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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SS】忍び寄る魔の手 / 葛城・深墨

 閉館時間が間近な図書館。
 人も殆どいなくなったその場所で、葛城・深墨は読みかけの小説を眺めていた。
 書き連ねられる文字はどんなものでも興味深い。それらは、普段何事にも執着できない彼にとって、とても面白い世界だった。
「そろそろ閉館か」
 呟きながら腕の時計に視線を落とした。
 窓の外を見れば日が落ちて町の街灯が飛び込んでくる。深墨は手にしていた小説を閉じるとそれを手にカウンターに向かった。
 読みかけのものをそのままにするのも気持ち悪い。そんな考えから貸し出しの手続きを行う。そして本を手に図書館を出ようとした時だ。
「ねえ、さっき空が変な風に光らなかった?」
「あっ、もしかして――」
 ふと耳に入った会話に目を瞬く。
 今日は確か天気は良かったはずだ。雷が鳴る心配は勿論、雨が降る心配もなかったはず。
「そうそう空が割れるような感じがしてて、ちょっとしたホラー映画みたいだったよね」
 楽しそうに会話をして館外に出てゆく子たちを眺め深墨の視線が落ちた。
 何か嫌な予感がする。
 そう思うのと同時に、彼は図書館を飛び出し家に愛刀の黒絵を取りに行ったのだった。

