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<東京怪談ノベル(シングル)>


過信の代償(3)


 ‥‥‥‥夜を告げる闇の帳が降りてくる。
 待ち望んだ瞬間。しかしそれも、今ではただの気休めにしかならない。
瞬く間に夕闇から暗闇へと移り変わる森の中、一方的な惨殺劇が展開されている。

「ハハハハハハハ!!」

 ギルフォードの耳障りな高笑い。その声に眉を顰める様な暇は、水嶋 琴美に与えられてはいなかった。繰り出される拳を紙一重で流し、カウンターを打ち込もうと腕を走らせる。しかしそれは無駄に終わる。カウンターとして完璧なタイミングで放った一撃は、命中する寸前で受け止められた。

(出鱈目すぎる‥‥!)

 ギルフォードの身体能力の前に、琴美は呆れを通り越して憎しみの籠もった目で睨め付ける。
 全うに訓練を積んだ動きではない。足運びや体捌きは素人同然。恐らくは全ての戦闘技術を実戦のみで体得してきた類だ。そんなもの、街の喧嘩小僧達と何ら変わりない。

「さぁどうしたんだよ! マジで殺らねぇと死んじまうぞ!!」
「言われなくても‥‥!」

 言われずとも分かっている。本気を通り越して全力でギルフォードを殺しに掛かっているのだが、それが何一つとして報われない。
 二度、三度とフェイントを入れて顎を、下腹部を、局部を狙う。伸ばされた手首を捻り、折ろうとした。放たれた蹴りを膝と肘で勢いよく挟み込み、砕こうともした。
 しかし何度フェイントを入れようと、肝心の一撃は止められた。それどころか左手で琴美の腕を逆に掴み、右腕で必殺の一撃を入れようとしてくる。
 攻撃に移れば、どうしても防御が手薄になる。そのため、掴まれそうになった瞬間に後退し、間合いを開けなければならなかった。
 左手首を捻り折ろうとしたが、それは単純に手首の力だけで返された。どんな筋肉をしているのか‥‥体重すら掛けてギルフォードの手首を壊しに掛かったというのに、腕力どころか手首の力だけで返されてしまう。逆に腕を掴まれ、危うく壊されるところだった。
 放たれた蹴りを肘と膝で挟み、砕こうとした技も破られた。完璧なタイミングで捉えたというのに、強靱な筋肉と蹴りの速度で弾かれ、挙げ句ガードを突き破られて一撃を受けた。そこらの兵士ならば足一本は砕き、断ち切ることすら出来る技だったというのに、純粋な“身体能力の差”という、実に理不尽な理由で破られたのだ。
 ‥‥‥‥どんな状況でも冷静に、自信を持って戦場を駆けてきた琴美にとって、耐え難い屈辱だった。
 琴美の自信を支えているのは、幼い頃から乗り越えてきた鍛錬のお陰だ。血反吐を吐くような思いをして、どんな修羅場でも乗り越えられるようにと鍛錬に鍛錬を積み重ねた。
 それが今日、完全に嘲笑われた。
 努力など不要。人は自身の欲望に従ってさえいれば、その欲望を叶えるための力を自然に手に入れられるのだと、ギルフォードは琴美の努力を嘲笑った。
 ギルフォードは獣だ。あらゆる獣は、一切の努力を行わずにその能力を維持している。ただ餌を見つけては食べ、眠る。それだけの生活だろうに、人間の何倍もの能力を持つ生物は数多い。むしろ人間を越えるモノの方が多いだろう。
 ‥‥‥‥ギルフォードはその類だ。欲望に忠実に、あらゆる犯罪を犯してきた。気紛れに、ただ目に付いたから、気に入らなかったから、欲しかったから、いらなかったから‥‥‥‥
 理由などいらない。そうして犯してきた罪の上に、この男はいるのだ。
 あらゆる犯罪を犯すために生きてきたこの狂者は、生まれながらの素質だけで琴美を圧倒する。修行などしない。努力もしない。我慢もしない。
 そんな賊に、今、自分のこれまでの人生を否定されている。
 これ以上の屈辱が、他にあるのだろうか?

