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<東京怪談ノベル(シングル)>


おかしなお菓子のワタシ

「ふんふふんふ〜ん」
 鼻歌交じりに配達を終えて空っぽになった袋を手に持ち、ティレイラは自分の雇い主のいる店まで舞い戻ってきた。
 店のドアを開くと小気味よくカランカランとドアベルが鳴り、店の奥にいた店主に来店を知らせる合図を送る。
「あら、おかえりなさい。早かったのね」
「はい。もうチョチョイのチョイで済ませて来ちゃいました!」
 ニコニコとその顔に満面の笑みを湛え、ティレイラは手にしていた袋をカウンターの上に置く。
「はい。じゃあこれ、今日の分のお代ね」
「わぁ。ありがとうございます!」
「あと、それから…」
 店主はカウンター奥の棚から古びた一冊の分厚い本を取り出し、それをティレイラに手渡すとティレイラはきょとんとした表情でそれを見つめ、そのままの視線を目の前の店主に向ける。
「これ、何ですか?」
「さっき部屋の掃除していたらでてきたのよ。夜中の間だけこの本の中の世界に潜り込める魔法の本なの。ティレイラ、あなたお菓子大好きでしょう? そんなあなたにはまさにうってつけの本だと思ってね。私には必要ないし、それあげるわ」
 ティレイラはその本を胸にギュッと抱きしめると目をキラキラと輝かせ店主を見つめる。
「ありがとう! 早速今夜試してみます!」
 ティレイラは嬉しそうに一度深々と頭を下げ、颯爽とその場から翼をはためかせ立ち去った。

                            *******

「……夜の12時。もう大丈夫かな?」
 胸を高鳴らせ、部屋の時計が12時の時を刻んだ頃に、ティレイラは店主にもらった本をそっと開いてみた。
 見開いた瞬間、まるで絵本のような絵が見えたが早いか本は眩しい光を放ち、辺りは一瞬にして光に包み込まれる。
 思わず目を腕で覆い、光から目をそらしたティレイラだったが光が落ち着いた頃にそっと腕をどけ恐る恐る目を開いた。
「……わぁ…! 素敵っ!」
 目を開いたティレイラの前には、甘い香りの漂う可愛らしい街が存在していた。家の一つ一つ、地面や空に浮いている雲など、全てがお菓子で出来ている夢のような世界。
 ティレイラはおもむろに側に生えていた草を一本摘みとると迷うことなくそれを口の中に放り込む。
「うぅ〜ん! 甘くて美味しいぃ〜!」
 砂糖菓子の甘さが口いっぱいに広がり、ティレイラは頬を紅潮させ両手を頬に当てて満面の笑みを浮かべた。
「早速探検しちゃおっと!」
 ティレイラは翼を大きくはためかせると空に舞い上がった。
 空から見下ろす街並みはどれも美味しそうなものばかり。ビスケットの屋根、ホイップクリームで出来た煙が煙突からホワホワと宙に舞い上がり、飴細工出できた窓ガラスやスポンジケーキの道などが見渡す限り続いている。
 ティレイラはニコニコと緩みっぱなしの顔のまま空を自由に飛び、また時折綿菓子の雲や煙突から出てくるホイップクリームの煙を頬張りながら散策を続けた。
「おや…? あれは…」
 気ままに空を飛び交っているティレイラを、このお菓子の世界に住んでいる魔女の目に止まった。魔女は目を細め、空を飛ぶティレイラをじっと見つめるとニタリとほくそえむ。
「なんて可愛らしい娘だろう。…決めた! 今回の芸術展覧会の素材はあの娘にしよう」
 魔女はクスクスと笑いながらその場を立ち去った。

