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<東京怪談・PCゲームノベル>


〔琥珀ノ天遣〕 vol.7



 頭が混乱してくる……。
 起きたばかりだが、浅い眠りのせいか少し頭痛がしていた。
(ミク……サマー……それにナツミ……)
 彼女は多重人格なのだろうか? それにしてはミクはサマーやナツミのことを語らなかった。
 だが、サマーやナツミはミクのことを知っている。
(……どうなってるのよ、本当に……)
 思い出すのは一ヶ月前のことだ。
 明姫リサは寝起きの髪をくしゃりと手でさらに乱させた。
 ぼんやりと視線を移動させる。小さなテーブルの上には卓上カレンダーがあり、そこにはリサの簡易スケジュールも少しずつ書いてある。
 ああ、もう12月末。あと少しでお正月だ。
(……次の年がくるのね……)
 なんだろう……この気持ちは。
 リサは乾いた喉を軽く鳴らす。
(時間がないような錯覚が……)
 追い詰められているような焦燥感がじわじわと湧き上がってきた。それが気持ち悪い。
(ナツミ……サマー……ミク……)
 彼女たちには「死」が迫っている。
 それが本当なのか……それとも違うのか……。



 除夜の鐘の音が鳴り響く。
 新しい年の幕開けだ。

 気分転換も兼ねて初詣に来ていたリサは、参拝客の列に混じり、自分の順番が来るのを大人しく待っている。
 参拝客はかなり多く、晴れ着の女の子も見かけた。
(……着物かぁ。私も着てくれば良かったかしら)
 そうは思うものの、着付けは慣れればなんてことはないが、慣れない者にはかなり敬遠しがちのものだ。
 特に胸の大きなリサにとっては締め付けられて窮屈な気分になる。そこまで思って軽く嘆息していたら、視線を感じた。
(ん?)
 その視線の元を探ると、すぐ近くだ。目の前に並んでいる子供がこちらをまじまじと、興味の色を浮かべて見上げていた。
「……………………」
 ああ、まただ。
 しかも指差してきた。……指差しは失礼なのだと親は教育していないのだろうか。
 隣の、握っている親の手まで引っ張っている。こちらを振り向いた女性は最初はわけがわからなかったようだが、リサの胸元を見てすぐさま視線を逸らし、子供を小声で叱りつけた。
(……なんかその、叱るのはいいんだけど……)
 いや、なにか一言あっても気まずい思いをするだけかもしれない。
 リサは気づかないふりをする。こちらは「大人」なのだから。そう思って、そう対応するしかない。
(人込みって、だから嫌なのよね……)
 子供に指差されるくらいならまだいい。これが大人の男性ともなると、意味も違ってきて腹が立ってくる。
(いやいや、ダメよリサ。短気は損気だもの)
 そうだ。諦めて、自分の武器だと思い直したではないか。
(でも……人間の心ってやっぱりそう簡単に割り切れないのよねぇ……)
 わかっている。納得している。
 だけど、怒りがわく。腹が立つ。
(……小さい人間みたいで嫌になるわね……)
 ふぅ……。
 視線を落として地面を見ようとしても、胸が邪魔で見えない。
「……………………」
(物思いにふけることもできないなんて……)
 悔しいやら情けないやらの気分がもやもやと広がり、リサはまたも溜息をついて順番が早くまわってくるのをひたすら待つことにした。

