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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route5・滅するべきは我が師なり/ 宵守・桜華

 不思議現象。
 物事とは常に突然訪れるものである。
 今日も今日とてふらふらとしていた宵守・桜華は、何度も足を運んだことのある神社の前を通りかかっていた。
「さてさて、面白い仕事が転がってないもんかね」
 ポケットに両手を突っ込んで辺りを見回す。
 眼鏡の向こうにある銀の瞳が容赦なく周囲を探るのだが、仕事が簡単に転がっているはずがない。
 そもそも本気で仕事を探すのなら、情報誌を調べたり職安へ行ったりした方が確実だろう。桜華もそんなことは理解している。
 だがそれをしないのは、他に探りたいものがあるからだ。
 桜華はポケットの中で何かを握りしめると、「ふむ」と眉を潜めた。
「念のため、念のため……」
 呟きながら仕事以外の情報を探る。
 彼が今探っているのは、ここ最近遭遇する悪鬼と呼ばれる化け物の気配。これが仕事探し以外で日常化しつつある行動だ。
 桜華はポケットの中で握りしめたものを離すと、わしゃわしゃと髪を掻いた。
 周囲を探る目が鋭くなり、感覚が敏感に研ぎ澄まされる。そして唐突に彼の顔が上がった。
 その目が捉えたのは、今まさに通り過ぎたばかりの神社だ。
 木々の揺れる音と、首筋を刺激するピリピリとした感覚にニッと口角が上がる。
「――ビンゴ」
 何かとり憑いているのではと思えるほどの遭遇率だ。だがそれもまた良し。
 桜華は迷うことなく神社に足を踏み入れると、人払いの術を施して社に向かった。

   ***

 崩れ落ち、薙ぎ倒された木。
 境内に敷き詰められた、生気の残る葉の上で、黒髪の少女――蜂須賀・奈々美が銃を振るい何かに応戦している。
 空中で響く衝撃音と、目の前で飛散する光の数々。明らかに今までとは違う闘いの風景に、桜華は目を瞬いた。
――パンッ、パン!
 木霊する銃声は普段と変わらない。
 だが直後に同じように同じような銃声が響く。
「蜂須賀の他に銃を使う奴が――」
 呟く桜華の目に、銃を構えて弾を繰り出す人物が目に入る。それは中性的な顔立ちをした、人間によく似た化物だ。
 雰囲気も、顔も、全体的な作りも人間と同じ。しかし桜華にはわかる。
「――ありゃぁ、悪鬼だな」
 クイッと眼鏡を押し上げて呟く。
 自らに眠る知識を探りながら、該当する情報を引き出す。そうして出てきた情報に、桜華は自らの顎を擦った。
「――妖鬼。対峙者の技を盗み応戦する猿真似悪鬼、か」
 猿真似と言っても精度は良い。
 舐めてかかれば痛い目を見るのは確実だ。
 現に菜々美は妖鬼相手に苦戦している。先ほどから避けきれない弾が、彼女の肌や服に細かな傷を作っていた。
「っかしいな。猿真似野郎相手なら、こんなに苦戦するはずはないんだが……」
 桜華の中の知識が、菜々美と妖鬼の戦闘能力を比べ力の差をはじき出す。
 どう考えても菜々美の方がレベル的には上だ。
「……何かおかしいか?」
 桜華の銀の瞳が注意深く菜々美の姿を追った。
 良く見れば、攻撃を繰り出す間も、攻撃を避ける間も、何かを気にして集中できていないようだ。
 こんな事が以前にもあったはず。
「対、獣鬼戦か――」
 悪鬼と菜々美、その両方に会い始めた頃。獣鬼とか言う化け物と戦ったときに酷似している。
 飛散する注意力。その後ろには何かがあったはず。
 桜華は目を巡らせると、直ぐに『何か』を捉えた。
 木の上に悠然と佇む人。真っ赤な着物にヒョロリとした体躯。
 この近辺では見ない人間だ。
 その人物の視線は妖鬼ではなく菜々美に注がれ、気付け菜々美の視線もその人物へと向かっていた。
「誰だ、ありゃぁ」
――バンッ!