   ***

 高層ビルの非常階段を駆け上がりながら、深墨は目に映る空の異変を眺めていた。
「本当に凄い空だな」
 ゴロゴロと鳴り響く雷の音。
 雨は一向に降らず、ただ渦巻く黒い雲とそこに走る紫色の稲光だけが目に鮮やかに映る。
 今はそれだけ。それだけだが、違うものを深墨は感じていた。
「さっきから首の後ろがチリチリする」
 そう言って軽く触れた首筋には薄らと汗が滲んでいる。手にしている愛刀の黒絵。それを走って家に取りに行き、走ってここまで来た。
 そして今も走って延々と続く階段を駆け上っている。流石に体力も限界に近いが、どうしても放っておけなかった。
 そして深墨が屋上に辿り着く頃、空の様子が一変した。
 鳴り響く空の音。
 その音と共に何か白い物体が渦の中央から現れた。薄らと形を覗かせないそれが、徐々に巨大な形を作り上げてゆく。
「なん、だ……あれ……」
 茫然としながら黒絵を握りしめる。
 高層ビルの屋上に辿り着いた深墨は、目の前に現れた巨大な骨の化け物に息を呑んだ。
「本当に、エスカレートしてやがる……」
 呟きながら背筋を悪寒が走った。
 先日不知火が言っていた冥王。自分とは比べ物にならないほど酷いと言っていたが、ここまでとは思っていなかった。
「見に来ておいて良かったけど……こんな調子で出て来られたら」
 ごくりと唾を呑んで黒絵に視線を落とす。
「――厄介だな」
 まるで刀に話しかけるように囁いて息を吐いた。
 そこに空気を震わす叫び声が響く。
――グオオオオオオオッ!
 声に深墨の目が飛んだ。
 地上に足を着けた巨大な骨の化け物が、もがく様にその身を蠢かしている。下を覗きこめば見覚えのある姿が飛び込んできた。
「――慎。それに……」
 何度も共に戦ったことのある、月代・慎と神木・九郎が下で怨霊と対峙している。
 慎は糸を指に絡めて怨霊の足元を狙い攻撃しており、九郎はそれに合わせて同じように足元を攻撃している。
 きっとこのまま足止めするつもりなのだろう。だとするならば、自分がすべきことは足止めを手伝うか、怨霊を滅する方法を探すかだ。
「どちらにしろ、ここから飛んで乗り移るしかないかな」
 呟いてフェンスを見据える。
 これを越えてビルを降りれば、そこには同じ高さの怨霊がいる。普段の深墨ならばまず無理だろうが、黒絵を抜いた後なら不可能ではない。
 彼は意を決するように唇を引き結ぶと、一歩前に出た。
「ンな場所から飛び降りたら死ぬぞ」
「!」
 突如響いた声に深墨の目が向いた。
 喉奥で笑いながら近付くのは間違いない――不知火・雪弥だ。
 彼は深墨と同じように刀を手にしたまま近付き、ぽんっとその肩を叩いた。
「足止めは奴らに任せた方が良い。あのおちびちゃんなら無事にやれる筈だ」
「アンタも退治に来たのか?」
 問いかける声に、不知火の口角が僅かに上がる。そして彼は深墨の脇を過ぎると、フェンスに飛び乗った。
 人間になったと前に言っていたが、常人離れした身体能力は健在らしい。普通なら軽々と出来ない仕草に、何となくだが苦笑が漏れる。
「責任ってもんが一応はあるからなぁ。まあ、そんな所だ」
 不知火はそう言って苦笑を浮かべた。
 その顔を見ながら思うところは多々ある。だが今すべきことの優先順位は見えている。
 どんなに気持ちにわだかまりがあろうとも、状況に応じて切り替えることは深墨にとって造作もないことだった。
「なら、共同戦線でも張らないか?」
 深墨の提案に不知火の眉が上がった。
 まじまじと見る視線が少しだけ痛い。
「俺様は普通の人間だからなぁ。退治はテメェらに任せるぜ。ほら、良い具合に足止めが始まった」
 クイッと不知火が示した先で、九郎と慎が力を合わせて巨大骨の動きを止めようとしている。
「人体と同じなら、急所は此処だっ!」
 ゴスッと九郎の拳が骨と骨の合間に突き刺さる。
その動きに反応して巨大骨の足が動いた。
 しかし大振りの攻撃の合間を縫って間合いに入り込んだ九郎に、巨大骨の攻撃は届かない。その代わりに周囲の鬼火が、容赦なく九郎へ攻撃を向けていた。
「ッ、次から次へと……」
 苛立ちと共に攻撃を捩じ伏せる。
 いくら倒しても湧き上がってくる鬼火には正直辟易し始めていた。
 そのせいか動きも徐々に大雑把なものになってゆくのだが、それをフォローするように慎の放った糸が崩しそびれた鬼火を消滅させてゆく。
「九郎さん、次はッ!」
 九郎が攻撃を加えた急所に慎の糸が潜り込む。そして器用に絡まされた糸が慎と繋がった。
「次は、此処だ!」
 そう言って新たな場所に九郎の拳が突き刺さる。その直後に先ほどと同じように慎の糸が降り注ぐ。
 こうして幾重にも巻かれた糸が巨大骨の動きを徐々に封じてゆく。しかもそれはただ封じるだけではない。
「こりゃすげぇ」
 感嘆の声を上げたのはビルの上から地上を見下ろす不知火だ。
 その隣で同じように地上を見下ろす深墨の目も驚いたように見開かれてゆく。
 巨大骨を覆うように張り巡らされた糸。それが慎の力を受けて1つの紋様を浮かび上がらせている。
「――魔法陣」
 呟く深墨の言葉通り、地上に浮かび上がったのは糸で出来た魔法陣だ。
 巨大骨の足を繋いで動きを封じるそれは、目を奪うほどに美しく精密に出来ている。
「凄いな。これで足止めは完璧――次は俺の番だね」
 深墨は手にしていた愛刀の黒絵を抜き取ると、黒光りする刀身を眺めた。
「さあ、行くよ!」
 そう言ってフェンスを飛び越える。そしてそのままビルから一気に飛翔した。
 黒絵を抜けば常人離れした能力を手にすることができるとは言え躊躇いがないわけではなかった。それでも飛んでしまえば覚悟はできる。
 深墨は巨大骨の頭上にその身を落とすと、ふと周囲を見回した。
 自らを囲む鬼火に目を細める。
「早速ピンチ?」
 苦笑して刀を構えた。
 そして刀を振るい鬼火を消滅にかかる。
 しかし彼の刃が風を薙ぐ前に鬼火の姿が消えた。
「え?」
 驚く深墨の目に1匹の蝶が飛来する。それを見て理解した。
「慎か」
 地上では慎と九郎が作り上げた魔法陣が光を発している。きっとこの魔法陣の力のおかげで鬼火が能力を発揮できないのだ。
「今の内。急所は――」
 深墨の目が動く。そうして捉えたのは、人の心臓部にある黒々とした何かだ。
 位置からすれば深墨のいる巨大骨の頭上と、地上からの距離の間。飛び降りて攻撃するにしても少し危なそうだ。
 黒々としたものは一定の間隔を保って脈打っている。まるで心臓のような動きだ。
「あそこまで行くには俺では足りないかもしれない」
 深墨は僅かに思案すると黒絵を鞘に戻した。
 そして瞼を伏せて自らに宿る魔術を開放する。
 その直後、彼の分身――シャドーウォーカーが発動された。
 影である彼の分身は身軽に巨大骨の頭から降り、骨を伝って心臓がある場所まで辿り着いた。
 それを地上で見ていた九郎の眉が上がる。
「――あれが弱点か」
 地上から飛翔して突けるかどうかギリギリの距離。しかし九郎の能力を使えばいけないことは無い。
「深墨さんに感謝だな。慎、しっかり押さえとけよ!」
 九郎は顎を引くと拳を握りしめ足に気を集中させた。
 そこに巨大骨の攻撃が降り注ぐ。
――ガッ。
 固い音を響かせて巨大骨の動きが止まった。
 横目に金色に輝く何かが入る。慎の守護を任されている月の子だ。
 魔法陣から吸収する巨大骨の力を自らの力に変換させて能力を上げているのだ。
 九郎はそれを確認すると、一気に地面を蹴った。
 常人離れした脚力で宙を貫く。
 そして――。
――グアアアアアアアッ!
 九郎の拳が心臓を突き破った。
 直後、雄叫びと共に巨大骨が硬直する。
 震えるように天を仰ぐその姿が、砂の城を崩したかのように一気に崩れ落ち、塵1つ残さず怨霊は姿を消した。

