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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


涙が帰る世界

●序

 鐘の音が、鳴り響く。いつも通りの音で。
 穴吹・狭霧はのろのろと立ち上がり、掲示板へと向かう。もう、何度目だろうか、と呟きつつ。
(また、力を奪い合うのですね)
 鐘が鳴り、掲示板を確認し、そこに提示された条件で以って力を奪い合う。この世界に足を踏み入れてから、条件反射のようになっている。それがなんだかおかしくて、狭霧は小さく自嘲する。
「いつまで、続くんでしょうか」
 歩を進めつつ、呟く。ヤクトと自分の力を散らしたのは、他ならぬ自分。回収し、ヤクトを完璧に封じ込める役目を持っているのも、自分。
 全てが自分の責任だ。散らばった力の全てを回収し、ヤクトを封じ込める。それができれば、この世界から出る事だって出来る……。
 そこまで考え、狭霧はぴたりと足を止めた。
「全てが終わったら、私は、どうしたらいいんでしょうか……」
 疑問を誰と無く投げかけ、頭を横に振る。今はそんな事を考えなくていい。考える必要なんてない。ただ、何も考えずに力を奪う事だけを考えて。ヤクトを封じる事だけを考えて。何も、何も、何も……!
 狭霧の頭に、真っ白な四角い病室が浮かんだ。


 一方、ヤクトも掲示板に向かっていた。こちらも既に条件反射のようになっている。いつもの事だ、と。
「早く全てを取り戻してやる」
 呟き、笑う。力を得れば、取り戻せば、こんな抑え付けられている世界から抜け出せる。好き勝手災厄を与えられていた力が、か細くなっているのにも我慢ならない。
 長い間、封じ込められていた。穴吹一族によって、暗く狭い空間から出る事すら出来なかった。今はそれに比べればマシのような気もしたが、結局囚われているのだから意味が無い。
 破壊は許されない。この世界が、許してくれないから。
 逃亡は許されない。この世界が、力を返してくれないから。
 だから、力を得るしかない。この世界ごと破壊できるような、逃げ出す事ができるだけの、力を。
 そうして、与えるのだ。この世の中に災厄を、破壊を、滅びを。
 それを考えるだけで、心が躍った。自分はそう在るべき存在なのだ。災厄を与える。滅びを与える。破壊を齎す。
 全ての有を無に。
「まずは、この世界を壊してやる」
 ヤクトは呟き、笑った。その向こうに待ち受ける世界を、破壊する事を思って。


 掲示板には、いつも通り紙が張ってあった。
 しかし、いつも通りの文面と、どこか違っていた。
 いつもならば、どこのエリアで、どういう条件で、とあるはずなのに、そこに書かれているのは簡単な言葉だけ。

――選択せよ。

 大きく書かれたその文字の下に、選択肢が書かれていた。

 1.狭霧に力を渡す。ヤクトを滅ぼし、この世界は終わる。
 2.ヤクトに力を渡す。この世界に災厄が齎され、終わる。
 3.自ら力を得る。それでも世界は終わる。覚悟と意味を持て。

 掲示板の前に立っていると、少年と少女の声が重なって頭の中に響いてきた。
「世界は終わる」
「終わらせる」
「迷いが強いなら、目的を与えよう」
「迷いを断ち切るための、目的を」
 声が止むと同時に、時計台の入口が開いた。中から、巨大な花の蕾が飛び出してきた。そうして、ゆるりと咲き始める。
「花弁は、貴方を攻撃する」
「花の根元に、力はある」
「さあ、力を求めて」
「力を奪ってみて」
 少年と少女の声は、それきり聞こえなくなった。
 巨大な紫の花の蕾だけを残して。


