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<東京怪談・PCゲームノベル>


第2夜 理事長館への訪問

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 午後4時35分。
 聖学園の温水プールは、塩素の匂いで充満していた。
 明姫クリスはプールサイドを歩いていた。裸足で踏む床がペタペタとして、気持ちが悪い。

「クリスさんお久しぶり! 今日は収録ではなく?」
「お久しぶり。ごめんなさいね、なかなかこちらに顔を出せなくて」
「いいのよ。忙しいのは仕方ないから」

 クリスは同じ水泳部員達と軽く挨拶を交わしつつ体操を済ませた後、きれいなフォームでとぽん。とプールに飛び込んだ。水しぶきが飛ぶ。
 クロール、バタフライ、潜水……思い思いのフォームで泳いでいく。最初は無心に泳いでいたが、身体が水に馴染んで来たら、色々な事が頭の中を駆け巡るようになってきた。
 クリスは、くるりと身体を回転させ、呼吸の楽な背泳ぎにフォームを変えた。
 背泳ぎをすると、クリスの豊満な胸が水着から無駄にはみ出ている気がする。前に水着を買い換えたのはいつだったかしら……嫌だわ、また太ったのかもしれない。
 腕だけをくるくると動かしながら、クリスは天井を見た。
 考えるのは先日の夜の事。
 まるで、舞台でも見ているような光景だった。
 怪盗と話をし、別れる場面が、脳裏をかすめた。
 イシュタルと言う自分を演じながら、怪盗を演じる少女と話をする。まるで舞台そのものね。
 それにしても……と思う。
 怪盗が盗んだ写真部の写真。あれが一体何だったのかは分からないし、何で消えたのかは分からなかったけど、少なくとも、それが悪い事とは、思えなかった。
 少なくとも、彼女は。
 誰かの想いを守るために、盗みを働いているのだろう。そう。私が誰かの笑顔を守りたいのと同じ。
 また、話をしてみたい。今度は仮面越しではなく、きちんと仮面を外して。
 彼女が守りたいものについて聞いてみたいし、どんな事が好きな人か知ってみたい。そう。彼女が、本当はどんな人なのか知りたい。
 気が付けば、とん、と手がプールの縁を滑った。
 クリスはくるんと身体を回転させ、もう1度端まで泳ごうとした時だった。

「ねえ、クリスさん」
「なあに?」
「理事長がクリスさん探してたよ、面接時間過ぎてるのに来ないって」
「え……?」

 クリスは泳ぐ体勢を崩し、立ち上がった。

「それってこの間の時計塔を見に行っていた人達だけじゃないの? 私行った覚えがないのだけど……」

 少なくともクリスは行っていない。
 行ったのはイシュタルなのだから。

「そうなんだけど……さっき生徒会の人が呼びに来てたから」
「あら……」

 クリスは仕方がなくプールから上がった。

「ごめんなさいね。よく分からないけど行ってみる」
「うん、行ってらっしゃい」

 クリスはいつも通り笑顔で手を振ってプールサイドを後にしたが、内心は心臓がバクバクしていた。
 ちょっと待って。まさか変身する所を見られた?
 確かに、理事長は少し変な勘が働く人だし、アポートする時だって、ちょっとは間があるけれど、でも、まさか……。
 更衣室によろよろとした足で辿り着き、身体を拭き、水着を脱ぎ、制服に着替え、髪をわしわしと乾かしながらも、その事が頭全体をぐるぐる駆け巡っていた。
 髪が完全に乾いた後、クリスはパンパンと頬を叩いた。
 とにかく、誤魔化そう。誤魔化しきれるかなんて分からないけど。
 クリスは気合いを入れ直すと、理事長館へと足を運ぶ事となった。

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 午後4時58分。
 既に日は傾きかけ、柔らかなオレンジ色の光が降り注いでいた。
 もう文科系のクラブ員達がぽつぽつと下校を始める時間で、ここに残っているのは演目の練習をしている学科の生徒達や、体育会系のクラブ員達だけだろう。
 クリスは中庭に入り、そこから見える理事長館へ着いた。
 開け放たれている理事長館の門をくぐり、玄関のベルを鳴らした。
 あら? 反応がない……。
 先に他の子の面接をしているのかしら。
 クリスは中に入ろうか、待とうか迷っている時だった。

「何でそうなるのよ!?」

 甲高い少女の声が聴こえた。
 あら?
 扉に耳をくっつけた。

「……そのままの意味だが」

 低くて聴き取りにくい声が続く。どうもさっき叫んだ少女が対峙している相手らしい。

「意地悪!! 嫌い」
「………」

 語彙の少ない子ねえ。口喧嘩するにしても他の言い方があるでしょうに。とりあえず、喧嘩しているなら止めた方がいいかしら?
 クリスは仕方なくもう1度だけベルを鳴らした後に扉を開けた。

