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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


+ 傷負い人に対する二人の感情 +



 あの日の事を思い出せば、ただただ失笑するしかない。
 俺は『彼女』に傷を負わされた。誰よりも愛しかった少女の――妹に。
 だからこそ、右顔半分に傷を負っても何の感情も湧かなかった。彼女が自分に殺意を抱き、武器を向けてきたのは当然の事だったからだ。殺されてやってもいい……とは思わない。俺は俺で生き続けていたいから。
 だけど彼女の憎悪を受け止めずにはいられない。
 避けることなんて――出来やしない。


 だって俺がこの手で殺したのは誰よりも愛しい――……。


「きゃあああっ!! 彰人さん! 彰人さん、どうしたんですかっ!?」


 耳に聞こえる女の声。
 一気に現実に引き戻されて俺は瞬きを一つする――残った左目だけで。
 露出した肌は暗殺特化型霊鬼兵として改造され、人工的に埋め込まれた機械の部分。それは今より少し前、彼女と戦った時に負ったものだ。
 普通の人間である女性――因幡 恵美(いなば めぐみ)が見ればこういう反応をする事は容易に想像出来た。だからこそさっさと帰宅して自室で寝転ぶつもりだったのだが。


「は、はは……失敗しちゃった、なぁー」
「彰人さん、その傷……! 誰か、誰か来てーっ!」


 今までコンクリートの壁に肩を預けて何とか歩いていた身体がぐらりと揺れる。
 負った傷は意外にも深く、自分の中を苦しめているようだった。『彼女』のあの力は次逢った時にはもっと注意して戦わなければ。


 俺がそんな事を考えている間に恵美さんはあやかし荘正門にて叫び続ける。
 それから崩れそうになった俺の身体を支え、肩に腕を回し、女性ながらも男である俺を引き摺って中へと入ろうとするじゃないか。中々気丈な部分があって、そこも彼女の魅力なのかもしれない。
 だって俺が今現在彼女が管理するこのあやかし荘にいるのは、以前属していた組織に追われ負傷していた時に彼女が俺を拾ったからだ。
 「見捨てられないから」と言って、手を指し伸ばしてくれたからだ。


「……恵美ちゃん……」
「しっかりしてください、今病院につれ――彰人さん!? 彰人さん!!」


 ――ぷつ。
 そこで俺の意識は途絶える。


 情けない。
 情けない、と本当に思う。組織にいた頃は修復専門のスタッフがすぐに己の身体をチェックし修復作業に掛かってくれていたというのに、今はただ女性の肩を借りるしか出来ないなんて。


 それでも組織にはもう戻れない。あの人殺しの生活には戻りたくない。


 ――最後、力無く笑っていたのは――自嘲、だったのかもしれないけれど。



■■■■



 あやかし荘内、天音 彰人の自室にてあやかし荘管理人である恵美とその住居人のガルヴァドスはベッドに寝転がった彰人を見遣る。
 恵美は心底心配そうに、ガルヴァドスは若干呆れ、かつ訝るように。


 ガルヴァドスは彰人にとって身近な存在。
 恵美が彼女の部屋に飛び込んできた時にはガルヴァドスはすぐに身体を持ち上げ彰人の状態を視る為に移動してきた。そして彼女はそれ以降口を噤んでいる。口元に手を当て、物静かに何かを考えていた。


「ねえ、やっぱり病院に連れて行きましょう!」
「駄目だ」
「どうして!」
「あの男の顔を見たか? 普通の人間には、あんな傷を負わせられん。奴の言う『追手』とやらに襲われたのかもしれぬ。今、無暗に外へ出すのはかえって危険ぞ」
「……追っ手」


 恵美はガルヴァドスの言葉に絶句する。
 何故ならその件に関しては思い当たる節があったからだ。そう、それは彼女が初めて彰人に出会った時の事、彼ははっきりと言っていた。


