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<東京怪談ノベル(シングル)>


駆け抜ける牙(3)


 ‥‥‥‥テレビモニターに映る光景を眺めながら、ファングの雇い主は呻き声を漏らした。

(元は、どんな廊下だったか?)

 モニターに映る廊下は、一面が深紅に染まっている。
 初撃で、ファングが雑兵二人の血肉を撒き散らしたために染め上げられたものだ。カメラはエレベーターホールの壁の一角に埋め込んであるため、紅く染まっているのはレンズに血痕が付着しているからかも知れない。と、頭領は思う。
 むしろ、そう思いたかった。何しろその深紅に染まっているエレベーターホールは、この階層から脱出するための唯一の道であり、この部屋の外の光景だ。ファングの勝利には不安など持たないが、終わった後に血みどろの廊下を歩いて階下へ行くのかと思うと憂鬱になる。

(それにしても、予想以上に‥‥粘るな)

 そしてそんな光景を作り出すに至った原因‥‥‥‥いや、原因はファングにあるような気もするが、一応はそのファングがでるに至った元凶の少女を、モニター越しに観察する。
 ファングに殴られ、傷つけられてボロボロになっている少女。年の頃はまだ十代か、二十代前半だろう。長い黒髪が乱れる事にも構わずに飛び回り、ファングの猛攻に耐えている。
 身体を包んでいた着物は、既に原形を留めないほどに破り捨てられていた。直撃を受ければ即死決定‥‥そんな攻撃を紙一重で躱し、カウンターでダメージを与えていく。意図して狙っているわけではないだろうが、身体すれすれを掠めるファングの拳は、少女の着物を破り、宙に舞わせていく。
 美しい肢体に豊満な少女の身体は、瑞々しい艶気を保ち、様々な女性を見てきた裏組織の幹部でさえも呆気なく籠絡させるだろう。
 惜しい事があるとすれば、そんな肢体が目にも止まらぬ速さで目まぐるしく走り回り、色気など欠片も感じられない事か‥‥‥‥追いかけ回しているファングは少女の身体になど興味がないらしく、高笑いを上げながら走り回っている。少女がギリギリで躱せるように速度を調節しながら拳を振るい、少女がどんな抵抗をするのか、どうやってこの窮地を潜り抜けるのかを楽しんでいる。
 ‥‥‥‥裏組織の頭領と言えど、戦闘に関しては素人と言ってもいいレベルである。
 しかしそんな素人の頭領でも、ファングがまるで力を出していない事は理解出来た。
 これまで、散々余興として商品の生物兵器を与えてきた。邪魔な組織を潰させたり、地下の研究施設で脱走しそうになった生物を鎮圧する様も見てきた。
 だからこそ理解出来る。
 多少“本来の力”を発現させて身体を大きく、力も引き上げているようだが、それでも“原型”に戻った時の力と比べてしまうと、恐らくは二割、三割出ているかどうか‥‥‥‥
 一瞬たりとも止まらずに走り、戦局を覆そうとする少女の動きは、確かに称賛に値する。
 本来ならば、とうの昔に殺されていておかしくないと言うのに、それでもまだ生きている。少女はなけなしの力を振り絞り、ファングの手から逃れようと必死で走り、必殺の一撃を繰り出し、弾き飛ばされている。
 生半可な鍛錬では、そんな抵抗すら出来ずに終わっていただろう。
 頭領は、廊下から響いてくる爆撃のような轟音を耳にしながら、少女をどうするべきかを考えていた‥‥‥‥


●●●●●


 ‥‥‥‥耳元を過ぎ去っていく豪腕は、掠っただけで水嶋 琴美の顔を吹き飛ばしそうな勢いだった。
 甲高い音をブーツで刻み、肉薄してくるファングを迎え撃つ。突き出された拳を受け流し、カウンターでファングの腹部に肘を叩き込む。しかし深いダメージは与えられない。本来なら悶絶し、それだけで行動不能に陥りそうな完璧なカウンターも、鍛え抜かれた筋肉の前には無力だった。
 打ち込みは浅く、深いダメージは与えない。しかしそれと引き替えに、琴美はすぐに回避行動に移る事が出来た。通り過ぎていたファングの腕が折れ曲がり、琴美を抱き締めるように押し潰そうとする。咄嗟に伏せて躱す。元々体格差が激しいため、この動作にはさほど労力もプレッシャーも感じなかった。
 だが、その後が続かない。
 琴美を絞め殺そうとしていた腕は、軌道を変えて琴美の身体を床に押しつけ、潰そうとしてくる。捕まれば逃れる事は出来ない。琴美は床に転がり、その手から逃れにかかった。肘打ちを打ち込むために足を踏み込んでいたため、不自然な体勢で床を転がる。勢いなどない。ほとんど力任せに倒れ込んだだけだった。
 ファングは姿勢を低く保ち、転がった琴美を追撃した。床に叩き付けた手の平を固め、床を走るように拳を繰り出す。体全体を回転させ、ファングの間合いから逃れようとした琴美に正拳突きを見舞いにかかった。

