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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 彷彿 -

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「あ、マシュマロ?」
「 …… そんなわけないじゃろう」
「あっ! わかった! わたあめ!」
「 …… ハズレじゃ。腹でも減っとるのか?」
「あー! もー! わかんねーよ! 降参、降参!」

 檻の中で、ギャーギャー騒いでいる海斗。
 彼は今まさに、お仕置きされている最中である。
 まぁ、自業自得。事もあろうに "誓約の時計" を壊したのだから。
 マスターが檻に "紋" を掛けたことからも、その罪の重さが窺える。
 普段と何ら変わらぬように見えるものの、マスターは御立腹だ。
 降参なんて、通用するはずもない。どんなに喚いても無駄。
 檻に掛けられた "紋" を解く以外に、脱出の術はない。

「誰か助けてー!!!!!」
「うるさいのぅ …… 」

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 ・
 ・
 ・

 フラリと時狭間にやって来た乃愛。
 例の襲撃から、数えて三日目 …… ということは、
 時狭間における『例外承認』の成立から三日が経過したことになる。
 例外承認とは、部外者の出入りを例外的に認めるというもの。
 ヒトには立ち入ることができないはずの空間・時狭間に、
 乃愛がいる現状は、つまりそういうことだ。

「ふむぅ。奇妙なお仕置きなのですよ」

 小さな声で呟いた乃愛の腕には、白猫カーバンクルのビショップ。
 不思議そうな顔をしている乃愛につられるように、カーバンクルも首を傾げている。
 乃愛の視線、その先には、檻の中でギャーギャー騒ぐ海斗の姿。
 時狭間に来て早々、そのけたたましい声を耳にした乃愛は、
 カーバンクルを抱いたまま、ここにやって来た。

「だーから、わかんねーって!」

 檻の中でジタバタあばれている海斗。
 そんな海斗を見ながら苦笑するのは、時の神・マスター。
 何をやっているのか、という疑問については、既に解消済みだ。
 まぁ、聞かずとも、この状況からして一目瞭然である。

「降参だってばー!」

 それにしても、ウルサイ。
 場所が場所なだけに、近所迷惑ってことはないけれど。
 さすがのマスターも、やれやれと肩を竦めている。
 あくまでも、肩を竦めるだけ。呆れるだけ。
 そろそろ勘弁してやろうか、なんてことにはならない。
 檻にかけられた "紋" を解かない限り、海斗はずっと檻の中だ。
 やかましいからといって出してしまっては、お仕置きもクソもない。
 マスターは、苦笑しながら檻の傍に腰を下ろし、本を読み始めた。

「 ………… (くそぅ)」

 反省しているフリをしてみても無駄。
 叫んでも無駄。ジタバタ暴れても無駄。
 あの手この手で脱出を試みたものの、どれもが肩透かし。
 結局、紋を解くしかないのか。海斗は、ここでようやく悟った。

「あれっ!?」

 と同時に、乃愛の存在に気付く。

「お前、いつからそこにいた?」
「ほぇ。ん〜 …… と …… 結構前からいるですよ」
「全然、気付かなかったぞ。幽霊みたいなヤツだな、お前」
「アンはアンなのですよ。そんなこと言うと、この子も悲しむのですよ」
「は? その猫が? 何で? って …… ま、いーや。んなことより、ちょっと」

 奇天烈な発言は、敢えてスルー。
 海斗は、檻の中から乃愛を手招いた。
 だが、乃愛は、手招きの意味をはき違える。

「ん? 帰れってことです?」
「ちっがうよ! こっちに来いっつってんだよ!」
「んぅ〜? でも、さっきのは、さようならって意味ですよ?」
「違うだろって。バイバイっつーのは、こーやって横に振るだろ」
「むむ。はっ …… ! そういえば、そうなのですよ」
「あーもう! いーから、早く!」

