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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


面影を探して

「そうは、言われてもねえ」
 珍しく困惑した表情で碧摩・蓮は呟いた。
 ここは彼女が運営するアンティークショップ・レンの中だ。
 いつものようにカウンター内に腰を据えた彼女の前には、幼い男の子が立っている。
 蓮はその姿を確認すると、困ったように天を仰いだ。
「父親に会えるアイテムなんてのは、ここには無いんだよ」
 そう口にしながら子供に視線を注ぐ。
 まだ5歳かそこらの子だろう。幼い顔を涙でくしゃくしゃにして訴えられて正直困っている。
 男の子の願いは、先月亡くなった父親に会うこと。その為に蓮にアイテムを貸してほしいと言うのだ。
 別にそうしたアイテムが無いわけではない。だが、自然の摂理を無視したアイテムはそれを使用する際のリスクが高い。
 そんなものを子供に勧めるわけにはいかないし、他にも理由は存在する。
「悪いが、他を当たって……」
 苦渋の決断で子供に断りを入れようとした時だ。
 店の扉が開き、客が入って来た。
「おや、お客さんかい――何、仕事が欲しいだって?」
 訝しげに細められた瞳が、スッと男の子に落ちた。
 泣き腫らした目が赤く染まり、何度も擦った痕が伺える。その目を見て、蓮の視線が客に向かった。
「そうさね……無くはないが、あんたで務まるかどうか……」
 品定めでもするように向けられた視線に、客の返事が返ってくる。
 それを聞いて蓮は決心した。
「じゃあ、この子の面倒を見ておくれ。もし見きれなくなったら、これを読みな」
 そう言って差し出されたのは、一枚の紙切れだ。
 こうして客として訪れた人物が、男の子の願いを叶える為に奔走することとなる。