●選択

 守崎・啓斗(もりさき けいと)と守崎・北斗(もりさき ほくと)は、掲示板の前に立っていた。
「兄貴、どう思う?」
 北斗が尋ねると、啓斗は「どうもこうも」と答える。
「この世界は、終わるんだろう。ここでこういう限り」
「だよなぁ。あいつも、だからこそ出てきてるんだろうし」
 視線の先に、時計台から出ている花の蕾がある。じわじわと膨らんできているようにも見える。
「兄貴は、どうするんだ?」
「……お前は?」
 北斗の問いに、啓斗は逆に聞き返す。北斗は「うーん」と唸る。
「どれ選んでも、世界は終わるんだし……そもそも、この世界自体が」
 言いよどむ北斗に、啓斗は「うん」と頷く。
「俺も、同じ意見だ。だからこそ、あの二人に会わなければ」
 啓斗がそう言った次の瞬間、掲示板をバン、と強く叩きつける音が響いた。見れば、そこには拳を掲示板に突きつけるヤクトがいた。
「何だ、これは。何なんだ、これは!」
「ヤクト」
 啓斗が声をかけると、ヤクトはくるりと振り返る。ぎりぎりと奥歯を噛み締めつつ。
「お前……啓斗、だったな?」
 ヤクトの問いに、啓斗は頷く。途端、ヤクトは啓斗に向かって「俺に渡せ!」と叫ぶ。
「力を手に入れたならば、俺に、俺に渡せ! 破滅を齎す為には、俺が手に入れるしかないんだからな!」
「いけません!」
 ヤクトの叫びに答えるように、今度は北斗の後ろで狭霧が叫んだ。顔が何処と無く、青ざめている。
「力をヤクトに渡してはいけません。その力は、私に。そうすれば、私がヤクトを滅ぼせるんですから」
「小娘が……!」
 ヤクトが唸るように言う。北斗は間に入り「はい、ストップ」と声を上げた。
「今はそういう事を言ってる場合じゃないだろ?」
「俺はずっとこの小娘に、小娘の一族に、虐げられてきたんだぞ!」
「あなたが災厄を齎す存在である以上、仕方が無いでしょう」
「何を」
 再び憤るヤクトに、啓斗は「待て」と声をかける。
「俺たちは、今回この世界について判断する気は無い」
 啓斗の言葉に、ヤクトと狭霧の目が見開かれる。
「ヤクトと狭霧の願いって、割とよく似てるよな。手段と目的が入れ替わったら、一緒なんかもしんねってくらい」
 北斗が言うと、狭霧とヤクトは揃って「まさか」と答える。
「なら、ヤクトは力を手に入れたらどうするんだ?」
「決まっている。この世界に破壊を齎してやる」
「その後は?」
「まだ壊すものはたくさんある」
 ヤクトの答えに、北斗は苦笑する。
「世界を壊しても、その向こうにはまた大きな世界が控えてました……てか?」
 北斗の言葉に、ヤクトは少しむっとする表情に変わる。
「狭霧は?」
 今度は啓斗が狭霧に尋ねる。狭霧は「私は」と口を開く。
「ヤクトを封じ込め……いえ、もう滅ぼす事ができるでしょう。それだけの力を得ているのですから」
「その後は?」
「その後は……この世界が終わるのですから、元の生活に戻るだけです」
「ヤクトはいないのに?」
 啓斗の言葉に、狭霧ははっとして口を噤む。
 穴吹家当主としての使命は、ヤクトを自らの虚で封じ込める事。その使命はヤクトを滅ぼす事によって終わってしまう。
「二人とも、世界から逃れたいと思っているんじゃないのか」
 静かに、啓斗は言う。ヤクトと狭霧は何も答えない。
「二人がそうして世界から逃れたいと思っている限り……否、世界を否定している限り、何も進歩は無いという事じゃないのか」
「確かに、俺は世界を否定している。この、思い通りにならない世界をな!」
 ヤクトは忌々しそうに言う。
「私は、別に、否定なんて……」
 狭霧はそう言いかけ、首を振る。
「いいえ、私も否定しているんですね。あまりにも、自分の思う世界ではないから」
「二人とも、互いを知ろうとした事は無いんじゃないか? 俺たち個人個人が、ヤクトや狭霧に会うことはあったが」
 啓斗の言葉に、ヤクトと狭霧は互いに見合う。だが、その目は双方厳しい。
「ヤクトはさ、狭霧をどうしたいわけ?」
 北斗が尋ねる。ヤクトは「何だと?」と聞き返す。
「世界を壊すとかは言ってるけど、狭霧をどうしようとかはあまり言わないし。力が欲しい割には、直接狭霧に会って力を奪い取る事もしてないし。第一、会う事もあまり見てねーし」
「この世界が、直接手を下す事を禁止しているからだ」
 ヤクトはそれだけ答える。
「じゃあ、狭霧をどうする気なんだよ。もしかして、会わないんじゃなくて……会うことが出来ないとか?」
 北斗の言葉に、ヤクトは「馬鹿な」と呟くように言う。
「この小娘に、会うことが出来ないだと?」
「ヤクトはさ、考えねーと。その先の事も、模索しておかないと堂々巡りなんだぜ?」
 北斗はそう言い、ぽつりと「その当たり、ちゃんと覚えてるんかね?」と呟く。
「狭霧もだ。ヤクトに対して、向かい合う事を拒否しているようだ。これは、双方に言えることだが」
 啓斗の言葉に、ヤクトと狭霧は唇をかむ。
「俺は、ただ、破壊したいだけだ」
「私は、ただ、破壊を止めたいだけです」
 相反する言葉。だが、同時に二人の目的は同一のものとなっている。
 即ち、力。
 ヤクトは滅ぼす為に力を欲し、狭霧はそれを止めるために力を欲している。
 互いの最終的な目的は違えども、それに至る願いは同じだ。
 ヤクトはじっと狭霧を睨むように見つめた後、くるりと踵を返す。
「話にならない。俺は、好きなようにさせてもらう」
「ヤクト、どうするつもりですか?」
 狭霧が尋ねる。ヤクトは眉間に皺を寄せ、狭霧から目を逸らしつつ歩き始める。
「今回、直接手を下すなと言うルールはない。つまり、俺が直接取りに行ってもいいって事だ」
 ヤクトの向かう先は、時計台。膨らんでいた蕾が、だんだん開こうとしている。狭霧は「そうですか」とだけ答え、構える。
「ならば、私も行かせて頂きます。ヤクトに力を渡すわけにはいきませんから」
 狭霧も時計台へと向かう。啓斗と北斗は、肩を竦めつつ二人を見つめた。
「兄貴、どうする?」
「互いを認めるというのは、難しいようだ」
「ま、元々が敵同士だし」
 苦笑する北斗に、啓斗は「それでも」と口を開く。
「この世界の事は、二人に決めてもらわなくてはいけないな」
「確かに」
 啓斗と北斗は頷き合い、ヤクトと狭霧の向かった方へと進む。途中で互いに小太刀を構えながら。


