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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - Stand by -

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「誰?」

 尋ねながら、浩太は、指を鳴らした。
 パチンという音と共に、ぼんやりと淡い橙色の明かりが灯る。
 突然部屋が明るくなったことに驚いたのか、侵入者は動揺を隠せない様子。
 申し訳なさそうに振り返る侵入者に、浩太は、クスクス笑った。

「あぁ、あなたでしたか」

 何してるんですか、こんなところで。
 ここは、僕達 …… 時の契約者のみ、立ち入りが許可されているフロアですよ。
 棚に並んでいるのは、全て時兎に関する文献。どれも貴重なものです。
 まさか、これらを盗みにきた、だなんてことはないですよね?
 …… あ、すみません。そんな顔しないで。冗談です。
 わかってますよ。あなたは、そんなことしない。
 つまり、あなたがここにいるのは、偶然。
 仕方ないですよね。ここ、広いですし。

「紅茶でもいかがです?」

 他に、お尋ねしたいことも、いくつかありますし。
 少しだけで構いませんので、僕と時間を共有して頂けませんか。
 え? 契約者じゃないのに、ここにいていいのかって?
 あぁ …… 大丈夫ですよ。お気になさらず。
 もう、許可は下りてますから。

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 読書家というわけではないのだけれど。
 古書の独特な香りに包まれていると、何故か心が落ち着いた。
 真っ暗で状況は全然わからなかったが、そこが資料室らしき場所であろうことは把握できた。
 そもそも、どうしてこんなところにいるのかって? それは、乃愛自身もわからない。
 今日は学校が休みということもあり、ただ、気の赴くままに歩いていた。
 ある程度歩いて景色に飽きたら、召喚した "扉" を通って別の場所へ。
 乃愛が、その身に宿しているこの能力は、実に便利なものだ。
 行きたい場所、思い描いた場所に、すぐさま移動できる。
 でも、いつでも目的地があるかというと、そんなことはない。
 常に目的地がある人生っていうのも、何だか味気ない気がする。
 だからこそ、乃愛は、無心で扉を召喚することがあるのだ。
 何も考えずに召喚した扉は、どこに繋がっているのか見当がつかない。
 どんな目が出るかわからない、サイコロを振って遊ぶゲームのような感覚。
 その結果として、乃愛は、この場所に辿り着いた。
 辺りが真っ暗なことと、どこからともなく香るシトラスの香りから、時狭間のどこかであることは明確だった。

 突如として明るくなった空間。
 乃愛は、一緒にお昼寝していた青い小鳥に起こされて、ようやく目を覚ました。
 目覚めた乃愛の視界を先ず一番に埋めたのは、黒い棚にビッシリと並ぶ膨大な数の本。
 そのあまりの数に、乃愛は、しばらくポカーンとしていた。
 そんな乃愛の反応に、クスクス笑った浩太。
 そこにいるのは誰かと尋ねた時の彼の表情は、険しく強張っていたが、
 それが乃愛だとわかった瞬間、またいつもの優しく柔らかな表情に戻った。
 とはいえ、寝起きでポーッとしていた乃愛は、その変化に気付くことはなかったのだけれど。

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「もしかして、お好みじゃなかったですか?」

 申し訳なさそうな顔で言った浩太。
 とっておきのアールグレイを振舞ったものの、乃愛は、カップにすら触れない。
 常に他者を気遣う浩太ならではの対応だ。海斗なら、こんな気の利いた台詞、絶対に出てこない。

「あ、違うのですよ。アンは、猫さんと同じなのですよ」
「えっ? …… あぁ、猫舌でしたね、そういえば」
「そうなのです。 …… ん? あれれ?」
「すみません。気が利かなくて」
「あ、いえいえ。こちらこそなのです」
「冷たい飲み物、淹れなおしましょうか」
「ありがとうなのです。でも、このままで良いのです」

 聞き逃せない発言だった。
 おかしいな、と思った。だが、何となく聞き返すタイミングを逃してしまう。
 確かに猫舌なんだけど、話したことはなかったはず。どうして知っているのだろう。
 それに、そういえば …… って。どういう意味?