 参拝の順番がきて、リサは鈴を鳴らし、お賽銭を賽銭箱に向けて入れる。5円にしてみたのは、ミクたちとの縁が切れないようにという意味もあった。
 二拝二拍手一礼。それをし、リサは終わった後に顔をあげる。
(ミクたちが、良い結果を迎えられるように……!)
 今年の願いはそれだけだ。
 後ろにまだ列があるため、リサはそそくさとその場から離れる。
「……はぁ、やっと終わった」
 思わず独り言を呟いてしまった後、ふいに視界の隅に何かが見えた。
(未来!)
 今は「誰」かわからないけれど、境内の隅に見えたあの後ろ姿は間違いないだろう。
 背中だけでも、こんなにはっきりわかるなんて!
 リサは彼女に逃げられないように慌てて走り出す。
「ミク!」
 名前を呼んで、彼女の顔を正面から見える位置に体を乗り出すと、未来はリサを驚いたように見た。
(今はミク? それともサマー?)
 どちらでもいい。会えて……会えて良かった!
「……リサ」
 沈んだ声に、その様子に、「誰」なのかわかった。
「ミク……」
「……うん」
 鳥居に背をもたれさせている彼女は、間違いなくミクだ。
 あまりの懐かしさにリサは感動してしまい、涙が浮かびかけた。自分でもぎょっとしてしまう。
(え? な、なんなの私?)
 よくわからない感情に振り回されるのは困る。気持ちを切り替えるために背筋を正し、「あのね」と切り出した。
「この前……ナツミに会ったわ」
「ナツミ……? あいつ、よく会ったね。基本、誰にも会わないんだけどなー……」
 声に元気もないし、表情もかなり沈んでいる。どうしたんだろうとリサは不安になってきた。
「ミク……?」
「リサはえっとぉ、お参りってやつに来たの? すごいよねー、人間が一度にこんなに集まるなんて」
「…………初詣だから」
「ふぅん」
「それより……あの、ナツミに聞いたんだけど」
 切り出した話題に、自然……胸が締め付けられる思いがした。
「あなたに……星を諦めるようにって……」
「………………」
「ねえ、死ぬって本当なの?」
「ホントだよ」
 あっさりと言うミクは、嫌悪の表情をはっきりと浮かべている。それがリサに肩身の狭い思いをさせた。
 言うんじゃなかった……。
「でも星があっても無駄だって……。それはどうなの?」
「知らない」
 拒絶するような短い言葉のあと、ミクはぼんやりとした瞳になって微かに俯く。
「それで……リサはミクを止めにきたのかな。諦めろって」
「違う!」
 思わず叫ぶと、参拝に来ていた者たちの視線を集めてしまった。リサは慌てて小声にする。
「私はそれじゃ嫌なの。ミクにも、サマーにもナツミにも消えて欲しくないの」
「………………」
 怪訝そうな顔でこちらを見てくるミクは「うーん」と、力なく洩らした。
「そうなんだ……」
「ええ。だから一緒に考えましょう」
「考える? なにを?」
「あなたたちに、何が足りないのか。一緒に考えれば、きっとなにか手がかりが見つかるわ」
 懇願するような声音になってしまう。ううん、きっとこれは本当に懇願なのだ。
 消えて欲しくない。彼女「たち」に。
 ミクは呆れたような表情でリサを見つめ、それから視線を逸らした。どこか照れたように頬を赤く染める。
「……ばかだなぁ、リサは」
「そうかしら。大切な人に消えて欲しくないって思うのは、当然のことだと思うの」
 笑みを浮かべて言うと、ミクは眉根を寄せる。
「あーあ……ミク、サマーだったら良かったたのに」
「? どういう意味」
「どっちつかずだけど、サマーはどっちかっていうと、男のほうに近いからね。リサは女の人だから、そっちのほうが嬉しくない?」
「……なんの話してるの?」
「ん? リサが女の人だって話」
 がっくりと肩を落とした瞬間、懐かしさに思わず口元がほころぶ。
 そうだ……ミクはこういう子だった。話が噛み合わなくて、いつでも自分のペースで行動していて。
「そうじゃなくて、星の話よ。一緒に考えましょうって言ってるの」
「………………」
「ミク?」
「…………リサって、お人好しだよね」
 面倒そうにぼやくミクは、複雑そうに笑みを浮かべる。
 ミク、じゃないのかしら本当は。
「お人好しっていうより……あなたのためよ、単に。力になりたいって思ったの」
「やっぱりお人好しだ」
 柔らかく微笑むミクに、リサもつられてしまう。なんだか照れ臭い。この年齢でこんなやり取りをすることになるとは。
 高校生くらいなら……まぁ、許される範囲だろうかと胸中で考えてしまう。でも、こういうのも……いい。
「ミクは……ミライであり、サマーであり、ナツミであり、ミクルでもある」
「? いきなりどうしたの?」
「ナツミは見つからないって言ってた。なら、諦める」
 あまりにさらりと言われて、なんのことか咄嗟には判断できなかった。
「え? 諦める?」
「…………」
「なに言ってるのよ! ダメよ、そんなの!」
 肩を掴むとあまりに細くてリサは驚いてしまう。骨ばった、か細い身体だ。
 ミクは儚い笑みを浮かべていた。
「無理だよ。だってこれだけ探しても見つからないもんね。やっぱりダメかー」
「なに言ってるのよ! 一緒に考えればきっと……!」
「いいんだー。なんかね、もういいやーって思い始めてた。あ、ミクは、だよ? サマーは諦めてないみたいだけどね」
「死んじゃうんでしょう!?」
 握った肩に、自分の手に力を込める。消えないで。いつもみたいに、消えないで!
 小さく笑うミクはリサを見つめた。あまりに真っ直ぐで、こちらがやましいことをしているように感じてしまう。
「いいんだよ。元から、死んでるのと同じだし」
「え?」
「だって、リサがこんなに一生懸命ミクのこと考えてくれてるのに、ミクはなんにも感じないんだ」
「…………」
「感じてるんだろうけど、よくわかんないんだー。ごめんね」
 まったく悪びれもせずに謝ってくる。では、さっきの態度はなんだ? どういうこと?
 困惑するリサに、ミクは微笑む。
「ボクはさ、サマーと違って消えるのは怖くないんだよ。ただね……悔しいだけなんだ」
「悔しい?」
「そう。ミクを創ったひとに言われたんだ。星を見つけるのは無理だって。完全な人間にはなれないって」
 あの激しい憎悪をぶつけられた刹那がリサの中によみがえる。
「ひどいと思わない? どう見ても人間なのにさ。でも確かに、人間じゃないんだろうけど」
「??? でも、ミクはどう見ても人間よ?」
「最初から壊れた人間はいないんじゃないかな、リサ」
 こわれてる?
 不可思議に思うリサの手を、ミクが優しくどけた。
「星が欲しかった。そうすれば……きっと……。でも…………」
 また憎々しそうな表情になったミクは、少しして力を抜いて明るく笑う。
「今のままで、いい。いいんだよ、リサ」
「ミク?」
「リサが好きなミク、サマー、ミライ、ナツミ……みんなで在りたい」
「ミク……」
「だからもう、ミクのこと考えなくていいんだよ? ああそうだ。言っておかないとね」
 待って、と言う前にその言葉は放たれた。
「さよなら、リサ」
 言葉と同時にミクの姿が忽然と消え去る。いつもと同じだが…………それは『いつも』とは違っていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】

NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、明姫様。ライターのともやいずみです。
 ミクからお別れの言葉が……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。