 紫の花が開く。
 その途端、花弁が次から次へと降り注いできた。一見柔らかそうに見えたその花弁は、ナイフのように鋭利であり、また一瞬のうちに地に突き刺さる。
「面倒だ……!」
 ヤクトはそう言って、腕を大きく振るう。その途端、衝撃波が発生して向かってくる花弁を弾き飛ばしていった。
「あれもまた、花なんですね」
 狭霧はぽつりと呟いた後、自らの周りに花を咲かせる。その花は狭霧を囲み、防御壁となって花弁を防ぐ。
「結構、頻繁に飛んでくるな」
 啓斗はそう言いながら、花弁を小太刀で弾き返す。北斗も「キリ無いよなー」と言いながら、同じく弾き返していく。
「今の所、二人とも行く手を花弁に阻まれているようだな」
「俺たちも、中々進めないけど」
「つまり、何かしらの打開策がいるって事だな」
 二人が言い合っていると、狭霧は「打開策」と小さく呟き、ヤクトの方を見る。
「ヤクト、一時休戦しませんか?」
「何?」
 訝しげに叫ぶヤクトに、狭霧は続ける。
「力を得る為に、ここは一旦休戦しませんか。力を見つけてから、どちらが得るかを決めましょう」
「つまり、ここはお前と協力して切り抜けると?」
「ええ、そうです」
 狭霧の方が動いた、と啓斗と北斗は思う。今はただ、目の前の障害を切り抜けるためにという名目ではあるが、今まででは考えられなかった会話だ。
「お前の虚に、また俺を閉じ込める気か?」
 皮肉っぽく言うヤクトに、狭霧は「いいえ」と首を振る。
「私があなたの回りに防御壁を張ります。あの花をどうにかしてください」
 狭霧の言葉に、ヤクトは「ふん」と吐き捨てるように言う。そして暫く経ってから、いいだろう、と頷いた。
「あの花をどうにかした者が力を得る、とかいうのでも恨むなよ!」
 狭霧はヤクトの言葉を聞き、ヤクトの周りに花を咲かせた。ヤクトはにやりと笑い、防御壁と共に駆け抜けていく。
「兄貴!」
「分かっている」
 ヤクトの方に防御壁を作ったため、狭霧の防御壁が手薄になっていた。それを、北斗と啓斗が小太刀でフォローをする。
「あなた達は、本当にフォローしかしてくれないんですね」
 防御壁を維持しながら、狭霧は苦笑する。
「最初に言ったとおりだ。この世界を決めるのは、狭霧とヤクトだと」
「俺たちがするのは、あくまでそのサポートだからな」
 啓斗と北斗の言葉に、狭霧は「そうですか」とだけ答えた。
 ヤクトの方は、あと少しで花の根元と言うところまで駆け抜けていた。ヤクトはにやりと笑い、腕を大きく振りかぶる。
「まずは、お前を滅してやる……!」
 巨大な衝撃波を発生させ、今にも花に襲い掛かろうとしたその瞬間、花がぶるぶると震えた。そして、ぼふ、ときらきらと光る粉を花弁と共に放つ。
「息をするな!」
 啓斗がとっさに叫ぶ。北斗は反射的に、鼻と口を布で覆う。が、狭霧とヤクトは一瞬間に合わない。思い切り、粉を吸い込んでしまった。

