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<東京怪談・PCゲームノベル>


第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗

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 午後11時。
 いや、時計盤はありえない数字を示していた。
 本来は12のあるはずの盤面には、13の字が浮上していた。盤面の数字は少しずつずれている。

「怪盗だ! 撃て!!」

 自警団のアーチェリー部隊が弓矢を放つが、跳んでいる影には当たらない。
 下からだと分からないかもしれないが、ここからならよく分かる。
 怪盗は持っている扇子で矢を掃っているのだ。
 その跳躍は、重力を感じない。魔法でも見ているようだ。

「すごいわね、怪盗さん」

 時計塔から死角の塔の影で、それを見ている者がいた。
 仮面で顔を半分覆っているが、その口元には笑顔が浮かんでいた。
 知る人ぞ知る、正義のヒロイン、イシュタル。
 自分と同じく仮面を被り盗みを繰り返す少女に興味を持った者である。

「それじゃあ、私も行くわよ」

 イシュタルがちらりと下を見たら、自警団は怪盗を追いかけるのに難儀して遠回りをしている。屋根の上を跳んで逃げる怪盗を発見するには時間がかかるだろうし、死角にいる私に矢を間違って撃つ事もないだろう。
 イシュタルは怪盗の後を追って跳んだ。
 怪盗の跳躍が通り名の通り黒鳥ならば、イシュタルの跳躍はさながらツバメ。凛々しい姿で怪盗を追っていった。

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 午後1時5分。
 イシュタルも本来の名は明姫クリスと言う名の一般女生徒である。もっとも昔から声優をしているために、学園の中でも名が通っている存在だが、それはさておいて。
 昼休みにお弁当を食べる場所を探して中庭をうろうろしているが、気のせいか学園内が騒がしい。
 何だろう。まるで文化祭の前みたいな空気だ。
 最近はアニメの収録で学園を休みがちだったので、学園の情報にはやや疎かった。

「久しぶりに学校に出てきたら、何でしょう……」
「号外号外号外〜!! 怪盗オディールの予告状が見つかったよ!!」
「? 怪盗? 下さいな」
「はいはいー」

 新聞部が配っている号外を1部もらって、クリスは目が点になった。そして次の瞬間、ふるふると震えが止まらなくなった。

「まあ、何と言う事でしょう……学園に怪盗が出てずっと盗みを働いていたなんて……!」

 号外に載っていたのは、怪盗オディールと言う通り名の怪盗の予告状であった。
 予告状の内容は至ってシンプル。

「本日13時の鐘が鳴ったらやってきます」

 今日何を盗むかまではこの予告状には書いていないが、記事の書き方から察して、随分前から犯行を繰り返しているようだった。
 特に記事に大きく取り上げられていたのは、学園のシンボルだったオデット像の事だった。卒業生が在学中に作ったオデット像前は学園内でも有名なカップルの憩いの場だった事は、クリスの耳にも入っている。確か入学説明のパンフレットでも紹介されていたような気がする。

「そんな大事な物を盗むなんて、許せない……」

 クリスは沸々と正義の心が湧きあがるのを感じていた。先程から止まらない震えは、理不尽に対する怒りのせいである。
 しかしクリスは、怒りと同時に怪盗に対しての共感も覚えていた。
 学園新聞に載っていたのは予告状に、先日の大きな犯行。それと一緒に載っていたのは怪盗の写真だった。
 犯行現場から逃走する所を撮ったのか、塔から飛び降りる姿が写っていた。顔までは分からないが、服が黒いクラシックチュチュと、いかにも変装臭い格好をしていた。
 クリスも、自分が普段変装して正義のヒロイン活動をしているので、この怪盗が変装してまで犯行を重ねる理由が気になったのだ。
 クリスは新聞を隅から隅まで読み込んだ。
 今の生徒会長はよくも悪くも石頭だから、自警団を使ってまで怪盗を追いかけるだろう。もし自警団に鉢合わせて、変身する現場を見られたら厄介だから、巡回経路を計算しないと。
 クリスは既に心を決めていた。
 怪盗を追おう。
 そのためには会う手段を考えないと。

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 午後13時20分(本来の時間は午後11時20分のはず。時計の針の進み方まで細工していなければ)。
 雲に覆われて星も見えない空の下、風の音とほんのわずかに聴こえる足音だけが聴こえていた。
 イシュタルは付かず離れずの距離で怪盗を追っていた。悟られまいと、足音をできるだけ殺し、時には校舎の影に隠れながら
 しかし、突然、怪盗の跳躍が止まった。
 気付かれた……?
 イシュタルは咄嗟に校舎の1つの影に身を滑らせた。

