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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - クロノ・ハッカー -

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 いやいやいやいやいや、ちょっと待ってよ。
 何これ、どうなってんの? どういうこと?

「カージュは北、リオネは南。チェルシーは俺と待機」
「りょーかいっ」
「了解です」
「焦っちゃだめよ、カージュ」
「わかってるって」

 何、それ。要するに挟みうちですか。
 まぁね、狭い路地っていう地の利を活かすには的確だと思うけど。
 って、そんなこと言ってる場合じゃないって。どうすりゃいいの、これ。

「 …… うっ」

 間もなくして、見動きがとれない状況へと追いやられてしまった。
 前から一人、後ろから一人。完全に挟まれた。上 …… も駄目だ。既に、他の二人が張っている。
 買い物を終えて帰る途中、その最中の出来事。近道しようと入り込んだ路地裏で大ピンチ。
 本当に、突如って表現がぴったりな感じで、いきなり、男女四人に追いかけられた。
 そりゃあ、逃げるでしょ。そんな状況で逃げないとか、無理でしょ。
 でも結局 …… このとおり、追いつめられてしまったわけで。

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 ・
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「はぁ〜 …… もう、何なの」

 大きな溜息を落とし、ガックリと項垂れる慎。
 連続ドラマの撮影やら雑誌の取材やら、ここ最近、慎は多忙を極めている。
 朝から晩まで、仕事、仕事、仕事。好きでやっていることだから仕事自体に不満はない。
 だが、満足な睡眠時間を確保できていないことにだけは、さすがに苛立ちを覚える。
 ドラマの撮影が終わった帰り道。夕方から別の仕事が入っているから、それまで寝ようと自宅へ急いでいた矢先。
 わけのわからない連中に追われるわ囲まれるわ …… その状況に慎がゲンナリしないはずもなかった。
 こんなことになるなら、眠くても我慢してマネージャーと一緒に現場へ早入りしておけば良かった。
 車の中でも楽屋でも寝れたのに。どうして自分のベッドで寝たいとか言っちゃったんだろう。
 なんて、後悔しても遅い。事実として、いま、こうして囲まれてるわけだから。
 幸い、ここは人気のない路地裏。
 ファンに見つかる心配もないだろうし、何よりさっさと終わらせて寝たい。

「俺、機嫌悪いからね。覚悟してよ」

 そう呟き、慎は指を弾いた。
 その音に応じて姿を見せるは、緋色の悪魔王と黒き獣。
 契約している存在の中でも、一・二を争う実力を誇る二匹を出したことからも、慎の苛立ちが窺える。
 召喚したらすぐさま指示を。悪魔王の名に相応しき腕力・攻撃力を誇る緋色の悪魔王には、
 上で高みの見物を決め込んでいる眼鏡の男と栗色の髪の女の相手を御願いし、
 狼によくにた外見をもつ黒き獣には、慎の後ろにいる帽子の男の相手を御願い。
 そして慎は、残った一人、正面で鞭を振るう無表情な女の子の相手を担当。

「じゃあ、よろしくね」

 そう言って駆け出す慎。
 召喚された存在もまた、慎の後を追うように指示通りの動きをみせた。
 これほど的確な対応を短時間で決行に至らせるとは、恐れ入る。
 上にいた眼鏡の男と栗色の髪の女は、揃って肩を竦めつつ、ものすごい形相で向かってくる緋色の悪魔王を迎えうった。
 二対一とはいえ、緋色の悪魔王は、攻撃面において慎が最も信頼を寄せている存在だ。
 眼鏡の男と栗色の髪の女の体捌きも中々のものだが、悪魔王に少し気押されているかのような印象を受ける。
 一方、黒き獣と帽子の男は、電光石火の如く素早い動きで躍動的な戦闘を繰り広げている。
 犬のくせに生意気だなと言い放つ帽子の男に、犬じゃないと噛みつくかのように牙を剥く黒き獣。
 黒づくめな者同士、その実力も互角なのではないかと思われる。

(決め手に欠けそうかな)

 そう判断した慎は、指を踊らせて常世姫に指示を飛ばした。
 その指示にすぐさま応じ、常世姫は黒き獣の傍へと飛んでいき、さりげなく毒の鱗粉を撒き散らす。
 戦闘慣れしていそうな帽子の男ならば、動きが鈍くなった瞬間、常世姫を始末しようとするだろうが、
 身体の異変に気付いたときには、もう遅い。常世姫が散らす毒の鱗粉は、それほど強力だから。
 指示を出し終え、これで大丈夫だろうと判断した慎は、再び向き直ってニコリと笑う。
 鞭使いの女は、そんな余裕を垣間見せるかのような慎の態度が不愉快なようで、眉を寄せていた。
 女の子とはいえ、急襲してくる連中の仲間。手加減するわけにはいかない。
 まずは、その鞭。遠距離攻撃が可能な武器ほど厄介なものはないから、奪わせてもらおう。

