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<東京怪談ノベル(シングル)>


漆黒の疾風、土気色の蛇 〜決着〜


 どれだけの時が、ふたりの間を駆け巡ったのだろうか。
 まもなく闇夜の戦闘に決着がつくだろう。わずかに風の音が響くが、獣たちの雄叫びは聞こえない。もしかしたら人間の戦いを察知し、固唾を呑んで見守っているのだろうか。

 琴美の劣勢は揺るぎない事実となって目の前に立ちはだかった。それはまるでギルフォードなる敵のように。もはや戦いにおける執念でさえも、彼の方が凌駕している。意識の差、力量の差がそれを雄弁に物語っていた。
 しかし彼女が受け止める場合、これらはすべて自分が基準となる。今までも己の力を信じて戦ってきたのだから、至極当然のことだ。この時ばかりは他人を基準にした表現で受け止める方が精神的なダメージも少ないのだが……

 「ふひひひひっ! どうした、さっきまでと間合いが違うじゃねーかよ? どうしたぁ? どうしたぁ?!」

 今の彼女は致命的な一撃を食らわないであろう場所でクナイを構える。ところがそれを嫌うかのように、ギルフォードは自分から間合いを詰めてきた。もちろん琴美がそれを『チャンス』と思えないほどのもの。緻密に計算された、狡猾な動きである。異常なまでのプレッシャー。ここまでせずとも、彼の狩りは成立するかもしれないのに。
 琴美はある選択を迫られる。これ以上ギルフォードの行進を許せば、自分の身を危険に晒してしまう。さまざまな選択肢が存在するが、まず前か後ろ……このどちらに進むかが問題だ。攻めの姿勢を見せるか、それとも大きく避けるかは、この後にでも考えればいい。とにかく今はこれ……この二択。ここまで敵の攻撃は、カウンターに近い形が多い。本気で攻める時の動作を見ていなかった。そこから判断するに、カウンターを狙わせてはいけない。ましてや、今の武器はハンマー。これを受ければ、さすがの琴美ももう無事では済まない。

 前だ。そう思った瞬間、彼女は飛び出す。
 四肢こそ自在に動かせるものの、体のダメージは想像以上だ。だが、今さら後には引けない。敵にクナイを向け、敵の弱点めがけて接近した!

 「うひ! まだ動けんのかよ! あんた、ホント女とは思えねぇくらいタフだなぁぁぁ!」

 ギルフォードはおどけた素振りを見せるが、琴美はそのふざけた態度の意味をちゃんと見切っている。あれは数秒後に火花を散らすその時に備え、攻撃なり防御なりの動作を兼ねているのだ。彼女はすさまじい速さのチャージで、また長く美しい髪を優雅に躍らせる。
 そして再び、それぞれの獲物が煌く。敵の初手は、ハンマーの横振り。今回に限って言えば、攻めに転じた格好となった。ところが、これが驚くほど大振り。この後にカウンターか反撃を繰り出そうにも、体勢そのものが崩れてしまう。琴美はある一点に集中し、ハンマーの軌道を予測した。そこから一気に攻めへ転ずる。なんとそのクナイは無謀にもハンマーを砕かんと突きたてられたのだ!

  ガキン!
 「あへ! そんな蚊の刺すような攻撃が効くわけ、って、おまっ! 何やってん……だぁぁぁぁっ!」
 「はっ! とりゃあーーーーーっ!」

 琴美は脅威の身体能力と反射神経で、ついにギルフォードの後ろを取った!
 自分の持つクナイで敵の義手を破壊できないのは、ダメージを受ける前に仕掛けた攻撃でわかっている。だから、逆にその頑丈さを利用した。彼女の狙ったのは、言うなれば『一転集中』。ハンマーのどこかの面にクナイの先端を接すると同時に、巧みな体重移動と天性の運動能力を駆使し、そのまま宙を舞うというトリッキーな動きを見せる。もちろん相手に悟られぬよう、持てる力をすべて使った。
 その結果、ギルフォードの隙を突くことができた。まだ彼の右腕、いや全身は左へと流れたままである。これを逆に振ろうにも、琴美は背後にいる。このまま振りかぶったとしても、その威力は今までほどではない。彼女はクナイで、急所である首筋を狙う。ついに毒蛇に牙を突き立てる時がやってきた!

 「覚……」
  ボグッ!

 突然、横っ腹に鈍痛が走った。さっきのダメージが痛み出したのだろうか。琴美はかっと目を見開く。しかし、その視界は曇っていくばかり。
 今はもう、敵の無残な姿が地面に横たわっている。それを確認しなければ……そして、早くこの場を離れなければ。なのに、どうにも頭がはっきりしない。それどころか、走ろうにも走れない。
 彼女は自分の身に何が起きたのかを理解していなかった。いや、理解できなかったのだ。ギルフォードが乱暴に髪をつかんで、耳元で話しかけているというのに。

 「ああん? なんだってぇ? おいおい、聞こえねぇなぁーーー! 耳が悪くなったかな? ひゃひゃはは! もう一度言ってみろよ?」
 「ぐ、ぐはっ……うはっ……」

 毒蛇は生きていた。いつものように舌をなめずっている。彼は右腕を細身の棍棒に変えていた。
 この戦いで優位に立っているギルフォードが、わざわざ敵に隙を与えるほどの大振りをするわけがない。いや、それをする必要がない。それは琴美も承知の上だった。しかし奇策を駆使して敵の背後に立つことに集中しすぎたせいで、皮肉にも肝心な部分を見過ごしてしまう。琴美が『決着』というゴールに向かう近道に、もっとも危険な落とし穴が待ち構えていた。
 半身になった瞬間、ギルフォードは武器を変化させた。それは大振りとなった体勢を瞬時に戻すためのものである。だからどうしても細身の武器に変えざるを得なかった。そしてハンマーで作った勢いを活かし、そのまま足を踏み切って獲物に襲う。それはまるで、独楽のような動きだった。ここまで琴美には、蓄積されたダメージがある。自分の攻撃が体に当たれば、戦闘不能に追い込めるはずだ……彼はそう考えていたのだろう。それが相手の動作も幸いし、わき腹にクリーンヒットしたというわけだ。


 琴美はゆっくりと記憶を失った。それは同時に、この戦いに敗北したことを意味する。ギルフォードは勝利を宣言するかのように、高らかに笑い続けた。しばらくすると、彼女を担いで道なき道を歩き始める。行き先はもちろん研究所だ。
 森林はにわかにざわめく。それは意外な決着に驚いているかのようでもあり、この先の展開を案じているようでもあった。