コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Elegant Perfume


 天鵞絨(ビロード)を思わせる小部屋には、無数の装飾品やオブジェが並べられていた。
 部屋の面積から考えると、置ききれないだろうと思われるが、どんな仕掛けかなのか、美しさを損なうことなく整頓されている。
 夜の色を秘めた長い髪の主、シリューナ・リュクテイアは、その内の一つ、宝冠を手に取り、白い指先ではめ込まれた青い宝石へ触れる。天使を模した細工はとても繊細で、優美な曲線が硬質な素材であることを忘れさせるほどだ。
「アンティークと呼ぶには、それほど時間が経っていない。でも、形は完璧……。気品も十分ね。このような物に魔力を込めると、良い魔法効果が得られそう」
 集められた選りすぐりのコレクションを眺める行為は、魔法や呪術へのインスピレーションも冴えさせる。
「お姉さま! ここにいらしたんですね。言われたとおり、店じまいと後かたづけを終わらせました」
 聞き慣れた声はファルス・ティレイラだ。彼女の話す元気で明るいトーンが耳に心地良い。
「ご苦労さま。いつもより少し時間がかかっていたようだけど?」
「そ、そんなことないですよぉ! ささっと、速やかに、かつ綺麗な仕上がりで済ませましたから」
「ありがとう。じゃあ、私が最後に見回りさせてもらうわ」
 シリューナの笑顔でティレイラは一瞬惚けていたが、慌てて背中を追う。
「え!? あ、あの……お姉さま。本当、ちゃんとしてますから!」
「……ふふ。今日のティレは随分と自信満々だこと。なおさら見ておきたいわね。その『速やかに、かつ綺麗な仕上がり』を」
 ハミングしそうなシリューナの後ろ姿を見ながら、ティレイラは額へ汗が浮かぶのを止められなかった。

 ああ、どうしよう……。
 お姉さま、見つけちゃうかな?
 自分の倉庫のことだもん、気がつかないはずないよね。

 魔法薬屋のかたづけをしていると、本当に色々な物が溢れていて……、好奇心からの行動だったのだ。
 倉庫の鍵を掛ける前、異常がないか一通り点検し、出ようとした時である。
 視界へ入ったのは、角へ置かれた魔法薬の材料……。
 シリューナがこれだけ大きな重しまでしているのだから、よほど効果がある魔法薬の材料に違いない。
『これって、なんだろう?』
 芳香を逃さないための刻印と重しを施された箱。それでも微かに漂ってくる……。
 貴腐ワインであるトカイワイン・エッセンシアの香りに似ているかもしれない。

 あのワインは、別名“エリクサー”とも呼ばれているのを、お姉さまが話していた。

『まさか、ワインにこんな重ししないよね……。それだけ貴重な“なにか”ってことなのかな?』
 重しは……。無理をすれば退けられそうだ。
『魔法薬の勉強ってことで、ちょっとぐらい覗いてもいい、よね?』
 ティレイラは小さく舌を出すと、両手で重しを持ち上げて……封を解いた。

「どうしたの? 急に黙ってしまうなんて」
「いえっ! なんでもないです! なんでも……」

 気づきませんようにっっ!!

 願いも虚しく、倉庫の中に入った途端、振り返ったシリューナが嫣然と微笑んだ。
「ティレ。私の言いつけどおり、“おかたづけ”したのよね?」
「あ……あの。ですね、これは、その……」
 もう、隠すなど出来ない。言い訳を考え始めてはみたが、しどろもどろである。
 びくつきながら後ずさりするティレイラを追い詰めるようにして、シリューナが一歩、また一歩、彼女へ近づいて行く。
「どうして、あれが開封されているのかしら?」
「お姉さま、スゴイですね。見てないのに分かっちゃうんですか?」
「これだけ“匂い”が充満していれば……」
「……あわわ。そうですね。バレますよねぇ」
「ティレは、お仕置きされるのが分かっていて、ワザとしているの?」
 シリューナが石化の呪術を唱え始めると、ティレイラは涙目でなんとか逃れようと言葉を連ねる。
「あっ! でも、本当、悪気はなくてですね。ちょっとした出来心なんですよ。魔法薬の勉強にとか……」
 ぎこちなく動きながら言い訳し続けるも、次第に動きが固まり、最後は頭から爪先まですべて石化してしまった。
 普段、感情豊かに動き回っているティレイラは、撫でればアラバスターな感触を伝える可愛らしいオブジェとなってしまった。
 この哀れで可憐な瞬間を堪能する事が好きで、つい石化の呪術を使ってしまうのだが……。
 止まってしまったティレイラの表情に陶酔し、じっくり触れながら眺めて満喫する。
「まあ、魔法薬の勉強っていうのは本心でしょう。熱心なティレに、この材料を使った魔法薬の作り方など教えてあげようかしら……と、その前に」
 シリューナは開封の代償として、石化したティレイラを魔法薬の材料の重しと入れ替えた。
「この材料、外気に触れるとものすごい香りを放つのよね。だから、こうして重しをしておかないと。今のティレには最適のお仕置きだわ」

◇◇◇

 ……後日。

 石化を解かれたティレイラは、体に染みついたキツイ匂いで大騒ぎしていた。
「いくら私が悪いからって、重し代わりなんて酷すぎますっっ! お姉さまぁ〜〜〜!!」
「魔法薬の材料のことを知りたかったんでしょう? 文字どおり身に染みたようね? これなら遠くにいても匂いで分かるわ」

 かぐわしき香りも、過ぎれば甘美なる毒……。


=END=