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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


さよならのkissを‥‥

私は死ぬ。
それは決められた運命。
だからそれに抗う事なく受け入れよう、そう決めていた。
そんな或る日、アイツが現れたんだ。
「生き延びたいか?」
黒いマントで身を包み、黒いシルクハット、まるで小説の中に出てくるような紳士の姿をした男。
だけど、決して紳士ではないと直感的に感じた。
「生き延びたいか?」
にぃ、と口の端を下品に持ち上げて笑うその姿に恐怖した。
だけど――生き延びたいか、その問いに答える言葉は決まっている。
「生きたい」
私の言葉を聞いて、その男は凄く楽しそうに笑ってみせる。
「たとえ、ヒトを捨てる事になっても?」
その問いかけに私は体が震えた。
(「ヒトを捨てる‥‥どういう意味、だろう?」)
だけど私はまだ15歳、人生の中で楽しい事を半分も経験していない。
一生懸命勉強して高校受験をして、高校に入ったら素敵な彼氏を作って。
夏には海水浴、冬にはスキーだって行きたい。
大人になったら素敵な人と結婚だってしたい、子供だって産みたい。
考えればしてみたい事は山のように思い浮かんでくる。
だから、私は震えながら首を縦に振る。
「そうか、契約成立だな――お前はこれから人の命を奪う吸血鬼になるんだ。一週間以内にヒトの血を飲み、飲んだヒトの命を自分の体に入れなければお前は死ぬ。さぁ、俺を楽しませてくれよ」
そう言って私の額に手を当てると、夜のはずなのに辺りが凄く明るく見えた。
「ヒトの心を持つ吸血鬼、くっ――何処まで俺を楽しませてくれるかな?」
そう言葉を残して私の前から男は姿を消した。
「どうしたの! 何かあったの!?」
慌てて担当看護師がやってきたけれど、彼女の言葉は私の耳には届かなかった。
身体中を巡る激しい飢餓感、それが私の理性を狂わせた。
「ヒカリちゃん、どうしたの、ヒカ――ひっ」
気づいたら、看護師の首に鋭い牙を刺して血を飲み、飢餓感が収まるまで血を飲み続けた。
やがて看護師はがくりと倒れて、看護師の体からふわふわとした魂のようなものが私の中に入ってくる。
これが『命を取り込む』と言う事なのだろう‥‥。
私は、自分が生き延びたいためだけに――ヒトを捨てた。
そして、お母さんがそれを見ていたらしく――草間興信所と言う所に相談へと行ったらしい。
「お願いです、あの子を‥‥殺してあげてください‥‥」
生きろと毎日励ましてくれたお母さんが私を殺す、その言葉を知った時、私の中で何かが壊れていった。

視点→夜神・潤

「生きたい故に道を見失った少女、か」
 夜神・潤は少女・ヒカリに関する資料を見ながら呟く。病気で余命が少なかった事以外は普通の少女にしか見えない。
「草間さん、この子の家に行く事って出来る?」
 夜神が草間武彦に問いかけると「そこに住所が書いてあるだろ? 行くなら電話してから行けよ」と気だるそうな声で草間武彦は言葉を返してきた。
 夜神は「わかった」と言葉を返した後、草間興信所の電話からヒカリの自宅へと電話をかけて自宅へ向かう事にした。
「でも、何でわざわざ家に行くんだ? そのヒカリって娘は家にも帰ってこないって話じゃないか」
「あ、とりあえず会いたいのはこの子じゃなくて母親の方。ちょっと確認したい事があるんだ」
 夜神の言葉に草間武彦は「確認?」と煙草を灰皿にもみ消しながら呟くが夜神は言葉を返す事なく草間興信所を後にしたのだった。

