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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route3・迫る罠、迫る敵/ 辻宮・みさお

 穏やかな昼下がり。
 先ほどまで悪鬼と闘っていた興奮がまだ納まらない中、辻宮・みさおはゆっくりと商店街を歩いていた。
 手には菜々美にハンカチを巻いた感触が残っている。みさおはそれを緩く握ったり開いたりしながら、ぼんやり前を進んだ。
 時折、肩が通り過ぎる人にぶつかり頭を下げるが、ぼんやりとした感は抜けなかった。
 何度も同じことを繰り返しながら歩く彼の足が不意に止まる。
 その視界に入ったのは商店街の時計だ。
 先ほど菜々美を発見した際には、長い針と短い針が同時に12の数字を指そうとしていた。だが、今は短い針だけが3を指そうとしている。
「……何だったんだろう、あれ」
 ぽつりと呟くが、その言葉に応える者はない。
 いつもは傍で煩くしているパペットのジャックも、今はみさおが持つ鞄の中だ。
 菜々美を助ける際に放った気の波動の影響か、鞄の中で眠りを貪っている。みさおもその事は承知で呟いたのだが、実際に返事が返ってこないと寂しいものがある。
 少しだけ苦笑を零して首を竦めた。
 そうして脳裏に浮かぶのは、菜々美が対峙した化け物――悪鬼と言う存在。
「菜々美さんは何度もあの化け物と闘ってるのかな。だとしたら、偶然じゃないのかも――ん?」
 不意にみさおの視線が飛んだ。
 目を瞬きながら辺りを見回すが、何の異変もない。
「おかしい、な?」
 首を傾げながら前を向く。
 だが直ぐに妙な気配を感じた。
 先ほどは微かにしか感じなかった気配が、今ははっきりと分かる。
「誰っ!」
 みさおは振り返りざまに大きな声で叫んだ。
 その声に商店街を行く人々が振り返る。
 ジロジロと変な人でも見るような視線に、みさおの頬がかあっと赤くなった。
「ご、ごめんなさい。勘違いでした!」
 そう言って頭を下げながら、もう一度だけ振り返った先を確認する。しかし、彼が感じた気配の元となるものは何もない。
 みさおは起き追い良く頭をあげると、一気にその場を駆けだした。
 そして商店街を抜けると、もう一度だけ振り返る。
 人々が往来する商店街の中に変わったものはない。
「お、おかしいな。誰かに見られてる気がしたんだけど……」
 そう言いながら、みさおはようやく家路に着いたのだった。

    ***

 夜の闇に浮かぶ、丸い月。
 雲もほとんど見えず、月のステージと化した夜道を、みさおは大きな鞄を手に歩いていた。
 人通りの多い道を避けて住宅街に入りながら歩き進める。そんな彼の耳に、ジャックの声が聞こえてきた。
『おい、良かったのかよ』
 鞄の中から曇った声で問いかけるその声に、みさおは迷わず頷く。
「親睦会は出たし、大丈夫だよ」
 そう言って清々しい表情で笑うみさおは、ついさっきまで仲間内で行われた親睦会に出席していた。
 仲の良い仲間だけが集まってわいわいと騒ぐ。そんな時間は嫌いではないし、むしろ楽しいと思う。だが度が過ぎれば少し疲れを感じてしまうのも確かだ。
『2次会って言っても格安だろ? 行きゃあ良かったじゃねえか』
「良いの、ボクには用事があるんだから」
『あ? 取りつけてねぇ約束が用事に入いんのかよ』
 みさお以外の仲間は、親睦会だけで満足できずに2次会へと繰り出した。当然みさおも誘われたのだが、用事があると言って断ったのだ。
 その用事とは最近足を運ぶようになった喫茶店に行くこと。
 執事とメイドが働くその場所には、みさおの顔見知りもいる。どうせならその知人と話をして優雅な時間をと思ったのだ。
「開いてると良いけど」
 そう言って時計に視線を落としたみさおの目が捉えたのは、22時という数字。普通の喫茶店では営業してなさそうな時間だ。
『開いてても居なきゃ意味ねえだろ』
「そ、それは……」
 ジャックの指摘に思わず口籠る。
 確かに店が開いていたとして、そこで目的の知人がいるとは限らない。だがみさおは勢い良く被りを振ると、意気込んで拳を握り締めた。
「大丈夫だよ。絶対に居るはず!」
『わかんねえ、根拠だな、ヲイ』
 ジャックの突っ込みも何のその。
 みさおは意気込みをそのままに目的の店に向かったのだが……。
「――……やっぱり」
 ガックリ肩を落としたみさおの目の前には、執事&メイド喫茶『りあ☆こい』の看板がある。そしてその後ろに控える店に灯りはない。
『閉まってたか……ご愁傷さま』
 チーン☆
 ジャックの口真似で余計に凹む。
「まあ、こんな時間にやってるとは思ってなかったけど、実際目にすると落ち込むね」
 はあ、と溜息を零すみさおに「まあな」とだけジャックの返事が返ってくる。
 それを聞いてからもう一度溜息を零すと、みさおは姿勢を正した。
 どれだけ落ち込んでも、店が開く訳ではない。
「仕方がない、帰ろうか」
 そう呟くと元来た道を戻り始めた。
 次第に住宅街ですれ違う人の姿もなくなり、まったく誰の姿も目にしなくなった頃、今まで静かに鞄の中に納まっていたジャックが呟いた。
『――妙な気配がするぜ』
 唐突な言葉に目を瞬くみさおの前に、鞄から飛び出したジャックが現れる。そしてその姿が彼の右手に納まると、ジャックは迷うことなく住宅街と逆方向を示した。
『あっちからするぜぇ』
「それって……」
『間違いねぇ。こりゃあ、ここ最近の奴と同類だ』
 にやりと笑ったパペットに、みさおの目が瞬かれる。
 ジャックの「ここ最近の奴と同類」という言葉に、みさおの脳裏に悪鬼の姿が浮かぶ。
 その瞬間、彼はジャックの示す方向へと走っていた。