「乃愛さんは、学生ですよね」
「あ、はい。そうなのです」
「学校、楽しいですか?」
「もちろんなのです」

 あぁ、完全に遠のいてしまった。
 一度逃したタイミングを引き戻すのは、やはり難しい。
 しつこく詮索するのも失礼だからと、乃愛は、先程の発言を聞き流すことにした。
 まぁ、気にしだしてしまえばキリがない。遡れば、いくらでも不可解な点が露わになる。
 一週間前の襲撃にしてもそうだ。海斗は、間違いなく、乃愛を狙い撃ちした。
 それはつまり、乃愛のことを知り得ていたということになるわけで。
 じゃあ、どうやって、あの日、乃愛の居場所を知ったのかとか、いつから狙われていたのかとか、
 そもそも、どうしてヒトには見えないはずの時兎が見えるのかとか、あの銃はどういう仕組みなのかとか、
 ほら、遡ればキリがない。全てを明確にするには、きっと、かなりの時間を要するだろう。
 それに、急ぐ必要もない。時間はたっぷりあるのだから、ゆっくりと、ひとつずつ、知ればいい。
 テスト前の一夜漬けが無意味であるように、一気に物事を理解しようとするのも無謀なこと。
 そろそろ、紅茶も冷めてきた頃だろうか。まだ、ちょっと熱いかな?
 乃愛は、そーっとカップに唇をあてた。

「大丈夫ですか?」
「ん。ちょうどいい温かさなのですよ」
「ふふ。そうですか。 …… ところで学校では、どんな勉強を?」
「ん〜 …… 言葉では説明しにくいのです。でも楽しいのは確かなのです」

 ニッコリと微笑んで言う乃愛。その幸せそうな表情に、浩太は微笑み返した。
 乃愛が通う学校は少し変わっているものの、基本的には、普通の学校と何ら変わりない。
 登校し、授業を受け、お昼を食べ、放課後は友達と、どこかへ寄り道したりしなかったり。
 だが、そんな生活 …… もっと言えば、スクールライフというものに縁がない浩太にとっては、
 それがどんなに日常的なことだとしても、興味を引くには事欠かないようで。

「好きな人とか、やっぱりいるんですか?」

 その流れのまま、次の質問に移った。
 どうやら、浩太は、恋愛も学生生活の一部だと捉えている節があるようだ。
 コクリと紅茶を喉に落とし、一息ついてから乃愛はキョトンとした表情で返す。

「うに? 好きな人 …… 恋人ってことです?」
「そうですね。あ、内緒って返答でも構いませんよ。ふふ」
「ん〜〜〜〜 …… そういうのはいないですけど、好きな人 …… うむむ …… 」

 何やら難しい顔で考え込んでいる乃愛。
 何か複雑な事情でもあるのかと浩太は思ったが、そういうことではなくて。
 そういう感情を、乃愛はまだ理解できないのだ。人を好きになるという、その感覚。
 クラスメートが、好きな人の話で盛り上がっているのは、度々見かけるし、一応会話には混ざる。
 でも、乃愛自身は、恋愛とは無縁。年頃の女の子とはいえ、そのあたりは、まだま子供だと言える。
 そんなに可愛らしいのに相手がいないだなんて、不思議なこともあるものですねとか、
 気付いていないだけで、想いを寄せられていたりするのでは? とか言いながら、
 恋愛を知らないのは、勿体ないことだと思いますよ、と浩太はアドバイスした。
 だが、乃愛は、いつもの調子で、ふんわりと笑って首を振る。
 欲しいと思わないうちは、焦って相手を見つける必要もないと思うのですと言いながら。
 乃愛のその発言に、意外と真面目というか、結構オトナびたところもあるんだなぁと思い、浩太は感心したが、
 焦らなくても良いというのは、クラスメートの受け売りで、乃愛自身が放った言葉ではない。
 まぁ、その通りだと思っているところはあるようだが。

「なるほど。何にせよ、充実していることに変わりはないようですね」

 目を伏せ微笑みながら紅茶を口に運ぶ浩太。
 その一連の仕草をジッと見つめる乃愛は、自分と浩太の違いについて考えていた。
 ずっと思っていたことなのだが、浩太は …… 何というか、すごく大人びている気がする。
 乃愛とは年齢こそ同じだが、話し方から立ち振る舞いまで、何もかもが妙に落ち着いているというか。
 こんなに大人っぽい人が、あの海斗の親友だなんて。ちょっと不思議に思う。
 まぁ、親友は務めるものでも担うものでもないから、性格が真逆でも関係ないとは思うけれど。
 あ、そうか。真逆だからこそ上手くいくのか。浩太が、ブレーキのような作用をもたらすような感じで。
 辿り着いた結論に納得した乃愛は、浩太を見つめながら、一人でウンウンと頷いた。