「!?」

 突如、手元に重い感覚を覚えた鞭使いの女だが、見やれど特に異変はない。
 無理もない。女は、鞭に絡んでいる糸をその目で確認することができないのだから。

「も〜らいっ」

 そのままグッと腕を引いた慎。鞭は、女の手を離れて慎の足元に落ちる。
 引き寄せた鞭を、慎は拾い上げた。ニコニコと、満面の笑みを浮かべながら。
 無論、女はすぐに奪われた武器を取り戻そうと向かってくる。だが、取り戻すより先に返される。
 慎は、ニッコリと笑い 「お返しします」 と言って、女に鞭を投げ返したのだ。
 せっかく奪ったのに、どうしてまたすぐに返すような真似をするのか。
 理解に苦しむ行動かもしれないが、ちゃんと意味がある。
 不愉快そうに鞭を拾い上げ、すぐさま振って慎を攻撃しようとした女のギョッとした表情を見れば、それは明らか。
 できないのだ。攻撃ができない。
 何度やっても、鞭はしならず、へにゃへにゃと情けない動きをみせるばかり。
 どうしてそんなことになっているのか。理由は簡単だ。
 慎が、己の右手で鞭が持つ "攻撃" の要素を切り離してしまったから。
 女がどんなに鞭を振るおうとも、鞭にその意思がないのだから、攻撃は不可能である。
 こうなってしまうと、もはや、鞭とは呼べない。 ただの紐。いや、もう、それ以下かもしれない。
 どういうことなのか、何をされたのか。はっきりとはわからなくとも、それが慎の所為であることはわかる。
 キッと睨みつける女。さぁ、どうする。鞭使いが鞭を失ったら、ただの女になってしまうぞ?

「うへ〜。めんどくせータイプだなー」
「 …… トライさん。このままでは、キリがないです」
「あれだけの同時召喚に耐えうる精神力も大したものよね」
「あぁ …… 。だが、まだ粗削りだ」

 緋色の悪魔王、黒き獣、そして守護蝶である常世姫。
 同時召喚を難なくやってのける慎を、連中は称賛した。
 だが、眼鏡の男が言ったとおり、全ての召喚が "完璧" な状態というわけでもない。
 事前に連中が襲ってくることを把握できていれば、寝不足じゃなければ、もっと精度は上がっただろう。
 慎が万全な状態でないことをすくさま把握した眼鏡の男は、クイッと眼鏡を上げながら口元に妖しい笑みを浮かべた。
 急襲に対する反応そのものは見事なものだ。
 いつ命を狙われてもおかしくない、そんな環境で育ったからこそ可能な芸当。
 だが、残念ながら、まだ幼すぎる。かなりの修羅場をくぐりぬけてきたのであろうが、まだ浅い。
 体躯を始め、精神面での飛躍的な成長や経験値を経た十年後、あるいは二十年後を思うと脅威ではあるが、
 今はまだ、退くには至らない。逆に、弱点や脆さを、この短時間ではっきりと把握できてしまう。

「やれ、リオネ」
「はい」

 眼鏡の男の指示に従い、コクリと頷いた鞭使いの女。
 鞭使いの女は、それまで使っていた鞭を手放し、その身ひとつで慎に向かってくる。
 どうして武器を捨てる? 体術だけで敵うとでも? とんだ過信だ。
 慎は口元に笑みを浮かべつつ身構え、女の攻撃に備えた。
 だが、次の瞬間。
 全身を包む嫌な感覚に、慎はビクッと肩を揺らした。
 例えていうなら、巨大なダンプカー。それが真正面から突進してくるような、そんな感覚。
 ほんの僅かな時間、硬直してしまった慎。女はその隙を見逃すことなく攻めた。

 ザシュッ ――

 そういう音が聞こえて、数秒が経過したとき。
 慎は、ようやく "傷を負った" ことに気付く。
 右腕に打ち込まれた蹴り。女が放ったその蹴りにより、慎の腕からツーッと赤い血が垂れる。
 それは、妙な負傷だった。蹴りを打ちこまれたってのに、この傷はおかしいだろう。
 普通、無防備な状態で蹴りを入れられれば吹き飛ぶ。負う傷の種類は "打撲" に該当するはずなのに。
 どうしてだ。なぜ、ナイフで裂かれたかのような、こんな "切り傷" を負う?
 僅かな隙に攻撃されたこと、そして、その攻撃によって負ったダメージが不可解であること。
 理解に苦しむ状況下。慎は、その場に膝をついた。
 情けないが、それは "戦意の喪失" を意味する。