『はは、御兄さんを甘く見てると後悔するよ? 実はこう見えて色々しててね。追っ手も掛かっちゃってる様な人間だからさ。拾ったら大変な目にあうかもしんない』
『色々って?』
『口じゃ言えない色んなこと、かな。……そんな人間でも住人にしたい?』


 彼はわざとからかうような口調で恵美に問い掛けてきた。
 だけど彰人の目が真剣だったのを覚えている。あの目が恵美の中で、彼を住人にする決意を下すきっかけになったのを鮮明に思い出せるのだ。


『……じゃあ、見捨てられないので拾ってあげます』


 だから、恵美は彼を住人に迎え入れた。
 罪を犯したなら償ってくださいと伝え、どうか死を望まぬように――それだけを願って。


「じゃあ、どうしたら助けてあげられるの?!」


 医者でもない、ただの管理人の自分ではどうにも出来ない。
 恵美は無力な自分に対して悔しさを覚える。ガルヴァドスはそんな彼女を横目で見遣るとすぅっと目を細め、ベッドの上で小さな呻き声をあげる彰人を見下ろした。やがて彼女は一歩前に進み、彰人が眠るそのベッドの上に腰掛ける。そして彼の前髪を上に持ち上げ傷口の状態を見て、ほんの僅か息を飲み沈黙した。
 その時の表情は恵美からは見えない。だがガルヴァドスが再び唇を開いた時には凛とした表情と声で恵美に言った。


「我に考えがある。任せるがよい」


 恵美はその言葉を信じた。いや、信じるしかなかった。
 祈りの感情をその場に残し彼女は部屋を去る。
 どうか、どうか……。


 そして、彰人とガルヴァドスが二人きりになった部屋は朝まで開かれることは無かった。



■■■■



 翌日。
 扉は開かれた。
 彰人とガルヴァドスが二人並んで朝食を取りに恵美の元にやってきたのだ。早すぎる時間帯のせいか食堂は珍しく人が居ない。
 恵美は朝食の準備を中断し、慌てて二人の元へと早足で駆け寄った。


 まず彰人の顔を見た。
 其処には以前、いや昨日までと同じ様な滑らかな肌があった。あの機械部分が露出した肌ではない事にほうっと恵美は無意識に安堵の息を吐く。けれど違和感を覚え、もう一度彼の顔を見た。
 そして違和感の正体を彼女は知った。
 前髪の一部が金色に変色している事、そして失っていた右目は今までの赤ではなく青色へと変化していることに。


「恵美、我の朝食はどれだ?」
「あ、いつもの席に用意してあります!」
「彰人」
「ああ、こっちだよ。そう、此処。此処が君の席だ」


 ガルヴァドスが朝食の要求をし、彰人が彼女の手を引く。
 その時、今まで後ろに隠れていたガルヴァドスの姿が露わになった。彼女の両方の瞳は硬く閉じられ、開こうとしない。彰人に案内され、椅子を引いてもらい席につくと彼女は両手で食器を探り出す。外見的にはただ目を伏せているだけにしか見えない。
 だが恵美は悟った。


「ガルヴァドスさん、目が……!」
「案ずるな。これくらい何でもない」
「でも暫くは箸じゃなくてスプーンとフォークの方が食べやすいかもね。恵美ちゃん、用意お願い出来る?」
「はい、今すぐ持ってきます」


 恵美は慌ててキッチンへと向かい、食器を取りに行く。
 その間彰人はガルヴァドスの隣の席に腰を下ろし、そして未だ離していない彼女の手を一度握り込む。緩めては、もう一度握る。そしてまた緩めて……。


「ガルヴァドス、俺を助けてくれて有難う。感謝する」
「弱っているお前を見るのは我にとって不快だった。それだけの事よ」
「君はまるで自分の為だったかのように言うんだね」
「我は己の意思で動く。他の者にはそう簡単には影響されぬ」
「それでも感謝くらい受け取ってくれたっていいと思うよ」
「次は無い」
「りょーかい」


 彰人が両手を顔の隣まで持ち上げて応えていると、慌てて戻ってくる足音が聞こえた。
 そんな慌てなくても大丈夫だよ、と彰人は朗らかに微笑んで恵美に伝える。だけど彼女はそれでも早足で戻ってくるとスプーンとフォークを差し出した。



