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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 時の鐘 -

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 When you wish hard enough,
 so that even a star will crush,
 the world we live in will certainly change one day.
 Fly as high as you can, with all your might,
 since there is nothing to lose.

 CHRONO RABBITZ *** 鳴らせ 響け 時の鐘
 時を護る契約者、悪戯仕掛けるウサギさん、全てを統べる時の神 ――

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「あいつだよな?」
「えぇと …… うん。間違いなく」

 手元の書類を確認しながら呟いた梨乃。
 梨乃の返答を聞いた海斗は、ニッと笑みを浮かべた。
 そのイキイキした表情に、いつもの嫌な予感を感じ取る。

「今回は、失敗が許されないんだからね。ちゃんと指示通りに …… 」

 呆れながら警告したものの。
 既に、梨乃の瞳は、遠のく海斗の背中を捉えていた。
 いつものこと。ヒトの話を聞かないのも、勝手に動き回るのも。
 今更、怒ったりはしない。無駄な体力を消費するだけだから。

「ん〜〜〜♪」

 口角を上げたまま片目を閉じ、海斗は構えた。
 不思議な形の銃。その引き金に指を掛け、狙いを定めて。

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 ・
 ・
 ・

 御見事。
 そう言わざるを得ない反応だった。
 とはいえ、称賛する余裕なんて持ち合わせていない。

「意味わかんね」

 ポツリと呟いた海斗。
 彼は今、一切の見動きが出来ない状況下にある。
 その理由については、彼の足元を見れば一目瞭然。
 そう …… 彼は、両脚を拘束されているのだ。 

「それは、こちらの台詞です」

 冷たい眼差しを向けたまま、ゆっくりと歩み寄るアリス。
 一歩、また一歩と彼女が近付く度、海斗の両脚がギシギシと軋む。
 石化効果を持つ瞳。魔女と呼ばれる由縁。それこそが、彼女の能力。
 知っていた。アリスという人物が、類まれなる能力を持ち合わせていることは。
 けれど、用心なんてしていなかった。何故ならば、その必要がなかったから。
 つまり、どういうことかというと。

「つか、お前、何で見えてんだよ!」

 そういうことだ。
 ヒトの形をした思念体。
 時の契約者とは、そういう存在。
 普通の人間には見えない。認識されない存在。
 だからこそ、彼等は音もなく使命を果たし、去ることができる。
 理解に苦しみ、海斗が声を荒げるのも無理はない。
 避けられたことなんて、今まで一度もなかった。
 狙いは完璧だった。僅かなズレもなかった。
 にも関わらず、避けられた。
 それはもう、華麗に。

「言ってる意味が、わからないのですが」
「だからァ! 意味わかんねーのは、こっちだっつーの」

 更に、この状況。避けられるばかりか、拘束されてしまう始末。
 そもそも、こうして会話が成立していること自体、ありえないこと。
 どうしてこんなことになっているのか。さっぱり理解できない海斗は、
 何でだ、どうしてだ、と声を荒げることしか出来ずにいる。
 けれどまぁ、理解に苦しんでいるのは、アリスも同じ。
 見知らぬ男の子に、命を獲られる筋合いはない。
 距離を保ったまま、アリスは尋ねた。

「私を狙う目的は?」

 その質問で、ハッと我に返る。
 そうだ。こんなことやってる場合じゃない。
 制限時間内に処理せねば、手遅れになってしまう。
 疑問解消は後回し。何よりも先ず、優先せねばならないことは ――

