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<東京怪談ノベル(シングル)>


楽園の島

 手を引かれて、海原・みなも (うなばら・みなも)は歩いていた。
 厳重な目隠しをされて視界を封じられているせいで、平衡感覚が少し怪しい。
 耳には波の音。靴底の感触は柔らかく、さくさくと鳴っているのは砂浜なのだろう。
 頬に触れる風が温かく、その風には潮のにおいと濃い緑のにおいが含まれている。
 目隠しが取り払われた瞬間、みなもの目に飛び込んできたのは冬とは思えない強い陽射しだった。
「無粋なものつけさせて、御免なさいネぇ」
 眩しくて目をぱちぱちしている姿を微笑ましく思ったのだろう、案内役の女がみなもの手を取ったまま、くすくすと笑った。
「お疲れ様、移動はこれで終了。『楽園』へようこそ」
 光に慣れてきたみなもの周囲に広がっていたのは、白い砂浜とその奥に広がる緑の森だった。
「この島全部が会場か。こりゃあ……贅沢だな」
 みなもと同じく目隠しを取られた草間・武彦が、サングラスをかけなおして青い空を見上げながら呟く。

 みなもが裏の愛玩動物博覧会に関わるのは、これで3度目となる。人道的ではあるが非合法なこの博覧会は、裏と言われるだけあって秘密裏に行われるものだ。情報規制の点で、一度関わったことのある人間のほうが使いやすいのだろう。
 父を通じて、今回は博覧会のほうからみなもにアルバイトの打診が来た。
 業務内容は初めて関わった時と同じコンパニオン。
 ただし、場所が違っていた。
 都内ではあるが、はるか南に下がった小さな離島が、今回の博覧会の開催地となる。
 指定された港へと向かったみなもを迎えたのは草間と、手指に蛇の鱗をまとった女で。
 彼らと共に、みなもは船に乗り、南の島へと出発したのだった。

         ++++++

 この島の通称は「楽園」。
 それ以上の情報はみなもには与えられていない。移動の間も、船室の窓はふさがれていたし、下船の際に目隠しをされたのは、海から島の外観を見ることさえないようにするためだ。
(相変わらず、情報の規制は厳しいのですね)
 控え室兼更衣室として案内された海辺のロッジで、みなもは着てきた服を脱ぎ落とした。
 渡された衣装は、砂浜の色に似た白いビスチェと、島の海の色のように緑を帯びた青色のパレオだった。ぴったりとボディラインに沿うビスチェの胸元は、珊瑚の枝のような白いレースに飾られている。熱帯魚の鰭のように優美にゆらめくパレオの下は、ビスチェと揃いのデザインの水着。足元にはヒールのついた華奢なサンダルが用意されていて、これもやはりビスチェと揃いで、珊瑚のような白いレースがあしらわれている。
 南の島らしい明るさもありながら、裏の博覧会らしい艶やかさもある衣装だった。
「それ、私が選んだの。思った通り、その色が似合うわ」
 案内してくれた女は、みなもと色違いの、黒いビスチェと赤いパレオに着替えている。
「これね、見た目は普通の服みたいだけど、裏の技術を結集して作ってあるの。例えば、変身なんかした後も、元の姿に戻れば元通りその服を着ているのヨ」
 女の言葉に、みなもは目を瞬いた。
 どんな技術なのかわからないが、みなもにとってはとても便利なものではないだろうか。
「これで仕上げネ」
 最後に、女が見たこともない花をみなもの髪に乗せた。形は月下美人に似ている。しかし色が真っ青だった。
「あっ」
 鏡を見ながら、みなもは小さく声をあげる。青い花が、髪の中にするりと溶け込んだのだ。そして、さあっとみなもの髪の上に大小いくつもの花が咲いた。
 両耳の上のあたりで開いた花が、シフォンのような薄い花弁を大きく広げ、目元を隠す仮面の役割を果たす。
 濃い青の花が、みなもの髪の青とあわさって不思議な色合いだ。
「出来上がり。じゃア、今回の『情報』を入れてあげる」
 にっこりと笑って、女はみなもを手招いた。
 いつかのように、その指先でちょんと額に触れられると、今回の仕事に必要な情報が流れ込んでくる。島内の地図や、今回扱われる“商品”たちの詳細、それから博覧会にやってくる客たちについて。これらの「情報」は、後で女によって回収される。裏の世界と関わりを持ってはいるが、裏の世界の住人ではないみなもが、余計な情報を持つことで困ることのないように。
「……あ?」
 流れ込んでくる情報の中に、みなもは最初から知っているものがあることに気付いて、目を瞬いた。
「ふふ。今回はね、あなたに助手がつくの。知ってる顔だったかしら?」
 女は楽しそうに笑っている。

