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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇夜の者達・弐

「くっ…!…どうすれば…ッ!」
琴美のダメージは深刻なものだった。丸太のように太い脚から繰り出されたファングの蹴りは、脇腹から肋骨に衝撃が伝わっている。…骨に、ヒビが入ったのだろうか。動こうとするたびに針で刺したような痛みを、琴美は感じてしまう。
「これで降参、なんて言うんじゃねぇぞ、姉ちゃん。…闘いは始まったばかりなんだからよォ」
一方の相手…ファングという傭兵は、ダメージはほとんどないように見える。両膝にクナイを突き刺したのに…まるでその痛みを感じていないような、実に楽しそうな笑みを琴美に向けている。
…このダメージでは、退却するにも出来ない。自慢の素早さが、脇腹の痛みで消されてしまう。…ここで闘うしかない、琴美は覚悟を決めて立ち上がり、再び戦闘の構えを取る。
「へへ…そうこなくっちゃなァ…。…いくぜぇッ!」
そんな琴美の様子を満足そうに見つめた後、ファングは一気に琴美との距離を詰める。大きな身体に似合わず、脚力は琴美に負けず劣らず素早い。琴美の眼前まで迫ると、ハンマーのような右腕で琴美の顔面に殴りかかる。
瞬間、琴美はファングの眼前から姿を消す。
正確には姿を消したのではない。素早くしゃがみこんでファングの目から自分の姿を消し、フックをかわす。腕が通り過ぎた後で勢いよく立ち上がり…もう一度、ファングの顎を目掛けて蹴りを放つ!
「ぐむゥッ!」
肉付きのいい太腿から繰り出される蹴りには、女性とは思えないほどの威力が秘められている。前傾姿勢から一気に仰け反る形になったファングに、もう一撃…大きな胸を揺らし、今度はこちらから距離を詰める。
「はぁっ!」
琴美はファングの鼻目掛けて、肘鉄を繰り出す!
ボキッ!
鼻骨が折れる音を聞くと、ファングの顔面からは多量の血が噴出す。…決まった、そう琴美が思った瞬間、琴美の腕は相手に掴まれてしまう。
「なっ…!?」
「へへ…捕まえたぜぇ…」
コイツ…痛みを感じないのか!?驚きながらも、その手を振り払おうとする琴美。しかしファングの握力は尋常ではなく、もがいても解けるものではない。
琴美の身体は赤ん坊のように軽々と持ち上げられると、いつの間にかファングは琴美の肋骨を両腕で抱いていた。
「これで逃げられないぜ…姉ちゃんよォッ!」
そう言うとファングは、琴美を抱いた両腕でその身体を思い切り締め付け始めた。
「…ッ!あ、ぐゥゥッ!!はァァッ…!!」
ギチ…ギチ…。骨が軋む音が、琴美の身体から聞こえる。
胸と腕を抱え込んだ状態からの、ベアハグ。これでは先ほどのようにクナイで突き刺しての脱出が出来ない…!必死に脚をバタつかせてもがくも、琴美にダメージはない。
「くぅ…っ!あ、ッ…!!」
豊満な肉体が、腕力で締め付けられていく。段々と呼吸すら出来なくなり、意識が遠のく。もがく力も、琴美からは徐々に失われていき…。
「くくく…終わりだなァ、姉ちゃん…」
「あ…ぐ…」
もはや限界寸前。意識を失いかけている琴美は…最後の力を振り絞り。
思い切り脚を、後ろに振りかぶる。
…ガンッ!
その脚で思い切りファングの…急所を蹴り上げる。
「ガァァッ!?」
流石にこれにはファングもダメージがあったのか、抱きしめていた腕をパッと離す。琴美の身体は地面に投げ出されるが、失いかけている意識を復活させ、どうにか着地をする。
「はぁ、ッ…はぁ…!」
呼吸を復活させ、とにかく戦闘の出来る状態を復活させる。…あれだけ強く蹴り上げたんだ、しばらくはファングも痛みに感けている筈…。
…だからこそ、もう一撃を放ち…トドメを刺す!
琴美は立ち上がり後ろにステップをすると…ファングの腹部に強烈な蹴りを放つ!
ドンッッ!!
ファングは後ろに吹き飛ばされ、その大きな身体は地面へと倒れこんだ。
「…っ!…や、やった…。…はぁ、はぁ…」
それを見届けると、琴美は追撃はせず、その場に膝をつく。…今は攻撃より、ダメージの回復が優先だ。既に満足に動く事も出来ない、琴美の身体。…走る事はおろか、立ち上がれるのかも微妙なところだ。
…しかし…。
「…うひゃひゃひゃ…。…楽しいねぇ…」
「っ!!」
笑い声が聞こえると、ファングは軽々と身体を起き上がらせ、服についた汚れを手で払う。…その様子には、先ほどまでの攻撃の後遺症はまるで感じない。まるで何もなかったかのように…ファングはまた、満面の笑みを琴美に向けるのだった。
「そん、な…!あれだけ攻撃したのに…っ!」
とにかく…攻撃に備えないと…!
…そう思っても、琴美の身体は言う事を聞いてくれない。
痛めつけられた身体は自由を失っていて、既に立ち上がる事も出来ない。加えて、朦朧とした意識では素早い相手の動きに対応も出来ない。しかも…いくら攻撃をしても、相手の筋肉がこちらの打撃を全て吸収してしまう。
…戦闘は依然、ファングの支配下にあった。
「下手な相手と戦うよりよっぽど面白いぜェ…。もっと遊びてぇなぁ、姉ちゃん」
「…それは光栄ですね」
苦し紛れに、琴美は笑ってみせるが…息切れはまだ抜けない。荒い息を静めるように深呼吸をするが…その度に肋骨に痛みが走り、回復も出来ない。…絶体絶命、とはこの事なのだろう。
「…だが残念。俺は遊び道具は…すぐ壊しちまうんだよなァ…」
動く事も出来ない琴美の状態を見切ってか、ファングはゆっくりと…琴美に近付いてくる。
一歩、二歩…。
その距離を詰められる度に、恐怖心が琴美を襲う。
逃げたくても、逃げられない痛んだ身体。圧倒的な、実力差。攻撃しても倒れないファングの身体。自分に…何か策はあるのか?何度も自分自身に問いかける。
屈んだ状態の琴美に近付く、巨大な肉体。
再戦へのタイムリミットは…刻々と近付いていった。