「俺の狙いは、お前じゃなくて、そいつ!」

 アリスの胸元を指差して言った海斗。
 だが、すぐに、それが無意味な行為だったことに気付く。
 伸ばした腕を引っ込めて、海斗は、苦笑混じりに、また呟いた。

「 …… って言っても、見えないんだよな。時兎」

 ヒトに寄生し、記憶を喰らう厄介な存在。
 時兎(トキウサギ)と呼ばれるそれも、認識されない存在だ。
 名前のとおり、姿形は、愛らしいウサギに酷似しているものの、
 あらゆる記憶を躊躇なくガツガツと貪っていく様は、残虐そのもの。
 今、何しようとしてたんだっけ。とか、あの人の名前、何だっけ。とか、
 それまで覚えていたのに、何故か急に思い出せなくなったことはないだろうか。
 それらは全て、時兎の仕業。ド忘れでも何でもない。明確な犯人がいるのだ。
 また、上で述べたように、一時的に何かを忘れた経験があるヒトは、
 忘れていた物事を、突然ハッと思い出したこともあるはずだ。
 この現象は、寄生していた時兎が消滅した瞬間に起こる。
 だが、時兎が自然消滅することはない。
 つまり、誰かが、時兎を始末したということになる。
 この "誰か" こそが、時の契約者だ。ヒトの形をした思念体。
 彼等の使命は、時兎に寄生されてしまったヒトと、その記憶を護ること。
 時兎を消滅させることが出来るのは、時の契約者のみなのである。

 事実として、海斗が指差した先、
 アリスの胸元には、時兎が寄生している。
 このまま放っておけば、アリスは一切の記憶を失ってしまう。
 そうさせない為、ここに来た。失敗するわけにはいかないのだ。
 とはいえ、どうやって説明するべきか。海斗は、あれこれ考えた。
 見つかったのも、会話が成立するのも、拘束されるのも、全て初体験。
 ありえないことづくしの状況下、彼の困惑は当然の反応と言えるだろう。

( ………… )

 しばらく海斗を観察した後、アリスは呟いた。
 自身の胸元に視線を落としながら。
 小さな声で、ポツリと。

「 …… この子、時兎っていうんですか」
「そうそう。そいつが …… って、え!? それも見えんの!?」
「えぇ。はっきりと。まぁ、おおよその事情は、把握しました」
「待て待て待て待て! ちょ、何で? おかしーって!」

 アリスが、胸元の異変に気付いたのは、午後一時頃。
 丁度、お昼休みが終わり、教室へ戻ろうとしていた時の事だった。
 始めは、チクッとしただけ。針で刺されたかのような、僅かな痛み。
 それから徐々に、熱を帯びていく。併せて鼓動も速くなり、軽い興奮状態。
 時折襲い来る痛みに何度か胸を押さえながら、午後の授業も、何とか受けていた。
 だが、途中で断念。痛みに耐えきれなくなったアリスは机に突っ伏してしまう。
 顔色が悪いよ、大丈夫? 今日はもう、帰ったほうが良いんじゃないかな。
 クラスメイトの提案と優しさ。アリスは、それに応じる形で帰路に就く。
 確かに妙だ。この感覚 …… 良い兆候だとは、とても思えない。
 一先ず帰って、あの人に相談してみよう。それが最善の策。
 そんなことを考えながら、家路を急いだ。急いでいた。
 姿を確認できるようになったのは、丁度その頃だ。
 胸元に張り付く、奇妙な生物。
 半透明の …… ウサギ。

 姿を確認できてからは、何度も試みた。
 このウサギが、身体に悪影響を及ぼしているのは明らか。
 原因が判明したのなら、それを、取り除けば良いだけのこと。
 けれど、出来なかった。そもそも、触れることが出来ない。
 叩く事も、引っ張ることも不可能。まさに、お手上げ。
 原因が明確になっても、解決策が見当たらない。
 その状況に、アリスは俯き、思案投げ首。
 見事な反応で海斗の襲撃を避けたのは、
 その矢先のことだったのだ。

「つまり、その武器でしか始末できないってことですよね?」

 チラリと見やって言うアリス。
 見やったのは、海斗が持っている銃。
 先程の襲撃を思い返しながらの質問だった。
 普通の銃じゃない。何故なら、炎が飛んできたから。
 アリスの頬を掠めたのは銃弾ではなく、紅蓮の炎だったから。
 更に、もうひとつ。避けた炎が音もなく消える様を、彼女は横目で確認していた。

「まー …… そーいうことだけど」

 溜息混じりに返す海斗。
 彼が持っている銃の正式名称は "魂銃タスラム"
 これを所有していることは即ち、時の契約者であることを意味する。
 先に述べたとおり、普通の銃とは仕様が異なり、放たれるのは銃弾ではなく、
 銃弾を模した奇跡のチカラ。非現実的だが、それは "魔法" と呼ばれているものだ。
 魔法には幾つかの種類があり、この銃に装填される魔法も、時の契約者ごとに異なる。

