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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 再会 -

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 時兎は "人間" に寄生する。
 だが、生きている人間にだけ寄生するという意味ではない。
 既にこの世を去った亡者でも、人間として生きた記憶があれば、時兎は寄生する。
 肉体のない人間に、どうやって寄生するのかって?
 忘れるなかれ、ここは時狭間。
 あらゆる世界・空間にリンクしている場所。
 つまり、死者が住まう世界。そういう場所も存在すると。
 そういうことだ。

 *

「大丈夫?」
「無理すんなよ」

 不安そうに顔を覗き込む千華と海斗。
 二人に迷惑はかけられない。仮とはいえ、自分も契約を締結した時の契約者なのだから。
 時兎に寄生されたヒトを救う、その使命を、自分も担っているのだから。
 そう言い聞かせてはみるものの …… やっぱり、動揺は拭えない。
 偶然とはいえ、さすがに、これは …… キツい。
 まさか、再会できるだなんて、思いもしなかった。

 こんな場所で、こんな形で再会なんて。
 あんまりじゃないか。

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 言葉を覚え、感情を知り、幼いながらも欲を知る。
 悩みなんて何もなさげな幼少期。けれど、アリスにとっては、最も多感な時期であった。
 あれが欲しいとか、これが欲しいとか、駄々をこねてねだるのは、子供の特権であり専売特許。
 ※ 例外的に大人になっても自立できず、いつまでも親に甘えてねだるみっともないケースもあるだろうが。
 幼少期のワガママやおねだりは、そのほとんどが両親や祖父母、親せき、兄弟などによって叶えられると言って良い。
 お人形にしろ、ロボットのオモチャにしろ、幼い頃に心を掴まれて欲したものは、たいてい手に入っているはずだ。
 これ、子供の頃欲しかったんだよね〜なんて言いながらオモチャを見る大人なんて、そうそういないでしょう?
 一般的には、子供のワガママやおねだりは叶って当然。いや寧ろ、叶えられて当然という節がある。
 そうやって、大人になり、親になり、やがては、自分の子供のワガママやおねだりを叶えたりするものだ。

 だがまぁ、中には、家庭の事情やら何やらで、本当に手に入れることができなかったって人もいる。
 アリスも、その一人だ。彼女の場合、ワガママやおねだりの質が、子供のそれから逸脱していたからという理由もある。
 アリスの母は、美術館を経営しているオーナーだ。ゆえに、アリスも、幼い頃から美術品に慣れ親しんでいた。
 いつでもすぐ傍に貴重な美術品があり、それを眺めたり触れたりすることができる環境において、
 アリスの美的感覚・センスは、ぐんぐん伸びていった。
 その結果として、アリスは "美しいもの" を欲する傾向が目立つようになる。
 少し生意気な口をききはじめる、四歳・五歳くらいの年頃。
 可愛らしいさかりのはずの女の子が、厳しい目線で美術品を語り欲する様は、周りに猛烈なインパクトを与えた。
 そのため、子供のくせに生意気な …… など、陰口が囁かれたことも多い。
 だが、アリスは、頑としてその姿勢を崩さなかった。

 そんなアリスにも、幼い頃、
 どうしても欲しいと思っていたのに、手に入れることができなかったものがある。
 それは、一般的に "もの" と表現することは正しくないとされる作品。
 年齢にして六歳。当時、アリスが欲したその作品とは …… 生きた人間だった。

『ねぇ、私たち、ずっと一緒にいられるかな?』
『もちろん。ずっとずっと一緒よ。いつまでも一緒よ』

 それは、近所に住んでいたマヤという女の子だった。
 アリスよりも歳はひとつ下だったが、驚くほどに落ち着いた大人っぽい女の子。
 太陽の光を浴びると、眩しいくらいにキラキラと輝く金色の髪や、
 見つめられると息が止まりそうになくらいに澄んだ青い瞳、白く滑らかな肌。
 アリスは、マヤという女の子に、貴重な美術品のような貴重性を見出していた。
 美しいものを好むアリスにとって、マヤと過ごす時間は幸せそのもの。
 そりゃあ、そうだ。至高の美術品と "会話" することができていたのだから。