   ***

 深墨は愛刀の黒絵を手に、家路への道を辿っていた。
 頭の中にはなんとも言えない悶々とした気分が立ち込める。それと言うのも全ては今日姿を現した怨霊が原因だろう。
「――厄介だな」
 そう呟きながら足を止める。
 どんよりとした気持ちを表すようにため息を零し、深墨は空を見上げた。
 先ほどまで渦巻いていた雲は無く、今は静かな星だけが浮かぶ空がある。
 深墨はそれを暫く眺めてから歩き出そうとしたのだが、そうする前に彼の足が地面を蹴った。
「ッ!」
 後方に飛び退きながら黒絵を掴み、抜刀の構えをとる。前方を見据える瞳に鋭さが生まれ、直後目の前に閃光が走った。
――ヒュッ。
 空気を裂く鋭利な刃物の音。
 その音を聞きながら黒絵を抜いた彼の目の前に、牛の頭の被り物をした人物が姿を現した。
 大きな鎌を手に切っ先を向ける姿に息を呑む。
「行き成り何するんだ!」
「邪魔者には死の制裁を――これは、冥王様の望みです」
 深墨の声に応えると、その人物は刃を構えたまま被り物を外した。
 濁った瞳が深墨を見据え、無表情な顔が街灯に照らされる。見た感じ危険そうな匂いがする青年に、ゾクリと背が震えた。
「ヤバイよ、コイツ」
 本能的に呟く。しかし相手にその呟きの効果などあるはずもなく、青年は鎌を構えなおすと斬り込んでこようとした。
 しかし、足を踏み出す直前に彼の動きが止まる。
「タイム、オーバー……」
 ぽつりと呟いて鎌が下げられた。
「――……次はナイヨ」
 クツリ。
 そんな笑い声を残し青年の姿が消えた。
「な、なんだ……今の……」
 思い出される濁った気味の悪い瞳。
 生気のある人間のものではない目が、頭の中で巡っている。
 深墨は僅かに眉を潜めると、黒光りする黒絵をキツク握りしめたのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】
【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
【 空田・幾夫 / 男 / 19歳 / SS正規従業員 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
SSシナリオ・忍び寄る魔の手にご参加いただきありがとうございました。
プロローグとエピローグ。楽しんでいただけましたでしょうか?
NPC選択は幾夫ということで、たぶんNPCの中で一番意外性のある展開になっていると思います。
なにはともあれ、読んで少しでも楽しんで頂ければうれしい限りです。
また機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、本当にありがとうございました。