「不思議な銃ですね。どういう仕組みですか?」

 淡く微笑み、首を傾げて尋ねたアリス。
 海斗は、ぷいっとそっぽを向いて、素っ気なく返す。

「さぁね」

 時兎を消滅させるのに、この銃が必要なのは確か。
 それは認めた。でも、それ以上のことは言わないし、言えない。
 部外者に口外してはいけないこと・タブーくらいはわきまえている。
 まぁ、今まで、こうして仲間以外の存在、ヒトと話す機会なんてなかったけれど。
 見えないはずなのに、見えている。避けられないはずなのに、避けた。
 それは事実だけど、だからといって特別ってことにはならない。
 言わないし、言えない。何を訊かれても黙秘を貫きとおす。

 ガシャッ ――

 何が起きたのか。
 海斗が、それを理解するまで数秒を要した。
 落ちたのだ。銃が落ちた。自ら手離した覚えはない。
 そもそも、拘束され、動けないこの状況で手離せるはずがない。
 どうぞ、好きなだけ調べて下さいと差し出すような真似、出来るはずもない。
 ならば何故、落ちたのか。自身の利き腕を見やることで、海斗は状況の悪化を理解した。

「ちょ、何してくれてんの、お前」
「あら …… 意外と軽いですね。材質は何でしょう」
「おい、やめろって! 触んな! 返せ! それ返せ!」

 落ちた銃を拾い上げ、観察するアリス。
 大声で怒鳴り散らす海斗の姿は、酷く不格好だ。
 両脚だけならず、両腕までも、石に変えられてしまったのだから。
 誰の目から見ても、海斗が不利な状況にあるのは、明らか。
 アリスは、追いうちをかけるように質問を繰り返した。
 この銃の仕組み、あなたの素性、時兎について。
 だが、海斗は、どの質問にも答えない。
 ただ一言 「さぁね」 を貫くばかり。

 狙いが自分自身ではなく、このウサギだということがわかったところで、
 そうなんですか、じゃあ、どうぞ撃って下さい。だなんて言えるはずがない。
 形はどうあれ、自分が撃たれることに変わりはないわけだし。
 事の真相を説明するのが、筋ってものだ。
 それなのに、この横柄な態度。

「もういいです」

 溜息を落とし、銃を海斗の足元に投げやったアリス。
 なかったことにするのは容易いけれど、それも何だか癪だ。
 ならばどうする? 簡単なこと。その気にさせてしまえばいい。
 無理矢理で強引。半ば拷問。あまり好ましくはない手段だけど仕方ない。
 アリスは、長い髪を耳にかけながら、ゆっくりと顔を上げた。
 妖しく光るアリスの瞳に、海斗は危機感を覚えるものの、
 両手両足がこんな状態では、どうすることもできない。
 骨が軋むような、不快な音と感覚を伴いつつ、
 徐々に徐々に石化していく海斗の身体。

「 …… あ〜!!! くそっ!」

 喉の辺りまで石化が進行した時のことだ。
 海斗が、一際大きな声で空を見上げ、叫んだ。
 その反応にアリスが微笑んだのは、諦めを感じ取れたからだ。
 ようやく話す気になってくれたかと、内心ホッとしながら目を伏せる。
 次に目を開いた時には、アリスの瞳は元通り。魔眼は、解除されていた。
 ただし、両手両足の拘束は、そのまま。解いてあげない。

「どうぞ」

 ニコリと微笑み促すアリス。
 海斗は、低い声でボソリと言った。

「陰険なヤツだな」
「ふふふ。ありがとうございます」
「褒めてねーよ! バカなの? お前」
「どうでしょう。少なくとも、自覚はありません」
「 ………… あァ、そーですかァ。 ………… はぁ」

 噛みつきはしたものの、すぐに大きな溜息。
 どんなに虚勢を張ろうとも、見動きできない状況に変わりはない。
 むしろ、ムキになればなるほど、滑稽なものとして映るだろう。
 理解には苦しむが、会話が成立してしまった時点で、アウト。
 言い逃れできないのだと、悟るべきだったのかもしれない。
 名前も誕生日も出身地も職業も趣味も、何一つ知らない。
 本来、関わり合うことなく、終わるはずだったヒト。
 避けられさえしなければ、何の問題もなかった。
 いつもどおり、音もなく、去りゆくことができた。
 正義のヒーロー? そんな、大それたもんじゃない。
 助けてくれてありがとうだなんて、言われた試しもない。
 そもそも、感謝されたくて、やってるわけじゃない。
 彼女が、特別な存在に変わる可能性も、ない。
 やらねばならないことを、全うするだけ。
 ただ、それだけなのに。

