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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜Extra〜】


(寒……)
 白い吐息が風に散らされるのを見ながら、黒蝙蝠スザクは内心ひとりごちた。
 今日は大晦日。もう幾らもしないうちに、一年が終わるだろうという時刻だ。
 スザクは初詣のために、近くの神社に向かっていた。
(寒くとも行かなきゃ一年がしまらないし、始まらないよね)
 と思いつつ、実は振舞われる甘酒が目当てで行くようなものだったりするのだが。
 寒い中でいただく甘酒は最高だし…、などと考えていたスザクは、視界の隅に映った人物に反応して、小さく声を漏らした。
「うん?」
 立ち止まって目を凝らしてみる。
 身を包むのは闇に沈むような色合いのコート。そこから覗く肌は、日に当たったことがないような白。
 夜闇の如き黒髪は今日は解かれている。 角度の関係でスザクからは見えないが、瞳の色は深い漆黒のはずだ。
(あれって、静月さんじゃ……)
 ふと、スザクの視線に気付いたのか、彼がスザクの方を見た。向けられた顔に確信を得て、スザクは迷うことなく笑顔で静月に駆け寄る。
「静月さーん!」
 名を呼んだ瞬間、少し驚いたように静月が身を退いた。だが、僅かに眉尻を下げただけで、他には特に反応を見せずにその場に留まった。
「こんばんは。……黒蝙蝠さん、だったか」
 確認するように呟いた静月に、スザクは笑顔で挨拶を返す。
「こんばんは! スザクはこれから初詣に行くんですけど、よかったら静月さんも一緒に行きましょうよ」
「初詣?」
 何故か首を傾げた静月は、少しして、何かに納得したようにああ、と頷いた。
「もうそんな時期だったか」
 そんな静月に、もしかして今日が大晦日だと忘れていたんだろうか、とスザクは思う。しかし普通忘れないのではないだろうか。
 そう思ったのが雰囲気で伝わったのか、静月が僅かに苦笑して口を開いた。
「街の雰囲気が違うとは思っていたんだが……私も珂月も、行事として特に何をするわけでもないからな。神仏に祈る習慣がないから、寺社に参ることもない」
「……ええと、じゃあ初詣に行ったことないの?」
「ないな」
 思わず静月の顔を凝視してしまったスザクだった。
 宗派の問題とか、何かポリシーがあるでもなく、単純に初詣に行ったことがないという人はなかなかいないのではないだろうか。
 しかしすぐに気を取り直して、スザクは笑みを浮かべる。
「それなら尚更一緒に行きましょう! 一度くらい初詣に行ってみるのも良いと思うし」
 少し考えるように首を傾げた静月は、ややあって「まあ、それもいいか」と呟いた。

  ◆

 スザク達同様初詣に訪れた人で、神社はなかなか込み合っていた。
 こういうイベントに付き物である屋台も多く並んでおり、結構壮観な眺めである。人の流れに合わせて先に進みながら、スザクは静月と他愛ない会話をする。浮ついた雰囲気に影響されているのだろうか、心なしか静月も付き合いがいい気がする。
「あ、」
「? どうした?」
 会話をふと途切れさせたスザクに静月が視線を向けた。たった今、年が明けたこと――周囲で交わされる新年の挨拶にも気付いてなさそうな静月に向かって居住まいを正し、スザクは口を開く。
「あけましておめでとうございます。……静月さんと新年を迎えられて嬉しい! 珂月さんにも、あけましておめでとうって、」
 伝えておいて、と続けるつもりだったのだが、静月と珂月は記憶を共有しているらしいのだから、わざわざそう言わずともいいような気がする。かと言って静月に向かって「珂月さん、あけましておめでとうございます」と言うのも何だか変なような。
 どうすればよいかと考えていたスザクは、ふ、と静月の気配が変わったのに気付いた。視線を上げると、静月がどこか柔らかな雰囲気でスザクを見ていた。
「明けましておめでとう、黒蝙蝠さん。……珂月にも伝えておこう。だが、できれば今度会った時にでも直接言ってやって欲しい」
 今度――その言葉に、スザクは何だか嬉しい気持ちになる。『次』があってもいいと、静月は考えてくれているのだと分かって。
 その思いに自然と口元が綻ぶのに任せて、スザクは微笑んだ。