――バシュッ!

 ヤクトの体に、無数の花弁が襲い掛かった。
 狭霧の防御壁が消えうせたのだ。そうして同時に、ヤクトは作っていた衝撃波を啓斗と北斗に向かって放ってきた。寸でのところでかわし、二人はヤクトの方を見る。
「あはははははははは!」
 ヤクトは大声で笑っていた。ヤクトの周りに防御壁が無い為、相変わらず花弁によって体が傷ついているというのにも拘らず、ヤクトは笑っていた。
「何故、防御壁が……」
「兄貴、狭霧が!」
 狭霧は、倒れていた。息をしているところを見ると、眠っているようだった。
「催眠作用か」
 ちっ、と啓斗は舌を打つ。厄介な花粉だ、と思いつつ。
「ヤクトの方は、眠ってないみてーだけど」
 北斗がそういうと、ヤクトは笑いながら衝撃波を次々に放ってきた。滅べ滅べ、と楽しそうに笑いながら。
「あっちは、幻覚作用が働いているようだな。自分の体にはお構いなしのようだ」
「あーもう、なんっつー迷惑花粉!」
 忌々しそうに言う北斗に、啓斗ははっとしたように「北斗」と呼びかける。
「トウ、だ」
「トウ?」
「前に、力を得ただろう? トウの力は、この世界での傷を癒す」
 北斗もはっとする。この世界で受けた傷ならば、癒す事の出来る「トウ」の力。啓斗と北斗の二人が持っているのだから、ヤクトと狭霧、二人に使う事が出来る。
「でもここで使ってさ、もう一度あの花粉が来たら」
 北斗がそこまで言った所で、再びヤクトが衝撃波を放ってきた。慌てて避けると、今度は眠ったままの狭霧に当たる。

――ザシュッ!

 しまった、と二人が思うと同時に、狭霧の体は無数の風刃によって傷だらけになる。迷っている暇は、ない。
「もう一度来た時は、来た時に考えればいい!」
「だな!」
 啓斗と北斗は同時に「トウ!」と叫ぶ。途端、二人の体から光が放たれ、それぞれ狭霧とヤクトを包み込む。
「花粉の効果にも効くのかな、あれ」
 北斗の言葉に、啓斗は「さあな」と答える。
「その時は、丸薬を試せばいい」
 啓斗がそう言い終わると同時に、ヤクトの周りに防御壁が復活する。狭霧が、目を覚ましたのだ。狭霧が身につけていた着物はいたるところに傷が付いていたが、狭霧自身にもう傷は無い。
「くそ……何だったんだ?」
 ヤクトが頭を振る。あちらも、正気に戻ったようだ。体についていた無数の傷も、綺麗に癒えている。
「ヤクト、行って下さい」
 狭霧が声をかける。ヤクトは一瞬眉間に皺を寄せた後、不敵に笑って衝撃波を作る。そして、それを紫の花へと放つ……!