「はぁぁああ!!」

 足先に攻撃を集中させ、今度はダメージを蓄積させる。しかしそれも、二発と入れない間に断念させられた。そもそも決定的なダメージは、全て繰り出されてから余裕で受け止めるような怪物だ。同じような箇所に何度も攻撃を受けてくれるわけがない。
 それに‥‥‥‥ギルフォードの足下を狙おうと拳を繰り出すのならば、当然防御に回す腕を下げることになる。ギルフォードはそうして出来た隙を、実に楽しそうに突いてくる。ガードのスキマを縫って右腕をちらつかせ、「防御しないと死ぬぜ?」と脅しをかけてくるのだ。
 ‥‥自分を殺せる一撃をちらつかされて、まさか反応しないわけにはいかない。ギルフォードの足に一撃入れて、首を飛ばされていては本末転倒である。
 ならば、蹴りで相手の足を狙えばいいか? それは出来ない。片足でも地面から離すと言うことは、咄嗟の時に跳躍出来ない。バランスも崩れ、とても実戦では使えないのだ。
 漫画やアニメの類では頻繁に蹴りが繰り出されるが、躱された場合には無防備な体をさらけ出すことになる。いつ殺されてもおかしくない‥‥そんな相手が目の前にいる時に、気軽に放てるものではない。

(まだ‥‥まだ夜にはならないの!?)

 焦燥に駆られる。
 漆黒の帳はまだ森を包んでいない。せめて闇夜になれば、夜目の利く琴美に分が‥‥‥‥いや、それも分があるという保証はない。こんな常識外れの怪物を前に、絶対的な有利など確信出来ない。

「そうらっ!」

 首を刈る一撃をがむしゃらに身を投げ出して躱し、地面を転がりながら追撃の蹴撃を振り切る。地面に落ちていた枯れ枝が柔肌に突き刺さり、切り裂かれた皮膚が悲鳴を上げる。だがそんな痛みも悲鳴も気にしてなどいられない。
 否、気にしていても今更だ。
 琴美の体に、傷を負っていない箇所など見当たらない。足に、腕に、体に顔に、数多くの痣が出来ている。自慢の戦闘服も切り裂かれ、原型を留めていない。辛うじて義手による攻撃だけを徹底的に躱していた琴美だったが、致命傷を避けるのが精一杯で、刃が掠った着物はあちこちが切り裂かれ、豊満な肢体を惜しみなく晒している。
 研究施設から奪取した情報の詰まったディスクは‥‥‥‥着物を引き裂かれてしまった時に落としてしまった。任務は失敗か。そう思うと、鹿の死体程度で足を止めてしまった自分に腹が立つ。あの時気にせずに駆け抜けていれば、こんな敵と相対することもなかったかもしれないのに――――――!!

「ほっ!」
「しまっ!?」

 蹴撃を振り切って立ち上がった琴美の腕が掴まれる。手にしていたクナイで腕を断ち切ろうとするが、その動作よりも遙かに速く、まるでキャッチボールでもしているかの様に投げ捨てられた。

「くっ‥‥!」

 木に叩き付けられる寸前に体勢を整え、木の幹に両足を着いて“着地”する。
 不安定な足場。一秒と掛からずに重力に引かれて地面へと向かうだろう。しかしそれでも遅い。ギルフォードは目の前で笑っている。

(速い!)

 ギルフォードの足は、投げ飛ばした琴美に容易に追い付いていた。ボールやナイフの類を全力で投擲したのならば、走った所で人の足では追い付かない。しかし人間ならばどうだろうか? 人間は重い、投げにくい。ギルフォードの腕力を持ってしても、弾丸の様に速く‥‥など投げられるわけがない。
 ギルフォードが狙ったのは、琴美の混乱だった。
 投げる事で、着地に神経を使う事になる。ギルフォードにまでは気を回していられないだろう。それを狙い、琴美が宙を舞ってる間に疾走、追い付いて追撃している。
 ゴッ!!
 義手が木の幹に突き立った。いったいどれほどの威力を持っていたのか‥‥‥‥義手は木の幹にめり込み、大きな亀裂を入れている。
 しかしそれだけ‥‥狙っていた琴美は既にそこには居らず、ギルフォードの足下に転がっている。左右に跳んで避けるよりも、重力に従って下方に逃れる方が素早く逃れる事が出来る。さらに、下方は拳を突き出した者にとっては死角が多い。自分の腕が邪魔をして、足下が見えないのだ。
 転がる様にしてギルフォードの足下に潜り込んだ琴美は、全力でギルフォードの足首に回し蹴りを放った。体勢を低くしているために威力は十分ではないが、人一人を転がすには十分な威力を持っている。

「うおっ!?」

 そして実際、ギルフォードは両足を掬われて体勢を崩した。体が宙を舞い、無防備な体をさらけ出している。

(勝機!)