         ++++++

 博覧会の開催時間が近付いた。
 既に到着している客たちは、島の宿泊施設に集まっている。
 みなもの最初の業務は、その宿泊施設の庭で、開催の合図として、自分の持つ能力を使ったデモンストレーションを行うことだ。
 今から港に到着する客たちを迎える役目を務める女とは別れて、みなもは草間と共にそちらへと向かっていた。
 森の中を突っ切って行くのが近道だ。
 鬱蒼とした森の中に開かれた細い道を、みなもは迷うことなく行く。
「……『情報』の出し入れねえ。便利なもんだな。しかしなんで俺まで、こんな新郎みたいな格好を……」
 みなもの案内に従って歩く草間は、いつもとは違ったきちんとしたスーツに着替えさせられたことが不満らしくぶつぶつ言っている。
 美しいが普通の図鑑には載っていない花や草が森の中には混じっていた。今回の展示物としてここで育てられたものだ。今は、入れてもらった『情報』のおかげでみなもにもそれら全ての名前と性質がわかる。
 そして、先ほどからひらひらと周囲を舞っている美しい蝶は、よく見ると蝶ではない。
「ねえねえ、どこいくの?」
「そんなに急いで、どこいくの?」
「ねえねえ! 遊ぼうよ!」
 青い羽、赤い羽、色とりどりの羽を背に生やした、掌に乗るような小さな少女たちが、ぺちゃくちゃとうるさくみなもと草間にまとわりつく。
「今は仕事中だ、仕事中!」
「遊べないんですよ、ごめんなさい」
「えー」
「やだやだ遊ぼうよう!」
 草間は頭の上に座り込んだ少女をぽいと払い落とし、みなもは髪を引っ張ってくる少女を苦笑しながらそっと引き剥がした。
 彼女たちは、見た目はヨーロッパの物語に出てくる妖精といったところだがそういった霊的な存在ではなく、亜人種に近い生き物だ。悪戯者揃いだが、美しく可愛らしいことから愛玩用として好まれる。
「ケケッ。ワガママを言ってはいけないよ、蝶々たち!」
 蝶たちがしつこいので、みなもが困っていると、頭上から甲高い声がした。
「お嬢さん、お急ぎのようだ。蝶々たちの遊び相手は私が務めるから、お行きなさい。ケケッ」
 高い枝の上から降りてきたのは、鮮やかな緑色の羽をしたオウムだった。ただし、大きさが尋常ではない。丸い舌の覗くクチバシは、みなもの腰あたりの高さにあるのだ。
「ありがとうございます、オウムさん」
「どういたしまして!」
 みなもにくっついて離れない蝶々たちを翼で払い落とし、オウムは人間のような仕草で優雅に一礼した。
 賢く穏やかで、器用なクチバシを持つ、この巨大なオウムもまた今回の商品。愛玩用としてだけでなく、身の回りの世話をするコンパニオンアニマルとして求められることも多い。
 森の中は、他にも怪しい気配に満ちている。 
 いや、森の中だけではない。今この島には、平原にも、砂浜にも、周囲の海中にも――裏の世界のいきものたちが放たれている。
 野外を中心に、島全体が、博覧会の舞台なのだ。
「ねえねえ、じゃあ何して遊ぶ?」
「何して遊ぶー?」
「はいはい。じゃあ、かくれんぼでもしますかね……」
 蝶々たちとオウムの声を背後に聞きながら、みなもと草間は道を急いだ。
 もうすぐデモンストレーションの予定時刻だ。今日1日、みなもの助手を務めてくれるというあの子が、首を長くして待っているに違いない。

