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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route1・実験の対価は実験で / 辻宮・みさお

 閑静な住宅街に建つ一軒の店。
 見た目は質素な店の前に佇むのは、名刺を片手に持つ見た目は女の子の少年、辻宮みさおだ。
 彼は名刺と店を交互に見比べて眉を寄せた。
「また、お嬢様とか言われたらどうしよう」
 以前、この店を訪れた際に、入店第一に「おかえりなさいませ、お嬢様」と迎えられた苦い記憶が蘇る。
 間違い自体には慣れているのだが、そう何度も間違えられると自分に自信が無くなりそうで怖い。
「でも、ここで帰るわけにはいかないよね」
 そう呟いて自分に気合を入れる。
 そして手にしていた鞄を握り締めると、彼は店の扉を開けた。
 そこに広がるのは、以前来た時となんら変わらない風景だ。
 ゴシック調の豪華な造りの店内は、外観からは想像できないほど凝った作りになっており、店の中では数名の執事とメイドが働いている。
「やっぱり凄いな」
 以前来た時にも思ったが、内装がかなり凝っている。きっと経営者の拘りなんだろう。
 みさおは手にしていた鞄を持ち直すと、きょろりと辺りを見回した。そこに水色の髪をしたメイドが駆け寄ってくる。
「お帰りなさいませ〜、お嬢様♪」
 にこにこと頭を下げるメイドに、みさおはガックリと項垂れた。
「やっぱり……」
 覚悟はしていたが、こんなにもあっさり実演されると虚しくなる。みさおは乾いた笑いを口に乗せながら息を吐いた。
「あ、あれ、どうしました?」
 声をかけたメイドからすれば、みさおが女の子に見えている以上、間違ったことなどした自覚がない。
 不思議そうに首を傾げて顔を覗きこんでくる。
 その姿に息を吐くと、みさおは顔を上げた。
「あの、ボク……」
 虚しいが訂正は必要だ。
 そう思って口を開いたそこに、聞き覚えのある声が響いて来た。
「葎子、お前は何度間違えれば気が済む。そいつはお嬢さまではなく、ご主人様だ」
 目を向ければ、黒のロングメイド服に身を包んだ少女がいる。眼鏡をかけた吊り目の彼女は間違いない。
「菜々美さん!」
 思わず叫んだみさおに、声を掛けられた当人――蜂須賀・菜々美は僅かに目を細めてた。
 そして眼鏡の縁を指で整えて口角をあげる。
「良く来たな」
 口調も態度もメイドらしからぬ姿勢だが、みさおはまったく気にならなかった。
 むしろこうした態度の方が菜々美にあっている気がする。
「この前は、助けて頂いてありがとうございました。今日はそのお礼に来ました」
 そう言って笑顔で頭を下げる。
 結い上げた髪が頬を撫でるが、それはいつものことだ。みさおは元気良く顔をあげると、手にしていた鞄を軽く持ち上げてみせた。
「ジャックも一緒です」
「ならば仕事が終わるまで待っていろ」
 菜々美はみさおの持つ鞄を見てから、くるりと踵を返した。
「葎子、そいつに3番のティーセットとブレンドを。金はあたしに請求しておけ」
 そう言葉を残して菜々美は別のテーブルに向かった。
 颯爽と歩いて行く姿は、メイドとしては失格だろうがカッコイイ。みさおはほうっと息を吐くと、手にしていた鞄を抱きしめた。
「良いなあ。ボクもあんな風にカッコ良くなれれば良いのに」
「なれますよ♪」
 みさおの言葉を拾って元気の良い声が返って来た。
 さきほどみさおを「ご主人さま」と呼んだメイドだ。確か菜々美は彼女の事を葎子と呼んでいたはず。
 葎子は、みさおを奥の席に案内すると、にっこりと笑って見せた。
「さっきの続きだけど、男の子は知らない間にカッコ良くなれてるものなんだよ。意識するより、無意識が一番♪」
 そう言葉と笑顔を残して彼女も離れて行った。
