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<東京怪談・PCゲームノベル>


第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗

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 午後10時20分。
 皇茉夕良は歩いていた。夜の学園は不気味である。昼に見れば大きく高い天井も、夜に見上げれば急に崩落して押し潰されそうな気がしてくるから不思議だ。夜だと足音がやけに響いて聴こえて、それが余計に人を不安にさせるのだ。

「そこっ!! 何こんな時間に歩いている!? 既に下校時刻はおろか、寮の門限も……!!」

 自警団が走ってきた。走る度にカンカンと金属音がする。腰に得物でも提げているのだろうか。
 物々しい。あまり典雅じゃありませんわね。
 茉夕良は動じる事なく振り返った。

「申し訳ありません。高等部音楽科1年の皇と申します。生徒会の方に届け出をしましたが、明後日締切の楽曲コンペの楽譜を忘れてきてしまいましたの。手直しも必要ですから、どうしても今晩中に持ち帰って仕上げたいんです。よろしいでしょうか?」
「届け出? 少々待て」
「はい」

 茉夕良の流れるような言葉に、しばし自警団はごそごそと灯を照らしながら書類束を取り出して捲り始めた。
 やがて書類束を懐にしまった。

「すまなかった。確かに届け出は受理されている。副生徒会長の認印も。あまり遅くならないように」
「ありがとうございます」
「暗いが、教室まで戻れるか?」
「大丈夫です。心配いりません」

 こうして自警団と別れた。
 口調は怖いが悪い人ではなかったのだろう。灯まで分けてくれた。
 茉夕良は灯を持ちながら歩いていた。
 ここは音楽科塔。時計塔の正面がよく見える場所である。
 しばらく廊下を歩けば、時計盤がはっきりと見える位置まで着いた。下を見下ろせば、たくさんの自警団が弓矢を背中に背負って警備しているのが見えた。アーチェリー部隊が怪盗が来るのを見張っているらしい。
 さて、13時に現れるって言っていたけど、時計盤に13なんて数字はない。一体いつ現れるのかしら?
 そう思って茉夕良は窓縁に腰掛けた。

 ザワリ

 肌が粟立つ感覚に、思わず肩を抱き締めた。
 何?
 茉夕良はおそるおそる後ろを振り返った――。

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 午後5時35分。
 夕焼けが差し込む音楽科の個室に茉夕良はいた。
 いつもこの時間帯はここでコンクールの課題曲を練習したり、楽曲コンペの作曲をしている時間なのだが、今日は生徒会によりいつもより早い下校時間を言い渡されてしまった。
 茉夕良は仕方なく、いつもよりスピードを上げてさらさらと楽譜を書いてそのまま個室を後にした。
 雲が多く、いつもより暗い夕暮れを一人歩いていた。
 音楽科塔を降りると、時計塔が見える。

「確か、今夜、でしたか」

 茉夕良は昼間に新聞部が配っていた号外を鞄から取り出し、指で記事をなぞりながら時計塔を見上げた。
 時計塔なんて、特に何もなかったはずだけれど、今日ここに怪盗が現れると新聞にはそう書かれている。
 最近何故か突然現れて、何かを攫って行く怪盗の噂で、学園内は持ちきりだった。
 怪盗なんて、物語や戯曲の中だけのものだと思っていたけど、実際記事に書かれているし、写真まで載っているのだから、本当にいるのだろう。
 茉夕良も、学園内の生徒達と同じく、この怪盗に興味を持っていた。
 金品目的か? 単なるコレクターか? それとも義賊気取りなのか?
 どうもそんな感じじゃない。茉夕良はそう漠然と思っていた。別に生徒会みたいに怪盗を追い立てる気も、新聞部みたいにゴシップとして取り上げる気も全くない。あくまで傍観者からの立場からだが。
 ただ昔バレエを世界を舞台に踊った事もある茉夕良にとって、怪盗の格好がやけに気になったのだ。彼女の纏う『白鳥の湖』のヒロインの1人オディールの格好が。
 オディールは主役オデットと瓜二つの全く反対の女性として登場し、愛を得なければ白鳥になる呪いの解けないオデットを愛した王子ジークフリートの愛を盗んでいった。オディールは物語の途中で突然現れて、突然物語から姿を消す謎の存在である。
 彼女の目的は、それをなぞらえているような気がしたのだ。

「……あくまで想像ですけど。それでも、すぐ捕まってしまうのは、面白くありませんわね」

 時計塔の周りは腕章を付けた生徒達が歩き回っている。生徒会役員だ。恐らく、予告時間(でも予告時間なんてでたらめなのにどうやって判断するのだろう?)になったら自警団がこの辺りの警備をするためにこの辺りを調査しているのだろう。
 さっきから時計塔を見ていたせいか、生徒会役員がちらちらとこっちを見てくる。
 怪しまれない内にさっさと帰ろう。
 ……大丈夫、怪しまれないように仕掛けはしたから。
 図書館で適当に時間を潰したら生徒会に夜間通学許可願いを出さないと。
「わざと」置いてきた楽譜の事を考えながら、歩みを速めた。
 学級委員をしているだけあり、茉夕良は校則の穴を見つけるのが上手かったのである。