   ***

 豪邸と呼ぶにふさわしいお屋敷。
 その一室に、王林・慧魅璃は男の子と一緒にいた。
 涙で濡れた顔と、赤く腫れあがった瞳が痛々しい男の子は、アンティークショップ・レンで知り合った男の子だ。
 慧魅璃は爺やが用意した紅茶のカップを手にすると、椅子に腰を下ろす男の子の前に膝をついた。
「もう泣かなくても大丈夫です」
 そう言いながら温かな湯気が上るカップを差し出す。それを目にした男の子の目が瞬かれた。
「慧魅璃さんが、あなたを手助けします」
 にっこり笑ってみせる慧魅璃に、男の子は涙を止めると、じっと彼女の目を見詰めた。
 蛍光灯の灯りを浴びても、金色に輝く不思議瞳を見つめる男の子の表情が少しだけ和らぐ。そのことに笑みを深めると、慧魅璃はカップを脇に置いて彼の顔を覗きこんだ。
「慧魅璃さんに、話してくれますか?」
 元々、人を落ち着かせたり和ませたり雰囲気があるせいか、慧魅璃の言葉に男の子は落ち着いたように頷いた。
「……パパに、会いたい。パパ、気付いたらいなくて……お姉さんたちが、パパは遠くに行ったって……」
 次第に納まった筈の涙が瞳を覆い始めた。それに気付くと、慧魅璃はハンカチを取り出して彼の目に宛てた。
「遠くに行ってしまった、パパさんに会いたいんですね」
 こくりと頷く姿に少しだけ視線を落として考える。蓮から聞いた話で大体のことは理解している。男の子が会いたいのは亡くなった父親だ。
 それに会うためにはいくつかの方法が存在する。その中でも確実な方法を慧魅璃は承知しているのだが……。
「ちょっとネックがありますが、あの方法が良いでしょう」
 慧魅璃はそう呟くと、男の子の頬を伝う涙をそっと拭った。そして彼の顔を覗きこんで微笑んでみせる。
「慧魅璃さんが、パパさんに会わせてあげます」
「え?」
 目を瞬いて不思議そうにしている男の子に、慧魅璃はもう一度笑ってみせると彼に背を向けた。
 そして両手を掲げて意識を集中させる。
「数多の世界とこの世を繋ぐモノ――少しだけ、慧魅璃さんに力を貸してください」
 慧魅璃の言葉に応える様に彼女の目の前に、白い光が集結する。そうして現れたのは、アンティーク調の電話だ。
「少しだけ待っていてください」
 くるりと男の子を振り返って声をかける。
 当の男の子は不可思議な現象に驚いて目をパチクリさせているが、そこら辺は想像の範囲内だ。
 慧魅璃はダイヤル式の電話の受話器を取り上げると、ジーコロ……と、ダイヤルを回した。
 彼女が召喚した電話は、異界と交信可能な彼女が呼ぶことのできる現象の一つだ。
 慧魅璃は聞こえてくる応答の音を聞きながら、縋るような視線を向けてくる男の子に微笑んだ。その直後に聞こえてきた声に、彼女の目が電話機に移る。
「もしもし、慧魅璃さんです」
 受話器の向こうから聞こえて来たのは、機械的で何処か人間離れした声だ。
「ちょっとお願いがあるのですが……」
 慧魅璃の声に向こう側もそれは承知と、彼女の願いを聞こうと促してくる。それに応える様に慧魅璃は事の次第を説明した。
「――と言う訳なんです。お願いできません?」
 そして返ってきた言葉に、慧魅璃はニッコリと笑う。
「それなら大丈夫です」
 すんなりと頷く彼女に提示されたのは、願いをかなえるための「代償」だ。
 彼女が会話を繰り広げる相手は、死界を見守る悪魔だ。悪魔は約束事や契約の際に、それに見合う代償を求める。そして今回の慧魅璃の頼みにも、例に漏れず代償を求めてきた。
「代償は慧魅璃さんが払います」
 何の迷いもなく言い放った慧魅璃に、受話器の向こうで悪魔が慌てるような声を返してきた。
 代償とは血だ。しかもそれは願いを叶える時間が長ければ長くなるほど多くなる。
「慧魅璃さんのお願いは、パパさんを死界から一時的に招いて男の子と会うことです。それが叶えられるのなら、安いものです」
 きっぱりと言い切る慧魅璃の言葉に迷いはない。悪魔にもそれは伝わっているのだろう。困惑した声が聞こえ、もう一度だけ問いが向けられたようだ。
「慧魅璃さんは平気ですよ。結構、おまけしてくれていますし」
 まるで受話器の向こうに居る悪魔に見えているかのように首を傾げる慧魅璃に、悪魔もようやく折れたようだ。
 呆れたように言葉を紡いだかと思えば、その瞬間、室内の照明が消えて代わりに淡い光が現れた。
 その中心に人影らしきものが見える。
「パパ!」
 男の子が椅子から飛び降りて駆け寄った。
 飛び付くように縋ったのは、線の細い男性――男の子の父親だ。彼は息子に腕を回すと、愛おしそうにその体を抱きしめた。
 その様子を、慧魅璃は受話器を置きながら見つめる。
「良かったですね」
 そう呟いて、ふと違和感を覚える。
「おかしいですね。慧魅璃さんがお願いしたのは、会うだけの筈ですが……」
 慧魅璃が悪魔にお願いしたのは、男の子と父親の再開だけだ。通常、生身の人間と魂だけの存在は触れることが出来ない。だが目の前の2人は確かに存在を確かめあうように抱き合っている。
「サービス、でしょうか?」
 思案げに首を傾げた慧魅璃の元に、電話が掛って来た。目を向ければ、彼女が召喚した電話が鳴っている。
「はいはい、慧魅璃さんです?」
 普段、電話をかけることはあっても掛ってくることはあまりない。不思議に思って出ると、先ほど交渉した悪魔からだった。
「あらあら、じゃあこの子は……」
 悪魔が慌てたように紡ぐ言葉に、慧魅璃の目が親子に向かう。そしてその目が不意に時脇に飛んだ。