         ++++++

 宿泊施設の裏口から入ったみなもを迎えたのは、白い耳と尻尾に、猫の目鼻を持つ少女だった。
「少し、背が伸びましたか?」
 奇妙な縁のある猫獣人の少女の頭を、みなもは優しく撫でた。
 一生懸命にみなもの顔を覗き込みながら、子猫が跳ねる。
「あのね、おばあちゃんが、ひとりでも生きていけるように、お仕事のれんしゅう、しなさいって、連れてきてくれたの。そしたら、おねえさんに会えたの!」
 以前よりも屈託がなく、子供っぽくなったように思えるのは、今の保護者に愛されているおかげだろうか。子猫は嬉しそうにみなものおなかに頬をすりよせる。
「そうだ! あのね、あのね、わたし、おばあちゃんに、番号じゃないちゃんとしたお名前もらったの。聞いて!」
 きらきらと輝く猫の目が、みなもを見上げた。
 入れてもらった『情報』で、みなもは子猫の名前も知っている。けれど、黙って頷いた。ちゃんと聞かせてもらいたかったし、そうすれば後で『情報』を抜いた時も、その名前を覚えていられるだろうので。
「――そう。いいお名前ですね。じゃあ、行きましょうか」
 これから、ロビーに設えられた小さな舞台で、デモンストレーションをするのだ。たくさんの人が集まっている気配がする。
 一瞬、子猫の足がすくんだのがわかった。
「大丈夫ですよ。あたしたちは見世物にされるんじゃなく、いまから、見世物をするんです」
 みなもの言葉に、子猫の耳がぴくりと動く。
「見世物を、する」
「そうです。あたしたちにできる、最高のショーをしましょう!」
 微笑んで、みなもは子猫の手を引いた。
「がんばれよ」
 草間が手を振って2人を見送る。
(そういえば、草間さんは何のお仕事でいらしたのでしょう……?)
 ちらりと疑問に思ったみなもだったが、それよりもまずは目の前の仕事だと、切り替えて管狐の入った万年筆を手に取った。

 紳士淑女の集まったロビーに、輝くような青が飛び込んできた。
 それは、水の流れのような青い毛並みを持つ、狐に似た獣。
 獣は流水のような速さで、しかし優雅に人の間を駆け抜け、ロビーの奥の小さな舞台の上に跳び上がった。
 長い尾がさらりと揺れた次の瞬間、獣は姿を変え、青い髪に花の仮面をまとった、人間の少女の姿――みなもになる。
 その変化の鮮やかさに、わっ、と拍手が起こった。
 みなもは花の陰に覗く唇に笑みを浮かべ、深く一礼した。
 続いて舞台に駆け上がってきた白い猫獣人の少女が、手にしていたガラスの鉢の中身を振りまく。鉢から溢れ出した透明な水を、みなもが頭からかぶる、と思いきや。
 みなもが頭上に振りまかれた水に、つい、と腕を伸ばし、指先が触れた瞬間、水は重力を無視して空中にとどまった。
 そのまま大きく円を描くように手を動かせば、水もその動きに従う。
 透明な水が輪の形になった。みなもはそれを手品に使うフープのように手にとると、くるりと回して見せる。そして、ぽぉんと放り上げた。
 輪が放物線の頂点に静止した一瞬、白い子猫が舞台を蹴り、跳んで、その中をくぐった。
 子猫は尻尾をひらめかせて着地し、水の輪は形を崩しながら落ちてゆく。
 みなもは完全に水が円形をなさなくなる寸前に再び手を伸ばし、指先を触れて再び制御下に置いた。リボンのように、透明な水がみなもの指先に従う。
 指をついと流し、みなもは水を元のガラス鉢に戻した。
(ほら、お辞儀をしましょう!)
 小さく、みなもは子猫の耳に囁く。
 緊張に頬を染めた子猫が、はっとしたように目を見開き、それからぴょこんと頭を下げた。その動きに合わせて、みなもも一礼する。
 デモンストレーション終了の合図だ。
「お待たせいたしました。裏の愛玩動物博覧会、開催でございます! 不思議、不可思議、恐ろしくも愛らしい生き物たちが、この『楽園』のいたるところで皆様をお待ちしております!」
 顔を上げ口上を延べたみなもに、拍手喝采。
 みなもと子猫は手を繋いで舞台を降りた。
(みこちゃんも、お疲れ様でした)
 ビスチェのレースの中に隠した万年筆の中に戻った管狐にも、みなもはねぎらいの囁きを贈る。
 どこに隠れていたのか、ロビーにはみなもと色違いの服装をした沢山のコンパニオンたちが現れ、案内の業務を開始していた。あとは、みなもも子猫と一緒に案内の仕事に加わることになる。
「すみません。花を見たいので、森へ行きたいのですが」
 早速、壮年の男性に声をかけられた。
「お花のゾーンですね。では、ご案内いたします」
 みなもの姿を、男性は何故かまじまじと見詰めている。
「……あの、何か?」
「いえ。先ほどのパフォーマンスは実に美しかったですよ。入札が楽しみです」
 男性はどうやらみなもを気に入ったのらしい。入札が楽しみ、とは、みなもを売り物と勘違いしているらしかった。頭の中の『情報』によれば、他のコンパニオンたちは全て“商品”も兼ねているらしいので、仕方ないかもしれない。
「ありがとうございます。ですが、私は……」
「この子は展示物のリストにゃあ載ってなかったはずだ」
 まず褒め言葉に素直に微笑んだみなもの背後に、いつの間にか草間がいる。
「あ、ああ、そうでした、リストには入っていませんでしたね。残念です。では、案内をお願いしますよ」
「いや、森なら知ってる。俺が案内しよう」
 草間がみなもと男の間に割り込んでくる。
「あの、草間さん?」
「こっちは任せとけ」
 森に行くなら外に出ねばならないのでは……? みなもの疑問をよそに、草間は何故か男の襟首を掴むようにしてロビーの奥へ連れて行ってしまった。
「コンパニオンさん、海に行きたいのですけれど」
 首を傾げるみなもに、新たに中年の女性が声をかけてくる。
「はい。こちらになります」
 女性を案内して歩き始めたみなもの後ろを、とことこと、子猫がついてきた。
 海への案内がすんだら、次は別の客に声をかけられて、今度は平原へ行きたいといわれる。
「……お仕事って、忙しいのね?」
 子猫がみなもにだけ聞こえるように小さく呟いて、目を丸くした。
「ええ。忙しいからこそ、終った時にたくさん、嬉しいことがあるのですよ」
 子猫に微笑んで、みなもは青いパレオの裾を翻し、次の案内先へと歩き始めた。

