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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SS】終焉の序曲 / 葛城・深墨

 夜の街に突如現れた異形の生物。
 巨大な体に八つの頭、八本の足が器用に蠢き地面を這う。頭こそ異様に多いものの、明らかに蜘蛛の姿をしたそれは、複数の口から糸を出したり仕舞ったりしている。
 ギョロリと剥いた目が鋭く獲物を探すように周囲を見回していた。
 その異様な姿に、街を歩いていた少数の人物たちが悲鳴を上げたり逃げ惑ったり辺りは騒然としている。しかしまだ警察などは到着していない。
 その姿を僅かに離れた場所で見つめる人物がいた。
 黒い刀を手に蠢く化け物を見据えるのは、葛城・深墨だ。彼は自らが持つ刀の柄を握り締めると、一つ呟いた。
「やっぱり、また来たな」
 眇めた瞳で自らの刀を見やる。握り締めた愛刀――黒絵は自らの意思で持参した。
「そろそろ巻き込まれるだけってのも、な」
 そう呟いて抜刀の構えを取る。
 ここ何度か怪奇事件の類に巻き込まれてきたが、それは自分に意志ではない。今度は自分から巻き込まれるために事件を探していた。
「これもあいつの仕業、か? だとするなら、捕まえていろいろ聞きださないとな」
 脳裏に浮かぶのは緑銀髪の男、不知火の姿だ。
 深墨は表情を引き締める様に顎を引くと、軽やかに飛び出した。
 目標を捉えた目はそのままに、足は素早く街を襲う八つ蜘蛛に向かう。その間に黒刀身を抜き取ると、深墨は間合いに入れた八つ蜘蛛に向かってそれを振り下ろした。
「――ッ、硬!」
 びりびり痺れる手に眉を寄せながら飛び退く。そこに八つ蜘蛛の糸が放たれた。
「くそっ!」
 間合いを計るように後方に飛びながら、黒絵で迫る糸を断ち切る。
「多すぎる!」
 次々と襲い来る糸に、それを振り払うだけで精いっぱいだ。悪戦苦闘して糸を両断する――と、突然その動きが止まった。
 不思議に思って目を向ければ、そこに見慣れた姿を見つける。
「随分と硬そうな相手だね」
 そう言いながら金色に光る右目を細めるのは、月代・慎だ。彼は自らが持つ、目に映る術や現象、行動を抑える力を発動している。
 その効果か、八つ蜘蛛の動きが止まった。
「さあ、次はこの糸を切るよ!」
 相手の動きを抑えつけながら、右手を動かす。そして深墨に迫っていた糸を断ち切ると自らの元に回収した。
「あとはこの糸を――なっ!」
 軽やかに糸を手繰り寄せる慎の目が見開かれた。眼前で動きを止めていた八つ蜘蛛の首が動いたのだ。それに続いて足が動き、ギョロリと目が動く。
「危ない!」
 八つ蜘蛛の糸が慎に向かって伸ばされた。
 それに慌てて深墨が黒絵を手に斬り込む。しかしそこにも糸が迫っていた。
「くそっ!」
 次々と襲いかかる糸に近付くことが出来ない。そうしている間にも、八つ蜘蛛は慎に牙をむこうとしている。
「何で……」
 グッと目を細めて右目の力を高める。そうして動きを止めた八つ蜘蛛の、別の頭が糸を飛ばしてきた。
「!」
――ドサッ。
 重い音が響いて、慎の体が大きく揺らぐ。
 しかし想像していたほどの痛みはなく、むしろ痛みと感じるものがない。
「チッ、結局タダ働きか」
 慎の腕を引きよせて身構えるのは神木・九郎だ。彼は苦々しげに舌打ちを零すと、八つ蜘蛛の頭を見据えた。
「見てたが、硬い体にあの複数の頭。糸も厄介そうだ。策無しで突っ込むには部が悪い」
 九郎は慎の手を離すと、やれやれと肩を竦めて見せた。
 だがこうしている間にも、八つ蜘蛛の糸が2人に迫ってくる。しかし、それを軽やかに切り捨てた人物がいた。
「よお、お疲れさん」
 九郎の声に苦笑したのは深墨だ。
「これで巻き込まれ組がそろった訳か」
「……嫌なネーミングだね」
 深墨の言葉に慎が呟く。
 それを聞いて苦笑すると、九郎は八つ蜘蛛を見た。
 カサカサと動く八本の脚。それに連動する八つの頭が苛立たしげに糸を出したり仕舞ったりしている。まるで三人の出方を伺うような間だ。
「相手さんが待ってるぜ。どうする?」
 九郎はそう言って深墨と慎を見た。
 その声に深墨が黒絵を鞘に納めて前に出る。
「手っ取り早いのは、囮で引きつけて倒すって方法だな」