「え、要らないんですか? でも……」
 チラリと2人を見て視線を落とす。
 会わせるための代償は要らない。そう悪魔は言って来た。その代りに提示されたことがある。
 慧魅璃は受話器を置くと、2人に歩み寄った。
「あの……お取り込み中、失礼します」
 渋々と言った様子で声をかけた慧魅璃に、父親の顔が上がった。
 不思議そうに向けられる視線を受けて、言うか言うまいか迷って視線が落ちてしまう。それでも聞かなければいけないことがある。
「あの……先月、飛行機事故で亡くなったって、本当ですか?」
 悪魔が慧魅璃に告げたのは、父親の亡くなった経由だった。そしてそこには重大な秘密が隠れていた。
「はい。私たちは旅行先から帰る途中で、飛行機事故にあいました。私はそこで亡くなり天界へ……」
 そう言って息子に視線を落とした父親に、慧魅璃の眉尻が下がる。息子を残し1人で天界へ向かわなければいけない親の心情など分かる筈もない。それでも痛いという気持ちだけは分かる。
「息子さんも、一緒だったんですよね?」
 慧魅璃の問いに、父親は小さく息を吐いて頷いた。
「はい。この子は、即死を免れて病院へ……そこまでは付いていけたのですが、その後が分からず」
 父親はそう言って息子の頭を撫でた。
「お友達が言っていたことは、事実だったのですね」
 先ほど悪魔から聞いた言葉が頭を過る。
 飛行機事故で亡くなったのは、男の子の父親。そして男の子自身だ。ただ男の子の場合、遅れて亡くなったために1人で天界に行かなければならなかった。
 だが父親を探す心が強かった彼は、一人彷徨う宿命を負ってしまった。それを解消するために、蓮の元を訪れたのだが、蓮はそれを断った。
「蓮さんは、知っていたのですね」
 会っても解決しない。会うだけでは何も変わらない。それが蓮にはわかっていたのだ。
 慧魅璃は蓮から預かったメモを取り出すと、それを目の前で破りさった。そして父親の顔を見て言う。
「パパさんにお話があります」
 真っ直ぐに見つめる瞳が、複雑そうに笑みを模った。きっと既に全てを理解しているのだろう。そのことに慧魅璃の胸の奥がチリリと痛む。
 彼女はそこに手を添えると、小さく息を吸って言葉を吐き出した。
「その子は……息子さんは、もう……」
 肝心な部分を口に使用して、頬を熱いものが流れた。それを男の子の父親の手が拭う。
「それ以上は言わないでもわかっています。後は、この子を一緒に連れて行く方法が……」
 彷徨う定めを負った魂は簡単に天界へ行くことはできない。父親はそれを承知しているのだろう。思いつめた表情で息子の手を握った。
「私がここに残ればこの子は――」
「慧魅璃さんがなんとかします!」
 何かに突き動かされるように言葉を口にしていた。そして直ぐに行動に出る。
 瞼を閉じて両手を胸の前で組んで、意識を遠くへ繋ぐ。
遥彼方、空の先、宇宙の先に存在する万人がいずれ向かう場所。死界を統べる長に願う。
「お願いです。お2人のために、天界の門を開けてください」
 慧魅璃の声が柔らかく部屋の中に響く。
 その直後、蛍光灯の灯りが光を失った。そして闇が訪れたのと同時に、部屋の壁に不可思議な空間が生まれる。
 何処まで続くかもわからない階段が顔を覗かせるそこは、白く神々しい光を放って万人を誘う。それを目にすると、慧魅璃はその場に力尽きたように膝を吐いた。
「お姉ちゃん!?」
 今まで父親に縋りついていた男の子が駆け寄ってきた。そして慧魅璃の肩を掴むようにして顔を覗きこむ。
 触れてはないはずなのに、温かな感覚が肩に広がる。
「行ってください。今なら、お2人で行けます」
 にっこりと笑ってみせる慧魅璃に、男の子は困惑気味に目を瞬いた。そこに父親の大きな手が息子に伸び手優しく手を掬い上げる。
 目を向ければ、穏やかな視線がそこにはあった。
「有難うございます。このご恩は、決して忘れません」
 深々と頭を下げて息子の手を引く。
 その瞬間、慧魅璃の頬に温かな何かが触れた。
 目を瞬いて見つめれば、男の子が照れくさそうに笑っている。
「ありがとう、お姉ちゃん」
 そう言って父親と共に階段に向かって去ってゆく。その背を見つめる慧魅璃の視界がグラついた。
 どうやら死界の長にお願いをした代償が来たらしい。強烈な貧血に慧魅璃の身体が崩れ落ちた。

 慧魅璃が目を覚ましたのは、数分後の事だった。
 豪華な造りの部屋の中で目を覚ました彼女は、未だに襲いかかる貧血に、少しだけ億劫そうに額に手を添えた。
 どうやら相当な量の血が抜かれたようだ。
「少し、無理をしました」
 そう言いながらも心は何処か晴れやかだ。
 慧魅璃はまだ僅かな感覚が残る頬に手を添えると、穏やかに微笑んだ。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8273 / 王林・慧魅璃 / 女 / 17歳 / お嬢様学校に通う学生。因みに、図書委員で合唱部(次期部長と囁かれてるとか) 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは当シナリオにご参加いただきありがとうございました。
慧魅璃PCがずいぶんとしっかりとしたお姉さんになっていますが、如何でしたでしょうか?
所々矛盾点が見えなくもないのですが、楽しんで読んで頂けたなら嬉しい限りです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。