 呟いた桜華の耳に、一際大きな音が響いた。
 目を向ければ、菜々美を包む砂塵が見える。周囲をバチバチと火花らしきものが包んでいることから、もしかすると妖鬼の放った弾が直撃したのかもしれない。
「チッ。今は蜂須賀が先だな」
 桜華は気持ちを切り替えると、迷うことなく菜々美の元へ駆けた。
 そこに妖鬼の新たな攻撃が加わる。
「猿真似、猿真似っと!」
 桜華は菜々美と妖鬼の間に立つと、迷うことなく手を翳した。
 弾丸は容赦なく桜華の手に刺さる。
「――クッ」
 ビリビリとした痺れるような感覚に、思わず苦笑が滲む。
 懐かしいと言っては難だが、そうとしか表現できない。桜華は気を受け止めた手に集中させると、長く息を吐いた。
「お前はっ」
 意識を術の『破戒』に向けている桜華の耳に、背後から息を呑む音共に声が聞こえてくる。
 しかし今は、そっちよりも目の前で自らを蝕もうとしている術の解除が先だ。
「――九字法『者』、不動明王の印」
 実験に付き合えと菜々美が放った初めての術。
「やっぱ、猿真似だな」
 クッと桜華の口角が上がった。
 触れて分かったが、術の制度は菜々美以下。
 これならいくら喰らっても問題ない。
 桜華は自らの気を、迫る術の間に忍び込ませると、そこから一気に破壊した。
――……ッ。
 無音の衝撃が響き、桜華の全身に傷が浮かぶ。
 以前は地面に押し付け攻撃をやり過ごしたが、今はそこまでする必要はないと判断した。
 結果、気が分散し空気によって傷が出来たのだが、それは簡単に治癒してしまう。それでも手には痺れと怠惰感が残っている。
「嫌な部分は酷似か……でもでも、問題ない」
 問題無用。
 そう口中で呟いた桜華は、息を吐いて妖鬼を見た。
「もう良い、下がれ!」
 桜華の耳に聞き慣れた声が響く。
 若干怒気を含んでいるだろうか。それとも焦りだろうか。口早に放たれた言葉に、桜華は眼鏡の縁を人差し指で押し上げると口角を上げた。
 ちらりと後ろを振り返れば、桜華と同じように傷を負った蜂須賀・菜々美の姿がある。
 銃を握る腕を抑えながらこちらを見る目は、眼鏡に遮られて良く見えない。それでも上がった眉から怒っていることが想像できた。
「これくらいは問題ないっしょ」
 にんまり笑って視線を戻す。
「だいたい、あの野郎は何なんだ。蜂須賀の知り合いか?」
 木の上に佇む人物について今一度考えてみる。だが答えは出ない。
 そもそも菜々美が他人を気にすること自体が珍しい。昔の男なのか何なのか知らないが、いまいち宜しい気分じゃない。
「まあ良い。今はこの猿真似野郎を倒すのが先決ってな」
 桜華は痺れる手のひと舐めして身構えた。
 その後ろでは苛立つ菜々美の気配がする。
「俺が時間を稼ぐ。その間に倒せば問題ない」
「――何故、そこまでする」
 珍しい。
 その一言が桜華の脳裏に浮かんだ。
 戦いの最中に疑問を投げかける声に、ふと思う。さきほどの下がれという言葉も、菜々美にしては珍し気がする。
「……さあなあ。もしかすると、しゃかりきに目的に向かう姿が、昔の誰かに重なった所為かねぇ」
 そう言って桜華は妖鬼の放った弾丸を再び正面から受け止めた。
 しかし今回はただ直撃させただけではない。
 以前、菜々美の実験に付き合った時のことを思い出し、手の中に解呪の法を組み込んで術に触れる。するとあっけなくそれは弾けた。
「おい!」
 再び菜々美の声がした。
 まだ攻撃の準備をしていないようだ。
 戸惑う気配だけが背に突き刺さってくる。
「猿真似しかできない三下に本物が負ける道理はない――そうだろ?」
 そう言って後ろを振り返った。
 ニッと口角を上げて見せれば、菜々美の驚いた顔が目に入る。
「示すぜ、その証拠を」
 そう言うと桜華は再び前を見据えた。
 何度攻撃を受けようが、ここを退く気は無い。
 菜々美はそんな桜華の背を見つめた後、木の上の人物を見た。
 動く気配を見せない人物は、この結末を見守るつもりなのだろう。そのことを確認すると、菜々美は銃の中身を全て取り出し、新たな弾丸を装填した。
「良いだろう。その証拠とやらを見せてやる」
 菜々美は銃口を桜華の後ろから妖鬼へと向けた。
 妖鬼は新たな弾を放とうと、菜々美と同じように構えている。
 そして、両方の銃口が火を噴いた。
――バンッ!