 一方その頃、草間はというと。
「おい。こいつでいいんだな?」
 宿泊施設内の薄暗い物置の中で、テレビ電話機能つき携帯のカメラを、縛り上げて床に転がした男に向けていた。
『顔を剥いでくれる?』
「へいへい。うえ、気持ち悪ィなあ」
 携帯からの指示通り、草間は男の顎に手をかけ、偽りの顔をべろりと剥ぎ取る。何か怪しい技術で作られているらしいマスクは、草間の手の中でびくびくと蠢いてとても不気味だ。
『うふふ、ビンゴよォ。お疲れ様!』
 草間の通話相手は、蛇の鱗を持つ女。男の素顔をカメラで確認すると、にっこりと笑った。
「……はーあ。言っとくがなあ、俺は怪奇専門でもなんでもねえ、普通の探偵なんだぜ?」
『業務内容に見合う報酬を、もらってるデショ? 助かったわぁ』
 草間が捕まえた男は、非合法にして非人道的な組織とつながるブローカーだ。博覧会に侵入した目的は、展示品の中からめぼしいものを購入し、後に高額で転売すること。
『ふふ。派手なものを見せ付けられたら、食いつくだろうと思ったのヨ』
 女は目論見どおりに行ったことに満足げだ。
 正規の客には、展示品リストが事前に渡される。なので、コンパニオンの中で唯一“商品”ではないみなもに声をかけた時点で、クロなのだ。
「客の情報ハッキングでいじられて、招かれざる客の侵入を許すなんてポカやらかしたのはあんたらだろう。なんで俺がその尻拭いにわざわざ呼ばれなきゃならんのか……」
『だって、ネえ。今回用意できたスタッフたちったら、生け捕りが苦手なコばっかりで』
「……それでこの俺を急遽呼んだ、と」
 さらりと恐ろしいことを言われて、草間は肩をすくめた。
 この先、捕えられた男は転売組織の情報源として扱われるのだろう。そのための生け捕りだ。拒めば……世にも恐ろしいあの手この手で、絶対に洗いざらい吐かされるに違いない。
『あ、そうだわ』
 通話を切る直前、女の口調が変わった。ねっとりと闇を含んだような声に、微妙だが温かみが混じる。
『もちろん、あの子にデモンストレーションをお願いしたかったのは本当なのよ。決して囮に使うつもりでアルバイトに来てもらったんじゃないの』
「ふぅん?」
『……だから、今回あなたのお仕事の件は、内緒にしておいてね。私、あの子に嫌われるの、嫌なのよ』
 それは、女の本音だろう。
 どうしようかねえ、と意地悪を言ってやりたい気持ちもあったが、後が恐ろしいので、草間は素直に了解し、通話を切った。
 今ごろ、みなもは子猫と一緒に、明るい陽射しの降り注ぐ『楽園』中を忙しく歩き回っていることだろう――。

                                                   End.














<ライターより>
 お久しぶりです、ご発注ありがとうございました!
 南の島……でも、裏、ということで、明るさと妖しい雰囲気を同時に出せたていたらと思います。
 デモンストレーションは、霊狐化にも慣れてきて、変身がスムーズにできてきたイメージで書かせていただきました。
 楽しんでいただけましたら幸いです。
 今年ももう後少し、良いお年を!