「どうしました? 僕の顔に何かついてます?」
「ううん、何でもないのです。浩太の謎が解けただけのことなのです」
「謎? ふふ。どこまで解かれたんでしょう。ちょっと怖いですね」
「ひとつ、アンも浩太に聞きたいことがあるのです」
「はい。何でしょう?」
「浩太は、いるのですか? 好きな人」

 おっと、そうきたか。
 まぁ、聞くだけ聞いておいて、自分にその質問が返ってこないはずもない。
 聞かせてもらったからには、自分も素直に話すのが筋というもの …… なのだが。
 浩太は、クスクス笑って、はぐらかした。どうなんでしょうね、と曖昧な言葉で誤魔化した。
 いないと返すのではなく、さぁどうかな? 的な言葉で煙に巻いたという行為は、肯定とも取れる。
 自分だけズルイのです、と乃愛は頬を膨らませて不満を漏らしたが、浩太は微笑むばかりで何も話そうとしない。
 そればかりか、サラッと自然な流れで話題を変えてきた。

「ところで、乃愛さん。兄弟・姉妹は?」
「浩太は、ズルイ子です …… うに? キョウダイ …… えと、血が繋がっているほうです?」
「えっ? はい」
「繋がってるほうは、わからないのです」
「えぇと …… それって、どういう意味でしょう」
「繋がっていないほうなら、数えきれないくらいいるのです」
「 …… う〜ん、と。すみません。よくわからないのですが …… 」

 苦笑しながら頬を掻く浩太。まぁ、無理もない。
 乃愛は、紅茶を飲みほしてプハァと息を吐き、詳しい説明を加えた。
 つまりは、こういうことだ。乃愛が通っている学校は、在校生徒全員が家族のようなもの。
 いや、下手すると、実の家族以上に深い絆で結ばれているかもしれない。
 特に仲が良い人・親友の間柄となると、まさに家族以上の信頼を互いに寄せる。
 とはいえ、学校側が絆を校則化しているわけでもない。仲良くしているのは、生徒の自発的行動。
 いじめや疎外なんて無縁で、入学した瞬間から、その人も家族の一員かのように優しく迎えられる。
 先程、恋愛に関する話をしたが、乃愛のクラスメートが想いを寄せるのは、その殆どが学校外の人物になる。
 同学年の生徒は、双子の兄弟・姉妹のようなもの、先輩は兄・姉のようなもの、後輩は弟・妹のようなもの。
 家族に抱く愛情は、一般的な恋愛と異なる。だからこそ、校内恋愛は滅多にないのだ。
 更に、乃愛を始め、生徒は校内敷地にある学生寮で生活している。
 いつでも衣食住を共にしているからこそ、絆が深くなっていくのかもしれない。

「ふふ。本当に楽しそうですね」
「楽しいのです。毎日ウキウキなのです。でも、アンは、ここも好きですよ」
「ここ? 時狭間のことですか?」
「はい。何だか、ホッとするのですよ」
「そう言ってもらえると、何だか嬉しいですね」
「不思議で優しい気持ちになるなのですよ」

 ニッコリ微笑む乃愛。浩太もまた柔らかな笑みを返す。
 そういえば、浩太と、こうしてゆっくり話すのは初めてのこと。
 浩太は、いつも忙しそうにしているから、なかなか話す機会がなかった。
 偶然とはいえ、こうして会えて話せて嬉しい。乃愛は、嬉しそうに言った。

「ふふ。僕もです。 …… でも誘っておいて何ですが、時間、大丈夫ですか?」
「今日は学校がお休みなので退屈なのです。でも門限までには帰るのです」
「そうですか、良かった。じゃあ、もう少し付き合って頂けますか?」
「構わないのですよ。アンも、もっとお話したいのです」