 追い詰められていた琴美には、それは絶好の勝機である。
 間髪入れずに木の根本を蹴り付け、勢いよく体勢を崩しているギルフォードへの攻撃に移る。足払いを掛けられたギルフォードには対処のしようがないだろう。何しろ盾に使える義手は木にめり込んでいる。今から引き抜いたとしても、とても防御には間に合わない。

(狙い目は‥‥‥‥首!)

 この一撃に全てが掛かっている。ギルフォードに打ち込めるチャンスなど、恐らくはもう来ない。暗闇になれば自分が有利だと判断していた琴美でも、ここまでの強敵が相手では‥‥絶対に自分が有利だと信じる事が出来なかった。
 クナイを握り、ギルフォードの喉元を目掛けて斬り付ける。
 そしてそのまま‥‥‥‥ザクリと、クナイから生々しい肉の感触が伝わり、クナイから鮮血が滴った。

「痛ってぇな」

 ギルフォードの感想はそれだけだった。
喉笛を斬られた苦悶の表情など微塵も浮かべていない。当然だ。クナイは首には達していない。掠りもしていないのだ。ギルフォードは笑いながら琴美を睨み付け、左手でクナイを握り締めていた。
 そして次の瞬間‥‥‥‥
 バキリ!
 と言う凄まじい破壊音が響き渡った。

「嘘でしょ?」

 思わず呟き、音の出所に目を向ける。メキメキと響き渡る怪音は、すぐ側で響いている。

「よう‥‥やってくれたじゃねぇか」

 ギルフォードは琴美を睨め付けながら、クナイを持っていた琴美の手を握り直す。左手はあくまで人間の手だというのに、恐ろしい握力で固定された。

「さぁて! 何が起こるか、分かるかな?」

 ギルフォードは体勢を整え、琴美の手を握ったままで動かない。それどころか琴美の体を強引に引き寄せて抱き締める。

「いい感触じゃねぇか。それだけにちょっとばかり惜しいかも知れねぇな」

 体を密着させ、琴美の豊満な体を堪能するギルフォードに、琴美は眉を顰めた。
 しかしそれ以上に‥‥‥‥自分の背後で聞こえ続けるメキメキという破断の音が、琴美の背筋を震わせた。

「惜しいなぁ、こんないい女を潰しちまうのはよ!!」

 一際高くバキリと言う音が背後から響き、その瞬間、琴美は自分の背後で何が起こっていたのかを把握して背後を振り返る。
 そこには、ギルフォードの義手によって“握り潰された”木が、今まさに自分達に向かって倒れてきている所だった。
 一瞬、まさかと考える。しかしギルフォードの右腕は、あくまで“義手”なのだ。作り物、それはつまり人間としての常識外の機能を持ち合わせていると言う事になる。それまで徹底的に義手による攻撃を回避し続けていたために、どれほどの機能があるのかまでは把握しきっていない。
 確かに、あの義手で拳を繰り出してきたとしたら体全体の能力が必要になるだろう。全身をバネの様に捻り、拳を加速させる。
 だが、“握力”にはそんな要素は必要ない。純粋に義手その物の力だけでいい。それこそ重機のような力を発揮させ、木を握り潰す事も不可能ではない。
 バキャァア!
 木が断末魔の悲鳴を上げる。
 自重に任せて倒れ込む計数トンの木は、巨大なプレス機となって琴美とギルフォードを押し潰す。

「ほらよ!」

 幹に突っ込んでいた腕を勢いよく引き抜き‥‥琴美の腹部を一撃した。

「ごふっ」

 それで詰みだ。手加減をされたのか、肺に残った酸素を全て吐き出しただけで、致命的な攻撃とはなっていない。肋骨は折られているかも知れないが、まだ戦える。しかし戦闘の続行はない。今の一撃で意識は遠退き、視界は真っ白に染まっていた。まだ気絶はしていないが、気絶をしていないだけで目の前の脅威から脱するだけの力は残されていなかった。

「じゃあな」

 ギルフォードの体が後方に跳び、安全地帯にまで後退する。
 そして――――
 ゴォォン!!
 轟音。しかしその音を琴美が耳にする瞬間は、最後まで訪れなかった‥‥‥‥