 何でそんなに偉そうなんだ。
 檻に閉じ込められてるくせに。
 と、マスターが心の中で突っ込みを入れている間に、
 乃愛は、言われるがまま、海斗の傍にトコトコと歩み寄って行く。
 もっと早く歩けっ! と言わんばかりに、檻をガツンと蹴り飛ばす海斗。
 閉じ込められて、かなりの時間が経過しているからか、相当イライラしているようだ。
 檻の中で、偉そうにふんぞり返ることのカッコ悪さにすら、気付いていない。
 こうなってしまうと、ヤケクソで不格好を貫くのが人間の性。
 いや、海斗は、正式な 『ヒト』 ではないけれど。

「よし、お前に頼みがある」
「世渡り上手は、頭を下げてナンボなのですよ」
「 …… ヤだよ。つか、何それ、そんなの、どこで覚えてきたんだ?」
「長いものには巻かれるべきなのですよ。でもアンは、自分で包帯を巻いているのです」
「 …… もーいーから。ちょい黙れ。とにかく俺は、ここから出たい」
「悪いことしたら、お仕置きされるのは当然なのです」
「そーだけど! 限度ってあるだろ!」

 高圧的で生意気な態度。
 だが、知ったことかと無視することはできなかった。
 助けてくれと言われたら断れない。例え、相手がどんなに悪いヤツでも。
 つまるところ、乃愛は、優しいのだ。いや …… この場合は、お人好しか?

「わかったのです。お手伝いしてみるのです」

 檻から出るには、マスターが出題した問題を解く他ない。
 解答以外の手段で脱出を試みても無駄。檻はビクともしない。
 紋とはそういうもの。マスターにしか扱えない、特殊魔法の一種。
 一体どういう仕組みで作用しているのかは気になるところだが。
 まぁ、一先ず置いておいて。今は、問題解答に努めよう。
 マスターは、怒るわけでもなく本を読み続けている。
 それはつまり、手伝っても構わないということ。
 だと思う。直接、言ったわけじゃないけど。

 時に激しく 時に優しく。
 するほうも されるほうも息苦しい。
 基本的に愛し合う者同士が好んで行う。
 数ある愛情表現の一種とされる、その行為を言い当てよ。
 さてはて …… 。二人は、紋を解くことが出来るのだろうか。

 ・
 ・
 ・

 マスターが見守る中、必死に考える二人。
 海斗と乃愛は、檻を挟み、向かい合う形で座っている。
 乃愛の膝上で丸くなり、気持ち良さそうにしているカーバンクル。
 その何とも言えぬ幸せそうな表情が、海斗を余計にイライラさせた。

「何かムカつくな、そいつ」

 言い掛かりである。完全なる八つ当たりである。
 聞こえてはいるものの無視を決め込むカーバンクルは正しい。というか大人の対応だ。
 一方、乃愛は、というと …… カーバンクルの背中を撫でつつ、こちらも幸せそうな表情。
 カーバンクルの毛並みは絹のように滑らかで、ものすごく手触りが良い。
 普段もこうして撫でながら、一緒に昼寝をしている。
 この手触りがウトウトさせるのだ。
 そう、悪いのは、この手触り。
 だから、仕方ないのだ。

「うぉぉぉぉい!!」

 乃愛の首が "カックン" した瞬間、
 一際大きな声で渾身の突っ込みを入れた海斗。
 ビックリした乃愛は、パチッと目を見開いて笑った。

「うっかりなのですよ。ふふふ」
「 ………… 」

 頼む相手を間違えたかもしれない。
 そうは思うものの、頼めるのは乃愛しかいない。
 梨乃や浩太、他の仲間達は、全員が全員、外の世界へ赴いている。
 ケータイで連絡することは容易い。でも、連絡したところでどうにもならない。
 マスターにお仕置きされてて檻から出してもらえないから助けてくれ、だなんて。
 恥を承知で頼んだとしても、自業自得だと言われるのがオチだ。
 だからこそ、乃愛の来訪は、非常にありがたい。
 救世主と言っても過言ではないのだ。
 ちゃんと一緒に考えてくれるなら。

