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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SS】忍び寄る魔の手 / 神木・九郎

 月が完全に姿を消す新月。
 この日の晩、神木・九郎はオフィスビルの清掃アルバイトに出向いていた。
 誰もいない深夜の時間帯に、掃除一本に専念しながら手を動かしてゆく。その脳裏に浮かぶのは、先日不知火・雪弥が言った言葉だ。
「冥王だか何だか知らねえが、大事に成り過ぎだろ」
 ぼやいて息を吐く。
 そうして集めたゴミをひと括りにして持ちあげた。やはり大きなビルだけあってゴミの量は半端ではない。
 各階数人の人出で対応しているものの、1人で掃除をしているのと変わらないぐらいの苦労がある。
 九郎は手にしたゴミを持ち上げると、他数点のゴミを拾って外に出た。
 ヒンヤリとした空気が頬を撫で、無意識に体が震える。きっと寒さのせいだ。そう思い流そうとしたのだが、不意に首筋に寒さとは別の悪寒が走った。
「?」
 ピリピリと空気を震わす感覚。そして肌に直接感じる気配に表情が険しくなってゆく。
「この感じ――」
 ゴロゴロゴロゴロ……ッ!
「!」
 天から響いた地響きのような音。
 確か今日は天気だったはず。見上げら空には渦巻く雲が見え、空には稲光が走っている。そのちょうど中央から何か不気味な気配が漂っていた。
「――っ、妙なもんが出でもしたら俺の給料がパァになるッ!」
 九郎はギリッと奥歯を噛みしめると、手にしていたゴミを投げ捨ててその場を駆け出したのだった。