「そんなのっ!」

 喰らって堪るかとばかりに、琴美は床を全力で叩き、身体を浮かせる。膝を瞬時に折り曲げて転がる方向を変え、無理矢理に上体を起こしにかかる。目の前を通り過ぎる拳。受けていたら首が飛んでいたか‥‥‥‥ファングに目を向ける。
 ファングの巨体からしてみれば、体勢を低く保たなければ琴美を捕捉しきる事は出来ないだろう。現に、その弱点を突き続ける事で、琴美はここまでファングの猛攻を凌ぐ事が出来たのだ。
 大振りの一撃を躱した事で、ファングの体勢が崩れた。
 無理に低い姿勢をとっていたためだろう。ファングの身体はヨロリとよろけ、回転させていた体の軸が勢いに乗り、余分に半回転をし始めている。両足を広げすぎていたのか、踏ん張りもきいていない。

(好機!)

 それまでの場当たり的な反撃とは違う、明確なチャンスなのだと琴美は判断し、踏み込んだ。
 ファングには、身体のどの箇所を攻撃したとしても、ダメージらしいダメージを与えられない。鎧のような筋肉は琴美の拳を弾き、逆に打ち込んだ拳を痛める始末である。
肘や膝といった間接部を狙おうとしても、ファングとてみすみす黙って攻撃を喰らってくれるわけがない。琴美がカウンターで攻撃を繰り出せるのは、「その箇所なら喰らっても構わない」とファングが判断しているからだ。急所の類が狙えるタイミングでは、そもそもカウンターなど入れさせない。むしろ頑強な箇所を攻撃させ、琴美が怯んだ隙を突いてカウンターにカウンターを入れてくる。
 迂闊な攻撃は出来ず、琴美自身、気付いた時にはファングに致命打を与える事を諦め駆けていた。
 しかしこの状況は違う。姿勢を低く保ち、体勢を崩したファングの顔面を狙える位置。ファングの眼球には「しまった!」という文字が浮かび上がっていそうだ。
 手首が痛む。ここに至るまでの戦いの負傷は、確実に琴美の身体を蝕んでいた。
 足も筋肉が引きつり、下手をしたら無様に転んでしまいそうだ。
 それだけに、このチャンスを逃せば後はない。

(決める!)

 ガタが来ている身体も、ここに来て痛みを忘れて動いていた。
 度重なる酷使に悲鳴を上げていた身体が跳ね、全力でファングを仕留めにかかる。狙いは左眼。初手の時は歯でクナイを止めるという離れ業によって阻止されたが、今回はそうはいかない。傾いた角度からしても、顔をずらしたところで間に合わないだろう。
 琴美の身体が弓のようにしなり、バネのように爆発した。
 ほんの一瞬の出来事だ。ファングが体勢を崩したと判断した瞬間に行動し、仕留めにかかる。
 クナイは使い切っていた。しかし眼球を鍛えることが出来る生物などいない。たとえ女子供の力であっても、力任せに貫けば壊せぬ物ではない。
 跳ぶ事も防ぐ事も出来ず、ファングは琴美が繰り出した手刀をまともに――――

(なっ!?)

 指先に走った感触に、琴美は眉を寄せて驚愕した。
 まるではねつけられたかのような錯覚を覚え、琴美の手刀は弾かれていた。
 しかしファングは、手も足も琴美に向けてはいない。手で手刀を落としたわけでも、移動して躱したわけでも、顔を傾けて狙いを逸らしたわけでもない。
 ただ、ファングは回転していた。
 竜巻のような回転。それは一瞬の出来事だったが、確かに見た。琴美の指先がファングの左目に突き刺さろうとした瞬間に身体を回転させ、琴美の手刀を払っていた。指先には僅かに血が付いている。本当に突き刺さる寸前だったのだろう。ファングの目蓋は僅かに切れ、薄く血液が滲んでいる。
 ‥‥‥‥しかし、琴美はその成果を見届けることはなかった。

「むんがぁあ!!」

 獣が吼えると同時に、竜巻のように回転したファングの蹴りが放たれた。
 ファングは、ただ琴美の攻撃を躱すためだけに身体を回転させたわけではない。全身を回転させることで手刀の軌道を逸らし、琴美の脇腹を一蹴する。体勢を限界まで低く保ったままでの回し蹴り。それまでの戦闘で折られていた肋骨が内蔵に食い込み、琴美の身体に致命的な一撃となって突き刺さる。

「――――ぐぁ‥‥」

 しかしそんな内臓の痛みも、蹴りの痛みも琴美は感じていなかった。
 肉体のダメージによって意識を手放したのではない。痛覚もまだ正常で、走り抜ける痛みは正確に感じている。
 蹴りの勢いに乗せられ、琴美は壁に叩き付けられた。背中から伝わる衝撃は口内を鉄の味で満たし、振り子のように振り回された頭部は壁に打ち付けられ、揺さぶられる。
 ‥‥‥‥それが詰みの一撃となった。

