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<東京怪談・PCゲームノベル>


氷の華

序.物語の始まり
 昔々、遠い遠い異国でのお話です。王と王妃の間にそれはそれは美しい子が生まれました。国民はその子の誕生を大いに喜び、たった一人の子でしたから、王にも大層愛されて育ちました。
 皆に愛されて、その子はすくすくと育ちました。優しく、感情豊かな子で人見知りをすることなく、誰にでも公平に接したので、ますます皆はその子に夢中になりました。
 ところがたった一人だけ、その子に対して決して笑顔を向けてくれない人がいました。それはその子の母親である、王妃様でした。その子は母親を何とか笑顔にさせようと、小さな手で一生懸命贈り物を作っては、せっせと王妃様に運んでいたのですが、王妃様はそれをいつも見もせずに侍女に捨てさせてしまうのでした。
 ある時どうしても我慢できず、その子は王妃様に尋ねました。「どうして母様は笑ってくれないの?」と。
 すると王妃様は憎々しげにその子を睨み、そばにあった花瓶を投げつけて言ったのです。「どうしてお前なんて愛せようか!あの女の子どもを!私からあの人を奪った女の子どもを!」
 憎い憎いと繰り返した王妃様は、とうとう狂って、その子の前で自らの命を絶ってしまったのでした。
 国中の人が王妃様の突然の崩御に悲しみにくれました。しかし1月経って、国王が新しいお妃様を迎えられることになり、再び明るいお祝いのムードが戻ってきたのでした。
 新しいお妃様は、豪奢なドレスを身につけて、宝石を散りばめたティアラを頭に、真っ赤な紅を差した口元に笑みを浮かべて言いました。「やっと会えたわね、愛しい子。あの女にいじめられたりしなかった?」
 憎い憎い、と言った王妃様の声が、王妃様の美しかった顔の蒼褪めた様子が、毒を仰いで吐いた血に染まった唇が、その子の記憶に一気に蘇ってきたのです。

 そうしてその子は心を閉ざし、誰にも笑わず、深く関わろうとしない、『氷の華』となったのでした。

1.夜の贈り物
 ある晩、天蓋付きの豪奢なベッドに音もなく忍び寄った影は、ベッドに眠る氷の華の顔をそっと覗きこんだのでした。
「これが『氷の華』……」
 起こさないようにと優しく触れた白い指先が、眠っている氷の華の前髪を掻きあげます。露になった額の下、苦しそうに寄せられた眉根に、彼自身も眉根を寄せたのでした。
「怖い夢でも見ているのか……?」
 宥めるように優しく髪を梳きながら、彼は氷の華の『夢』を覗きました。決して笑わぬ美しい王妃。一生懸命にその後を追う少女。伸ばした手が王妃のドレスに届き、ようやく振り返ってくれたと思った時にはその顔が血で濡れていて、歪な笑顔で告げられた言葉は「あの女にいじめられたりしなかった?」でした。そしてその顔は見る間にお妃様の物と取って代わってゆき、どこからともなく「憎い憎い」と声が響くのです。
 氷の華はとても王妃様を愛していたのでした。けれどもその王妃様は死んでしまって、周りの人はあっという間に彼女のことを忘れてしまいました。氷の華自身も、あんなにも王妃様のことを愛していたのに、こうして思い出すのは王妃様の恐ろしいところばかりです。何度だって彼女の夢の中で、王妃様は毒を仰いで死んでしまいます。
 氷の華の苦悩を知って、優しい手の持ち主は、ぴたりとその動きを止めました。
「悪かったな、間に合わなくて……」
 せめてものお詫びに、と、彼は彼女に優しい夢を贈ったのでした。温かな笑顔に満ちた、安らかな夢を……。
「あの人も、お前のことを心底憎みたかったわけじゃないんだ」
 本当に憎んでいたのだとしたら、狂気の矛先は少女に、氷の華の方に向かったはずでした。彼には王妃様の胸の内の苦悩が、声となって届いていたのでした。それは普通の人には聞こえないはずの物です。けれども彼の、人ではない血が、王妃様の悲痛な叫びを聞き取ったのでした。
 しかし、彼がそこへ辿り着いた時にはもう、王妃様は毒杯を仰いだところで、その前で立ち尽くした少女はしっかりと崩れ行く王妃様の姿を脳裏に焼き付けてしまっていたのでした。
 氷の華の表情が和らいだところで、彼はそっとその頬を撫でると、手を離して窓辺に立ちます。バルコニーに出てきっちりと窓を閉めると、後はもう闇に溶けて、あっという間に姿が見えなくなってしまったのでした。