   ***

 みさおが辿り着いたのは、住宅街を抜けた先――繁華街の一角だった。
 巨大なビルに囲まれた路地。その間に、制服姿の少女が立っている。毅然とした姿と目の前の巨大な生き物を前にしても怯まない少女を、みさおは1人しか知らない。
「……菜々美さん」
 呟きながらその目が菜々美から、彼女が対峙する相手に向かう。
 月を背に悠々と羽を広げて舞う巨大な鳥。紅い瞳がギラリと光り、獲物として真下に立つ菜々美を見ている。
『――悪鬼の一種、鳥鬼だぜ』
「悪鬼……」
 みさおの目が細められる。その直後、彼の耳に銃弾の放たれる音が響いた。
 何度が放たれる銃弾は、ジャックが鳥鬼と呼んだ化け物にむかう。しかしその攻撃は、容易に避けてしまった。
 夜の闇の中にありながら的確に弾を避ける姿は異様だ。しかも鳥の姿をしていれば、その異様さは際立つ。
「ボクでも何か役に立てれば……」
『みさお、あそこに登れ!』
 ジャックが示したのは、ビルの非常階段だ。
 剥き出しになった階段は、上手くいけば鳥鬼の頭上と死角に入れる。みさおは静かに頷くと、その場を駆けだした。
 一方の菜々美はと言えば、目の前に浮遊する鳥鬼に見据えて瞳を眇めていた。
「お前も、『あれ』と同じか」
 菜々美が言う「あれ」とは、先日対峙した獣鬼のことだ。九字の法を使って作られたと思われる獣形の鬼。
「九字の法と九字の法。その両方がぶつかれば相殺するのは当然。ならば手段は1つしかない」
 言葉を口にする間に引き金に指が掛る。
 そして彼女の唇が何かの言葉を紡ぐのと同時に、引き金が引かれた。
――パンッ!
 鋭い音が空気を叩く。
 だが先ほど避けられたのと同様に、菜々美の放った弾は簡単に避けられてしまった。
「想いの他素早い。だが、弾なら幾らでもある――」
 菜々美の唇にゆったりとした笑みが刻まれる。
 そして改めて鳥鬼に狙いを定めると、再び引き金を引こうとした。
『嬢ちゃん、避けろよッ!』
 突如響いた声と、視界に入る光るものに、菜々美の足が後方に飛ぶ。そしてその直後、鳥鬼に物凄い勢いで金棒が降りかかった。
「あれは……」
 ビルの非常階段に立つ人影を目にして菜々美の目が見開かれる。どうやら金棒はその人物が放ったようだ。
 放たれた金棒は、鳥鬼の頭上を掠めて地面に落下してゆく。そしてそれを見届けると、人影が非常階段から離れた。
「ッ、馬鹿――」
 咄嗟に銃を懐にしまって印を刻む。
 両手を組むようにして結んだ印は、内縛印。九字の法の『陣』に当たる部分だ。
「具現の法、聖観音!」
 菜々美の声と共に、明るい光が地面を包み込む。そこに薄らと人の姿が浮かび上がり、飛び降りてくる人物を受け止めようと腕を広げた。
「これで大丈夫――……ん?」
 菜々美の予想では、聖観音が腕を広げるその場所に、シルエットの人物――みさおが落ちてくるはずだった。
 しかし――。
「うわあああ!!」
 叫び声を上げながら地面に着地したみさお。
 その隣には、両手を広げたままの聖観音。
 菜々美は印を解くと、少しだけ視線を逸らしてコホンと咳払いを零した。
「まあ、たまには失敗する」
『そこは失敗したら駄目だろ!』
 ジャックの鋭い突っ込みに、菜々美はチラリと視線を寄こして鳥鬼にそれを戻した。
 どうやらこのままスルーするつもりらしい。
『おいおい、無視かよ〜』
「怪我がなければ何でも良い。さあて、続きをしようか」
 そう言いながら銃口を鳥鬼に向ける。それを見ながらジャックは呆れたように呟いた。
