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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【Reserved Seat】

 ――永嶺、お前と気が合いそうな奴を紹介するよ。
 始まりは、友人の何気ない一言だった。
 縁というのは、奇妙なものだ。
 どこでどう繋がっているのか判らないし、何をきっかけとするかも判らない。
 そういう意味では、自分は相当の強運なのだろう……と、今にして永嶺・蒼衣は自負する。
 なにせ、めったに出会えないであろう感性の似た心強い相手と、こうして出会う事が出来たのだから。

   ○

「俺と、気が合いそうな奴?」
 カウンター越しに声をかけてきた友人へ、蒼衣は怪訝そうな顔を返した。
 一軒の、こじんまりとした楽器店。
 様々な楽器が整然と並ぶ店の内装はアンティークな雰囲気で統一され、店の一角にはヴィンテージもののギターがさり気なく置かれていたりする。
『音』が近くにある事と、楽器店らしからぬ洒落た雰囲気。
 その二つが、ここでのバイトを蒼衣に決めさせた、主な理由だった。
 楽器店を訪れる客は、当然の如く音楽に興味を持ち、自ら演奏する――腕の上手い下手はともかくとして――学生や社会人がほとんどだ。
 客層自体もアマチュアから一応プロと呼べるレベルまで幅広く、そういった様々な客を辛抱強く相手にしながら、彼はバンドを組むための条件を満たす者を探していた。
 バンドメンバーの条件……テクニックは言うまでもなく、何より音楽の方向性や感性が波長が合っている事と、ついでに性格的に問題ない相手。
 上を望めばきりがないが、かといって妥協する気もない。
 中途半端に、ましてや趣味程度で終わらせる気などさらさらない蒼衣にとって、それは当然のことだった。
 だから彼を知る友人が「気が合いそうな奴」と言っても、すぐには信用できず。
 怪訝な顔をする蒼衣へ、忘れたのかと言いたげな表情を友人が返した。
「だからさ。バンドのメンバーを探してるって、前に言ってたじゃないか」
「ああ、確かに言ったが……」
「だろ? おーい、相馬ー!」
 友人に名を呼ばれ、並んだエレキギターの一つ一つを熱心に見ていた客が、顔を上げてレジカウンターの方を見やった。
 ――落ち着いた感じで、線の細い奴だな。
 それが最初に相馬・樹生を見た蒼衣が抱いた、第一印象。
「どうかした?」
「こいつ、永嶺。ほら、紹介したいって言ってた奴」
 僅かに小首を傾げて尋ねる樹生へ、友人が説明する。
 ――どこか日本人離れした、綺麗な人かも。
 それは、樹生が初めて永嶺・蒼衣と出会った時の、第一印象。
「相馬です。初めまして」
「永嶺だ。よろしくな」
 そうして二人は、初めて言葉を交わした。

 自己紹介から始めて、しばらくは当たり障りのない他愛のない会話を続ける。
 かたや楽器店でバイトをする者と、かたや楽器店へ客として訪れた側。
 社交辞令のような面倒な会話を蒼衣が嫌ったせいもあるが、それがなくても話題が音楽に関する話へ移るのに、大して時間はかからなかっただろう。
 好んで聴く音楽ジャンルに、好きなバンドや気になるアーティスト。最近行ったライブの感想に、楽器へのこだわり。
 蒼衣よりひとつ年下、19歳で美術系の大学に通っているという樹生は、話してみれば見た目のどこか距離を置いた印象とは逆で、意外と自分を抑え気味にして言葉を選ぶ。
 しばらく話していると、急に賑やかな電子音が鳴り始めた。
「あー、ちょっと電話」
 樹生を紹介した友人が慌てて携帯を取り出し、回線の向こうの相手と何やら話し始める。
 だが幾らも話さぬうちに、携帯を耳から話して二人へ向き直り。
「ちょっと、友達が近くに来てるから行って来る。適当に、話しといてくれよ」
 それだけ言うと返事も待たず、再び携帯と話しながら二人に背中を向けて、店の外へと歩いて行った。
 残された樹生は、ちょっと所在なげな顔で友人を見送ると、蒼衣へ困った様な苦笑を向ける。
 とてもシャイで、穏やか……蒼衣が樹生に対し、改めてそんな印象を抱いた。