「ダメだ。わかんね」

 ガシガシと頭を掻きながら溜息を吐き落とす海斗。
 一生懸命考えてみたものの、やはり難解。お手上げ状態。
 そもそも、優しくも激しいという矛盾点を、海斗は、まったく理解できない。
 正解なんてあるのだろうかと疑問に思いつつ、チラリとマスターを見やる海斗。
 マスターは、素知らぬ顔で読書に耽っていた。目を見るからに、相当入りこんでいるようだ。
 もしかして、解けないことをわかった上で出題したのではないだろうか。
 そうだとしたら、ますます事態は深刻化する。
 決死の降参も喚きも通用しない、答えもわからない。
 じゃあ、どうやって、ここから出ろというのか。出してもらえるというのか。

 グゥゥゥゥゥ …… ――

 魔物のうめき声のような音。腹の虫が鳴いている。
 どうしたもんかとゲンナリしながら、乃愛を見やる海斗。
 乃愛は、さっきから、ずっと黙り込んでいる。 …… まさか。
 目を離した隙に寝たのでは、と思った海斗は、檻の隙間から乃愛の顔を覗き込む。

「ふむぅ」

 起きていた。
 ゆっくりと顔を上げる乃愛。二人の視線がバチッと交わる。
 瞬間、海斗は思わず目を逸らした。何故なのかは、本人もわからない。
 おもむろに、帽子をキュッと押さえて肩を竦める海斗。
 そして、いつもの調子で尋ねてみた。

「どーよ?」
「ん〜〜〜。時に激しく時に優しい …… 」
「まぁ、俺がこんだけ考えてわかんねーんだから」
「するほうもされるほうも、息苦しいこと …… ふむむ」
「お前にわかるわけねーんだよな、実際。くそー …… 参ったな」
「うん。やっぱり、ひとつしか思い当たらないのですよ」
「って、わかんのかよ!」

 ベタな突っ込みを入れて、また、体力を消費してしまった。
 とはいえ、今の発言は、かなり頼もしい。海斗は、すぐさま詰め寄った。
 何だ何だ、どういうことだ、正解は何なんだ、教えてくれ、ヒントだけでもイイから。
 何だ? 何だ? シュークリームか? ホットケーキか? まんじゅうか? 羊羹か?
 食べ物(主にお菓子)ばかりの的外れな解答は、お腹が空いているからこそ。
 遂に解放されるのか。期待と興奮から、ガシャガシャと檻が揺れる。
 海斗のわかりやすい感情表現に、乃愛はクスクス笑った。

「食べ物から離れたほうが良いと思うのですよ」
「じゃあ、何なんだよ。早く早く!」

 せがむ海斗を宥めるように、乃愛は言う。
 膝上で喉を鳴らすカーバンクルの背中を撫でながら優しい声で。

 正解は、おそらく …… 口付け。
 色々と考えてみたけれど、これが一番しっくりくる。
 するほうもされるほうも苦しい。お互いの唇を塞ぎ合うわけだから。
 そして、優しくも激しいという点においても、この行為は妥当と言える。
 優しく口付けることもあれば、荒々しく口付けることもある。状況次第というやつだ。
 更に、口付けこそ、恋人同士・愛し合う者同士が好んで行う愛情表現。
 数ある愛情表現のうち、最も手軽でわかりやすいものだと思う。

 ポツリポツリと呟くように言った乃愛。
 伏せ目で話す乃愛は、何だか急に大人びたように見えた。
 そのあたりは疑問に思った。だが、今の海斗にとってはどうでもいいこと。
 乃愛の雰囲気がいつもと違うことについてはスルーし、海斗は言った。
 いや、尋ねたと言うべきか。

「クチヅケ? 何だ、それ」

 さすがの乃愛も、これには目を丸くする。

「ほぇ …… 口付けは口付けなのですよ?」
「わかんねー。何だそれ? 食べ物なのか?」
「食べ物じゃないのですよ。唇を、ぴったんこすることなのです」
「うぇ。何だそれ。何か気持ちワリーな。ホントに、それが正解なのか?」
「むぅ。結局、人それぞれだと思うのですよ。アンの意見でしかないのですよ」

 乃愛の言葉に、しばらく考えて頷いた海斗。
 理解には苦しむが、もしかすると正解かもしれない。
 しばらく考え込んだ後、海斗はウンと頷き、大きな声で告げた。
 あたかも、自分で考えて辿り着いた答えだと主張するかのように。