――ザシュッ!!

 大きな音がし、紫の花はその根元からぐらぐらと揺れ、倒れた。倒れた後は、ふわりと宙に溶ける様に消えてしまった。
「やった……」
 ぽつり、と北斗が呟く。その隣を、すっと狭霧が歩いていく。真っ直ぐに、ヤクトを見つめながら。
「ヤクト、有難うございます」
「礼なら、力を頂こうか」
「それで、あなたはここの破壊を?」
「そうだ。そして、次は外の世界。おっと、お前の破壊もあったな」
 くつくつとヤクトは笑う。狭霧は、ヤクトの言葉に顔をこわばらせる。
「何て顔だ、小娘。俺は、ようやく分かったのだ。俺を縛っていた檻は、お前だ。お前の破壊こそが、俺の足枷を外す最短だと」
 啓斗と北斗は動かない。ただじっと、二人のやり取りを見ているだけだ。
 狭霧は一つ溜息をつく。
「……あなたが求めていたのは、光、でしょう?」
 狭霧の言葉に、ヤクトはぐっと言葉を詰まらせる。
「あなたの力を前に得ましたね? その時、あなたは光を欲していた。力を戻し損ねたとはいえ、その事実はあなたにも分かっているはず」
「何を言う、小娘! 俺が求めているのは、破壊だ!」
「この世界が、汚いから?」
 再び、ぐっとヤクトは言葉を詰まらせた。
「お前に、何が、分かる?」
「分かりません。私は虚ろで、何処かに逃げたくて……未だに、この世界が終わったらどうしたいかも、よく分かってないのですから」
 狭霧がそう言うと、時計台の名から少年と少女が現れた。それぞれの額に、丸い痣がある。
 少年には赤の、少女には青の痣が。
「破壊という衝動と共に、己も破壊したいと願っている」
 少年が言う。
「のしかかる使命に、いっそ全て破壊されてしまえと願っている」
 少女が言う。
 二人とも、まっすぐにヤクトと狭霧を見て。
「……何者だ?」
 啓斗が尋ねる。少年と少女はくるりと啓斗たちの方を見つめ、口を開く。
「逃げ出したい願望」
「囚われていたい心」
「共通する思い」
「重なる力」
「作り上げられた、世界」
「融合した、私たち」
 少年と少女は交互に言い、それから頭を軽く下げた。
「ええと……つまり、この世界はお前らが作ったっつー訳?」
 北斗の問いに、彼らは頷く。
「この世界の来訪者である、啓斗、北斗」
「あなた達は、世界をどうしたい?」
 二人の問い掛けに、啓斗は「決まっている」と答える。
「狭霧とヤクトの結論に任せる」
「右に同じ。狭霧とヤクトが決めなきゃ、意味ねーから」
 二人の答えに、少年達は頷く。そして、改めてヤクトと狭霧を見る。
「さあ、選べ」
「選択肢は、委ねられた」
 ヤクトは「ふん」と言い放ち、にやりと笑う。
「ならば決まっている。俺がもらう。そして、全てを破壊しつくしてやる!」
「それは叶わない。破壊可能なのは、この世界のみ」
「世界の編成のため、力は殆ど使われたのだ」
 ヤクトの目が、大きく見開かれる。
 狭霧の散らした力は、異界を形成した。そして同時に、形成する為に力を多く消耗してしまっていたのだ。
「……やってくれたな、小娘」
「わ、私がしたのは散らした事のみです。異界形成のために使われる事までは……」
「そう、分からなかった」
 少女が言う。「でも、それで良いと、思っている」
「この世界は終わる」
「もう、持たない。作り上げる力が減少し、最後に残ったのがこの力だけなのだから」
 二人はそう言い、手を握り合う。すると、間から紫の光が出てきた。
 赤でも青でもない。混ざり合った力だ。
「さあ、どうする?」
 問われるが、ヤクトと狭霧は動かなかった。言葉すら発さない。
 そんな中、口を開いたのは狭霧だった。
「……ヤクト、受け取ってもいいんですよ?」
 狭霧の言葉に、ヤクトはじろりと狭霧を見る。狭霧はヤクトを見ずに、啓斗と北斗の方を振り返る。
「いいましたね、啓斗さん。世界から逃げていては、否定していては、何も進歩が無いと」
 啓斗が頷く。狭霧はそれを見て、小さく微笑む。
「私は、ずっと逃げていたんです。否定ばかりしていたんです。許容しようと思っても、出来ていなかったんです。そしてそれは、ずっと出来ないでしょう」
「だから、壊すと?」
「また一から始めても、いいかなと思ったんです」
 狭霧は微笑んだまま、今度はヤクトを見る。
「あなたが手に入れても、この世界しか破壊できないのでしょう。なら、思い切り壊してもいいんです。この世界が私とあなたによって作られたのならば、一度壊してスタート地転移戻ったって、いいじゃないですか」
「お前、正気か?」
「ええ」
 狭霧は微笑んだままだ。
「狭霧、その後はどうするつもりなんだ? またヤクトを封じるのか?」
 北斗が尋ねる。狭霧は「いいえ」と首を振る。
「残されている力では、ヤクトを封じる事はできないでしょう。ですから、また一から出直しです。ヤクトを封じるにしろ、封じないにしろ、私はまず世界を許容する所から始めないと」
 狭霧は、閉じ込められていた病室が頭に浮かんでいた。小さな閉鎖空間で、逃げ出したい、終わらせたいとばかり思っていた。当主と言う重圧から、それが叶わぬと分かっていたとしても。
「私も、ヤクトと同じです。破壊を望んでいたんです」
 狭霧が綺麗に微笑んだ。
「俺は、お前を滅ぼすぞ?」
 ヤクトがぽつりと言う。狭霧は笑ったまま「そうですね」と頷く。
「それに抵抗するくらいの力は、まだあると信じてますから」
 ぷっと北斗が吹き出す。つられて、啓斗も顔を緩ませた。
「なぁ、ヤクト。ヤクトは狭霧を認められないのか?」
 啓斗が尋ねる。答えぬヤクトに、啓斗は更に言葉を続けた。
「互いを認め合って、共に協力して生きていけばいいじゃないか。二人とも、力が少ないんだろう?」
 ヤクトは「ふん」とだけ答える。そして、紫の光へと手を伸ばした。
「後悔するなよ? 小娘」
「しません。私が、選んだ事なのですから」
 狭霧は微笑む。ヤクトは「そうか」とだけ答え、光を掴む。