 紹介者がいなくなった事もあって、それから二人は遠慮のない話に踏み込む。
 蒼衣が語る音楽評を、相槌を打ちながら樹生が聞き。
 樹生が投げる疑問には、素っ気ないながらも蒼衣が的確に答えた。
 話題を重ねるうち、聴いていた音楽の趣味が良く似ている事が互いに判ってきて。
 そして、蒼衣は確信と共に『本題』を切り出した。
「相馬、俺のバンドに入れ」
「……え?」
 突然の誘いに、樹生は驚いて目を瞬かせる。
「永嶺さん、バンド作るんですか?」
「呼び捨てでいい。今はまだ、メンバーを探している途中だ。だが近いうちに揃えて、プロを目指す。もちろん、その先もな。だから、相馬にも参加してほしい」
「でも僕、そんなプロとか意識した事ないし、急に言われても……腕だって」
 慌てる樹生だが、蒼衣には引くつもりなど毛頭なかった。
「腕は、指を見ればある程度判る。ついてこれないと言うなら、ついてこれるようにしてやる」
 言葉を切ると、冴えた青の瞳で蒼衣はじっと琥珀色の瞳を覗き込む。
「俺には、相馬が必要だ」
 うろたえる相手を逃す気など、全くなかった。
 迷うように樹生は視線を彷徨わせ、悩んだ末にようやく口を開く。
「少し、考えても、いいですか?」
「ああ。だが、相馬の椅子は空けておくからな」
 控えめな答えに蒼衣が即答すれば、年下の大学生はまた困惑した表情を深くした。

「あれ? 話、終わってた?」
 軽い問いかけと共に戻ってきた友人に、樹生が頷く。
「それで永嶺、何だって?」
「うん……」
 煮え切らない生返事だけをして、ちらと樹生は楽器店を振り返った。
 カウンターの向こう側で、じっと見送る蒼衣と目が合い。
 慌てて視線を戻し、友人と共に樹生は店を後にした。
「……あの人」
「うん?」
「音楽に対する情熱が、凄いよね」
「だろ? 永嶺の奴、この間もさ……」
 話す友人の言葉が、どこか薄っぺらに感じられる。
 友人から見た彼と、自分が持った印象が大きく違うせいなのかな? と。
 なんとなく、そんな気がした。
 そして胸の奥に、響く言葉が一つ。
 ――俺には、相馬が必要だ。
 自分と違って特別な力なんかない筈の一言は、いつまでも樹生の中で揺れていた。

 それから数日を置かず、樹生は再び楽器店を訪れる。
「やっぱり、来たな。ちゃんと『席』は取ってある」
 現れた相手へ蒼衣は特に驚きの表情も見せず、ただ樹生へ向けて、そう告げた。

   ○

 そんな出会いから、一年。
 樹生の承諾から間もなく、蒼衣は『Crescens』という名のオルタナティブバンドを結成し、インディーズでの活動を始めた。
 活動を開始してすぐ、その音楽性と話題性に目をつけた大手レコード会社のスカウトで、『Crescens』はプロデビューを果たす。
 発表した楽曲は瞬く間に各種チャートを賑わし、蒼衣達のスケジュールはレコーディングやライブツアーの日程で埋まっていった。
 それでもなお樹生は大学を止めず、バンド結成以後も変わらずマイペースに音楽活動との両立を続けている。
「きついなら、いっそ大学を止めるか、しばらく休学すればいい」
「蒼衣の言いたい事は判るけど、僕は衣装デザイナーになりたいんだから」
 待ち合わせの時間ギリギリにライブハウスへ現れた樹生が、がっくりと肩を落として答える。
 いつの間にか名前で呼び合うようになった相手は、何かこだわりがあるらしく、大学の話になると頑なに譲らなかった。
 それが蒼衣にとって、酷くもどかしい時もあるのだが。
「リハーサル、始めるぞ」
 もそもそとコートを脱ぐ背中をぽんと軽く叩き、蒼衣は樹生を促す。
 ――待つとしても、あと二年。
 樹生が譲らない限りこの状態が続き、それが蒼衣にとっては長くもどかしい時間になる気はするが。
 ともあれ、今は。
 準備を整えた樹生と肩を並べて、蒼衣はステージへと歩き出した。