説明してもらおうか」
 どうやら九郎や深墨も同じ疑問を抱いたようだ。
 九郎は掴んだ不知火の胸倉を引き寄せると、凄んでみせた。その声に、重く閉じられていた不知火の瞼が上げられる。
「……、説明、するって。今回は全部、な……」
 そうぼやく様に口にすると、不知火は自らを囲む3人の能力者を見回してから口を開いた。
 そこから語られた言葉はあまりにも身勝手で許しがたいことだった。
 自分の仕事を邪魔する能力者を、華子を使って始末しようとしたこと。それが華子の保護者にばれて制裁を受けたこと。そしてその制裁が大暴れして手に負えなったから、能力者を召喚したこと。
「――テメェ、ふざけんなっ!」
 バンッと、不知火の胸倉を地面に叩きつけるように九郎が放った。
「そっか。じゃああの物音はお姉さんが怨霊になった訳じゃないんだね」
 これで心配事は一つ解消された。だが解消されていない問題は山積みだ。
 慎は表情を冷めたものに変えると、腕を組んで不知火を見据えた。その目は極限まで冷えている。
「俺はこのおじさんが如何なっても良いかな。そもそも、その男の人、何で欠片を始末してくれなかったのかが疑問」
 厄介事を残して行くとはどういうことか。
 華子とか言う女の子の安否さえ確保できれば良かったのだろうか。疑問は尽きないが、不知火への冷めた感情だけは変わらない。
 そんな慎の言葉に同意する声が聞こえてきた。
「俺も、アンタが化け物にやられるのを待ってから退治しても良いかな」
 深墨だ。不知火は2人の言葉に困ったように笑い声を零した。
「はは……手厳しい、ガキんちょどもだ」
 疲れたように笑って目を閉じる。その姿を目にした深墨が一度、手にしている愛刀――黒絵に視線を落とした。
 遠くでは爆音が未だに響いている。
「――とは言っても、誰かが死ぬのを黙って見ているのも嫌だから手伝ってやるよ」
 そう言って身体の向きを騒動が起きている方角に向けたのは深墨だ。不知火の言葉が正しければ、彼が見据える先に砂燐とか言う怨霊がいる筈だ。
 慎はそんな深墨を見て少し間をおくと、仕方ないとでも言うようにパンッと手を打った。
「俺はおじさんの安否はどうでも良いや。でも暴れている怨霊は放っておけないから、お兄さんに手を貸すね」
 慎は不知火にではなく、深墨に笑顔を向けるとコキリと指を鳴らした。
 それに同意するように九郎が前に出てくる。
「俺もあの化け物は放っておけない。だから化け物退治はしてやる。で――あいつの弱点は何だ。核は何処にある」
 九郎は言葉を途中で切ると、視線を巡らし不知火を見た。
 元々砂燐を召喚しようとしていたのだ。弱点くらい知っていてもおかしくはない。
「水……核は、胃の中」
 不知火はそう言うと、身体を無理矢理起こして腰に下げたランプを外した。それを3人に向けて掲げる。
「俺様には効かねえが、あんた等になら効く筈だ」
 ランプから溢れだした金色の光が、3人の身体を包み込む。その直後、今まで疼いていた痛みが消えた。
「どういうつもりだ」
 力尽きたように、再びその場に寝転ぶ不知火に、九郎が訝しげな視線を向ける。その言葉に慎も視線を向けた。
「俺様からの愛情表現よん」
 若干笑いながら言われた言葉に、慎の口端が下がった。
「……気持ち悪い」
 ぼそりと呟いて、慎は砂燐の元に向かった。