「あの‥‥どうぞ」
 あれから草間興信所を出た夜神はヒカリの自宅へと来ていた。家などを見る限り、それなりに裕福な家庭なのだろう。庭に植えられた花たちがより一層品位を出していた。
「どうも」
 夜神は母親から出された紅茶を飲みながら「‥‥ヒカリは?」と問いかける。すると母親は表情を重くして、俯いた後に「興信所の方でも申しましたが‥‥帰ってきません」と震えるように言葉を返してきた。
「あの子‥‥私が興信所に行ったのを知ってしまったみたいで‥‥大嫌い、という書置きを残して何処かへ行ってしまいました‥‥」
 そう呟く母親の口調には酷く疲れた様子が伺えた。無理もないだろう、自分の娘の死を願わねばならないのだからおかしくならない母親などいないだろう。
「あの‥‥それで、何か御用でしょうか?」
 母親の言葉に「確認したい事があったんで」と夜神は短く言葉を返す。
「確認したい事?」
「結論から言えば、俺の能力を使う事によって吸血鬼の血を封印する事が出来ます、つまりヒトとして生きていく事が出来るでしょう」
 夜神の言葉に母親は目を大きく見開いた。
「本当に‥‥?」
「ですが、元々病気で残りの時間が長くないならそれに順じます。それに‥‥」
 夜神は少しいい難そうに言葉を止め、一度大きなため息を吐いた後で再び言葉を紡ぐ。
「それに、看護師を殺している事も事実です」
 その言葉に母親は俯きながら「‥‥分かっています」と言葉を返してきた。
「だからこそ、私はあの子の死を願いました‥‥あの子にはヒトとして逝って欲しかったから」
 母親は「うっ‥‥うぅ」と嗚咽を噛み殺しながら涙をぼろぼろと流し始める。
「‥‥殺して欲しい、というなら状況次第で依頼を引き受けます。ヒカリがヒトと共存、もしくはヒトに戻れるなら命は奪いません」
 夜神の言葉に「‥‥ありがとうございます」と涙を拭いながら母親は言葉を返した。
「それじゃ、紅茶、ご馳走様でした」
 夜神は紅茶を飲み干すと立ち上がり、ヒカリを探す為に動き始めたのだった。

「さて、探すとしても‥‥何処から探すかな」
 夜神は呟くと瞳を閉じて『リーディング』を使う。見えぬものを見て、聞こえぬ声を聴くという能力ならばヒカリを見つける事が出来るだろうと考えたのだ。

(「誰か助けて!」)
(「私が生きる為に、糧となってよ! 私は生きたいの!!」)