――掴んだ光は、狭霧に、押し付けられた。

「なっ……」
 突然の事に驚く狭霧に、ヤクトはにやりと笑う。
「俺はお前のように、お前を認めることは出来ない。常に欲するのは破壊のみ。お前がしようとする世界の許容も、俺には無理だ!」
 紫の光は、徐々に狭霧の左手甲に収まっていく。
「ならば、俺は最後まで破壊を求める! そう、世界ではなく、お前でもない。俺は、俺を破壊する事によって、おれ自身が求める破壊を得た事になる!」
 狭霧の左手甲の花が、紫に輝く。途端、世界そのものギシギシと音を立て始めた。
 世界の崩壊が、始まったのだ。
「ようやくお前と別れられるぜ、穴吹! ははははははは!」
「ヤクト……」
 狭霧は笑うヤクトに向かって左手を伸ばす。伸ばした手の先から花が咲き誇り、ヤクトを包む。
「……ヤクト!!」
 狭霧は叫ぶ。本意ではない。紫の光が、勝手に花を咲かせているのだ。それは恐らく、紫の力にあるヤクトが求めた、己の破壊のせい。
「啓斗、お前に破壊を見せてやれなかったな」
「ヤクト……」
 ぽつり、と啓斗が答える。ヤクトの言葉に「え」と北斗が声を上げる。その様子にヤクトはくつくつと笑う。
「じゃあな、狭霧」

――パンッ!