「誰?」

 怪盗は言った。
 聴こえた声は、高い少女の声だった。
 ここで、出た方がいいわよね、多分。
 イシュタルは意を決すると、ストンッ、と怪盗と同じ屋根の上に躍り出た。

「星の見えぬ夜なれど、爛々と輝く星の光。金星の使者、イシュタル!」

 朗々と名乗り口上を上げる。
 ここで、初めてイシュタルは怪盗の姿を正面から見た。
 顔の上半分は仮面で覆われており、残り下半分から見える顔は舞台化粧が施されている。あれはバレエや舞台などに立つ時、際立つようにするための濃い化粧だ。
 着ている衣装は灯がなくて色味までははっきりとは分からないが、『白鳥の湖』に出てくる黒鳥オディールの衣装によく似ている。トゥシューズやタイツまで黒っぽい色なのは見た事ないが。
 口元は、綻んでいた。
 怪盗はイシュタルをじっと見た後、丁寧に手を広げ、頭を落とした。脚はクロスにして踵と踵をぴったりとくっつけている。
 ああ、これはバレエでのお辞儀だ。何度か学園内のバレエ科の公演で見たものを思い浮かべた。

「怪盗、よ」
「名前はオディールでよかったかしら?」
「皆そう呼んでいるみたいね。私はそう名乗った事はないのだけど」
「なるほど、さしずめあなたの衣装で、かしら?」
「かもしれないわね」

 2人は距離を一定を保っていた。恐らく、今近付いても離れても、彼女はすぐにこの場から離れてしまうだろう。
 イシュタルは間に流れる緊張した、しかしどこか落ち着く空気を肌で感じていた。
 何故落ち着くかと言うと、彼女には自分と同じ、暴かれたくないものがあると、そう直感で思ったからだった。
 ふと、イシュタルはおかしいと気が付いた。
 そう言えば何が盗まれたかまでは知らないけど、バレエ衣装でだったら目立ちそうなものなのに、何も持っていないように見える。

「あなた、あんなに騒ぎを起こしておいて、一体時計塔で何を盗んだの?」
「ああ……」

 怪盗は頷くと、胸元から1枚の写真を取り出した。
 古ぼけて、セピア色の写真は所々黄ばんでいた。とてもじゃないが、前に盗まれたと騒がれたオデット像と同等の物とは思えなかった。

「あなたが、正義のために行動するのは何故?」
「誰かの笑顔を守るため」
「私もそれは同じ……」

 怪盗は写真を優しげに撫でた。
 撫でた途端、写真がだんだん透けていくのが分かる。

「!? 怪盗、あなた一体何をしたの!?」
「帰りたがっていたから、この子が。騒ぎまで起こして、ね」
「騒ぎ……騒ぎはあなたが起こしていたんじゃなかったの!?」
「………」

 怪盗の持っていた写真は、完全に透き通り、最後には何も残らず、跡形もなく消えてしまった。
 怪盗はそれを切なそうに見ていた。先程まで綻ばしていた口元を少しすぼめながら。

「私はしゃべり過ぎたかもしれないわ……ご機嫌よう、金星のイシュタルさん。またお会いしましょう?」

 怪盗はくるり、と回って礼をした。完璧な礼だった。
 イシュタルが思わず見惚れている間に、怪盗はまた高く跳んで、消えた。
 って、消えた?
 イシュタルは辺りを見回した。
 ここは校舎の屋根の上で、下は渡り廊下で、落ちたら見えるはず。どうやって消えた?

「怪盗はいたか!?」
「いない!!」

 まるで舞台の一幕でも見ていたような余韻はたちまち消え、現実に戻された。
 ああ、まずい。
 自警団が来た。見つかったら厄介だわ。
 イシュタルは仕方なく校舎の影に滑り込むと、そのままこの場を後にした。

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 盗まれた写真が、初代写真部の集合写真だと知ったのは、翌朝の学園新聞でだった。

<第1夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8074/明姫クリス/女/18歳/高校生/声優/金星の女神イシュタル】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】

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■         ライター通信          ■
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明姫クリス様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は怪盗オディールとのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。怪盗オディールは普段コネクションが出来ても滅多に現れる事がないのですが、呼べばもしかしたら会いに来てくれるかもしれません。

第2夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。