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<東京怪談・PCゲームノベル>


〔琥珀ノ天遣〕 vol.6



 星。
 明姫リサは、自分の住んでいる部屋の窓から空を見上げた。
 視界を邪魔するものが少なければもっと綺麗に見えるであろう夜空――星空を。
 最近、本当に星空を見るたびにあの日のミクのことが気にかかる。
 わるいこ。
 そう何度も言い放ち、星を探している少女のことだ。
 漠然とはしているが、ミクが求めている星のことが……わかりかけている気がする。
 もうすぐそこに手を伸ばせば届きそう。
 思わず、リサは開け放たれた窓の外へ、空へと手を……腕を伸ばしていく。
 夜空に王者のように輝いている月。届きそうなのに……届かない。届くわけがないのだ。
 そもそも月までいくのにどれほどの距離があるというのか。
 こんなにはっきり見えているのに……届かない。近づけない。
 まるで、ミクそのもののようだ。



 大学の廊下を歩くリサは、ぼんやりとした瞳のままでミクのことを考えた。
 ミクとサマー。二重人格者とは思えないが、二人が同一人物であることは確かだ。
(「わるいこ」、か)
 ミクは「よいこ」ではないだろうが、だからといって「わるいこ」でもない。
 自分だってそうだ。生まれつきの部分を除いて、人というのは育った環境ですべてが左右されてしまうものなのだから。
 だから、きっとミクだって今から……これから、そうなれる。
 感情を露にして睨んできたミクの瞳を思い出し、言いようのない怒りが沸きあがった。
 ミクを不安にしている人物がいる。いったい誰が?
(会ったら即、殴り倒してやるところだわ)
 決意を新たに、リサはぐっと拳を握った。



 たまには歩きもいい。
 いつもはバイクに乗ってスカッとするのだが、そういう気分ではない。
 人込みにまぎれ、もやもやした気持ちを抱えて解決に導きたいと思っていたのだ。
 爽快になるバイクに乗っても気分が一時的に上向くだけで、解決はしない。それをリサはよくわかっていた。
 色々な人が行き交う。それ違うそのたびに、ミクのことを思い出された。
 彼女は自分の知らないところで星を探し続けていた。ここ数ヶ月、ずっとだ。
 リサだけではなく、まったく知らない人にも声をかけていたことだろう。
 それでも答えを得られなくて……。普通はヤケになるはずなのに。
 クリスマス・ソングが流れてくる中、リサはミクの姿を探す。サマーでもどっちでもいい。あの特徴的な緑色の髪はないかと、目で探した。
 その時だ。突風が吹いて、周囲が「わあっ」と声をあげた。リサも慌てて長い髪をおさえる。
 せっかくの綺麗なストレートの髪も、今の風のせいで乱されてしまった。手でなんとか整えていると、ふいに視線を感じた。
 そっと顔をあげる。
 建物の屋上に、誰かが立っている。騒ぎにならないのは、建物が高すぎるせいだろう。普通の人間には見えないのだ。
 フェンスの上に突っ立っている人物の視線は明らかにリサに向けられていたが、ふいに逸らされた。
(サマー!?)
 目を見開き、リサは人込みを掻き分けてサマーの立っていた建物に向かう。
 そこはいくつもの店舗が入っている細長い建物で、裏口の階段の扉は案外簡単に開いた。
(?)
 鍵がかかっていてもおかしくないのに、変だ。
 リサは怪訝に思いつつも、中に踏み込む。階段はやはり細く、人が一人やっと通れるくらいの危なく急なものだった。
 作りもそれほど頑丈ではなく、一歩踏み出すと「カン」と甲高い音がした。
(エレベーターにすればよかったかしら?)
 けれども自分の格好が目立つことくらいはリサには自覚があるので、それを避けたのだ。ただでさえ、大きな胸で注目を浴びるというのに。
 階段をのぼっていく。上へと顔をあげると、明かりが少ないためか、あがっているはずなのに底無しの沼へと進んでいるような気になる。