 残されたみさおは、葎子の言葉を口中で反芻してみる。
「意識するより、無意識が一番……そうかな?」
 疑問には思うが、否定も肯定もできない。
 みさおは鞄の中からノートパソコンを取り出すと、菜々美の仕事が終わるのを待つことにした。

 ***

 菜々美の仕事が終わったのは夕方を過ぎて日が落ちた後の事だった。
 街灯がある為に少しは明るい道を歩いて向かったのは、近所の公園だ。
 昼間は家族ずれなどが訪れる公園も、夜を迎える頃になれば人が少なくなる。
「とりあえず、ここで良いか」
 菜々美はみさおを自販機が傍にあるベンチに勧めると、自販機に歩み寄った。
「珈琲で足りるな」
 そう言いながら小銭を投下して缶珈琲を2本買う。そしてみさおの隣に腰を据えると、その内の1本を差し出してきた。
「あ、ありがとう、ございます」
 鞄を足元に置いて缶を受け取る。
 菜々美はすでにメイド服ではなく学生服になっている。どんな服を着ていても、凛とした雰囲気が消えないのは、彼女が自分を持っているからだろう。
 そう考えながら菜々美が買ってくれた缶のタブを開ける。そして一口飲んでから、みさおは鞄を開けた。
「ほら、ジャック。出てきてよ」
『呼ばれて飛び出てジャック様参上☆』
 キラーン☆
 鞄の上を飛び越えて、みさおの手に納まったジャックが華麗なポーズを取る。その姿を見て、菜々美の口角が上がった。
「お前も久しぶりだな。相変わらず奇妙で元気そうだ」
『そりゃ、褒めてんのか貶してんのか、どっちだ?』
「両方」
 くすりと笑って菜々美は缶を口に運んだ。
 そして足を組むと下から伺うように2人の姿を見上げた。
「で、何が目的だ」
「え?」
 突然の問いにみさおの目が瞬かれる。
 その目が眼鏡越しに見える菜々美の鋭い視線とぶつかる。
「お前がしていることは危険なことだ。会うのが2度目の相手に、何を好き好んでそいつを実験体に差しだす」
 ジャックはあまりにも奇妙で不思議な人形だ。
 みさおの手に嵌められている時は普通のパペットに見えるが、菜々美はジャックが自分の意思で動く姿を見ている。
 つまり彼女はジャックが普通のぬいぐるみでないことを知っているのだ。
 そんな人間が実験体にしたいと言っているのに、馬鹿正直に店に来るのは何か裏がある。そう考えるのが普通だ。
「お礼じゃ、理由になりませんか」
「なるだろうが、不十分だ」
 そう言って姿勢を正すと、菜々美は缶の中身を飲み干した。
 そしてそれを屑カゴに放って懐に手を差し込む。そこから取り出されたのは、みさおが助けられた時に菜々美が使っていた銃だ。
「それ……」
「あたしの実験体になるということは、この銃の弾を受けるということだ。物にもよるが、本当に消滅する可能性もある。それでもやるか?」
 カチリと安全装置が外される。
 みさおは目をゆっくり瞬くと、ジャックに視線を落とした。
 そして考える様に間をおいてジャックを見た。
 彼は自らのモヒカンの具合を調節するようにせっせと腕を動かしている。そんな姿を見ながら、みさおはぽつりと呟いた。
「……ジャックの能力が知りたいんです」
「能力?」
 菜々美の手が安全装置を戻す。
 その音を聞きながらみさおは頷いて言葉を続けた。
「ボクはジャックのことを殆ど知らないんです。だから、実験に付き合えばわかるかと……」
「成程」
 菜々美は銃を懐にしまうと、ふうっと息を吐いた。
 足を反対に組み直しながら、背をベンチの背もたれに預ける。そうして空を見上げると彼女がぽつりと呟いた。
「その位なら、試さないでも大体は理解できる」
「?」
「お前はその人形と契約を交わした結果、行動を共にしている。契約者には20数個の特殊能力が与えられる」
 迷いもなく放たれる言葉にみさおの目が瞬かれる。
「あ、あの」
「あたしの知識内での答えだ。間違いがあるかもしれないが、1つ試すか」