「すみません、今日面接に来た明姫ですが、揉め事……?」
「あっ……、すみません。面接でしたか」
「ええ」

 対峙していたのは、片や小柄な少女。中等部の子だろうか。顔を赤面して、ペコペコと頭を下げる。片や背の高い青年。見た事があるけど……ああ、後輩の子達が騒いでいる音楽科の人か。確か名前は……海棠君だったかしら?
 とにかく、一言言っておかないと。

「後輩をあんまりいじめないでね」
「………」

 海棠はクリスを一瞥すると、そのまま無言で階段を昇っていった。
 そのまま音も立てずに上の階の扉を開くと、そのまま中に入ってしまった。

「あ……もう。何なのあの人は」
「すみません、あい……あの人いつもああなんです」
「いや、あなたが謝る必要は全然ないと思うけど? 理事長の面接?」
「あっ、違います。栞さ……理事長の所に遊びに来たんですけれど、今日は面接の日だったんで、たまたまそこで海棠先輩とあって、その……」
「喧嘩してたのね」
「……すみません」
「いや、謝らなくてもいいわよ」
「理事長は今面接しているみたいですから。もうちょっとで終わると思います」
「ありがとう」
「いえ。それではっ」

 最後に少女はもう一度ぺこりと頭を下げると、そのまま帰って行った。
 そう言えば理事長はよく生徒をここに呼んでお茶会をしているけど、あの子もお茶しに来たのかしら?
 クリスは仕方なく玄関を入った場所にある腰掛けに軽く座って待つ事にした。
 あっ、奥から理事長と誰かが出てきた。
 理事長……聖栞は生徒を玄関まで見送ると、クリスの元に戻ってきた。

「ごめんなさいね。お待たせして」
「いえ、私もまさか今日面接だったなんて知りませんでしたから」

 さっき少女としゃべったせいか、ここに来るまで感じていた不安は不思議と消えていた。

「じゃあ、奥が応接室だから、そこまで来てもらっていい?」
「はい、大丈夫です」

 栞は微笑むと、クリスに「どうぞ」と言ってそのまま奥の応接室に通した。
 応接室は、古い本のインクの匂い、皮のソファーのワックスの匂いがした。

「お茶を淹れるけど、何か飲みたいものはある?」
「えーっと……あんまりお茶には詳しくないので、お薦めのものでお願いします」
「紅茶とかの括りじゃなくってもいいわよ?」
「じゃあ……最近ずっと収録をしていたから、喉に良さそうなものを」
「声優さんも大変ね。そうねえ……ハーブティーだけど大丈夫? マロウティーって言うお茶だけど」
「ハーブティーとかだったら時々収録中とかにも飲みますから」
「分かったわ」

 そう頷いた後、栞は応接室の端に置いてあるガス台に火を付け、ポットのお湯を沸かし始めた。

「あのう、理事長……」
「何かしら?」
「私、今日何で呼ばれたのでしょうか? 本当に時計塔の一件には行ってないのですが」
「あらぁ。おかしいわねえ?」

 栞はポットの蓋を開けながら首を傾げた。

「最近イシュタルって言う正義の味方がいるのは知ってる?」
「! ……そんな方がおられるのですか」
「あの日、イシュタルの服が飛んでいるのが見えたから、どこに飛ぶんだろうって思って調べたら、貴方の所に飛んでたから、てっきりイシュタルは貴方なんじゃないかなって思ってたんだけど」
「………。知りません。本当に、行ってませんから」
「ふうん……」

 栞はトポトポとポットのお湯をハーブに注ぐ。
 ぽわぽわと湯気と一緒に舞う香りは、花の香りだった。
 柔らかい薄青のお茶を、カップに淹れて栞は持ってきた。

「まあ、正義の味方なら、怪盗と共犯者になる事はないでしょうしね。自警団の子達に誤解されていじめられないようにって、イシュタルに会ったら伝えてあげてね」
「いえ、本当に知りませんから」
「うふふ。はい、お茶をどうぞ」

 この人、本当に苦手だ。
 クリスは冷や汗をかいた。
 確かにアポート能力を利用してイシュタルに変身しているが、何でアポート能力で移動している服なんか見えているんだ、この人は……。
 クリスは、カップに手を付けると、栞がテーブルに何かを置いた。
 鍵である。

「これは?」
「ここの鍵よ。いつでもここにいらっしゃいな。イシュタルのお話も聞きたいし」
「いえ、本当に知りませんから」

 栞はにっこりと笑った。
 クリスは、タラタラの滝汗をかきながら、鍵を見た。

<第2夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8074/明姫クリス/女/18歳/高校生/声優/金星の女神イシュタル】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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明姫クリス様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第2夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は海棠秋也、聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。出会った少女についてはまた後日にでも。
また、アイテムを入手しましたのでアイテム欄をご確認下さいませ。

第3夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。