 様々な声が夜神の中に聞こえる中、異質な『声』を聴いて夜神は瞳を開き、その『声』が聞こえる場所へと向かって走り出していた。
「やめるんだ!」
 聞こえた『声』のうち、1人は今にも首筋に牙を突き立てられて殺されそうな女性、もう1人は夜神が探していたヒカリの生への渇望の声だった。
「いやあああっ!」
「いたっ‥‥」
 夜神が現れた事でヒカリの女性を戒める手が緩まったのか、その隙に女性はヒカリを強く突き飛ばして逃げていった。
「逃げちゃった‥‥お兄さんのせいだよ」
 じろりと夜神を睨みつけるヒカリの瞳に『罪悪感』というものは感じられない。良くも悪くも『人間らしく己の欲望に忠実』に生きている証拠だった。
「あの男は『一週間以内に』って言ったから私は看護師のヒトを食べたのに‥‥どうやら『一週間毎に』って意味だったみたい」
 ふふ、と自分の手のひらを見ながらヒカリは小さく笑う。
「私は生きていく為に、一週間に1人食べなくちゃいけないの」
 弱く笑うヒカリは何処か儚くも見えた。
「俺なら、その吸血鬼の力を封印する事が出来る、ヒトに戻す事が出来る」
 夜神の言葉に「ヒトに‥‥?」とヒカリが俯いていた顔をあげながら呟き、そして「馬鹿じゃないの」と鼻で笑うように言葉を返してきた。
「ヒトに戻ってどうするの? ひたすら死ぬその時を待てって言うの? 少なくとも今は他人さえ犠牲にすれば私は生きられるのに?」
 ヒトになんて戻るわけないじゃない、ヒカリは言葉を付け足しながら「私が生きるためにお兄さんを食べるよ」と鋭く伸びた牙を見せながら呟いた。
「ヒカリ、お前は『ヒト以外』を選ぶんだね」
 少し悲しそうに夜神が呟いた後に『手』を発動させる。闇に属する種族の命を完全に奪うこの能力でなら、ヒカリを苦しませずに逝かせてやれると考えたからだ。
「普通でないという事を選ぶのなら『普通でない代償』がつきもの。ヒカリ、キミはここで終わるんだよ」
 夜神の言葉にヒカリは一瞬びくっと肩を震わせながら「うるさい! 生きたいって思うだけなのに何が悪いのよ!」と叫びながら夜神へと攻撃を仕掛けたのだった。
 しかし、夜神は『手』でヒカリの体を貫く。貫かれたヒカリは大量の血を体から流しながら地面にドサリと倒れた。
 此処が路地裏でなかったらきっと大騒ぎになっている事だろう。しかし不思議とヒカリは痛みを感じる事はなかった。
「オフィーリア、頼みがある――行ってくれ」
 夜神を守護する闇色の鳥を空へと放ち、ヒカリを見る。
「私、何がいけなかったのかな‥‥生きたいだけ、なのに‥‥普通のヒトみたいに、生きたかった‥‥だけなのに‥‥」
 空へと手を伸ばしながら「みんな、だいきらい‥‥」と呟いた。
「丈夫に産んでくれなかったお母さんも、仕事ばかりのお父さんも、私に希望を持たせたあの男も、私を‥‥殺したお兄さんも、だいきらい、みんな、だいきら――」
 ヒカリは呟きながら砂となって消え、風によってその砂は様々な場所へと運ばれた。
「ヒカリ、お前の運命を捻じ曲げた吸血鬼に思う所はあるけれど‥‥たとえ乱暴な状況であろうと最終的に選んだのは、ヒカリ、お前なんだよ」
 さらさらと消えていくヒカリの砂を見ながら夜神は静かに呟いたのだった。

「ここか」
 その後、夜神は小さなバーに来ていた。ヒカリとの戦いが終わった後、空へと放ったオフィーリアがヒカリから『ヒトである事』を奪った吸血鬼を探し当てて帰って来たのだ。
 バーの中は陰気な雰囲気が漂っており、闇に生きる者達が何人も存在していた。
「お前がヒカリを吸血鬼に変えた男?」
 一番奥のテーブルで酒を煽っている黒ずくめの男に夜神が話しかけると、男は顔をあげて夜神を見る。
「気配が消えたと思ったら死んだのか、あの娘は。まぁ、大した時間潰しにもならなかったな――やはり人間は貪欲だ。自分さえ良ければ人の命すらも奪えるからな」
 あはははは、とけたたましく笑いながら言う男に夜神は怒りを覚えたが拳を強く握り締める。
「今回の事は少し目に余る――あまりふざけた事はしない事だね、次は警告じゃすまないよ」
 夜神の纏う空気に気おされたのか男は引きつった笑いを見せながら「わ、わかった」と言葉を返す。吸血鬼の神祖を父に持つ夜神なのだから、そこらの吸血鬼とは比べ物にはならない威圧感があるのだろう。

 その後、夜神は草間興信所へと向かい依頼を果たした事を草間武彦に報告する。これでよかったのか彼には分からなかったけれど、次に生まれてくる時は幸せになってほしい、そう思わずにはいられない夜神だった。


END


―― 登場人物 ――

7038/夜神・潤/200歳/男性/禁忌の存在

――――――――――

夜神・潤様>
お久しぶりです、今回はご発注をありがとうございましたっ。
今回の話はいかがだったでしょうか?
少しでも面白かったと思ってくださると嬉しいです。

それでは、今回は書かせて頂き、ありがとうございました!

2009/12/20