 そう言うと菜々美は再び銃を取り出して安全装置を解除した。
 そして銃口を何もない場所に向ける。
「――具現の法を付加」
――ドンッ。
 鼓膜を叩く強い音にみさおの首が竦められる。
 目の前では菜々美が放った弾丸が光を放っているのが見えた。
 光は初めぼんやりとしたものだったが、それが徐々に大きな光となって形を作り出す。
「九字法、日輪印――弥勒菩薩具現!」
 両の手の親指と人差し指で輪を作りだし、菜々美が厳かに口にする。その直後、何もなかったその場所に、神々しい姿をした人物が現れた。
『こりゃすげぇ! 空気中の水分を使って幻を作ってやがる!』
 やんややんやとジャックが踊る。
 その姿にみさおは目を瞬き、菜々美はフッと笑みを零した。
「お前も良く見てみろ」
 菜々美に促されて目を凝らす。
 そうして気付いたのは、その場に現れている人物が透けているということだ。それに所々に細々と光る何かが見える。
「これが、空気中の水?」
 呟いた瞬間、そこに居た人物――幻術は消えた。
 みさおは狐にでも摘ままれた気分で、幻が経っていた場所を見つめている。それを見ながら菜々美は銃を仕舞った。
「今のは幻術を見破る能力だな。納得したか?」
 菜々美の問いに、みさおは不思議な気分で頷く。そして彼女に視線を向けると、少しだけ興奮したように呟いた。
「ジャックにそんな特技があったなんて知らなかったです!」
『俺様はそんなことより、姉ちゃんの技のが気になるぜぇ』
「あたしか?」
 僅かに首を傾げる菜々美に、ジャックは大仰に頷く。
『ありゃあ、九字法だろ』
「九字法って、ボクは防御や護身のイメージが強いけど……?」
 思い返せば、先日菜々美が放っていたのは実に攻撃的な技だった。どう考えてもみさおのイメージとは重なり合わない。
 そこにジャックが言葉を補足する。
『俺様から言わせりゃあ、九字法ってェのは、精神集中や自己暗示のための、言ってみりゃあ、おまじないみたいなモンだな』
 顎に手を添えて神妙に頷くジャックに、菜々美はくすりと笑いを零すと立ち上がった。
 そして見下ろすように視線を注ぐ。
 その表情は自販機の灯りが逆行になっていて伺えない。
「可もなく不可もなく。ただの九字の法であればどちらの主張も正解だ」
「菜々美さん?」
 菜々美はくいっと眼鏡を押し上げると、少しだけ唇を弓の形にして2人を見た。
「お前、名前は?」
「え……あ、そう言えば名乗ってませんでした。ボクは辻宮・みさおです。ごめんなさい!」
 慌てて立ち上がって頭を下げる。
 そこに繊細で柔らかな手が触れた。
「辻宮、か。ジャックを弄るのはまたの機会にしよう。いつでも会いに来ると良い」
 そう言葉を発して温かな手が離れた。
 それに慌てて顔を上げたのだが、そこに菜々美の姿はなかった。
「……今のって」
 ぽんっと自分の頭に手を添えて呟く。
 そんなみさおの手の中では、思案げに顎に手を添えるジャックの姿がある。
『ただの九字の法……ってことは、普通の術じゃないってことか。あの姉ちゃん、何者だ?』
 この疑問は誰に聞かれることもなく消えてしまう。だがその疑問は、そんなに時間が開くこともなく解かれることになるのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8101 / 辻宮・みさお / 男 / 17歳 / 魔導系腹話術師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】(ちょい役)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオ1へご参加頂き有難うございました。
はたしてみさおPLの想像通りに進んでいるか些か疑問ではありますが、
読んで楽しんで頂ければ嬉しい限りです。
この度は大事なPC様を預けて頂き、本当にありがとうございました。