 互いの術が触れて弾け飛ぶ。
 しかしそれだけではなかった。
 空かさず次を撃ち込んだ菜々美の弾が白い光に包まれ妖鬼に向かう。その光が獅子の形をとった。
「白獅子――不動明王か?」
 獅子に関連付けられる印は『者』の内獅子印。
 しかし以前の菜々美は不動明王の印に外縛印を絡め使用していたはず。
「解呪の法と、不動明王の法、その両方を掛け合わせ、不動明王本来の力を引き出した新作だ」
 何処か楽しげな声が響く。
 そうしている間にも、菜々美の放った獅子が妖鬼に食らいついた。
 凄まじい勢いで牙を剥いた獅子が、妖鬼に噛みつく――途端に、螺旋状の黄金文字が妖鬼を包みこんだ。
「螺旋文字――解呪の法……」
 1つの弾にここまでの術を組み込むとは。
 驚く桜華を他所に、解呪の法に包まれた妖鬼は、あっけないほど簡単にその身を消滅させた。
 後に残ったのは一枚の紙切れだけ。
 それを以前と同じように菜々美が回収すると、桜華は木の上に視線を向けた。
「あん?」
 彼の眉が上がる。
 先ほどまで木の上にいた人物の姿がない。何処かに行ったのか。そう思い、視線を巡らせた彼の直ぐ傍に、赤いものが飛び込んできた。
「っ!」
 咄嗟に飛び退き間合いを測るが、捉えたその人物の目は桜華には無かった。
 向けられる視線の先にいるのは、鬼の形相で現れた人物を見据える菜々美だ。
「――まるで悪鬼のようですね」
 笑うように響いた声。
 病弱な雰囲気を醸し出す男は、そう言って瞳を眇めた。
 探るように向けられる視線に菜々美が奥歯を噛みしめる。そして小刻みに震える手が、銃の安全装置を解除した。
「成る程……今日は持っていないようですね。では、用はありません」
 不意に向けられた背に、菜々美の銃が火を噴いた。
――パンッ。
 間髪入れずに放たれた弾は、間違いなく男に触れた。
 しかし男は何の弊害でも無いかのように着物の袖を振るうと、菜々美の術をいとも簡単に解除したのだ。
「また会いましょう」
 そう囁き、男はクスリと嫌な笑いだけを残して姿を消した。
「何だ、ありゃぁ……人間か?」
 気配は人。しかし明らかに人間離れしている。
 あまりの出来ごとに細かく気配を探ることもできなかった。
 桜華の呟きを他所に、菜々美が銃弾を放つ。
 ビリビリと電流を放つ地面。撃ち付けられたその場所には僅かな穴があいている。
 菜々美が感情を露呈するのは珍しい。
 この姿を目にすると、やはり思ってしまう。
「――あの男……お前のなんだ?」
 昔の男か?
 そう聞こうとしたが、冗談が許される場面ではなさそうだ。
 そんな桜華の考えを知ってか知らずか、菜々美は怒りに満ちた目を桜華に向けると言い放った。
「あれは、あたしが滅すべき相手――窮奇(きゅうき)だ」
 奥歯の音が響きそうなくらい強く噛みしめた歯。そして、低く呟いた声に、桜華は小さく息を呑んだのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオ5へご参加頂き有難うございました。
お待たせしました。
漸く菜々美ルートにも明確な敵が出現しました。
今後の展開を想像しつつ、楽しんで読んで頂けたなら幸いです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。