コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間からのお年玉
●オープニング【0】
「……驚いたな」
 大晦日、事務所でテレビを見ていた草間武彦は思わずそうつぶやいてしまっていた。その手には何やら1枚の紙切れが。
「どうしたんですか?」
 雑巾を手に、台所から出てきた草間零が少し呆然とした様子の草間へと尋ねた。
「零、お前覚えてないか? 俺が1枚だけ、宝くじ持って帰ってきたのを」
「はい、覚えてます。確かお店に来た人へのサービスで1枚ずつ配っていて……え?」
 零の視線が草間の手元へと注がれる。そこにあるのは、今話に出た宝くじではないか。
「……その宝くじがどうかしたんでしょうか?」
「10万円が当たった」
「……はい?」
 さらっと答えた草間の言葉に、目をぱちくりとさせる零。
「組違いだったんだ。いや、驚いた……」
 人間本当に驚くと、妙に冷静になってしまうようである。今の草間がまさにそうであった。
「じゃあ、年明けに交換に行くんですか?」
 と零が尋ねると、草間は少し思案してからこんなことを言ったのである。
「いや……どうだ、零。これをお年玉にするってのは。元日、一番頑張ったと俺が思った奴に渡すことにする」
 おやまあ、何て太っ腹なこと。
「……いいんですか?」
「俺が買ったのならまだしも、貰った物だからなあ……。まあ、零が一番頑張ったと思ったなら、お前に渡すさ」
「頑張った基準はどうするんですか?」
 ああ、それは気になる所だ。
「何でもいいさ。料理でも遊びでも向上心でも……ま、トータルで見て、だな。どうせ年が明けたら、誰かしらやってきて飲んだり食べたりするんだ、ここで」
 という訳で、今度の元日の新年会は一味違うことに。さあ、10万円のお年玉を草間から渡されるのはいったい誰?

●予想外の暴走【1】
 そして当たり前のことだが年は明け、元日はやってきた。
「それにしても、10万円のお年玉ねぇ……」
 テーブルの上を拭きながら、顔だけは机に向かっている草間武彦の方を向けて、エプロン姿のシュライン・エマはふと思い出したようにぼそっとつぶやいた。
「ん、やっぱり欲しいか?」
「やめてよ武彦さん。こないだも言ったでしょ、お年玉な年齢でもないんだから」
 と言って、自分の言葉に苦笑するシュライン。さてさて、自分がお年玉をあげる側になって幾年経ったことやら。
「そりゃあ……10万円は大きいけど」
 などとちらり本音も口にしたが、そこはそれ。この話を聞いた時に、さっさとシュラインは自分を頭数から外してもらっていたのだった。
「でも結局、皆に福が回りそうな気もするのよね」
「奢ったりしてか?」
「それもだけど、ほらこの時期なら福袋とか。色々買ってバラして、各々好きな物選んだりとか……」
「福袋も、たまにろくでもない物入ってる時があるぞ?」
 そう言った時、草間の目が軽く遠くを見るようになったのは、きっとそんな経験が過去にあったからに違いない。
「シュラインさーん。お雑煮の味を見てもらえますかー?」
 その時、台所の方から草間零がシュラインを呼んだ。零は朝早めにやってきたシュラインを手伝っていたのである。
「あ、すぐ行くわね」
 そしてシュラインは手早くテーブルを拭き終えると、台所の方へ急いで戻っていった。
「穏やかな正月だな……」
 草間がそんなシュラインの後姿を目を細めて見ていると、玄関の方へ話し声が近付いてくる様子が感じられた。
「……んだぞ! じゅ……」
「あーはいはいはいはい、もう何度言ったよ……」
 聞こえてきた話し声は2つ、草間もよーく聞き覚えがある声である。
「あいつらもやってきたか」
 さて、餅の数は足りたかな……などと草間が考えているうちに、玄関の扉が勢いよく開かれて中へ少年が2人入ってきた。守崎啓斗と北斗の守崎兄弟である。
(ああ、どうせ北斗の奴がまた『餅はっ? お節は!?』って我先に俺の前に来るんだろう……)
 いつもの光景を思い浮かべ、思わずニヤニヤとなってしまう草間の表情。だがしかし、その予想に反して真っ先にやってきたのは北斗ではなく兄の啓斗の方であった。
「……草間……」
 啓斗は真剣な表情で草間の名をつぶやいてから、ふと手で目元を押さえていた。軽いめまいでも覚えたのであろうか。
「……おい、どうした?」
 少し妙な啓斗の様子に不安を感じ、草間もまた表情が固くなる。新年早々、まさか何か事件でも……?