2.優しい夢
(ああ、まただわ。私夢を見てる……)
 夜半過ぎ、ふといつも見るあの暗い夢が途切れる頃、氷の華は決まってその姿を見るのでした。
(誰かしら……?私の知っている人……?)
 彼女の部屋の窓辺に佇む影はいつも後姿だけでした。背が高く、髪が黒いということぐらいしか、彼女には知り得ません。それからもうひとつ、窓に触れる冴え冴えとした白い手が、見た目に反して実はすごく暖かく優しいのだということも。
(こちらを向いてくれないかしら……)
 そう思う彼女の意識はまばらで、うとうととまた眠りの世界に戻っていくのでした。
(笑ってほしい……)
 彼女が今から見る夢の、いくつもの優しい笑顔の中に、彼の笑顔があればいい、といつも彼女は思うのでした。

3.出会い
 触れた手に小さな手が重なって、彼はやや驚いたのでした。というのも、いつも彼女の意識はぼんやりとしていて、覚醒につながるようなものではなかったからです。彼は彼女が束の間目を覚ますのを知っていましたが、また彼女がこの時間を夢だと思っているということも知っていました。ですからすっかり安心しきっていたのかもしれません。
「害をなすつもりは……」
 彼がそう切り出すと、彼女はただ緩く首を振ってこう言いました。
「笑って……」
 そうしてそのまま糸が切れたように手の力がなくなって、彼は小さな手をそっと上掛けの中に仕舞ってあげたのでした。寝言、だったのかもしれません。けれどもその些細な望みを放って置けなくて、彼は帰り際に窓の隙間にそっとメッセージを残したのでした。

 翌朝氷の華は、お城の目立たない場所にある、小さな薔薇園を目指していました。その手には淡い水色のハンカチが大切そうに握られています。そしてそのハンカチこそが、彼が残していったメッセージなのでした。淡い薔薇の匂いのついたそのハンカチは、きっと王様がかつて王妃様のために作らせた、あの薔薇園を表しているに違いないと思ったのでした。
 そうして薔薇園に辿り着いて、彼女は彼を見つけたのです。
「夢じゃ……なかった……」
 彼は小さく頷きました。彼女がおずおずと差し出したハンカチを受け取って、白いベンチにふわりと敷いて、彼女に席を勧めます。氷の華は少し戸惑いながらも、おずおずとそこに腰掛けました。
「とりあえず、女性の寝室に夜半に許可なく出入りしたことは謝るよ」
 彼がそう言うと、彼女はまた首を振りました。
「貴方の手に触れられると、苦しい夢が消えて安らげた。お礼が言いたいの。謝らないで」
 彼女はきちんとお礼を言うと、そっと彼の手にその手を伸ばしました。丁寧に、大切そうに触れられて、彼は困ったように少し眉尻を下げます。その彼の顔を、彼女は覗きこんで問いました。
「ねぇ、貴方のお名前は?」
「そういえば、名乗ってなかったな。俺は夜神潤。好きなように呼んでくれて構わない」
「そう……初めまして、夜神潤、さん?」
 そうして彼女はぎこちなくも、可愛らしい笑顔を彼に向けたのでした。その言葉の意図を彼は計りかねましたが、続けて彼女が耳元に囁いた言葉に、彼も優しく笑ったのです。
「ああ……こちらこそ」
 彼女の囁いた言葉は確かに温かみを帯びていて、『氷の華』が氷でなくなったことを表していたのでした。
                  “これからもどうぞ、よろしくね”

                                         ――Fin.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200歳/禁忌の存在】<ヴァンパイア役

(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの燈です。
 この度は「氷の華」に御参加いただき、ありがとうございました!

>夜神・潤様
 夢を操れる能力をお持ちとのことで、今回は夜の描写中心にさせていただきました。そのせいであまり2人の会話部分を取れず、結局名前も最後に出すことになってしまいましたが…汗。
 雰囲気重視でとにかく綺麗に書こう!という意気込みはあったのですが…お気に召していただければ幸いです。

 それではこの辺で失礼致します。ここまでお付き合い下さりありがとうございました。