「わかったぞ、マスター! 正解はクチヅケだろっ!」

 イントネーションがおかしいこともそうだが、何より距離がなさすぎた。
 遣り取りは、丸見えで丸聞こえ。どんなに偉そうに主張したところでバレバレ。
 海斗は何もしていない。乃愛の力を借りたこそ辿り着けた解答である。
 読んでいた本を閉じ、ハァと溜息を吐き落としたマスター。
 そのとき既に、マスターは "諦め" を悟っていた。
 幽閉から半日。降参と喚きの一点張り。
 このまま仕置きを続けていても、無意味なのではと。
 結局、誰かに助けられてしまっては、仕置きも何もないが。
 無意味なことを続けるのは "時間" への冒涜行為と言えることもあり。

「まぁ、よかろう」

 溜息混じりに両手を合わせるマスター。
 紋の解除は、術者の意思でしか実行できない。
 自力で辿り着いた解答ではないにしろ、正解したのは事実。
 まぁ、厳密に言うなれば、口付けだけが正解というわけでもなく。
 乃愛が言ったように、人によって辿り着く答えは異なってくるだろう。
 例えば、同じ問題を藤二あたりに解かせてみれば …… 口付けという結論には至らない。
 彼の場合、口付けに留まらず、もっと濃厚な愛情表現に辿り着き、それを解答として口にするだろう。
 つまり、この問題に明確な答えはないということだ。
 少しばかり、意地悪な問題だったと言える。

「動くでないぞ」

 合わせた両手を、ゆっくり離していくマスター。
 手と手の隙間に、不思議な模様の紋章がフワリと浮かび上がる。
 紋の解除。檻からの解放。数秒後、パリンという音と共に、檻が消える。
 晴れて自由の身となった海斗は、満足そうに笑いながら立ち上がった。

「よっしゃー! ハラへったぁぁぁぁぁぁ!!」

 大声と全身で喜びを露わにする姿。
 反省の色が見えない …… が、まぁ、それもいつものこと。
 マスターは知っている。どんなに仕置きをしても警告しても、無駄。
 ワザと悪事を働いているわけではない。結果として、全ての行動が悪事に繋がってしまうだけ。
 海斗とは、そういう存在。そして、そういう存在にしてしまったのは、他ならぬ自分自身。
 とはいえ、見て見ぬフリはできまい。自責の念に駆られる以上は、
 その責任を果たさねば、他の者に示しがつかない。
 まったくもって、厄介な契約者を抱えてしまったものだと、
 肩を竦めながら指を弾いて、解除の紋章を消すマスター。
 何はともあれ、海斗は、ようやく檻から解放された。

「お前のおかげだ。ありがとー」
「いえいえ。おめでとうです」

 素直にお礼を述べる海斗に、ニコリと微笑み返した乃愛。
 正直、本当にこれで良かったのかと疑問を覚えるところもある。
 いけない事・悪い事をしたなら、それ相応の罰を受けるのは当然のこと。
 手伝っておいて何だが、これじゃあ、お仕置きの意味がないのでは …… ?
 まぁ、でも …… 嬉しそうだし。ここは素直に、一緒に喜んであげるべき …… かなぁ。
 などと考えていた矢先のこと。海斗が、首を傾げる乃愛の顔をヒョコッと覗き込む。
 考え事をしていたこともあり、驚いた乃愛は、ビクッと肩を揺らした。
 次の瞬間、乃愛の視界が、海斗でいっぱいになる。
 それは、一瞬の出来事だった。

「 …… ふーん。こんな感じか」

 絶句。

 時が止まったかのように、その場で硬直してしまうマスター。
 何をやっとるんだ、こいつは。いきなり女の子にキスをするだなんて。
 しかも、その言い草。何が 『ふーん』 だ。何様なのだ、お前はいったい。
 それよりも、乃愛だ。思いがけず唇を奪われてしまった被害者の反応が気になる。
 ポヤッとしていても、女の子だ。さすがに、この状況には …… 。

