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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 洞窟の奥に『彼女』は居た +



「そういえばあんたは魔力の溜まり場になってるらしい洞窟の事は知ってるかい?」


 アンティークショップ・レンの店主、碧摩 蓮(へきま れん)はふと口にする。彼女はその細く長い指先に煙管に絡め、ふぅっと煙を吐き出した。
 店内に居た竜族の少女ファルス・ティレイラはぱちぱちっと目を瞬かせる。首を左右に振って知らないと意思を伝えれば、蓮は煙管をくるりと回した。


「じゃあ場所を教えてあげるから行って来ると良い。竜族なら美味しい話だろう? ああ、情報料なら後で中の様子を教えてくれればそれで良い」


 蓮の唇がすぅっと唇が煙を吸う。
 再び吐き出された頃にはティレイラの目は興味に満ち輝いていており、蓮が教えてくれる情報を聞き逃さない様彼女はメモを手にしていた。



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 しん、と空気が冷えているのを感じた。
 辺りを覆う木々の影が太陽の熱を遮断しているためだろう。青々とした木には苔もびっしり生えており、湿気の強さを知らせる。
 蓮が教えてくれた場所は郊外の自然保護区の一角だった。そう遠くではなかったため、「魔力のたまり場」に興味を抱いたティレイラは次の日早速問題の場所へと足を運ぶ。


「確かに洞窟の奥の方から何か感じるわね。これは期待出来そうっ!」


 微量ではあるものの確かに感知した魔力の流れに声をあげ、両手を組んで顔の横で振りながら彼女は喜ぶ。
 まずは光を。
 光源を期待出来ない洞窟の中に入るため、彼女はまず魔法を唱えた。柔らかな光を放つ光の球が彼女の周りに浮く。それも一つではなく幾つもだ。


「では、洞窟探索にしゅっぱーつ!」


 おーっ! と一人片腕を持ち上げ、荷物の入ったリュックサックを背に彼女は洞窟へと足を踏み入れる。
 念のため靴には滑り止めの魔法も掛けておいたからよっぽどの事がない限りは滑る事はないだろう。だが走っていく勇気はなく、彼女は静かに壁に手を当て、冷えた空気を掻き分けるように先へ進んだ。


「うわぁー、でっかぁーい!」


 入り口は狭く窄まって見えたが、中に侵入してみれば空洞部はティレイラが背に持つ翼を広げても余裕あるほど巨大だ。
 危惧していた段差も特に無く、まるで彼女を奥へと案内するかのように道は続く。
 ぴちょん、ぴちょん。
 洞窟の上の方から滴る水が下の方に落ち、それはすぐに氷と化した。氷の中には蝙蝠や蛇に似た形の鍾乳石が点在しており、どこか不思議な光景である。恐る恐るそれに触れれば本物のような精巧な作りになっていることに気付いた。


「やっぱり何かあるわね。……う〜っ、さぁむい! そろそろ何か見つかってもいいと思うんだけどなぁ」


 中に進むに吊れ当然ながら寒さが増す。次第に肌が痛み始め、ティレイラは自身の身体を手で擦る。
 だが摩擦で得られる熱は僅かでしかなく、体は冷える一方。


「あれは何?」


 ふと視線を寄せた先に存在していたのは湧き水。
 壁からちょろちょろと細い糸の様に溢れ出てくるそれだけはこの鍾乳洞の中でも凍る事無く小さな池の様に辺りを濡らす。
 だがそれがただの水場ではない事は彼女にはすぐ分かった。
 蓮が教えてくれた洞窟の魔力の根源――それはこの湧き水なのだと。


「やったぁ! これは大発見ねっ! そうだ、この水を師匠に持って帰ったらきっと喜んでくれるっ。それに蓮さんに情報も提供出来るわ!」


 翼をぱたぱたと動かし幸せな気分のままそう口にし、リュックサックから持ってきていた水筒を取り出すとその水を汲もうと屈む――が。


『酷いわぁ。どうしてその水を持っていっちゃうのぉ?』


―― ピチョン。
 項に一滴分の水が掛かる。


「ひゃ、ぁ!! 誰?!」


 同時に何者かの声が洞窟内に響き、次第に壁の中から手足が、胴体が浮き上がってきたかと思うとグラマラスな身体付きをもつ一人の女性が現れた。
 全体的に透き通った蒼、瞳はそれよりも濃い、まるで瑠璃のような色。
 足の先は洞窟の壁に繋がったままで、離れる事は出来ない様。まるで水が柔らかく固まって姿を作っているようで、それらの様子から相手が水の精霊である事はすぐに見て取れた。