 崩壊したビルの合間に除く不気味な影。それを視界に納められる距離で足を止めると、3人は顔を見合せて各々の役割を確認した。
「じゃあ、予定通り俺と九郎が囮で、慎が弱点攻撃。これで良いかな?」
 深墨の声に皆が頷く。
 それを見止めて、彼は黒絵を鞘から抜き取った。黒光りする刃が化け物へと向けられる。
「行くぞ」
 九郎の声を合図に地面を蹴った。
 間合いを詰める2人を見送ってから、慎は手にしていた上着に視線を向ける。その上で、その目を、頭上で舞う2匹の蝶に向けると、僅かに考えるように目を瞬いて口を開いた。
「常世姫、永世姫、お兄さんたちの補助をしてあげて」
 そう言って2匹の蝶を、二人の補佐に回した。
 これで自らを守る術は無くなったが、これだけ離れていれば問題ないだろう。慎は手にした上着を広げると、布を形成する繊維の1つ1つに気を練り始めた。
「糸に属性を練り込む、か。便利なもんだ」
「!」
 聞こえた声に振り返る。
 そこに居たのは、身体を引き摺るように傍まで来た不知火だ。
 彼は瓦礫に背凭れると、ズルズルとその場に腰を下した。そして長く息を吐いて、赤い目を向けてくる。
「瀕死のおじさんは大人しくしてたら?」
 そう言いながら再び上着に気を集中する。こうしている間にも、九郎と深墨は慎のことを信頼して砂燐と対峙しているのだ。
「頭を狙え。頭上から水でも降らせりゃ、一発だ」
 掠れた声で紡ぐ言葉に、慎は気を分散させると相手を振り返った。
 既に瞼は閉じられ、意識があるのかないのかもわからない。慎はじっとその姿を見つめて、前を向いた。
「どういうつもりか知らないけど、俺はおじさんに興味はないから」
 そう言って繊維の1つ1つに水の属性を吹かしてゆく。そしてその周囲に大気中の水を吸収させて質量を拡大させてゆく。
 その間、九郎と深墨は前方と後方に分かれて砂燐を挟み撃ちに攻撃を繰り出していた。
 砂塵を切り裂く深墨の刃は、彼の身体を的に接近させることに成功している。しかし砂燐の尾がそれ以上の攻撃を寄せつけていないようだ。
 九郎はと言えば、拳一つで砂燐の放つ砂塵に突っ込んで行こうとしている。
「九郎さん、また……」
 無茶してる。慎はその言葉を呑みこんで、苦笑した。そして上着にある程度の気と水分が付着すると、彼はそれを大きく掲げて片手に握って振り上げた。
 そこに声が聞こえてくる。
「うおおおおお!」
――パンッ。
 何かが破裂するような音がした。
 その直後、砂燐の放っていた砂塵が消え去る。
「今のうちだ、慎!」
 慎に向かって叫んだ九郎に向けて、青白い光の塊が迫るのが見えた。
「あれは……」
 慎は遠くに控える常世姫と永世姫に向かって叫んだ。
「結界を張って!」
 彼の声に合わせてサポートに回るために身を寄せていた2匹の蝶が九郎の前に立塞がった。
 鱗紛の膜を張り結界を作り出す蝶の元に青白い炎が激突する。
――パンッ、パンッ!
「あれって、あの怨霊の攻撃?」
「あれは怨霊・鬼火……何で、あんなのがここに」
 不知火の苦々しい呟きに慎の目が向かう。
「あれは、低級中の低級、屁の役にも立たねえ怨霊だ。だが、意志がある上に数が半端じゃねえ……だから、錯乱攻撃に使われることが多い」
「あれもおじさんの怨霊?」
 苛立った風に口にする慎に、不知火の口角が少しだけ上がった。
 そして赤い目が、馬鹿にするなとでも言うように細められる。
「俺様は、あんな無意味な怨霊……使わねえ」
「じゃあ誰が――」
 問いを向けようとした慎に不知火が顎で後方を示す。
 常世姫と永世姫は依然、鬼火の攻撃を防いでいる。
「今は、することがあるだろ」
 正論を口にされて慎の眉が大きく寄る。
 そして彼は唇を引き結ぶと、大きな声で叫んだ。
「おじさんからの情報だよ。そいつは怨霊・鬼火って言って、個々に意志をもって攻撃して来るらしいよ!」
 叫んでからチラリと不知火を見る。
「話は後で聞くから」
 そう言って慎は砂燐と鬼火、その双方を相手にする九郎と深墨に向き直った。
 深墨は砂燐と、九郎は鬼火と闘っている。その姿を見て気を張り巡らせた上着に視線を落とした。
「次は俺の番だね」
 慎は水の属性と水分を充分に含ませた上着を手に地面を蹴った。
 飛躍した身体が迷うことなく砂燐に向かう。そしてその身が砂燐の頭上から舞落ちると、彼は顔面に上着を被せた。
「さあ、属性を解放するよ」
 そう言って指に糸を絡めて解き放つ。
 上着を取ろうともがく砂燐の頭に糸を巻き付けて捕縛する。そしてそこに気を放った。
――ぐあああああああ!
 叫び声が響く中で、大量の水が砂燐に降り注ぐ。しかし攻撃はこれで終わりではない。
「氷結硬化」
 慎が呟くのと同時に氷の属性が糸を伝って砂燐を襲った。
直後、砂燐の体が凍る。今まで動いていた尻尾も、足掻く体も、ピクリとも動かなくなった。
「さあ、深墨さん、そのまま止めを!」
「了解」
 深墨は攻防の為に繰りひろげていた剣技を砂燐の腹部に定めた。
 そして狙いを定めて一気に貫く。
――ギャアアアアア!!!
 深く突き刺さった刃から溢れんばかりの光が零れる。その光を受けて深墨は黒絵を抜き取ると、後方に飛んだ。
 そして砂燐が硬直して粉々に砕け散る。それを見てから、慎は後ろを振り返った。
「……やっぱり」
 慎はそう呟くと、何も持っていない手をゆっくりと握り締めたのだった。

   ***

 肉の焼ける匂いがする。
 目の前では九郎、深墨、そして自分を襲った少女、華子と名乗る少女が奪い合うようにして焼肉を食べていた。
「ちょっと、その肉あたしのでしょ!」
 そう言って九郎が取った肉を、横取りするのは華子だ。それに九郎の眉が上がる。
「っ、何しやがんだ、この馬鹿女!」
 キッと鋭い視線を飛ばして、九郎の箸が華子の前にある肉を根こそぎ奪ってゆく。その姿を見ていた深墨が呟いた。
「どっちもどっち……」
「だよね」
 その声に同意しながら、慎は自分が食べる分だけの肉を焼いて食を進めてゆく。時折、深墨の皿に乗せるのは、まあ何となくだ。
「結局、おじさんはどっかに行っちゃったし、訳がわかんないままだったね」
 少しだけ瓦礫のあの場所を探してみたが、何処にも姿はなかった。
 そして不知火を探す慎たちの前に、九郎と肉の争奪をしている華子が現れたのだ。
「襲ったお詫びに焼肉って……そんなことでチャラになる戦いじゃなかった気が……」
「気にしたら負けだよ」
 深墨の声にぼそりと呟いてお肉を口に運ぶ。年の割には意外と良い店をチョイスしる。そんな感想を華子に抱きながら、慎は何度か頷いた。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
非情の選択・後編にご参加いただきありがとうございました。
慎PCは望んでいないかもしれないのですが、不知火との会話が半分以上;
読んで少しでも楽しんで頂ければ、うれしい限りです。
また機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、本当にありがとうございました。