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隠し事は通りません。
店の中。
長い黒髪を靡かせた妙齢の女性がゆっくりと足を進めている。彼女の視界に入るのは自ら集めた品々。商品、でもある物もある。それでも、自分が良いと――欲しいと思わなければ、これら品々を集めはしない。元々、魔法薬を売っているのがこの店。それで不都合があった訳でもない。これら品々を集めた理由は、ただ、興味。これらはこの彼女――シリューナ・リュクテイアの、趣味故に蒐集された品々と言った方が、正しい。
目にも絢な、壁に飾られた美しい装飾品の数々。また別の場所、傍らへと気まぐれに指を伸ばせば、冷たくも滑らかに馴染む何とも言えないオブジェの感触を得られもする。素晴らしい職人の手で削り出された造形美。その形だけで、既に魂が籠っている。…私のようにそれを愛でる者が何人も何人も現れる。時を経て人の手から手へと渡り、執着や想いは更に重ねられ。だから、アンティークには様々な力が宿っている事もある。
…ふふ。このような物に魔力を籠めると良い魔法効果が得られそう。
シリューナが思っていると、パタパタと軽やかな足音が近付いて来た。
続いて、聞き慣れた可愛らしい声。
「お姉さま〜、後片付け終わりました〜!」
最後に、可愛らしい姿が現れる。
シリューナの同族でもあり可愛い弟子、ファルス・ティレイラの。
■
魔法薬屋の店じまい。その為の後片付け。
シリューナがティレイラに頼んだ事はそれ。勉強と修行を兼ね、シリューナはいつもティレイラにやらせている。それは初めの頃は任せてしまうのは心許無かったが、今となってはそれ程でも無い。…まだまだある程度の失敗ややんちゃはあるにせよ、完全に取り返しが付かなくなるような事まではしない。
そのくらいは信頼出来るようになっている。
が、それとこれとは別の話。
シリューナは、ティレイラの後片付けに問題が無いか、最後に自分で確認の見回りをする。
店の中を確認している分には、問題無し。商品整理の方も、会計の処理も。
そこまでは、ティレイラの方も得意満面。にこにこと笑ってシリューナが確認する様子を見ている。
次は倉庫。
思い、移動。
…しようと踵を返し足を進めたところで、シリューナはちょっとティレイラの様子が変わった事に気付く。
今、びく、と見るからに動揺した。
ほんの一瞬だけど。
…あらあら、何をしてしまったのかしらね?
シリューナは内心でクスリと笑う。
表面上は、唇にだけ刷かれたいつも通りの薄い笑みを浮かべて。
■
倉庫にて。
…『理由』を発見。
それは一見、何事も無かったように――元通りであるように取り繕ってはあるけれど。
私の目は誤魔化せません。
「ティレ」
「っ…はい!」
呼ばれて答えるティレイラの声も、動揺でか裏返っている。
シリューナは、トントン、とこれ見よがしに『ある物』を手の甲で軽く叩いていた。
『ある物』――それは、外気が触れないようにと封をして魔法薬の材料が詰められた甕、その上に置かれた重石。
シリューナが見る限り、その材料の封が一度解かれている。
さっき見た時はそうなっていなかった――となると、これはティレイラの仕業。
「ティレ?」
もう一度名前を呼ぶ。
見ると、ティレイラは…えっと、と言葉を濁す。
「いえ、あの…これは…その…とっても不思議な匂いがして…どんなものだろうって…つい…出来心で…でも、ちゃんと元通りに…っ!」
「そうね。元通りにはしてあるわね。でも」
封がしてあると言う事は。
イコール、開けてはいけない、と言う事で。
それは確かに、興味本位でちょっと見てしまった、程度では、特に劣化もしないし然程問題になるようなものでは無いけれど。
それでも。
いけない事は、いけない事。
これは大丈夫な物ではあったけれど、封を開けたらそれだけで台無しになる物だって無くは無い。
…ここは、厳しくしておいて然るべき事で。
思いながら、シリューナは不敵に笑う。
言い訳するのでいっぱいいっぱいになっているティレイラを見ながら、シリューナは暫く考えた。
…さて、どんなお仕置きをしようか、と。
■
暫しの後、シリューナは思わせぶりにゆっくりと頷いた。
その様子に、ティレイラはシリューナが許してくれたのかと希望を抱く。
が。
次にシリューナから言い渡されたのは、許す、とは全く逆の事。
「じゃあ、お楽しみのお仕置きと行きましょうか?」
「え。ええええぇっ! またですかぁっ…!」
言われ、半泣きになっているティレイラの顔。
それもまた可愛いが。
…でも、駄ぁ目。