「となると、囮役は俺とあんたか」
 普段の役割を考えると妥当だ。
 しかし深墨は首を横に振った。
「いや、俺一人で行く。俺の術で引きつけてる間に、九郎は奴の死角を探して攻撃に備えてくれ」
「おい、1人であの野郎を引き受けるってのか」
 驚く九郎に深墨は頷く。
「俺の術なら攻撃は受けないし、それこそ妥当だ」
 確かに深墨が所持する術――シャドーウォーカーは自分の幻影を作り出す術だ。自ら攻撃を出せない代わりに、攻撃を受けないという特性がある。
「……わかった。じゃあ俺は死角を探して突っ込むか。その間に慎が奴に止めを刺す準備をする」
 割り振ればこんな感じだろう。しかし慎はその言葉に手を顎に添えて呟いた。
「そう簡単に言うけど、弱点でも分からないと止めの用意が――」
「火だ」
 突如聞こえた声に、三人の視線が飛ぶ。
 そこに居たのは、満身創痍の不知火だ。
「あれは八つ蜘蛛。冥王の気味悪いペットだ」
 不知火はその場に崩れ様に座り込むと、長々と息を吐いた。もう一歩も歩けない。そんな雰囲気を漂わせる相手に対して、3人が同時に眉を潜める。
「何のつもりだ」
 声を発したのは九郎だ。
 警戒を滲ませながら、頭を項垂れている不知火に視線を注ぐ。それに彼の目がチラリと上がった。
「どうせいるだろうと思ってわざわざ来てやったんだぜ。さっさと倒してこいよ」
 ヒラリと振られた手に、皆が顔を見合わせる。
「――だそうだが」
 不知火は気になるが、ここは八つ蜘蛛を倒すことが先決だろう。九郎は慎に視線を向けた。
 それを受けた慎が、コクリと頷きを返す。
「弱点さえ分かれば問題ないよ」
「なら、これ使って」
 そう言って深墨が放ったのはライターだ。
 見事に弧線を描いて手の中に落ちたライターを見て慎が頷く。それを見止めて深墨は視線を八つ蜘蛛に向けた。
「じゃあ、お先に。上手くやってくれよ」
 地面を蹴って八つ蜘蛛の間合いへと近付く。その際に黒絵を鞘に納めると、深墨はシャドーウォーカーを発動させた。
 自らの意思で動く分身を八つ蜘蛛の前に晒して構えを取る。案の定、八つ蜘蛛の目の殆どは深墨に向かって来た。
「しかし、人魚の時から気色悪いのが続くな……間近で見るともっと気色悪い」
 そう言いながら八つ蜘蛛を挑発するように間合いを詰めた。そこに大量の糸が浴びせかけられる。
 それを飛翔して避けると、視界の隅に八つ蜘蛛の上空に飛びあがる九郎の姿が見えた。
「上空から狙うのか? なら、下に目を向かせるべきか」
 呟くと、深墨は八つ蜘蛛の首の下に入り込むようにその身を滑り込ませた。そこに大量の糸が吐きかけられる。しかしそれが掛るのを寸前の所で交わすと、彼は八つ蜘蛛の真下に入った。
 そこから見える腹は、外から見るのと同様に分厚そうだ。
「ここを叩いても意味がなさそうだ。それでも、いる意味はある」
 深墨はシャドーウォーカーを解除すると、黒絵に手を添えた。
 抜刀の構えを取って見上げた先に、複数の目が見える。彼の狙い通り八つ蜘蛛の注意は深墨に向かっている。それを視界に留めて深墨の手が刃を抜いた。
――キンッ。
「ッ、ぅ……硬い」
 やはり一筋縄ではいかない。そこに八つ蜘蛛が糸を放ってくる。それをすぐさま刃で切り落とすと、深墨に向いていた八つ蜘蛛の目が上がった。
「見つかったのか?」
 深墨の目も吊られたように頭上に動く。しかし八つ蜘蛛の体の下に居るために上手く伺えない。
「1度外に――!」
 深墨が駆けだそうと地面を踏んだ時だ。
 妙な違和感が彼を襲い、突然八つ蜘蛛の動きが止まる。まるで足を何かに縫い付けられたかのように動かなくなった存在に、目を瞬く。
 こんな事が出来るのは1人しかいない。
「慎か」
 深墨はそう呟くと、今出来上がった隙を突いて外に出た。そうして目にしたのは、八つ蜘蛛の背に乗った九郎だ。
「深墨さん、行くぞ!」
 九郎の声に、深墨の目が上がる。
 拳を握りしめ、八つ蜘蛛の背にそれを叩きこもうとする姿が目に入る。
「了解した」
 若干飄々とした声音が含まれていたかもしれない。けれど九郎はそんなことなど気にせずに、自らの拳を大きく振り上げた。
「硬い鎧もこの技の前にゃ無意味だ――喰らえ、散耶此花!」
 凄まじ勢いで九郎の拳が八つ蜘蛛の背に突き刺さる。
――グアアアアアア!!!!