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 午後10時55分。
 ぽつぽつと腕に立つ鳥肌を抱き締める事でどうにか鎮め、茉夕良は振り返った。
 手に持っている灯をどうにか掲げて、廊下を照らした。
 そこに立っていたのは、黒い髪の青年である。制服は……着ている。

「誰……ですか?」

 声が掠れる。何故か喉がからからと渇くのだ。
 青年は無表情だった。匂いがする。森の奥のような青々しい芳香がし、その匂いがやけに心を騒がせるのだ。

「……ただ、見に来ただけだけど。怪盗を」
「え……?」
「ここ。時計塔の前だから」
「あ……その。ごめんなさい」
「幽霊と思ったとか?」
「え、あはははは……」

 拍子抜けして、茉夕良はへなへなと窓縁から滑り落ちた。足の力が抜けたのだ。
 青年は手を出した。
 茉夕良はありがたくその手を取って立ち上がった。

「ありがとう……あら? 海棠さん?」
「そうだけど」

 怖くなくなったら、青年の顔をよく見る事ができた。
 それは自分の1つ上の先輩、海棠秋也であった。同じ学科だから、時々合同オケの練習で会う程度ではあったが交流があった。
 海棠は学園では「双樹の王子様」として騒がれている。確かに顔は整っているが、夜背後にいたら整った顔が人形のように思えて不気味に感じてしまうのだ。
 しかし……。
 普段彼は練習にもリハーサル直前じゃないと来ない。確かにピアノはものすごく上手いのだが、協調性は恐ろしい程になかった。その協調性のなさがファンからは「ミステリアスで素敵」となるのだから何とも言えないのだが。
 だから怪盗騒ぎに同調するとも、ましてや野次馬に来るとも思えない。
 茉夕良は怪訝な顔で海棠を見た。

「海棠さんはどうして怪盗を見に……?」
「………」

 ああ、この方、本当に自己中心的。
 茉夕良は内心溜め息をついた。
 自分の答えたい質問じゃなければ、答える事がほとんどない。彼と会話が成立する人間は、本当に数える程にしかいないのだった。

「……何で」
「えっ?」

 もしかして質問に答えてくれる気になった?
 茉夕良は海棠を見上げた。海棠は窓から時計塔を見つめていた。

「……何でわざわざ目立つ格好をしているのかと思ったから」
「怪盗だから、じゃないのでしょうか?」
「怪盗は、盗んだ後に宣言するもので、盗む前に宣言するものじゃない」
「あら? よく戯曲などでは予告すると言うのが定番ですが……?」
「本当の犯罪者は、自分から捕まるような事はしない。史実にいる怪盗に該当する人間もほとんどは盗んだ後に話を大きくするために言っているだけで、予告をして盗んだ者はいない。牢獄で脱獄宣言して抜け出たものは何人かはいるが」
「……実際は戯曲のようにはいかないものなんですね」
「ああ。だから、気になった。あ、時間」
「時間……?」

 時計塔の時計盤。そこにある扉がぱっと開いた。

「!! 何?」
「時計がおかしい」
「え……?」

 見てみると、時計盤の針はありえない位の速さで針を進め、ないはずの数字、13が浮かび上がっていたのだ。

「何で……?」
「……時計に仕掛けがされているんじゃないか?」
「え……?」
「あんな事を、わざわざ怪盗がする訳ない」

 海棠はそう言い切ると、きびすを返した。

「え、海棠さんは、怪盗を見に来たんじゃ?」
「時計塔の文字盤が確認したかったから」

 それだけ言い残すと、そのまま立ち去っていった。
 まるで海棠さん。誰かが怪盗に協力していると言いたいみたい。
 時計塔にわざわざ細工ができる権力者なんて、生徒会や理事会くらいしかない。だが生徒会ではあんなに規制を厳しくしてまで怪盗を追い立て、逆に理事会は放置している……。
 まるで、理事長が怪盗に関係しているって、そう言いたいみたい。
 理事長は、海棠さんの伯母上様だと言うのに……。
 茉夕良の背後では、トン、と怪盗が時計盤の針の上に降り立っていた。

 茉夕良は、自分が感じていた恐怖を、忘れていた。

<第1夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4788/皇茉夕良/女/16歳/ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】

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■         ライター通信          ■
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皇茉夕良様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は海棠秋也とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第2夜も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。