■■■■



 朝食後、昨夜はあんなにも弱っていたのが嘘の様に彰人はけろりとした表情と動きで「買い物に行って来るね」と片手をひらひら動かしながらあやかし荘を出て行った。
 追っ手がいるんじゃないかと恵美は危惧したが、本人は首を左右に振る。


「昼間から襲ってくる相手じゃないから今はだいじょーぶ。御兄さんの言葉を信じなさい」


 それは本当に軽く、そして何でもないかのような言葉で。
 結局場に残されたのは恵美とガルヴァドス。
 他の住人達も後から食事にやってきて、そして各々用事があると出て行った。今、また二人きりになったからこそ、恵美は唇を上下に開く。


「あのっ」
「なんだ?」
「その目……あと、彰人さんの傷のこと知りたいんですけど!」
「ああ、その事か。大したことではないぞ」
「充分大したことですよ! 一体どうやって治したんですかっ」


 丸いお盆を胸に抱きかかえ恵美は問う。
 食後に出された紅茶をガルヴァドスは飲みながら、昨夜の出来事を脳内で再生させる。そしてそれをどうやって恵美に伝えるかやや迷ったが、ゆるりと左手を持ち上げ自身もまた一部変色している金髪の部分とそして左目を指差した。


「我の左目とこの髪の一部を使い、あの男の顔を修復した。それだけのこと」
「左目って……じゃあもう見えないんですか」
「案ずるな」
「だって、ガルヴァドスさんは元々右目が見えなかったのにそれじゃあ完全に盲目って事になるんじゃ……っ」
「案ずるなと、言っておるだろうに。人間とは心配性な生き物だな」


 言いながらガルヴァドスは自分の服のポケットに手を差し入れる。
 指先に触れたのは薄い布。彼女の目には見えないが金色の細長い布だった。ガルヴァドスはそれを自身の目の上に巻きつけ項で結ぶ。
 明らかに盲目と分かる容姿になった事に恵美は唇を噛んだ。


 恵美の感情はガルヴァドスにも伝わってきている。
 彼女が彰人を心配し、そして今はガルヴァドスを心配していることなど分からないはずがない。だけど心配するなと言っても彼女は不安を感じてしまうのだ。
 紅茶を再び飲みながらガルヴァドスは息を吐き出す。


 昨夜、彰人が弱っている姿を見て恵美のように感情を露わにしたわけではないが、ガルヴァドスもまた僅かに情が湧いた。
 自分をあの地底より解放してくれた男があのような醜態を晒している事が許せなかった。


「下等生物相手に馬鹿らしい」


 ぽそり。
 彼女は呟く。
 だけど、失ったものと引き換えに心はとても温かかった。彰人の声、動き、態度全てが以前のままである事に誇りを覚え、そして――安堵したのだ。


「恵美、お代わり」
「はい、今足しますね」


 ふふっと妖艶に微笑みながらも空になったティーカップを恵美のいる方へと差し出せば、彼女は慌てて紅茶を注ぎ足した。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7868 / ガルヴァドス・タイタン (がるヴぁどす・たいたん) / 女 / 999歳 / タイタン】
【7895 / 天音・彰人 (あまね・あきと) / 男 / 26歳 / 何でも屋/暗殺特化型霊鬼兵】

【NPCA033 / 因幡・恵美 (いなば・めぐみ) / 女 / 21歳 /あやかし荘の専業管理人】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、お久しぶりです&発注有難う御座いました!
 以前書かせて頂きましたお話の番外編(というより別視点?)ですが、このような形となりました。恵美とガルヴァドス様の不安、苛立ち、そして彰人様への心配という感情の変化をこういう流れで収めさせていただきましたがどうでしょうか。
 尚、最初の部分だけ一人称、あとは三人称という流れなのは彰人様の心中を表現したかったという思いからです。
 どうか、伝わりますように。では失礼致します。