「なるほどなのですよ。確かに、ちょっと苦しいのですよ」

 何と。あっけらかんとしている。
 いつもの口調、いつもの表情で淡々と感想を漏らす始末。
 というか、ちょっと待て。なるほど …… って、もしかして。
 まさか、乃愛も? 乃愛も、初めての体験だったというのか?
 つまり、ファーストキスってことですか? いやいや、そんな馬鹿な。
 初めてのチューが、こんな形で奪われて良いのか。いや、良いわけがない。
 まぁ、愛のないキスも、時と場合によってはありうると思うけれど。
 それにしても、これはないだろう。

「おぬしら …… 何をやっとるんじゃ …… 」

 ようやく声を放ったマスター。
 さすがに "それ" を目の当たりにしたとなると動揺は隠せない。
 何の前触れもなく、いとも容易く、あっさりとやってのけたものだから余計に。
 まぁ、ちょっとした興味本位で、深い意味なんて微塵もないのだろうけれど。
 それでも、微妙な心境であることに変わりはない。何というかこう ……
 息子のキスシーンを目撃してしまった父親のような。そんな心境?
 まぁ、乃愛も大して気にしてないのが、せめてもの救いか。
 相手が悪ければ、責任だの何だの面倒なことになっていただろうから。
 とはいえ、何やってんだよ、ハハハハハで済ませるわけにもいかない。
 興味本位、という動機が最も恐ろしく厄介なポイントなのだ。
 誰彼構わずキスをするような男になられては困る。
 どうせ、海斗達・時の契約者は、ヒトに見えないんだからいいんじゃないかって?
 いやいや。確かにそうなんだけど。そういう問題じゃなくて。常識・モラルの問題だ。
 底なしに無邪気な性格の海斗だからこそ、注意喚起せねばならない。
 おわかりいただけたかな? 時の神も、色々と大変なのだ。

「海斗よ。おぬし …… 」

 俯いたまま小さな声で呟くマスター。
 その声色は、怒っている時のそれと一致する。
 さすがの海斗も、この声色には弱い。ビクッと姿勢を正す。
 姿勢を …… 正す。うん、正すんですよ。 …… いつもならね。

「何か変な気持ちになるな、これ」
「アンもなのですよ。こそばゆいのですよ」
「何だろ、これ。何か …… 懐かしいような?」
「ふむむ? もしかして、前にも誰かとしたことあるです?」
「え? いや、ないよ。あるわけねーだろ。んん? …… でもな。ん〜〜?」
「もう一回、してみるです? アンは構わないのですよ」
「そだな。んじゃ、もっかい」

 聞いてないときたもんだ。
 そればかりか、二人は再び唇を重ね合わせようとしている。
 じゃあ、って。そんな軽々しく言うな。軽々しく、しようとするな。
 乃愛も乃愛だ。構わないのですよ、って。駄目だろう。安売りしちゃ駄目。
 無垢な二人だからこそ、マスターは、妙な恐怖を覚えるのだ。わかるだろうか。この感じ。
 つまり、マスターが即座に移動魔法を発動して、それを阻むのは、当然の成り行き。

「待て待て。それより食事じゃろう? すぐに用意する。さぁ、行け」

 マスターの制止にキョトンとした海斗だったが。
 すぐに、自分が空腹であることをハッと思い出す。

「そーだ。ハラへってんだ、俺。お前も食ってけば?」
「いいのです? じゃあ、ごちそうになるのです」
「何食いたい? 俺が作るわけじゃねーけど」
「アンは、温かいスープが好きなのです」
「お。じゃ、あれだな。マルガトーニ」
「む? 初耳なのですよ」

 ケラケラ笑いながら、おすすめメニューを説明する海斗。
 乃愛は、カーバンクルを抱きながら、そんな海斗の後を追って行く。
 何とも奇妙な二人だ。とても、キスをしたばかりの男女とは思えない。
 お互いに意味を持ち合わせぬまま至った行為だからこその有り様だとは思うが。
 それにしても、驚いた。不意打ちまがいな行為そのものもそうだが、
 何よりも、もう一度やってみようと試みた、その行動に驚いた。
 変な気持ちになる。海斗は、確かにそう言っていた。
 懐かしいような。そうも言っていた。
 マスターが、慌てた理由は、そこにある。