「ぬぅ、しまったぁ! やりすぎたか」

 倒れ込み、動かなくなる琴美を前にして、ファングは舌打ちする。
 もう少し楽しみたかったのだが、つい琴美の反撃に乗ってしまい、カウンターを取ってしまった。
 それまでの戦いで、ファングもだいぶ興奮してしまっていた。普段は抑えている“原型”の力を引き出し、琴美の身体に叩き付けてしまった。普通の人間ならば、一撃で殺してしまうような力だ。それを何度も受け、躱し続けた琴美は、戦場でも得難い獲物だったと言うのに‥‥‥‥

「息はあるな」

 ファングは気絶していること身の容態をチェックし、その頬を叩こうとする。
 気絶しているだけなら、問題ない。無理矢理にでも起こして、もうしばらくは付き合って貰うとしよう‥‥‥‥

「そこまでだ」
「んあ?」

 声を掛けられ、背後を振り返る。
 それまで社長室に籠もっていたはずの頭領が、見かねたとばかりに腕を組み、難しい顔をして立っていた。
 傍には護衛も、共に社長室にいたはずの幹部や客の姿もない。
 危険を承知か、それとももう危機は去ったと判断したのか、頭領は単身で姿を晒してそこに居た‥‥‥‥

「もう、それぐらいにしたらどうだ? 十分に楽しんだだろう」
「なんだ。情けか?」
「まさか。まだまだ使えそうだからな。生かしておきたい。地下にまで運んでくれ」

 琴美ほどに鍛えられている人材は、なかなかに得難いものだ。モニター越しにそれを判断した頭領は、ファングが琴美を殺す、もしくは壊してしまう前にと止めに来たのだ。
 わざわざ姿を晒しているのは、ファングが“ついうっかり”琴美を殺したりなどしないようにだろう。如何にファングと言えど、雇い主の目の前で命令に逆らったのならば反逆者として扱われる。それを恐れるようなファングではなかったが、琴美を地下に‥‥‥‥地下の研究施設に連れて行くという命令が、ファングの好奇心を刺激する。
 ここで死に損ないにトドメを刺して反逆者になるよりは、命令に従って生かしておいた方が楽しめそうだ。ファングはそう判断した。
 呆れたように肩を竦め、琴美の体を肩に乗せる。

「俺は大歓迎だが。あんたはどうなんだ? こいつの狙いは、あんただろ」
「さてな。楽しめそうだからだが、理由としては不足かね」

 頭領はそう言い残すと、ファングの前を歩いて地下への直通エレベーターへ向かっていく。
 そもそも、自身の保身を最優先するのなら、ファングのようないつ裏切るとも知れぬ怪物を身近に置こうなどとは考えない。何か思惑があるのか、いまいち考えが読めずに眉を顰める。

(まぁいい。こいつがいれば、しばらくは退屈しそうにないからな)

 肩の琴美は、瀕死の重体で眠っている。
 しかし地下施設に行けば、数日で傷も癒されるだろう。死体や改造手術に対しては専門家が揃っているのだから、何も心配することはない。むしろ、目を覚ました時には以前よりも強くなっているかも知れない。そうなれば願ったり叶ったりだ。



 野獣は一人、哀れな生け贄に期待を寄せて、死臭を纏う地下の暗闇へと降りていく。
 動かぬ少女は、いつ目覚めるとも知れぬ闇の中を、ただ静かに漂い眠っていた‥‥‥‥




Fin





●●●あとがき●●●

 度重なるご発注に感謝しまくっているメビオス零です。
 前回とは違う戦闘になりましたが、いかがでしたでしょうか? 相変わらずお色気シーンはありません。でも結構脱げじゃってます。誰も気にしてませんけど(それどころじゃないですし)
 前が特製義手の殺人快楽者なら、今回は人外の戦闘狂‥‥‥‥琴美さんは相手に恵まれませんね。今回は前のに比べても一方的で、一矢すら報えていないエンディングでした。
 ファングの体にクナイや打撃が通じないのは、怪物としての力を少しだけ使っていたからです。人型を保ちながら怪物としての力を使い、琴美さんの攻撃を遮断していました。人間としての能力だけを使っていたら‥‥‥‥もう少し傷を付けるぐらいは出来ていますよ。きっと。負けるのは変わらないと思いますけど(百戦錬磨のバトルマニアが相手ですからね)
 今回のシナリオについてのご感想、ご叱責、ご指摘などが御座いましたら、ファンレターとか、次のご発注の時に言って下さいませ。参考にして、作品に生かしていきたいと思っております。
 では、改めまして、今回のご発注、誠にありがとう御座いました(・_・)(._.)