「……当分身辺には気を付けてな?」
 ふう、と息を吐き出してから啓斗が草間に言った。
「あ? ああ……」
 小さく頷く草間。先程感じた不安が少しずつ大きくなってくるのを草間は感じていた。
(参ったな、めでたい日にまた事件か)
 やれやれと思いつつも、草間はまだ続きがありそうな啓斗の言葉に耳を傾けることにした。
「人生はあざなえる縄の如しといって、よいことが来れば次には悪いことが起こる確率が上がってしまうんだ……」
「まあ……そういうもんだろうな」
 啓斗の言葉にまたしても頷く草間。だがしかし、それは分かるがどんな事件が起きたのかこれではまだ分からない訳で。
「草間」
 啓斗が草間の目をじっと見つめる。よし、いよいよ事件について触れるのだろうと草間が身構えると――。
「金が当たってしまった……しかも10万円の大金だなんて、絶対よくないことが起こるんだ!」
 啓斗はそう言って両手で目の前の机をバンと叩くと、すぐさま頭を抱え込んでしまった。その様子には、いつもの冷静さはまるで感じられない。
「……は……?」
 草間は一瞬唖然とした目を啓斗に向けていたが、すぐはっとして後ろに居る北斗の方へ目を向けた。北斗はといえば頭の後ろで腕を組み、諦めにも似たような視線を北斗の方へと送っていた。
「おい、北斗……これは?」
 小声で草間が呼ぶと、北斗はそそくさとそばへとやってきた。
「や、こうなったら兄貴止まんねーし」
 同じく小声で草間に返す北斗。その言葉と、先程の玄関前の様子とを組み合わせて考えるに、ここへ来るまでの道中に散々北斗は啓斗から話して聞かされたのであろうと思われた。
「でもさすがに、金の亡者っぽいのは見ててもちょーっと恥ずかしい……かなー」
 はあ、と溜息を吐く北斗。それと入れ替わるように、頭を抱えていた啓斗がまた草間に向けて話し出した。
「……よし草間、こうしないか? 俺のところは万年貧乏で10万くらい貰ってしまっても運が全くひっくり返ることはないと思う。……だから! さあ! その10万をくれてもいいし、くれてもいいし、さもなくばくれても……」
 後になるにつれ草間へと顔を近付けてゆき、さらには声も大きくなってゆき、なおかつ早口になってくる啓斗。さすがにそんな兄を見かねたのであろう、北斗が突っ込みを入れた。
「はいはいはい、兄貴ーどーどーどー」
 背後に回って啓斗の両肩を2度ほどぽんぽん叩いてからつかみ、北斗が後ろへと引き戻す。
「……年が明けて間がねーのになんつー物欲の権化……」
 そんな呆れたような北斗のつぶやきを、草間も耳にした。
「なるほど、食欲の権化が物欲の権化を窘めてる訳か……」
「うおいっ!」
 草間のつぶやきを聞き逃さなかった北斗が、即座に突っ込みを入れた。でもまあ、事実ではあるので否定は出来ない訳だが。
「何、さっきから賑やかねえ……」
 台所からシュラインが顔を出した。啓斗の肩をつかんだまま北斗がシュラインに新年の挨拶をした。
「あ、シュラ姐。明けましておめでとー」
「はい、明けましておめでとうございます。じゃ、今からお餅焼くから少し待っててね」
 と言ってまた顔を引っ込めるシュライン。そして、入れ替わりに顔を出したのは零である。
「明けましておめでとうございます。あ、すぐにお節持っていきますから。シュラインさんお手製ですよー」
「ほら兄貴。シュラ姐が作ってくれたお節もあるってよ」
「あ、ああ……」
 北斗が啓斗の肩をまたぽんぽん叩くと、ようやく正気を取り戻したのか啓斗がこくこくと頷いてつぶやいた。
「……でもさ、草間?」
 不意に思い出したように北斗が草間の方へ顔を向けた。
「何だ?」
「案外組違いの数字が1桁づつずれてましただのあるからもう1回確認なー? うっかり恥かくの嫌だよなー?」
「何度も確認したから大丈夫だ。零にも確認してもらったしな」
「へー。んじゃ、だったら安心か」
「……おい、俺だけじゃ安心じゃないのか」
