コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


私の代わりに外灯を持っていてくれませんか。

 ふー、と息を吐く。
 空の上。
 腰辺りまである長い黒髪と深い紫の尻尾を靡かせ、尻尾と同じく深い紫の翼を扇いで空を行く人型の姿が一つ。
 そんな常人離れした姿である割に、その人型――ファルス・ティレイラは、やけに庶民的な態度で息を吐いていた。
 …只今、自分の能力を活かした配達のお仕事の帰り道。
 充実した快い疲れに身を任せ、やや、ほっと力が抜けているところ。

 そんな折に。
 頭の中に直接『声』が響いて来た。

 ――――――(少しだけ外灯持ちを代わってくれませんか)。

 ?

 ティレイラは何事だろうと小首を傾げる。
 少しだけ外灯持ちを代わってくれませんか。
 …その事自体は別に構わない。この後に用事も無いし。
 ただ、頭の中にいきなり『声』が響いてくるなんて、あまり無い。
 不思議に思う。
 この『声』の主は誰なのだろう?
 …何者か知れない時点で、ちょっと警戒はする。
 そうしたら――だったら私のところまで来て下さい、ちゃんと姿をお見せしますから、とこちらの疑問に応えるように更に頭の中に『声』が響いてきた。
 …やっぱり不思議だ。



 それで。
 その頭の中に直接響く『声』に誘導されて、ティレイラが着いたところは――人通りの少ない路地。その路地に面した、装飾が綺麗な古色溢れる建物に、路地を照らす外灯があった。
 よくよく見れば、その外灯は――外灯を持つ形に作られ、実際にそこに外灯が収められるよう設えられている、女の子を模った石の彫像でもあった。
 気付いたところで、そうです、その外灯です、と頭に響く同じ『声』。
 これを少し持っていればいいのか、とティレイラは理解する。
 はい。お願いします、とまた『声』。
 言われるままに、ティレイラは外灯を外して持ってみる。
 これでいったいどうなるんだろうと思っていると――あろう事か、外灯を外した後の彫像が、そのまま生きているように――まるで人間の女の子そのもののような質感に変わっていく。
 で、完全に人間の女の子そのものに変化したところで。
 その女の子はにっこりとティレイラに微笑み掛けてきた。
 有難う御座います、と嬉しそうに頭を下げてくる。
 それから頭を上げると、では代わりをお願いしますね、と少女は弾んだ声で改めて頼んで来る。

 途端。

 ぴしり、と音がした気がした。
 同時に、痛いような冷たいようなそのどちらでもないような――何とも言えない感覚を覚える。
 ティレイラはその感覚を覚えている源の辺りを見た。
 足の先。
 …石化していた。
 石の彫像と、同じような色と質感の。
 見ている間にも、ぴしぴしと慎ましくも不穏な音を立てつつ、石化している部位は広がっていく。
 当惑した。
「え? あ、ちょ…えええ! これ…っ…」
 明らかに自分の身体が石化し始めている。
 その事実に当惑し混乱もするが――それでもティレイラは実はこんな事が初めてでもない。何だかんだで毎度のように師匠に遊ばれオブジェにされたりもしている為、この手の突拍子も無い不思議体験には慣れていると言えば慣れている。
 …そうなると、あたふたしながらも嫌な格好のまま固まって石化するのは避けたいと思う余裕も一応ながら生まれる訳で、せめてできる限り可愛い姿を取ろうと努力する。

 …努力の結果は、一応報われた。
 が、それで済ませられるものでもない。
 持ち前の魔力のおかげか確りと意識だけは残っているものの、全身石化させられてしまえば――身動き取れない事に変わりは無い。
 それで、頼まれた通りにティレイラは外灯を持っている。
 目の前には、ティレイラを見たままにこにこと邪気無く微笑んでいる元・石の彫像な女の子の姿。…こちらの気持ちがわかっているのかいないのか。
(…外灯持ちの代わりは頼まれたけど石化するなんて聞いてないよっ!)
 取り敢えず文句を言ってみる。
 けれど女の子は、それまでと同じ様子でにこにこと微笑んだまま、無言。
 暫しの後、美味しいお菓子をお礼に持って来ますから、と相変わらず弾んだ声で言い残し、女の子はそのままティレイラを置いて足取りも軽く夜道を去っていく。
(ええっ? ちょっとっ…!)
 外灯持ちを代わって、って遊びに行きたかったから、って事?

 ………………そんなあああ。
 ちょっと待ってよ〜!!!!!



 結局。
 ティレイラはそのまま、外灯として――人通りの少ない路地をじーっと見詰めている事になる。
 何だろうこの状況。
 …石化しているからか、取り敢えず寒くないのは良かったけれど。
 どちらにしろ、何だか不思議な体験ではある。
 外灯はいつもこんな気持ちで路地を見詰めているのだろうか、と思ってみたりもする。

 気が付いたら夜も更けてきた。
 …当たり前だが、暗い。
 この周辺では、自分があの女の子の代わりに持っている外灯だけが唯一の明かりと言った風である。
 代わりに外灯を持っていてくれませんかと言う訳だ、などと妙な納得をしてしまったりもする。

 …。

 誰も来ない。
 …と言うかそもそもあの女の子も戻って来ない!