 やっと辿り着いた頃には足が痛くなっていた。
 重い屋上用の扉を開けると、背中が見える。それだけで、ここまでの苦労が報われた。いや、全部ではない。
(今日は絶対に逃がさないんだから!)
 口元を引き締め、リサは胸を逸らして背筋をぴんとさせる。
 フェンスの上に立っているサマーは、ゆっくりとこちらを振り向いた。
 その表情にリサは唖然とした。
 サマー、じゃない。でもミクでもない。
「だ、誰?」
 思わずそう口にしてしまうと、彼女は無表情で呟く。
「ナツミ」
「なつみ?」
「ナツミはミクであり、ミライであり、サマーでもある」
 意味不明なことを呟き、彼女はくるりと身軽にこちらに全身を向けた。フェンスの上に乗ったまま。
 あまりの危なさにリサはゾッと青くなる。ここから落ちればただでは済まない。間違いなく首の骨が折れて死に至るはずだ。
「と、とにかくそこから降りて!」
 駆けつけようとするけれども、近づいて逃げようとされては危険だ。
 じりじりとするリサを見遣り、ナツミと名乗った彼女は感情の浮かんでいない瞳で「ああ」と洩らした。
「ミクがよく会ってた人かぁ。……ごめんね。ナツミは目がうまく見えていないんだ」
 まるで喋っている本人とは別の誰かが説明しているような奇妙な違和感が生まれる。気持ち悪さすらおぼえた。
「明姫リサさん」
「へっ?」
「違った?」
 瞬きして、リサは緩く首を左右に振る。なんだろう……居心地が悪い。
 焦点の合っていない視線でリサを見ていた彼女はそのままの姿勢でいびつに笑った。笑い方がわからないように。
「誰もが通り過ぎるのに、あなただけは違うようだね」
「え?」
「真剣に、星を探すのを手伝ってくれているから」
 囁くように言う彼女は、無表情に戻る。
 リサは思い切って、尋ねた。
「……星って、なんなの? ミクにそれを探すように言った人は?」
「もう生きてはいない」
 また、小さく呟くように言われる。
 穏やかさが、ミクやサマーとは違う。多重人格なのだろうか? いや……なんだかそれも……違う気がする。
「いや、その表現方法は正しくないかもしれない。存在していない、かな。それとも、元々……」
 ぶつぶつと言い出す彼女はふいに視線を逸らし、また、戻す。
「どうでもいいことだよね……。そんなことより、星のほうが大事だから」
「星ってなんなの?」
「なんだろう?」
 問いかけに問いかけで返してくる。
「なんだと思う?」
「………………」
 明確な答えを、リサは持っていない。
「あの空にまたたく星のように、手に入らないものなんだろうなぁ」
「……あなたは、『星』がなんなのか、知っているの?」
「知ってるよ」
 さらりと応えるが、視線はリサには定まっていない。
「知っているけど、表現方法がないから『星』って言っている。だから、星は星」
「?」
 謎かけのようだ。わからない。
「と、とにかく先にそこから降りて! 危ないわ!」
「危ないことなんて、たくさんあるし……危なくないと思っているからナツミはここに立っている」
 まただ。別の誰かが口を借りて喋っているような雰囲気になる。
 ナツミと言った彼女は空を見上げた。
「あなたはとてもいい人だね、明姫リサさん。サマーだと思ってここに駆けつけるなんて」
「な、なんでそれを……」
「ミクならこんな行動はしないと知っているでしょう?」
 その通りだ。
 ミクは奔放ではあるし、危険なこともわかっていないようだが、それでもここまで危険なことを自らするような性格ではない。そのはずだ。
「サマーはとても好戦的で、あなたにも興味があるみたいだ」
「……ど、どういうこと……?」
「ミクに付き合って、優しくしてくれたのはあなただけ。どうして?」
「ど、どうしてって言われても……」
 視線を、落とす。
 そうだ。どうしてあんなに自分は彼女に……。
 放っておけないという気持ちが強かった。でも、それだけじゃない。
 今は、それだけじゃないのだ。
 もやもやした気持ちが心を塗り潰す。
 ミクは見た目でリサを見なかった。変な先入観を持たなかったのだ。
 好奇な目で見ずに、ただ…………ただ、なんだろう?
 うまく言葉にできないことが歯痒い。けれども気持ちなんてものは、言葉にすると余計に陳腐になる。でも、伝える方法は言葉しかないのに!
「理由なんて、必要ないわ!」
 はっきりと言い放つ。握られた拳に力が込められた。
「私はミクとサマーのどちらにも消えて欲しくないと思っている。それだけよ」
 ただ、イヤなのだ。それが理由でなにが悪い!?
 ナツミはぼんやりとした瞳のまま、またもいびつに笑った。
「そこまで話したんだね。そう、我々の命は定められているんだ」
「寿命っていうことなの?」
「そうだね」
「でも星を手に入れれば、生き延びることができる?」
「どうだろう?」
 まただ。また、問いかけに問いかけで返された。
「足りない部分を見つけたところで生き延びられるとは、思ってないから」
「……そんな……」
「ミクもサマーもそうは思っていない。見つければ、きっとうまくいくと思っているだけだ」
「あなたは全部知ってるの?」
「知っているのは、見知ったことだけ。だからナツミはミクやサマーのように能天気には思えない」
 他人のような喋り方に冷汗が出る。
「人間だって、足りない部分を手に入れてそれで完全になるとは言えない。それと同じだよ」
「じゃあ星ってなんなの? あなたたちに足りないものって?」
「…………知ったらびっくりするし、ミクがかわいそうだ」
 いびつに笑うナツミは囁く。
「サマーは気にしないだろうけど、あなたも気にしてしまうと思うよ」
「どういう……意味……なの?」
 不吉な言い方にリサは険しい表情をする。
「ナツミはもう諦めているんだ。星なんて手に入らないって。
 あなたからも説得して欲しい。もう諦めろと」
「諦めるって……それって、死ぬってことなんでしょう?」
「そうだね。でもそれも選択肢の一つだし、生き物は死んでこそだと思うんだ」
 目が悪いというナツミは達観したように囁き、笑みを浮かべる。
「次にまみえた時、諦めるように説得して欲しい。ナツミの言うことをミクたちは聞かないだろうから」
「死ねなんて、言えるわけないでしょ!」
「……それもそうだ。酷なことを頼むナツミを許してやって欲しい」
 そう言って、ナツミはいびつな笑みを消し、そのまま姿が忽然と消えてしまう。
 待ってと止める間もなく、彼女は消えた。残されたリサは呆然と繰り返す。
「諦める……?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】

NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、明姫様。ライターのともやいずみです。
 新たな人格が登場です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。