 大きく頷いた北斗に、草間は苦笑しながら軽く突っ込みを入れたのだった。

●頑張ってますよ?【2】
「これは……胡桃か?」
「武彦さん、正解。今年は胡桃を入れてみたのよ」
 少しして、5人はテーブルを囲んで雑煮とお節をつついていた。北斗があっという間に2杯目の雑煮に取りかかっている時、草間は田作りに舌鼓を打っていたのである。それが今の草間とシュラインの会話である。
「こういう小魚とナッツ類ってのは、妙に合うよな……」
 と言って、また重箱の中の田作りに箸を伸ばす草間。どうやら気に入った模様である。
「黒豆も綺麗ですよねえ……」
 黒豆を1粒箸で摘んでいた零が、しげしげと見つめてつぶやいた。確かにしわが入った様子も見られず、つるつるつやつや黒々としていた。
「しわが入らないようにするのは結構根気がいるんだ」
 と、啓斗がつぶやいてから黒豆を口に運んだ。お節の黒豆には魔除けの意味がある。それゆえに、上手に仕上げることが大切なのである。シュラインも力が入ったことだろう。
「うん、くわいも旨い」
 いつの間にやら、草間は田作りの隣に入っていたくわいも摘んでいた。
「美味しい? それならよかったけど……」
 シュラインはほっとした表情を見せる一方、そのまま草間の顔を見ていた。
「……いや、おせじじゃなく美味しいぞ? 本当に」
 そのシュラインの視線に気付いた草間は、そう言葉を付け加えた。恐らく自分がおせじで言ったのではないかとシュラインが疑っているのではないか……と、視線の意味を解釈したのであろう。だがしかし、そうではなかった。
「このくわい、形が綺麗ですよね。折れてませんし……」
 零がそう言ってくわいを自分の小皿へと運ぶ。するとシュラインは零の方を向いてにこっと微笑んだ。
「さすが零ちゃん! そういうことに気付けるなんて、いいお嫁さんになるわよー」
 と言って零の頭を撫でてあげるシュライン。
「あ、あの、照れちゃいます、シュラインさん……」
「誰かさんはまるで気付かなかったのにねー?」
 ちらっと草間を見てくすくす笑うシュライン。すると草間が慌ててこう言った。
「い、いや、俺だって分かってたぞ。ただこれが当たり前だと思ってたからな……」
「知ってる草間? そーゆー当たり前のことをやるのが結構大変なんだぜ」
 2杯目の雑煮を食べ終えた北斗が口を挟む。確かにその通りである。
「あー……すまん!」
 シュラインに向かって頭を下げる草間。その途端、皆から笑い声が上がったのであった。
「お代わり用意してきますね」
 空になった北斗の椀を受け取り、零が腰を上げて台所へと向かった。
「当たり前といえば……」
 啓斗が箸を置いて口を開いた。
「毎日それなりに気合いを入れて家事してるけどな。主に食事作ったり」
「それがお前の頑張ってることか?」
 と草間が尋ねると、啓斗はこくっと頷いた。
「元日におけることって訳じゃないけれども。ああ……でもこの時期、普段と変わりないのに何でこんなに慌ただしいんだろうな」
 天井の方へ視線を向ける啓斗。この時期と言った所からして、年末の買い出しなどのことでも思い返しているのかもしれない。
「……正月値段なんてのもあるしな……」
 啓斗がぼそりとつぶやく。普段より高くなるのが大変なのだ。
「はい、どうぞ」
 啓斗が話し終えた頃に零が戻ってきて、湯気立ち上る椀を北斗へと手渡した。
「サンキュー。ああ……ほのかに香る柚子の匂いが食欲をそそるぜ」
「お前は何でも食欲をそそるんだろ?」
 草間がそう言うと、また皆から笑い声が上がった。
「いやいやいや。食欲をそそるきっかけってのは重要なんだって、草間」
 箸と椀を置いて北斗が草間へ向き直った。
「頑張ってることなら、俺だって近所の食べ放題で新記録打ち立てたとか、大食い大会で賞を取ったとか、そんなんでもよかったら結構たくさんあるんだぜ? でもさ、そういうのでも少しでも記録伸ばそうと思ったら、食欲そそるきっかけがあるかないかで違ってくるんだってば」