( ………… )

 遠ざかって行く乃愛の背中を見やるマスター。
 その時、マスターの脳裏を過ったのは、忌まわしき過去の場景。
 過去に、ただ一度だけ。裁けなかった大罪。時の神として、あるまじき行為。
 狂ったように鳴り響く鐘の音と、燃えさかる黒い炎。行き場を失い暴走する時間。
 それを目の当たりにしながらも茫然と立ち尽くす、情けなき己の姿。
 ただ一度だけ。どうすることもできなかった。
 反逆のクロノブレイク。

(もしや、あの娘 …… )

 記憶を辿りながらの予測。
 だがしかし、途中で考えることを止めた。
 悪い癖。どうにも、こればかりは抜け切らぬようだ。
 何を今更。神たる己が未練なんぞ、おこがましいにも程がある。
 口元にうっすらと笑みを浮かべ、マスターは、首を振った。
 ありえないことだと、そう言い聞かせるように。

 ・
 ・
 ・

「おかわりー!」

 半日分の食事を次々と平らげていく海斗。
 テーブルの上には、お菓子をメインにあらゆる料理が並ぶ。
 これらは全て、マスターが魔法を用いて出現させているものだ。
 書物などから知り得た料理、その全てをマスターは魔法で再現できる。
 調理の概念はおろか、食材すら存在しない時狭間では、食事はこれ以外にありえない。
 つまり、マスターの機嫌を損ねようものなら …… ということだ。

「海斗、これは何に使うのです?」
「ん? あー、それか。ちょっと貸してみ」
「はい。 …… あれっ! 色が変わったですよ!」
「マスターオリジナルのスペシャルソース。どーだ?」
「んんんんんん …… ! おいしい!」
「だろー!!!」

 何とも賑やかな食事だ。
 海斗一人でも相当騒がしいのだが、
 そこに乃愛が加わることで、更に拍車が掛かっている。
 初めて目に、口にする料理も多いようで、乃愛は御満悦だ。
 もっと美味しくいただく方法を、海斗がご丁寧に教えてくれるのも有難い。

( ………… )

 楽しそうに食事する二人を眺めるマスター。
 足りなくなってきたら、指先をクルクル回して料理を追加する。
 大食い選手権の最中なのかと錯覚してしまうほど、超絶なスピード。
 喉を詰まらせやしないか、そんなに食べて腹痛になりやしないか。
 マスターは、淡い笑みを浮かべながら二人を気遣っていた。

「賑やかですね」

 背後から声がした。
 振り返れば、そこには浩太の姿。
 どうやら、仕事を終えて戻ってきたようだ。
 マスターは、微笑みながら「お前もどうじゃ」と促す。
 だが、浩太は、やんわりとそれを断った。見ているだけで、お腹がいっぱいになるので、と。
 それもそうかと笑うマスター。そんなマスターの横顔を、浩太はジッと見つめる。
 様子がおかしい。笑んではいるものの、どこか寂しそうに思えた。
 勘の良い浩太は、すぐに気付いたのだろう。
 マスターの異変に。

「 …… 浩太。ひとつ、頼んでも良いか?」
「はい。何なりと」

 料理を追加しながら呟くマスター。
 待ってましたと言わんばかりに、浩太は返答した。
 傍に寄ってきた浩太に、小さな声で何かを耳打つマスター。
 浩太は、コクリと頷いて、すぐさま、その指示に従う。

「わかりました。お任せ下さい」
「うむ。頼んだぞ」

 ニコリと微笑んで立ち去る浩太。
 その背中を見送るマスターの表情は、確かに強張っていたのだけれど。
 海斗と乃愛は、それに気付くことなく食事を続けていた。

「マスター! これ、おかわりー!」
「アンは、これをもうひとつ食べたいのです」
「あぁ、すまぬな。すぐに用意しよう」

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 CAST:

 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / マスター / ??歳 / 時の神(クロノグランデ)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2009.12.30 稀柳カイリ

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