   ***

 闇夜に立ち込める雲が渦を巻き、空に紫の稲光が走る。それを地上から見上げるのは緑銀髪の男、不知火・雪弥だ。
 彼の見据える先にある空。そこから鳴神の音と共に姿を現した白い物体に、彼の手にした刀が小さく鳴る。
 そうして徐々に白い物体は色を濃くし、やがては巨大な骸骨の形をとった。
「怨霊・巨大骨――また大層なもんを引っ張り出しやがった」
 舌打ちと共に吐き出す声には苦渋しかない。
 自らの今までの行いを悔いる訳ではないが、如何にも居心地の悪さが胸を包んだ。
 そんな彼の元に声が響く。
「またあんたの関係かよ」
 不知火の声を掻き消すかのように響いた清廉とした声。
 その声に振り返れば、見覚えのある黒髪に黒の瞳を持つ青年――神木・九郎が立っていた。
「随分と早い到着だねぇ」
 クツクツと笑う不知火に九郎の眉が上がる。しかし今は突っ掛かっている時ではない。
 九朗は息を吐くと己の拳を鳴らした。
「相変わらず胸糞悪ぃ奴だな。まあ良い……あれも、例の冥王とかいう奴絡みか?」
 問いかけながら周囲を見回す。
 深夜とは言え人通りの多い街には、未だに人が往来している。このままあの存在を放置すれば、被害が甚大になることは間違いないだろう。
「どちらにせよ、あの化け物を移動させる必要があるな」
 九郎はそう言うとスタスタと歩き始めた。
 その姿を目で追っていた不知火の赤い瞳が上がった。
 稲光だけが走る空。その一角に鳴神以外の光が見えた気がした。その存在を見極めるように不知火の瞳が細められる。
「坊主、移動は無理そうだぜぇ」
 ニッと笑って不知火が脇を駆け抜けて行った。
 それを見た九郎は目を瞬くばかりだ。
 驚いたように彼の姿を眺め、思い出したようにその後を追った。
――グオオオオオオオッ!
 走る九郎の耳に響く声。その声に彼の目が巨大骨を捉える。そしてその目が下方へと動いた。
「――……あれは」
 九郎が目にしたのは、巨大骨の下で化け物に対峙する月代・慎の姿だ。
「慎。やっぱりあいつも来てたのか」
 そう呟く彼の視界に一匹の蝶が舞い降りた。
 ヒラヒラとその身を舞わす姿には覚えがある。
「お前は慎の……」
 九郎の呟きに応えるように蝶は一を大きく飛躍するとその身を消した。
 きっと慎がこの場にいる戦えそうな存在を探しでもしていたのだろう。そして九郎の存在をキャッチした。
「なら協力するしかないな」
 クスリと笑って再度前を見据える。
 糸を操る慎は巨大骨の足を狙って攻撃しているようだ。キラキラと放たれる度に光る糸が、巨大骨の骨を貫き戻ってゆく。しかしそのどれもが致命傷にはならないらしく苦戦しているようだ。
「移動は無理そう、か」
 不知火の去り際の言葉を思い出す。
 九郎は苦笑を口元に滲ませると駆け出した。
「ど、何処に行くの!」
 慎の近くまで来ると、自分らに背を向け駆けてゆく不知火の姿が見えた。
 目指す先は高層ビルだ。
 その屋上に光るものが見えることから、あそこにも何かがあるのだろう。九郎は状況を瞬時に判断すると、慎の傍に立った。
「今はあの化け物を止めることに集中だ」
「えっ」
 驚いたように振り返った慎に頷きを向ける。
 直後、鬼火が迫ってきたがこれ位は何てことはない。難なく拳で振い落すと、やれやれと息を吐いて巨大骨を見た。
「あっちは任せて俺らはこっちだ。何か策はあるか?」
 九郎の声に慎の視線が落ちる。
 そして覚悟を決めたように目が九郎を捉えた。
「僕の力で化け物の足を地面に縫い付けて、あわよくば力を奪い取る」
 慎は月の子の守護を強めながら呟いた。
 その声に九郎の拳が握られる。そんな彼の顔にはニッとした笑みが浮かんでいた。
「上等だ。なら俺は経穴を狙って足止めの補佐に回る。良いな?」
 九郎の声に慎が頷く。
 こうして巨大骨の足を止める作戦が始まった。
 一方、2人の元から離れた不知火は、ビルの屋上に足を運んでいた。
「なら共同戦線でも張らないか?」
 そう言って不知火に提案を持ちかけたのは葛城・深墨だ。彼は愛刀の黒絵を手に、屋上から巨大骨の様子を伺っていた。
 そんな深墨の提案に不知火の眉が上がる。
「俺様は普通の人間だからなぁ。退治はテメェらに任せるぜ。ほら、良い具合に足止めが始まった」
 クイッと不知火が示した先では、九郎と慎が力を合わせて巨大骨の動きを止めようとしていた。
「人体と同じなら、急所は此処だっ!」
 ゴスッと九郎の拳が骨と骨の合間に突き刺さる。
その動きに反応して巨大骨の足が動いた。
 しかし大振りの攻撃の合間を縫って間合いに入り込んだ九郎に、巨大骨の攻撃は届かない。その代わりに周囲の鬼火が、容赦なく九郎へ攻撃を向けていた。
「ッ、次から次へと……」
 苛立ちと共に攻撃を捩じ伏せる。
 いくら倒しても湧き上がってくる鬼火には正直辟易し始めていた。
 そのせいか動きも徐々に大雑把なものになってゆくのだが、それをフォローするように慎の放った糸が崩しそびれた鬼火を消滅させてゆく。
「九郎さん、次はッ!」
 九郎が攻撃を加えた急所に慎の糸が潜り込む。そして器用に絡まされた糸が慎と繋がった。
「次は、此処だ!」
 そう言って新たな場所に九郎の拳が突き刺さる。その直後に先ほどと同じように慎の糸が降り注ぐ。
 こうして幾重にも巻かれた糸が巨大骨の動きを徐々に封じてゆく。しかもそれはただ封じるだけではない。
「こりゃすげぇ」
 感嘆の声を上げたのはビルの上から地上を見下ろす不知火だ。
 その隣で同じように地上を見下ろす深墨の目も驚いたように見開かれてゆく。
 巨大骨を覆うように張り巡らされた糸。それが慎の力を受けて1つの紋様を浮かび上がらせている。
「――魔法陣」
 呟く深墨の言葉通り、地上に浮かび上がったのは糸で出来た魔法陣だ。
 巨大骨の足を繋いで動きを封じるそれは、目を奪うほどに美しく精密に出来ている。
「凄いな。これで足止めは完璧――次は俺の番だね」
 深墨は手にしていた愛刀の黒絵を抜き取ると、黒光りする刀身を眺めた。
「さあ、行くよ!」
 そう言ってフェンスを飛び越える。そしてそのままビルから一気に飛翔した。
 黒絵を抜けば常人離れした能力を手にすることができるとは言え躊躇いがないわけではなかった。それでも飛んでしまえば覚悟はできる。
 深墨は巨大骨の頭上にその身を落とすと、ふと周囲を見回した。
 自らを囲む鬼火に目を細める。
「早速ピンチ?」
 苦笑して刀を構えた。
 そして刀を振るい鬼火を消滅にかかる。
 しかし彼の刃が風を薙ぐ前に鬼火の姿が消えた。
「え?」
 驚く深墨の目に1匹の蝶が飛来する。それを見て理解した。
「慎か」
 地上では慎と九郎が作り上げた魔法陣が光を発している。きっとこの魔法陣の力のおかげで鬼火が能力を発揮できないのだ。
「今の内。急所は――」
 深墨の目が動く。そうして捉えたのは、人の心臓部にある黒々とした何かだ。
 位置からすれば深墨のいる巨大骨の頭上と、地上からの距離の間。飛び降りて攻撃するにしても少し危なそうだ。
 黒々としたものは一定の間隔を保って脈打っている。まるで心臓のような動きだ。
「あそこまで行くには俺では足りないかもしれない」
 深墨は僅かに思案すると黒絵を鞘に戻した。
 そして瞼を伏せて自らに宿る魔術を開放する。
 その直後、彼の分身――シャドーウォーカーが発動された。
 影である彼の分身は身軽に巨大骨の頭から降り、骨を伝って心臓がある場所まで辿り着いた。
 それを地上で見ていた九郎の眉が上がる。
「――あれが弱点か」
 地上から飛翔して突けるかどうかギリギリの距離。しかし九郎の能力を使えばいけないことは無い。
「深墨さんに感謝だな。慎、しっかり押さえとけよ!」
 九郎は顎を引くと拳を握りしめ足に気を集中させた。
 そこに巨大骨の攻撃が降り注ぐ。
――ガッ。
 固い音を響かせて巨大骨の動きが止まった。
 横目に金色に輝く何かが入る。慎の守護を任されている月の子だ。
 魔法陣から吸収する巨大骨の力を自らの力に変換させて能力を上げているのだ。
 九郎はそれを確認すると、一気に地面を蹴った。
 常人離れした脚力で宙を貫く。
 そして――。
――グアアアアアアアッ!
 九郎の拳が心臓を突き破った。
 直後、雄叫びと共に巨大骨が硬直する。
 震えるように天を仰ぐその姿が、砂の城を崩したかのように一気に崩れ落ち、塵1つ残さず怨霊は姿を消した。