  ◆

 お参り自体には静月は付き合わなかった。「祈るようなことは無いから」というようなことを言っていたが、ちょっと静月は難しく考えすぎてるんじゃないかとスザクは思う。
 その後はおみくじも引いてみた。やはり初詣といったらおみくじな気がする。静月も誘ってみたのだが、「いや、私はいい」とお参り同様辞退されてしまった。残念だったが、無理強いするようなことでもないので諦めた。
 引いたおみくじの結果は吉。なかなか良い結果だった。
「ねぇ、静月さん」
 声をかければ、物珍しげに周囲を観察していた静月がスザクを見た。「なんだ」とばかりに首を傾げる彼に、スザクは尋ねる。
「お正月とかに行事として何かをするわけじゃないって言ってたけれど……それなら、静月さんと珂月さんはどんなお正月を過ごす予定なの?」
 意外な質問だったのだろうか、静月はぱちりと瞬き、次いで戸惑った表情をした。
「どんな、と聞かれても……本当に、特に何も予定はないが。普段と大して変わらない」
(普段と変わらない、かぁ……)
 まあ、予想できていた答えではある。大晦日とかお正月とか、全く意識してなかったようだったし。
 しかし、静月や珂月の『普段』とはどんな感じなのだろう。普段彼らは何をして過ごしているのか――そういえば自分は、そんなことも知らないのだ。会って間もないのだから当然ではあるのだろうけど。
 その『普段』について訊ねようかとスザクが口を開くより、静月の問い返して来る方が少しばかり早かった。
「そう言う黒蝙蝠さんはどんな正月を過ごすんだ?」
 タイミングを外された形となったスザクは少し考え、結局素直に話の流れに合わせることにする。静月たちの『普段』を知りたくないわけではないが、ここでその話題に固執することもないかと思ったのだ。
「スザクはー…大量に作って余らせた栗きんとんと黒豆を使って、お菓子作りをするのよ」
 そう言ったところで、スザクの頭にとある考えが浮かぶ。
(そうだ、二人にもおすそわけしようっと)
 大量に余らせた故に、それによって作られるお菓子もまた大量となる予定だった。さすがに自分ひとりでは厳しいので、知り合いにも配ろうと思っていたのだ。せっかくだから二人にも食べてもらいたい。
 しっかり二人とも頭数に入れたスザクは、きらんと眼を光らせて静月を見た。何かを感じ取ったのか、静月が少し引き気味になった気がするが、構わず笑顔で口を開く。
「せっかくだし、静月さんたちにもおすそわけしたいな。連絡先、教えて? あげるから。ねっ?」
 見上げた静月の顔が、ほんの僅か、歪んだ。迷惑そうだとか嫌そうだとかではない感じだったので、スザクは首を傾げる。
「……すまないが、」
 小さな溜息と共に、静月は告げた。
「私は甘い物が食べられない」
「……え?」
 思わず間の抜けた声を漏らしたスザクを淡々と見下ろして、静月は続ける。
「――だが、珂月は違う。珂月は甘い物、というか菓子類を好む。その申し出は喜ぶだろう。……連絡先だが、」
 言いながら、静月は懐から紙片を取り出した。そしてそれをスザクに差し出す。
「ここに。珂月と私と共用のものだ。どちらか一方への用の場合は、どちら宛かを明記してくれると助かる」
 とりあえず紙片を受け取って目を落としてみる。そこには電話番号とメールアドレスらしきものが記されていた。どうやら印刷ではなさそうだが、静月はいつもこれらを書いた紙片を持っていたりするのだろうか、とちょっと不思議に思う。
 紙片から視線を外してちらりと見上げた静月は、何かを考えるように目を伏せていた。その口元は僅かに歪んでいる。その表情が示す感情はよく分からない――安堵のような、自嘲のような、様々な感情の混じったもののような気がするが――もっと、明るい表情をして欲しいと思った。
 だからスザクは殊更に明るい声をあげて、甘酒を振舞っている場所へと静月を引っ張って行くことにしたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7919/黒蝙蝠・スザク(くろこうもり・すざく)/女性/16歳/無職】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、黒蝙蝠様。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Extra〜」にご参加くださりありがとうございました。

 一緒に初詣、と言うことでしたが、如何だったでしょうか。
 色々静月たちにも事情というか何と言うかがありまして、きちんとしたお参りに同行はしませんでしたが…。
 時間軸はちょっと悩んで、現在の本編よりちょっと進んだ時間というか、パラレル的な要素を含んで書かせていただきました。なので本編より静月の対応が柔らかめ(のつもり)です。せっかくのイベントなので。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。