 これまで関われなかった時間を埋めるかのように、あれこれと話す二人。
 浩太が色々と尋ねてくるため、乃愛の生活に関する話題が、必然と多くなる。
 具体的な授業内容や、仲の良いクラスメートのこと、卒業後の進路 …… などなど。
 時々話題が逸れて、乃愛自身に関することを話す時間もあった。
 腕や首に巻いている包帯の意味や、いつも一緒にいる動物達のこと、
 別の場所へすぐに移動できる便利な能力のこと、個性的な服装のこと。
 中には、話すことができなくて、秘密という言葉で誤魔化した話題もあったが、
 浩太は深く詮索することなく、ニコリと笑って違う話題を振ってくれた。
 質問こそ多いものの、答えられないことを、しつこく訊いてくるようなヤボな真似はしない。
 そんな気遣いが心地良かったからこそ、乃愛はリラックスした状態で話すことができた。
 紅茶を三杯ごちそうになるくらいの時間。さほど長い時間ではなかったけれど、
 二人は、効率的にお互いのことを知ることができた。
 全てを知り得たわけじゃなく、まだわからないことはたくさんあるけれど、焦る必要はない。
 恋愛と同じ。これからゆっくり、時間をかけて知っていけば良いのだから。

 だが、ひとつだけ。
 乃愛には、気になることがあった。
 どうしても、知りたいことがあった。

『 大丈夫ですよ。お気になさらず。もう、許可は下りてますから 』

 あの言葉の意味がわからない。
 どういうことなのかわからないから、気になる。
 寝起きでボーッとしていたものの、浩太の説明がわかりやすかったお陰で、
 関係者以外は入っちゃいけない場所なのだということは理解できた。
 だからこそ、ごめんなさいと謝って、すぐに立ち去ろうとした。
 それなのに、浩太は言った。許可が下りているから問題ないよと。
 時兎を目で確認することができたり、海斗達と話すことができたりする、
 それは、普通のヒトにはできないことなのだということも、理解している。
 初めてここに連れてこられた日、ありえないことなんだけれど、と説明を受けたから。
 でも、ちょっと変なだけ。普通のヒトと、ちょっと違うだけ。出来ない事が出来るからといって、
 時狭間の関係者になれるわけでもなし。それなのに、どうして許可が下りるのだろうか。
 直接手に取って見たわけじゃないし、これは何となく …… つまりカンなのだけれど、
 あの場所に保管されていた書物はきっと、どれもすごく重要な資料だと思う。
 盗む気なんて更々ないけど、そんなに簡単に開放して良いものなのか。
 そもそも、許可とは。
 自然と得られるものではなく、誰かに乞うことで得られる権利だ。
 この空間、その全域を管理しているのは、時の神・マスターである。
 つまり、浩太の言う "許可" は、マスターが決定したものだということになる。
 そんな話、一切していない。自分の知らないところで、許可という決定が下されている。
 うっかり聞き逃してしまいそうなほど、さりげない発言だったからこそ、不審にも似た疑問を抱く。

 それは、当然の成り行きだった。
 だからこそ、乃愛は尋ねた。食器を片づける浩太の背中に尋ねた。
 許可とはいったい何なのか、どういうことなのか、説明してくれないかと。
 だがしかし、その疑問に明確な返答が返ってくることはなかった。
 浩太は、あの柔らかくも不思議な笑顔ではぐらかしてしまう。
 気になること・知りたいことがあれば、いつでもどうぞ。
 なんて、益々わからなくなるような言葉だけを残して。

「 …… 不思議な人なのですよ」

 結局、わからないまま。
 うまいこと誤魔化された気がして、何だか腑に落ちない。
 時狭間を後にし、もとの世界へと戻って行く最中、乃愛は小さく呟いた。
 そんな乃愛を慰めるように、青い小鳥が、乃愛の肩の上で可愛らしい仕草を見せる。
 結果として、何よりも印象に残るのは、紅茶がすごく美味しかったということ。
 まぁ …… いいか。考えたところで、わかるわけでもなし。
 いつかきっと、時期がくれば、話してくれるはず。
 今は、話せない。きっと、そういうことなんだと思う。
 何にせよ、有意義で楽しいティータイムだった。それで十分。
 あれこれ難しく考えるなんて、自分らしくない。
 乃愛は、そう自分に言い聞かせ、納得した。

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 CAST:

 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.01.01 稀柳カイリ

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