   ***

 九郎は帰宅途中にある商店街の一角でその足を止めていた。
 路地に入る一歩手前の道。その角に膝を抱えて蹲る人物がいる。金の髪を2つに結った少女――星影・サリー・華子だ。
 普段は余分なほどに元気な彼女が何故こんな場所で蹲っているのかは分からない。それでも見過ごすことはできなかった。
「おい、馬鹿女。ンなとこで何してんだ」
 ぶっきらぼうに声をかけながら腕を組む。
 寝るにしても場所というものがある。仮にも彼女は女の子だ。例え、それらしく見えなくても……。
「おい、どうし――」
 何も答えない華子の肩に手を掛けた時だ。
 九郎の目が驚きに見開かれた。
「おまっ……」
 驚いて言葉に詰まってしまう。
 九郎の声と肩に置かれた手で顔を上げた華子の顔。それは涙で濡れていて、直視するにはあまりにも酷いものだった。
 顔色も真っ青で、何処となくやつれた印象もある。
「……っ、と……どう、した?」
 こう言ったとき如何声を掛けていいか迷う。
 躊躇いがちに掛けた声と共に顔を覗き込むと、彼女の目から大粒の涙が零れ落ちた。
「佐久弥さんも、パカも……帰って、来ない……」
 ボロボロと溢れ出る涙。
 それを見て九郎は完全に困り果ててしまった。
 顔を合わせれば言い合いしかしていない相手のこうした表情は如何にも苦手だ。それでも聞いてしまった以上は知らんぷりなどできない。
「帰って来ない、って……どっか、散歩にでも」
 そう口にしながら目を外した。
 そんな彼の耳に極々小さな声が届いた。
「――一週間」
「あん?」
「一週間、帰って来ない……また、1人に、なった……」
 そう言いきって、華子は声を上げて泣いた。
 それを聞いた九郎は、ただ彼女が泣きやむまでその姿を見ているしかなかった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】
【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
SSシナリオ・忍び寄る魔の手にご参加いただきありがとうございました。
プロローグとエピローグ、こんな感じに仕上がりました。
ビル清掃のバイト中ということで、少しでも割烹着姿で戦う九郎PCを思い浮かべた私を許してください(爆汗)
NPCは華子を選択ということで、なんとも暗い終りになってます。
まあこれも佳境にかかっている証拠だと思って頂ければ幸いです。
なにはともあれ、読んで少しでも楽しんで頂ければうれしいです。
また機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、本当にありがとうございました。