 だが、そんな幸せな生活も長くは続かなかった。
 世界的に有名なデザイナーでもある母のセンスを求め、海外から招待の声が相次いだのだ。
 パーティやらショーやら、あらゆる方面で、アリスの母が持ち合わせるセンスが必要とされた。
 アリスを育てることに加え、もともと働くことに積極的だったこともあり、アリスの母は、そのオファーを全て受けた。
 当然、幼いアリスも、母親と一緒に、海外へ行くことになる。
 海外に移住というわけではなく、あくまでも仕事のため、一時的に海外へ行くだけ。仕事が終われば、帰って来る。
 だが、受けたオファーの数が多いことから、帰ってきても、またすぐに別の国へ行く羽目になる。
 そんな生活が半年ほど続いた、ある日のこと。事件は起きた。

『今度は、いつ帰ってくるの?』
『 …… ママは、一ヶ月後って言ってた』
『そうなんだ。じゃあ、また帰ってきたら遊びましょうね』
『 …… うん』

 ニッコリ笑って言ってくれる、マヤのその笑顔が、アリスの胸をしめつけた。
 ずっと一緒にいたいのに。離れたくないのに。いつもすぐ傍にいたいのに。
 帰ってきても、会える時間は、ほんの少しだけ。
 このままじゃ、他の人にとられてしまうかもしれない。
 だって、マヤちゃんは、こんなにも綺麗な作品だから。

 アリスの瞳に変化が生じたのは、バイバイ またねと手を振った矢先のことだった。
 何だろう。目が熱い。涙がでるときの感覚とは少し違う。妙な感覚にアリスはゴシゴシと目を擦った。
 そして、手を離した瞬間、自分が何をしたのか、自分の眼がどういうものであるかを彼女は知る。

『マヤちゃん …… 』

 左手を上にあげたまま、ピクリとも動かないマヤ。
 おかしいと思ったアリスは、マヤに駆け寄った。そして、目を丸くする。
 石化していたのだ。手を振る体勢、いつもの優しい笑顔を浮かべた状態で、マヤは石と化していた。
 何故かはわからないが、アリスは、すぐに気付いた。自分がやったのだ、と。その事実に気付いた。
 その事実に気付いてもなお、アリスが取り乱さなかった理由は簡単。

『綺麗 …… 』

 美しかったから。
 美しさを留めたまま石と化したマヤが "芸術" そのものだったから。

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 時兎を討伐するために赴いた亡者の世界。
 そこでアリスが、思いがけず再会したのは、あのときの女の子。マヤだった。
 背丈も、顔も、服装も、全てが、あの日のまま。石と化した、あの日のまま。
 皮肉にも、アリスが "魔眼" という己の能力を自覚するきっかけとなった出来事。
 離れたくない、奪われたくないという感情が暴走する形で発揮された能力。
 事件だったからこそ、その記憶は長らくアリスの心に留まっていた。
 優越感、満足感、そしてほんの少しの罪悪感を有して。

「もしかして、知り合いだったのか?」

 背後で海斗が呟いた。
 アリスは沈黙を続けたまま、コクリと小さく頷くことで、その質問に返答を返す。
 用は済んだ。マヤ …… いや、亡者に寄生した時兎は、既に始末済みだ。
 突然の再会に驚いたとはいえ、やらねばならないことくらいはわきまえる。
 フゥと息を吐き落とし、アリスはクルリと反転してスタスタと歩き出した。

「あっ、おい!」
「お話しなくて良いの? ねぇ、アリスちゃん」

 ここは亡者が "生活" している世界。
 死してはいれど、この世界では生前と同じように生活できる。
 食事も摂るし、入浴だってするし、他の亡者と話したりもする。声をかければ、会話が成立するのだ。 
 だがアリスは、それを拒んだ。話したくないわけじゃない。
 またあの綺麗な声を聞きたいと思う気持ちはある。
 でも、その資格が自分にはない。
 自分がマヤを石化させて死に至らしめてしまった張本人であることに対する罪悪感もそうだが、
 それよりも、マヤを死に至らしめた "魔眼" の能力を利用して欲望の限りを尽くしている、
 そんな今の自分には、マヤと話す資格なんてない。その想いのほうが少しばかり強かった。
 ただ単に、そういう成長を遂げた自分を見せたくないという想いもあっただろう。
 だって、マヤちゃんは …… あの日のまま。妖精のように綺麗だから。

 事を成し、立ち去って行くアリスの背中。
 その背中を見送る亡者は、寂しそうに微笑んでいた。

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 CAST:

 7348 / 石神・アリス / 15歳 / 学生(裏社会の商人)
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.02.08 稀柳カイリ

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