「あー …… その、何だ。つまりオレは ―― …… 」

 ようやく観念し、事の真相を告げるに至る。
 がっつり怒られるんだろうなーなんて思いながら。
 だがしかし、海斗が真相を語り始めた瞬間。
 これまた、理解しがたい現象が起こる。

 パァンッ ――

 風船が割れるような破裂音。
 何が起きたのか、即座に把握したアリスは、目を丸くした。
 解かれてしまったのだ。アリスにしか解けないはずの石化を。
 晴れて自由の身となった海斗はというと …… こっちも目を丸くしている。
 つまり、海斗が自力で解いたのではなく、第三者が解いたということ。
 とはいえ、海斗がキョトンとしていたのは一瞬。すぐに気付いた。
 何故なら、アリスの胸元にいた時兎も消えていたから。

「さすが、マスター」

 ニッと笑い、銃を拾い上げた海斗。
 反撃開始 …… と思いきや、すぐさま銃を腰元に収めて、逃亡。
 とんでもなく速い。速い、速い。いったい、どんな脚力をしているのか。
 ほんの数秒、その間に、跡形もなく姿を消してしまった。もう、見えない。
 先程の遣り取りだけでも、海斗が単純明快な性格なのは、見てとれた。
 こういうタイプは、何の作戦もなくガッと突っ込んでくるものだ。
 だからこそ、アリスは身構えていたのに。

 ・
 ・
 ・

 先程まで石化していたからか、両手両足に奇妙な感覚が残る。
 酷い目に遭ったもんだと苦笑しながら、キュッと帽子を押さえる海斗。
 どこからともなく姿を現した梨乃は、そんな海斗の隣に並び、
 胸元から取り出した黒い鍵を投げ渡して言った。

「お疲れ様」
「他人事だと思って、このやろ」

 受け取った鍵を、指先でクルクル回しながら笑う海斗。
 もっと早く助けてくれれば良かったのに、などと文句を言う海斗だが、
 梨乃は、一切の謝罪なしに、いつもの調子で淡々と告げた。

「一応、一部始終は報告してるわ」
「げっ。ま、まぁ、ギリギリセーフだろ」
「ごめんね。私も、説明って苦手だから …… 」
「あぁ、くそぅ! お前も陰険だな!」

 時の歪みに鍵を差し込み、二人同時に鍵を回す。
 時狭間に戻る唯一の手段である黒の門が出現するのは、ほんの数秒。
 海斗と梨乃は、賑やかな遣り取りを交わしつつ、門を潜り抜けた。
 彼等は、寄り道することなく、時司の間へと赴くだろう。
 契約主である "マスター" が待っているから。
 事の詳細。その報告を待っているから。

 結局、曖昧なまま。
 時兎が寄生していた事実も、
 その寄生により何が起こるのかも、
 不思議な銃のことも、その持ち主である少年のことも。
 肩すかしを食らい、反応が遅れた。煙に巻かれてしまった。
 油断したといえば、それまで。弁解の余地はない。
 けれどもう、そんなこと、どうでもいい。

( ………… )

 いとも容易く、あっさりと。
 解かれるはずのない石化を解かれた。
 何よりも不可解で興味をそそるのは、その事実。
 さすが、マスター。あの少年は、確かにそう言った。
 妖しい笑みを浮かべて、アリスは、自身の胸元をギュッと絞る。
 貴重な体験をした。長く生きていれば、こんなこともある。
 そんな、歯切れの良い結論で終わらせるに、
 この敗北感は、重すぎる。

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 CAST:

 7348 / 石神・アリス / 15歳 / 学生(裏社会の商人)
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 後記:

 ルート分岐結果 → 応戦
 石神・アリスさんは、Aルートで進行します。
 残念ながらAルートはハズレですが、物語は問題なく進行します。
 以降、ゲームノベル:クロノラビッツの各種シナリオへ御参加の際は、
 ルート分岐Aに進行したPCさん向け のシナリオへどうぞ。

 オーダーありがとうございました。
 2009.12.21 稀柳カイリ

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