「リオネの蹴りをくらって、掠り傷か」
「さすがね」
「な〜、トライ〜。もう帰ろうぜ〜。俺、飽きたよ」
「そうね。そろそろ戻りましょう、トライ。そもそも、この子は、魂銃を持っていないもの」
「 …… そうだな。まぁ、思いがけず良いデータを収集できただけでも有益か」

 少し離れた場所で、何やら意味深な遣り取りをしている眼鏡の男と栗色の髪の女と帽子の男。
 慎は、膝をついた状態で負傷した腕を押さえ、連中の会話にピクリと眉を揺らした。
 銃?
 そういえば、前にもそんなことを言われた。
 何を言ってるのか、さっぱり理解できなかったけれど …… そうか。
 この連中は、その銃を探してるんだ。何の為に探しているのかまではさすがにわからないけれど、
 こうやって、いきなり人を襲ってくるような連中だ。良いことに使うはずがない。
 そもそも、銃って武器は、良いことに使えるような代物じゃない。
 慎の脳裏を過る、悲しい過去の断片。
 普段は蓋をするように隠しているその記憶の中で、慎は、実の両親に銃口を向けられている。
 慎の中で銃という武器が "災い" の象徴であるイメージは、その記憶によって確立されたものと言っていいだろう。

「 …… おにいさんたち、いったい何者? その銃を手に入れて何をするつもりなの?」

 負傷した右腕をおさえながら呟いた慎。
 すると、慎に傷を負わせた張本人である鞭使いの女が、無表情のまま近付いてきた。
 すぐさま警戒し、身構えた慎。だが、鞭使いの女は思いがけない行動を取る。

「悪気はないの。ごめんね」

 そう言って、慎の傷を治療し始めたのだ。
 鞭使いの女の手から、雨粒のような雫が垂れ、慎の傷を覆う。
 ひだまりにいるかのような温かい感触に、慎は思わず言葉を失ってしまった。
 悪気はない …… だなんて。ごめんね …… だなんて。思いっきり攻撃しといてよく言うよ。
 そうは思いつつも、慎は噛みつくことができずにいた。余計なお世話だ! って突っぱねたい気持ちはあるのに、
 そういう言葉も感情も、のみ込んでしまう。だって、治療する鞭使いの女、その横顔が …… 優しさに満ち溢れているから。

 結局、慎は、最後までおとなしくしていた。
 動かず、ただジッと鞭使いの女の横顔を見つめながら、おとなしく治療された。
 治療を終えた鞭使いの女は、仕上げに慎の腕にクルクルと包帯を巻き、ニコリと微笑んで立ち上がる。
 他の連中は、事が済んだことを見届けるやいなや、スタスタと歩き出す。
 無論、鞭使いの女も、連中の後を追うように走って行ってしまう。
 そこでハッと我に返った慎は、叫んだ。
 だが、何をどう叫んでも、連中が振り返ることはなかった。
 追いかけて問い詰めることはできた。でも、慎は、敢えて踏みとどまる。
 追いかけたところで、どうにもならない。悔しいけれど、今の自分では、あの連中には敵わない。
 本気じゃないんだ。全員が全員。慎も万全の状態ではないけれど、それでも実力の差は大きすぎる。
 それに、問い詰めたところで、連中ははぐらかすだけ。真実を知るには、もっと力が必要だ。
 連中を全員倒せるくらいの力。ねじ伏せることができて、ようやく問い詰める権利を得る。
 今まで味わったことのない敗北感に、慎は唇を噛みしめた。
 傷自体は大したことないし、ちっとも痛くないんだけど。
 心が痛い。何だろう、この感じ。直接、心臓をわし掴みされているかのような。
 不快ではない痛み。いや寧ろ …… 切なくなるような。大切なものを失ったときのような。そんな感覚。

「何なのさ、これ …… 」

 奇妙な感覚を覚えつつ、慎は、腕に巻かれた包帯にそっと触れた。

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 CAST:

 6408 / 月代・慎 / 11歳 / 退魔師・タレント
 NPC / カージュ / ??歳 / ?????
 NPC / リオネ / ??歳 / ?????
 NPC / チェルシー / ??歳 / ?????
 NPC / トライ / ??歳 / ?????

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.02.09 稀柳カイリ

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