 いつまでこんな状況のままなんだろー…。
 ティレイラはそろそろ心細くもなってきた。

 と。

 こんな夜更けに、人が歩いて来る気配がした。
 今の石化したティレイラでは顔をそっちに向けたりする事はできないから、その人物が近くに来るまで――視界に入るまで待ってみる。
 と、そこに歩いて来ていたのは――何処かで見たよな赤いチャイナドレスを纏ったきつめ美人のお姉さん。
 誰だか認識した時点で、あっ、蓮さんだ! と思わず声を上げていた。
 すると、その蓮さんと呼ばれたチャイナドレスなお姉さん――碧摩蓮は、おや、と軽い感嘆符を吐きつつ立ち止まる。
 そして声の源を――外灯を持つティレイラの石像にすぐ気付き、きょとん。
 …ただ。
 蓮はその石像から声がした事には気付いているようでも、どうもこの様子では声の主がティレイラだとまでは気付いていない。あくまで、ただ石像から話し掛けられたと思われているだけのようで――慌ててティレイラは私ですファルス・ティレイラですっ! と言い募る。
 言われて、また蓮は一度目を瞬かせた。
 それから改めて、また石像――ティレイラを見る。
 頭の天辺から爪先まで順を追って暫くまじまじと眺めていたかと思うと、漸く、くすり。
 …やっと石像がティレイラだと気付いて納得したらしい。
「おやおや…どうしたんだいそんなになっちゃって」
(…えっと、これは…ここで外灯持ってた石の彫像の女の子に代わりの外灯持ちを頼まれちゃって…そうしたらこんな風にされちゃったんです…)
 石像に。
「へぇ。…ここの外灯もそういう奴だったか」
(蓮さん、何か心当たりあるんですか?)
「んー? いやさ、ここの外灯も古いからねぇ。細工も良いし。何ならうちで扱いたいくらいの品だとは思ってたんだよ。…あたしの勘も捨てたもんじゃないね。『そういう』奴なら確実にうちの管轄じゃないか。あ、そうだ。何ならこのままあんた持って帰っても良いかい? 元々ここにあった本物の方じゃないなら後も困らないだろ?」
(えええええ!? 私をですか!?)
「可愛いじゃないか。喋る石の彫像。外灯として使えます、ってね」
 すい、と蓮から伸ばされた指先がティレイラの石像の顎を撫で、そのまま移動させた手の甲で頬をこつこつと叩く。感触を確かめるような――価値を確かめ物色しているような、仕草。
 ティレイラは真っ赤になった――と言うか実際石像化しているその姿はそんな紅潮するような変化を起こしてはいなかったが、気分の方でそのくらいにはなっていた。
 それで、訴える。
(売り物にする気なんですか〜!!!!!)
 動きが無いのに声だけが本気で焦っている。
 そんな状態のティレイラを見、蓮は肩を揺らして――どうやら噛み殺しながらも噛み殺し切れず、くっくっと喉を鳴らして笑っている。
 その態度で初めて、ティレイラの方でも蓮が本気で無い事に気付く事ができ、ほっと安心する。
 が、安心したら安心したで文句の一つも言いたくなる訳で。
(…そんな楽しんでないで助けて下さいよー…)
 蓮さんなら何かこの状態から元に戻れるような遣り方知ってるんじゃないんでしょうか。
「…でも約束したんだろ?」
 その女の子と。
 …外灯持ちの代わりをすると。
 言われ、ティレイラは、うっ、と黙り込む。
 確かに、その通り。…それは約束をした時はこんな事になるとは全然思っていなかったのだが…安請け合いをしてしまった結果ではあるんだろうが…それでも、頼まれて、自分がそれを引き受けた事は確かである。
 なら、遣り遂げなければならない訳で。
 …なんでも屋をやっている以上は、信用にも関わってくる。
 うん。
 思い直すと、ティレイラは今の助けてって話無かった事にして下さい、と蓮に言う。
 と、蓮は軽く肩を竦めてから、ティレイラを見詰めてくる。
(? …何ですか?)
「いや。素直なイイ子だなぁと思ってね。まだまだ夜は長いけど頑張るんだよ?」
(あ、はい。頑張りますっ)
「路地眺めてるの飽きたらいつでも言っとくれな。引き取りに来るから」
(…。…やっぱり本気なんですかっ)
 持って帰るって話。
 ティレイラがそう返したら、蓮は何も言わずにまた喉を鳴らして笑っている。
 …うう。
 何だかからかわれているような気がする。

 それは、心細くもなってきたところで話し相手になってもらえているのは良いけれど。
 でも。
(――――――やっぱりなんか納得行かなーい!!!!!)

【了】