 風船が割れるような音がし、強烈な光が辺りを包む。
 そうして光が消えたとき、何もそこには残されていなかった。公園も、時計台も、少年と少女も。
 ヤクトも。
「初めて、名前を、呼びましたね」
 寂しそうに、狭霧が呟いた。


●結

 啓斗と北斗は、もう少し一人で考えたいという狭霧をその場に残し、家路についていた。あの異界はもう無い。異様な空間は、既に存在していないのだ。
「最後に、狭霧は認めたんだな……ヤクトを。世界を」
「そうだな」
 ぽつりと言う北斗に、啓斗は頷く。
「いつかは『他人』を認めないと、世界から拒絶されたまま、だからな」
 言い聞かせるかのように、啓斗は言う。北斗はそれにはあえて触れず、ただ「だな」と頷いた。
「……そういえば、あいつらどうすんのかな?」
 あ、と気付いたように、北斗は言う。
「あいつら?」
「キャサリンとか、木野とか。異界の影響で、珍しい茸一杯だーって喜んでたじゃん」
 北斗に言われ、啓斗ははっとする。
「きゃさりん……俺の、俺の金づ……きゃさりんが!」
 慌てる啓斗に、北斗は「なーんだ」と言う。
「兄貴、そのあたり心配じゃねーのかと思ってた」
「失念していただけだ!」
 なるほど、と北斗が頷いていると、向こうから「おーい」と間の抜けた声が聞こえてきた。
 木野だ。
 しっかりと赤い傘の巨大茸、キャサリンを抱きかかえている。
「いきなり世界が崩れたんですよー! こ、怖かったです!」
「無事、みたいだな」
 北斗が言うと、啓斗が「ああ」と頷く。
「俺のきゃさりんが無事で、何よりだ」
 目はばっちり、赤い茸にしか向けられていない。北斗は「不憫な奴……」と木野に同情する。
 そうして二人は、不意に後ろを振り返る。狭霧の姿は、もう見えない。
 穴吹の家に帰ったのか、それともまだあの場に留まっているのか。
「どちらにしても、狭霧は世界を許容するって」
 北斗の言葉に、啓斗は「そうだな」と言って頷いた。
 狭霧は確かに、最後まで微笑んでいたのだから。


 狭霧は空をぼんやりと見上げていた。
 全てを破壊してしまえば良いと思った。ついでに自分も破壊されても良いと思った。勿論、抵抗はするけれども。
 それでも、ヤクトは破壊しなかった。否、破壊はした。ただし、ヤクト自身だけ。
「ずるいですね、ヤクト」
 ふふ、と狭霧は笑った。「あなただけ、最後まで貫き通すだなんて」
 ヤクトはずっと破壊したいと言っていた。全てを、何もかもを。
 狭霧はそれを止めたいと言っていた。ヤクトが齎す破壊を、止めてやりたいと。
 だがそれは叶わなかった。ヤクト自身の破壊を、止めることが出来なかったのだから。
「あの世界は、もうありません。だから、私はこの世界で生きていかなければ」
 狭霧はぐるりと当たりを見回す。何も無い、平地。先程まで居た場所と、全く違う。何より、空が美しかった。
「ここが、私の世界なのですから」
 狭霧の頬を涙が伝い、左手甲にぽとりと落ちた。
 紫に光る、花に向かって。


<世界は終わり・了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】

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         ライター通信          
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「涙が帰る世界」にご参加いただきまして、有難うございます。
 これにて、涙帰界は終了です。茸達は、熊太郎の方に移動すると思いますので、次からはそちらでお会いできると思います。見かけましたら、宜しくお願いします。
 ヤクトと狭霧に全てを委ねられたという事で、こういう結果になりました。新たなる一歩、といえると思います。
 最後までお付き合いくださいまして、本当に有難うございました。無事に涙帰界を終える事ができた事を感謝いたします。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時まで。