「……そういうもんなのか?」
「そういうもんなんだって。あと1個入るかどうかってのは、大会じゃ大きいんだぜ?」
 そしてまた、箸と椀を手にする北斗。いよいよ3杯目の雑煮に取りかかる。
「後はまあ、買い出しのときの荷物持ち頑張りましたとか……でも皆結構よく似たことやってるよなー?」
「ああ、やってるな」
 北斗の言葉にさらりと答える草間。
「だったらさー。皆頑張りましたってことで、皆で旨いもんを回数分けて食いに行くってのじゃダメなんかー? その方が皆、春から縁起がいいじゃん。誰か1人にやっちまって、他が損した気分になることもないしさー」
「……なるほどな」
 その北斗の言葉を聞いてから草間は少し思案していたが、やがて件の宝くじを取り出すと、啓斗と北斗の間に置いた。
「そういう理屈だったら、お前たちにやった方がよさそうだな。守崎家にこれはやることにしよう」
「へ? ……いいのか、草間?」
 きょとんとした表情で北斗が草間へ聞き返す。
「いいも何も、お前が今言ったじゃないか。皆頑張った訳だろう?」
「あ、いや、だってさ、シュラ姐とか……」
「私は最初から外してもらってるから」
「よっぽど頑張ってなきゃ俺も零に渡す所だったが、そういう訳でもないしなあ」
 北斗に向かってシュラインと草間が口々に言った。そうなると、対象として残るのは守崎兄弟しか居ない訳で。
「よし、分かった」
 それまで黙っていた啓斗が口を開いた。
「これは守崎家がありがたく受け取らせてもらう。大丈夫だ、これで運がひっくり返ることもないはずだ……」
 啓斗は草間に向かって恭しく頭を下げると、件の宝くじを大事そうに両手でつかんだのだった。

●よいことがあれば……【3】
 そして夕方の帰り道。後片付けがあるというシュラインを残し、啓斗と北斗が外に出た時、少し風が吹いていた。
「早朝から年賀状配りのバイトも頑張った甲斐があったな……」
 啓斗はしみじみとつぶやくと、懐より件の宝くじを大事そうに取り出した。
「兄貴。ちゃんとそれで旨いもんも食おうな」
 やれやれといった視線を向けながら北斗が言った。大部分は家計に回るのだろうと北斗自身も感じているからこその視線である。
「それは残ったら……うわっ!!」
 2人が十字路に出たその時であった、急に横から突風が吹いてきたのは。そして、その弾みで宝くじが啓斗の手から逃れ――。
「あっ!!」
 風に舞った宝くじは、少し先の地面へと落ちた。啓斗が小走りで取りに行こうとしたのだが、それより先にその宝くじを捕まえた者があった。
「にゃー」
 何と、たまたま通りがかった猫が、その宝くじを口にくわえて走り去ってしまったのである!!
「ま……待てーっ!! そこの泥棒猫ーっ!!!」
 慌ててその猫の後を追いかけてゆく啓斗。北斗はその後姿をしばし見つめていたが、がっくりと肩を竦めて小さく頭を振るのであった……。
 なお啓斗はといえば、真夜中までこの猫を追いかけることになったとかどうとかという話である。どっとはらい。

【草間からのお年玉 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに今年の草間興信所の正月の模様をお届けいたします。まあ平穏な正月ではあった訳ですが……だからといって今年もまた平穏であるとは限らず。その辺りについては、まあ追々と進めてゆくことにいたしましょう……。
・シュライン・エマさん、146度目のご参加ありがとうございます。草間がくわいの綺麗な仕上がりに気付いてたかですが、ちゃんと味わって食べている訳ですからたぶん気付いてたんじゃないかな……とは思います。いちいち言わないだけで。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。