「いいかい。お前のこれで、あの娘をふかふかで可愛らしいマシュマロに変えるんだよ」
 魔女は手下として扱っているお菓子蜘蛛にそう言い聞かせるとそれを解き放った。お菓子蜘蛛はガサガサと音を立てティレイラ目指し走り出す。
 そんな事を知るはずもないティレイラはブッシュ・ド・ノエルに座り、大好きなお菓子を口いっぱいに頬張りながら今のこの時を存分に堪能していた。
「良いもの貰っちゃった! どんなお礼よりもこれが一番いいわ!」
 そんなティレイラの背後に、魔女の解き放ったお菓子蜘蛛が忍び寄る。
 ガサリ…。
 砂糖菓子で出来た草を掻き分ける音が、ふいにティレイラの耳に飛び込んでくる。ティレイラがそちらをゆっくりと振り返り視線を送るが早いか、すぐ目前まで近づいていたお菓子蜘蛛はビュッと糸を吐き出した。
「きゃっ!」
 ティレイラは素早くその場から飛び退くが、蜘蛛の吐き出した糸がシュルシュルと左足に絡みつく。それはネットリとした感触をティレイラの肌に伝え、ベタベタとした感触も同時に伝えてくる。
「やぁん! 何なのこれ!」
 ティレイラはすぐさま足に絡みついた糸を取り除こうと手を伸ばすが、マシュマロの溶けた甘い香りのその糸はどうやってもティレイラの足から外れない。
 そちらに気を取られている間にも蜘蛛は容赦なくマシュマロの糸を吐き出す。
 ティレイラは颯爽とその攻撃を避けるも、吐き出された何度目かの糸が羽に絡みつき飛び上がれなくなってしまう。
「な、何、ど、どうしよう!?」
 ややパニック気味のティレイラだったが、蜘蛛は執拗に糸を吐き出し続ける。
 ビュッと吐き出された糸はティレイラの腕に絡みつき、更に体までもその糸に絡め取られてしまう。
「せっかくいい気分だったのに、何だって言うのよ!」
 ティレイラは徐々に動きが鈍くなっていく体に俄に苛立ちながら、こちらを睨んでいるかのように見てくる蜘蛛の目を睨み返した。
 羽も、尻尾も、そして足や腕、体まで全てがベタベタした感触に包まれ、空にも飛び上がる事が出来ないティレイラはもう自ら地面を転がって避ける事しか出来ない。
 キラリ、と一瞬蜘蛛の目が光ったように見える。
「来る!」
 ティレイラは咄嗟にその場から体を飛び退かせる。が、それよりも早く吐き出された糸がティレイラの体の動きを完全に封じ込めてしまった。
「え、ちょ、ま、待って! 嘘でしょっ!?」
 誰に言うでもなくそう声を上げるティレイラを、木の陰から満足そうにほくそ笑んで見ていた魔女はちらりと蜘蛛を見やる。
 蜘蛛は目の前で身動きが取れずもがいているティレイラの体を、器用に前の二本足でクルクルと転がし始めた。
「や、やめ! ちょ、何するの!」
 口がまだ動くティレイラは声を荒げる事で反抗するがそれも虚しく響くだけ。
 仕舞いにはその顔にまで糸を吐きつけられ、声を発する事もままならなくなってしまった。
「もういいよ! 仕上げておしまい!」
 その言葉を合図に、蜘蛛はティレイラに向かって大量の糸を吐きつけた。
 いかにも器用そうでない蜘蛛のその足は、ティレイラに吐きつけた糸を丹念に形付けるとティレイラの姿そのままの砂糖菓子の像を作り上げた。
 それを見た魔女は頬を紅潮させ高らかに声を上げる。
「素晴らしい! 上出来だよ! 今回の大会、あたしの優勝に間違いはないわ!」
 その声を霞む意識の向こうで聞いていたティレイラはフクザツな心境だった。

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「まぁ…、本当に生きているかのようだわ」
 展覧会に出品された砂糖菓子のティレイラは、魔女の作品として最高の評価を得た。人々は必ずと行って良いほどその砂糖菓子のティレイラの前で足を止めては絶賛する。
(何か良く分からないけど…。褒められて悪い気はしないわ。でも、お菓子に自分がなっちゃったって言うのも、可笑しな話だけど嬉しいような気もするのよね…)
 ティレイラはそんな事をぼんやりと霞む意識の向こうで呟いていた。