「また、なのは自業自得、でしょ?」
言い訳に、聞く耳は持たない。
ただ、シリューナはぱちりと指を鳴らす。
途端。
ぴしり、と不穏な音がする。
え、とティレイラは思う。
足や手の指の先に違和感。
違和感を感じたところが動かない。ひやりとするような麻痺するような感覚とでも言うべきか。恐る恐るシリューナを見る。いつも通りの静かな表情。微かに笑み。シリューナはそれで、ティレイラを見ている。ティレイラの違和感に気付いているのかいないのか――否、その違和感をこそ与えたのが、シリューナで。
…シリューナこそが与えたティレイラの身体の違和感――その『原因』は、石化の呪術。
ティレイラが一度解いてしまった重石の代わりに、ティレイラ本人を可愛らしい重石に仕立て上げようと。
考えた結果の『お仕置き』。
少し後、足や手の指に感じられていた違和感の部分が広がっていく――そこから、徐々に石化していく。石化部分が全身に広がっていく。…ティレイラは己が身のそれを目の当たりにする。
慌てた。
「えええええ! あの、お姉さまっ! 許して下さいよぉ…! もうしま…せん……か…ら…っ…!」
言っている間にも、石化部分は広がり、ティレイラの動きがぎこちなくなっていく。声も発せなくなっていく。…次第に、動きが固まり完全に石化する。
固まる直前、の姿のままで。
その姿を舐めるようにじっくりと見、シリューナは思わず、ああ、と感嘆符を吐いてしまう。
…店内に並ぶコレクションに負けず劣らず、素敵な、可愛らしい姿。
勿論、シリューナにしてみれば普段のくるくる動き回っているティレイラも可愛い。けれど、『この』瞬間にだけ見られるティレイラの可愛らしい姿は、また格別で。
お仕置き、と口実が出来た今、思い切り堪能する事を選ぶ。
ティレイラの石像。
手触りを確かめる。滑らかで冷たい、石の感触。元々のティレイラの造形。つい、とその表面に指を滑らせる――この感触が何とも言えない。…これが可愛いティレと思えば尚更。慌てながら、拒みながらも結局は本当には抗うのを諦めて、出来るだけ可愛い格好で固まろうとする健気さ。
シリューナはティレイラの石像を愛しそうにじっくり触れながら、その姿をとっくりと眺め――…。
…――心行くまで満喫する。
このくらいにしておこうか、と名残惜しいながらも思い立ったのは、結構時間が経ってから。
■
ティレイラが一度開封してしまったこの材料。…それ程興味があるのなら、これを使った魔法薬の作り方をそろそろ教えてあげても良いかしら。
思いながら、シリューナはティレイラの石像を撫でる手を止める。
そして、今回の『お仕置き』の原因となった魔法薬の材料を見直した。
で。
材料の重石にしていた当の石を魔法で宙に浮かせて取り、代わりにティレイラの石像をそこに乗せ直す。きっちりと元通り外気に触れないよう、その材料に封がされるように。
それは、このティレイラの姿は――私の趣味である事も否定はしないけれど。
それでも。
………………お仕置きは、お仕置き。
する事はきっちりしないと、と、シリューナはそれで、満足そうに頷いた。
■
それから。
ティレイラの『お仕置き』が終わった――シリューナに「魔法薬の材料の重石」から元に戻してもらえた頃には。
あろう事か、ティレイラの全身にその魔法薬の材料の――不思議な匂いが染み込んでしまっていた。
シャワーを浴びてもお風呂に入っても髪を洗っても着替えても、その匂いは消えそうにない。
そして、それはそのまま暫く続く。
…それは確かに、その匂いに興味を持って封を解いてしまったのはティレイラ本人だけれども。
それでも。
――――――これは、きつい。
…そう。幾らそれが――例え良い匂いだったとしても、その匂いの元が強く強くなれば、どんな匂いであっても悪臭と化す。この場合は不思議な匂い――興味深くはあっても決して素直に良い匂いとは言い切れない代物だった訳で、余計に悪い。即ち、全身に材料の匂いが染み付いてしまった今現在のこの状況こそが、石化より何よりティレイラにとっては一番の『お仕置き』にもなってしまっている…と言えるかもしれない。
それでも、シリューナは気にした風も無く、いつも通りティレイラに店の仕事を言い付けている。
ティレイラからは、はい、と素直な返事。
一向に消えない自分の匂いに涙目な状態のまま、それでも健気にお店の仕事をこなしているティレイラ。
………………店の中、そんなティレイラを横目に、シリューナがクスリと笑った…ような気がした。
【了】
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