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 ‥‥‥‥‥‥‥

 ‥‥‥‥

 盛大な轟音‥‥‥‥しかし雨に濡れた地面は土埃を舞わせる事もなく、倒れ込んだ木を受け止めている。轟音もすぐに収まり、頭上を見上げても鳥の一羽すら飛び立たない。

「いまいちインパクトに欠けるなぁ。な? そう思わねぇか?」

 問いかけるが、気絶した琴美は返事を返さない。
 当然である。木が倒れる瞬間、念入りにもう一撃を喰らわせてから引きずり出したのだ。

「答えられるわけもねぇか。危うく仕事っつー事を忘れる所だったな。危ねぇ危ねぇ」

 ギルフォードが琴美を助けた理由‥‥‥‥それはただ一つ、琴美を連れて戻る事がギルフォードの仕事だったからだ。
 それを思い出したのは、琴美が死を覚悟した直後である。久々の獲物に興奮し、自分が雇われの身である事を忘れていた。ギルフォードが焦りを覚えたとしたら、戦闘の最中ではなくこの瞬間だっただろう。「やべっ、殺しちゃ不味いんだったかな?」と思い至ったギルフォードは、木が倒れる瞬間に琴美の体を攫い、念入りにもう一撃を加えておいた。
 琴美は呻き声一つ上げずに気絶した。呆気ないと言えば呆気なかったが、それまでに散々消耗させられ、精神的にも参っていたのだ。トドメの一撃を気力で乗り切るなど出来るはずもない。
 対するギルフォードは、左手に切り傷を作ったもののそれ以外の負傷はない。
 ギルフォードにとっては、琴美は遊び相手にしかならなかった。暇潰しにはちょうどいい相手。しかし本気で相手をするには、物足りない相手だった。

「ま、こいつを辿っていけば、もっといい相手が見付かるかもなぁ」

 ギルフォードが期待する所があるとすれば、その一点だ。
 正直、組織に琴美を連れて帰る任務などどうでも良かった。何しろ、琴美は手練れの戦闘員だ。ならばちょっとした弾みで殺してしまう事もある。助けずとも、いくらでも言い訳はたっただろう。
 しかしそれをしなかったのは、ここで生かして組織に連れて帰り、琴美を尋問するためだ。
 何故研究施設に侵入したのか? どんな情報を欲しがったのか?
 そんな事はどうでもいい。自分が欲しているのは、琴美がどこの組織の所属で、どんな相手がいるのかだ。

(そろそろここも飽きてきたしな‥‥)

 退屈な警備にも、そろそろ飽きが来ていた所だ。
 ここらで一つ、新しい殺し合いの場を探してみるのもいいかも知れない。
 ピクリとも動かない琴美を荷物のように担ぎ、ギルフォードは森の中を歩き出す。既に森は目の前も見えない闇夜に包まれていたが、その程度のハンデは苦にもならない。琴美が闇夜に蠢く忍びなら、ギルフォードとて昼夜を問わずに法を犯す犯罪者だ。闇に乗じて殺しをする事など日常である。
 ‥‥さて、思ったよりも遊びが過ぎたようだ。
 早々に借宿に帰って、この土産で楽しむとしよう。



 ‥‥‥‥二人は闇夜の中に消えていく。
 それはまるで、琴美が奈落の底へと消えていくかのようだった‥‥‥‥‥‥




FIN



●●参加PC●●
8036 水嶋・琴美

●●あとがき●●

 初めまして、メビオス零です。いつもなら一作ずつに後書きを入れているのですが、今回は三作同時という事で、この最終話に後書きを入れさせて頂きます。
 今回のご発注、誠にありがとうございます。期待して頂いていたようで、ありがたいばかりです。
 さて、シナリオはいかがでしたでしょうか? 戦闘シーンばかりで少々物足りないかも知れません。特に「琴美の色っぽさが足りない!」と思われていると思います。すいません。格好からしてもあんな事やこんな事な要素がいろいろあるのに‥‥‥‥勿体なかったかなぁ、とも思います。ていうかギルフォードさん、遊びすぎです。イメージ的にはいつでも一撃で仕留められたでしょうに‥‥‥‥義手に関しては、機能をちょっと自重しました。本気で義手の機能を使い始めたら危険だと思ったので。
 作品を気に入って頂ければ幸いなのですが‥‥‥‥作品へのご指摘、ご感想、ご叱責などがございましたら、ファンレターとして送って頂けると非常に嬉しいです。たとえご叱責でも、今後の作品の参考にさせて頂きます。
 それでは、この辺で‥‥‥‥
またのご発注がありましたら頑張らせて頂きますので、よろしくお願いいたします(・_・)(._.)