『ちょっとぉ、此処のお水はあたしのお水なの。勝手に持っていかないでくれるかしらぁ』
「ちょっとくらい良いじゃない」
『だぁめ。ここの水はあたしのなの。そう昔から決まっているのよぉ。だから、一滴も持って行っちゃだめ』
「やだやだ、お水を持って帰ったら師匠にも蓮さんにも褒めてもらえるんだもん! 絶対汲んで帰るんだからね!」
『あら、悪い子ぉ。人の言う事は素直に聞いておいた方がいいわよ?』
「わ、私だってそれでも持ってかえるもん!」


 子供の様に「持って帰る」と言うティレイラ。
 対して理由も言わず「持って帰っちゃ駄目」という精霊の女性。
 一向に話が噛みあわず、互いに自身の主張だけ続けていたがやがて精霊の方が痺れを切らした。彼女は自身の唇にひとさし指と中指を触れさせ、それを天へと掲げる。
 すると今までただ滴るだけだった水が今度は『降り出した』ではないか。


「っ〜、冷たい!」
『あたしは、言ったわよ。持って行かないでって、此処ではあたしの言う事は絶対なの……絶対にその水は持って帰らせないわぁ』
「でも、私だっ――――ッ、うそ、何!?」


 ティレイラは翼を頭の上へと伸ばし、簡単に雨を避ける。
 翼の下から彼女は精霊を睨み付け、また反論の言葉を吐き出そうとした。しかしその言葉を紡ぐより先に彼女は自身の異変に気付く。
 翼や足へと飛んできた水滴が触れた部分から、じわじわと肉体が固まり始めているのだ。
 慌ててそれらを防ごうと魔力を解放しようとするも時は既に遅し。
 翼は完全に凝固し重たく彼女を上から押し付け、足もすでに彼女の意思では動かせない域まで達してしまった。


「止めてっ、いやぁあ、この水を、止めて!!」
『だぁめ』
「も、もう、持ってかえら……んっ、か、らぁ」
『何度言っても素直に帰らなかったあなたの言葉なんて信じないわぁ』
「っ、んぷ、ぁ……ぁ、っ……」


 精霊が降らした雨はそれ自体が『封印魔法』。
 鍾乳石の持つ白と灰の色彩がティレイラの身体を覆い、最後には呼吸すら出来ないよう胸や顔も固めてしまう。
 魔力解放を実行しようとした結果出てきた尻尾や角も合わせてティレイラは美しい鍾乳石へと姿を変えた。深い眠りへと陥る間際彼女は思う。奥へと続いていた道の途中見かけた不思議な蝙蝠や蛇の鍾乳石……それはこの状態を意味していたのだと。


 ぴちょん……。


 雨は止み、完全に鍾乳石へとなってしまった彼女の身体を叩くようにまた天井から数滴水が滴る。それも凍り、彼女の体からは細い氷柱が幾つも垂れた。
 精霊はふっくらとした胸を抱えるように腕を組み、片手を頬に当てる。


『ちゃぁんとお願いしたのにねぇ』


 ふふっと艶やかな息を吐き出しながらうっとりとした悦な瞳で見遣る。
 満足した彼女はやがて現れた時同様、壁に溶ける様に身体を埋めた。



■■■■



 数日後。


「おや、立派な姿になってるじゃないか」


 新聞の隅の方に本当に数センチ程の大きさの写真と共に載せられた記事は「隠れた名所に突如現れたオブジェ!!」というタイトルだ。
 白黒の写真でもはっきりと分かる――それがティレイラの成れの果てだと。


「やっぱりあそこには厄介な精霊が住んでいた様だね」


 新聞を読んでいた蓮は指先でぴんっと新聞記事を弾き、やがて飽きたかのように別のページを捲った。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3733 / ファルス・ティレイラ / 女 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】

【NPCA009 / 碧摩・蓮(へきま・れん) / 女 / 26歳 / アンティークショップ・レンの店主】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、お久しぶりです。今回も発注有難う御座いました!
 精霊をどういうタイプにするか迷い、この形に。
 凝固したティレイラ様は後日同じ様に好奇心で遊びに来た誰かに発見され、暫く観光地の一つとなったのかと!
 誰かに救われることをこっそりお祈りいたします(笑)