『怪我が無ければ良いんだとよ。どう思う――って、おい?』
 ジャックが視線を向けたみさおは、僅かに顔を顰めて足首を抑えている。その姿にジャックの首が傾げられた。
『……みさお?』
「ごめん、足挫いたみたい」
 苦笑しながら放たれた言葉に、ジャックは『おいおい』と肩を竦めた。
 聖観音の元に落ちていれば怪我もなかっただろうに。そうは思うが、怪我をしてしまったものは仕方がない。
 ジャックは菜々美に視線を向けると、大きく口を開けた。
『どれ、いっちょやるか!』
 口の中に集まる気に菜々美が視線を寄こす。
 先日目にしたばかりの攻撃だ。何が起こるかくらいは想像が出来る。
 菜々美は素早く側面に飛ぶと、それと同時にジャックの口から気の波動が放たれた。
 凄まじ勢いで鳥鬼に向かう波動だったが、それが容易に避けられてしまう。それを見ていたみさおがぽつりと呟いた。
「『気』を誘導することはできないの?」
『気を誘導……なるほど』
 ジャックはコクリと頷くと、再び口の中に気を集め始めた。その姿を見てからみさおが叫ぶ。
「ジャックが鳥鬼を引き止めるので、その間に止めをお願いします!」
 そう言って右手を前に構える。
『喰らえぇぇぇぇ!!!!』
 再び放たれた気の波動が鳥鬼に向かう。だがそれも容易に避けられてしまった。
 しかし今回はそれで終わりではない。
『曲がれッ!』
 ジャックの声と共に鳥鬼の横を通り過ぎた気が反転して戻ってくる。それを見た菜々美は銃を改めて構えた。
「器用なものだな」
 クスリと笑んで狙いを定める。
 助かったことに、ジャックは気を操りながら意図して一定の場所に鳥鬼を据え置いているようだ。お陰で狙いが定めやすい。
「これで、終わりだ」
――パンッ!
 菜々美の銃が火を噴く。
 直後、鳥鬼の金色の光が包んだ。
 形成される術は九字法とは違う。
 鳥鬼は金色に輝く螺旋の文字に包まれて身動きが取れなくなっている。そしてその身が紙くずの様に小さくなると、化け物の姿は消滅した。
『螺旋文字の術式、か……すげぇな、あの嬢ちゃん』
 呟くジャックの声を聞きながら、みさおも頷く。
 そこに声が響いて来た。
「怪我をしたか」
 いつ傍に来たのか、みさおのことを菜々美が見下ろしている。それを見上げると、スッと手が差し出された。
「あの……」
「この前の礼だ。家まで送ろう」
 戸惑うみさおに、菜々美がフッと笑みを零す。
 いつも浮かべている勝気だったり、厭味を込めたりした笑みではない。
 月を背にする菜々美が浮かべた初めての素の笑みに、みさおは視線を釘付けにさせながらその手を取ったのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8101 / 辻宮・みさお / 男 / 17歳 / 魔導系腹話術師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオ3へご参加頂き有難うございました。
大変お待たせいたしました。
ルートシナリオ3をお届けします。
前回の気まずさはどこへ? と聞かれてしまいそうですが、たぶん気まずさを感じる余裕は無かったはずです。
出来る限り流れは再現してましたので、楽しんで読んで頂けたなら嬉しい限りです。
この度は大事なPC様を預けて頂き、本当にありがとうございました。
機会がありましたら、また冒険のお手伝いをさせていただければと思います。