 八つ蜘蛛の口から悲痛な叫び声が響いた。その直後、硬い八つ蜘蛛の体に罅が入る。
「もう1つオマケだ!」
 もがく八つ蜘蛛の糸を避け、深墨が黒絵を手に斬りかかる。
――ギャアアアアア!!!!
 脆くなった外郭に鋭い刃が突き刺さる。そこから大量の茶色い液体が噴き出してきた。
「これは……」
「油?」
 呟いて九郎と深墨がその場を退く。
 そこに炎を纏った糸が飛んできた。
 鋭く先端を尖らせた糸が、液体を噴き出す傷口に突き刺さる。その次の瞬間、八つ蜘蛛の出す液体に炎が燃え移った。
 それは火の粉のように舞いながら八つ蜘蛛の体を包んでゆく。
「壮絶」
 深墨は炎の中で徐々に溶けてゆく八つ蜘蛛の姿を見ながら、小さく呟きを洩らした。

   ***

「さて、そろそろ話して貰うぜ」
 九郎が自らの拳をパキリと鳴らす。
 八つ蜘蛛の退治後、早々に現場を後にした3人は、不知火を連れて人気のない廃ビルにその姿を潜めていた。
「とりあえず、さっきのあの化け物っておじさんが作ったものじゃないの?」
「いや、確か冥王のペットとか言ってなかったか」
 慎の言葉を拾うように深墨が呟く。
 その声に、3人に囲まれるようにして床にべったりと座っていた不知火の目が上がった。
「言ったねぇ……冥王の悪趣味ペットコレクション」
 呟くように口にして不知火が立ち上がる。その姿を3人が取り囲んだ。
 九郎が言うように、そろそろ話を聞かせてもらいたい。そんな思いが皆にあるのだろう。
 その姿を見て不知火は大仰に息を吐く。そして観念したように口を開いた。
「俺様、冥王を怒らせちゃったのよん」
 そう言って億劫そうに顔をあげると、不思議そうな表情をしている慎と目が合う。それを見てから不知火は言葉を続けた。
「俺様が持ってたランプ、知ってるな」
「ああ、あの金色の光を発する奴だろ」
 不知火の声に深墨が言葉を紡ぐ。それに頷くと、不知火は僅かに目を細めた。
「あれね、冥王の魂が入ってたんだ」
 表情を変えずに放たれる言葉に、3人が顔を見合わせる。そして皆を代表して慎が問いを向けた。
「冥王って冥界とかの偉い人でしょ。その冥王の魂を、何でおじさんが持ってるの」
「うん? そりゃ、俺の兄貴だもん」
 至極当然と言った様子で言い放つ言葉に、皆が目を瞬く。
「いや、兄貴だからって理由になってないだろ」
「ん〜……冥王ってのは、元々は俺様がなる筈だったのよ。なのに兄貴が身代わりになっちまってな。いろいろと思うところがあって魂を握ってたわけだ。ついでに言うなら、兄貴の魂を俺様が握ってるせいで、兄貴は生命維持のために怨霊を使って回収された魂が必要だった、ってか?」
「……つまり、テメェが諸悪の根源じゃねえか」
 元を正せばそうなるだろう。
 しかし不知火は首を縦に振らない。それどころか横に振ると、真剣な表情で3人を見比べた。
「冥王に魂が戻れば俺様どころの話じゃないぜ。今までは生命維持に必要な分だけの魂を集めてたが、これからは違う」
「どういう――」
「冥王は魂がなければ抜け殻。でも魂が戻れば本来の凶悪さが顔を出す。自分の生命を維持するためでなく、快楽のために怨霊を放って魂を喰らうんだな」
 そう口にすると、不知火は3人の間を縫って歩きだした。そこに声が掛る。
「おい、何処に行く気だ!」
 呼びとめられる声に足が止まる。
 そして振り返った彼は、苦笑して肩を竦めた。
「俺様、もう普通の人間と同じなのよ。だからと言って傍観一方って訳にもいかないからねぇ。ちょっとお仕事に行ってくるだけよん」
 そう言って不知火は、若干ふらつく足取りでビルを出て行った。
 後に残された互いに顔を見合わせると、何とも言えない表情で口を閉ざしたのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】
【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
SSシナリオ・終焉の序曲にご参加いただきありがとうございました。
今回は積極的にいろいろと提案をする深墨PCを書かせて頂いたわけですが、如何でしたでしょうか?
だいぶ物語も佳境に差し掛かって確かに不気味な怨霊が増えてますね。
そしてきっとこれからも増えるでしょう(汗)
なにはともあれ、読んで少しでも楽しんで頂ければうれしい限りです。
また機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、本当にありがとうございました。