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<東京怪談ノベル(シングル)>


初恋は美しく刻まれて

 長い長い旅路を終えた戦艦玲奈号は、緩やかに降下していた。
 その先にあるのは、青き水の星、地球。ではなく、地球が発する霊的エネルギーが造り上げた過去の地球の残像だった。本物の地球からは数十光年離れている上、惑星としての質量を持たないため、現代の天体観測技術では観測不可能だ。類い希なる霊的能力とずば抜けた科学力を持ち合わせている、三島・玲奈と戦艦玲奈号だからこそ見つけ出せた。
 衛星軌道上から見える街並みには、高層ビルの姿はない。それもそのはず、地球の残像は昭和初期の戦時中をコピーしたものだからだ。大気圏に突入した戦艦玲奈号は日本に降下して目的地に着陸すると、玲奈ともう一人の少女を降ろした。公立高校の制服を着た小柄な少女は、肩程までの長さの黒髪と金属的な銀色の瞳を持っていた。霊力を得た裁縫用ハサミが人間の姿に変化した九十九神、九十九・はさみだ。はさみは玲奈のセーラー服の肩越しに、昭和初期の山村を見回した。
「これは驚きました」
「でっしょー? あたしも見つけた時は驚いちゃったけど、これで依頼を全う出来るわ」
 玲奈は自慢げに胸を張り、はさみに振り返った。
「九十九さんを連れてきたのは、九十九神だからこの時代のことに詳しいからってのもあるけど、九十九さんが今の御屋敷にもらわれる前はこの村の蔵にいたんでしょ? だから、地理にも明るいんじゃないかって思って」
「鍬や斧から外の話は良く聞いておりましたので、ご期待に添えるかと。では、依頼者から与えられた情報に従って移動しましょう」
「初恋の相手探しなんてロマンチックー!」
 歩き出したはさみに、玲奈も続いた。今回、二人が地球の残像を訪れた理由は、九十九家と親交の深い老婦人から初恋の相手を探してほしいとの依頼を受けたからだ。はさみの記憶を当てにしてのことだったが、はさみが友人を通じて玲奈に相談を持ち掛けたところ、宇宙を股に掛けたことになってしまった。
 程なくして、二人は若き日の老婦人を見つけた。疎開したばかりの少女で、おかっぱ頭にもんぺ姿で草刈りをしていた。他の子供の姿はなく、少女だけが鎌を動かしている。その周囲には雑草が山のように生い茂り、子供の力では何時間経っても終わりそうにない量だ。田舎育ちの子供とは違い、畑仕事に慣れていないせいだ。ついには、鎌で手を切りかけた。
「見ちゃいられないわ!」
 居たたまれなくなった玲奈は草陰から飛び出し、手当たり次第に雑草を抜き始めた。
「三島さん、三島さん」
「へ?」
 玲奈ははさみに声を掛けられ、はっとした。セーラー服はともかく、スカートはこの時代の格好ではない。慌てた玲奈が指示を出すよりも早く、はさみは制服の右腕を捲り上げて巨大なハサミに変化させ、玲奈のスカートを鮮やかに裁断した。まるで鎌鼬のような早業だった。スカートの糸屑が舞い落ちた頃には、玲奈の下半身はブルマ姿に変わっていた。ほっとした玲奈は草刈りに戻り、少女が一つ刈り終える間に、玲奈は持ち前の怪力で十二十と抜き、あっという間に草刈りは終わった。幸い、少女は自分の手元に集中していて気付いていない。玲奈が引き上げようとすると、怒鳴られた。
「なんだ、その髪型は!」
「……は?」
 目を丸めた玲奈が振り返ると、教師が大股に歩み寄ってきた。
「お前はなんてだらしない頭をしているんだ! お国のために働く気がないのか!」
 そんなにひどい髪型じゃないと思うけど、と玲奈は言い返しかけたが、気付いた。もんぺと同様、この時代の少女の髪型はおかっぱにかりあげだと決まっている。玲奈は教師から怒声を浴びせられながら、物陰に隠れたはさみに目配せした。はさみは頷くと、素早く右腕のハサミを振るった。玲奈のセミロング程度の髪は一瞬で切られ、ついでにかりあげになると、教師の怒鳴り声が止んだ。髪を切られた玲奈は、少女にそっくりだったからだ。教師は訝しげに玲奈を見回していたが、狸に化かされたのかと首を捻りながら校舎に戻った。胸を撫で下ろした玲奈ははさみを連れ、老婦人が初恋の相手に会ったという場所に向かった。
 こうなったら、待ち伏せするのが一番だ。



 少女が初恋の相手と出会ったという沼の傍に、二人は身を隠した。
 その間に、玲奈は髪の長さを元に戻そうと持参した急速育毛剤を飲んだが、量を間違えたのか効き過ぎてしまった。おかげで、人間の姿なのに獣化したかのような姿になり、髪どころか腕も足もどこもかしこも毛むくじゃらで泣きたくなってしまった。こういう時こそはさみの出番だ、と、玲奈の異変にも全く動じていないはさみに懇願した。
「九十九さん、ちょっと切ってくれない?」
「了解しました」
 はさみは承諾し、右腕のハサミを滑らかに振るった。しゃっきん、と小気味良い音の後、玲奈の体毛は全て切り落とされた。
「あぁー!」
 だから、丸坊主になった。玲奈はぎょっとして立ち上がった拍子にバランスを崩し、沼に転げ落ちた。
「きゃあああっ!」
 淀んだ沼に頭から突っ込んだ玲奈は泥まみれになった挙げ句に蔦に絡まり、身動きが取れなくなった。
「つっ、九十九さぁああああんっ! これ、どうにかしてぇー!」
 手足を取られて溺れかけた玲奈が助けを求めると、はさみは腹が立つほど冷静にハサミを動かした。
「心得ております」
 じゃっきん。しゃっきん。ちょっきん。
「たっ、助かったぁー……。ありがとう、九十九さん……」
 息も絶え絶えの玲奈は泥と藻の混じった水を吐き出しつつ、岸に上がった。すると、蔦どころかセーラー服までもが切られていた。おまけに下着にもハサミが及んだらしく、ビキニのパンツだけだ。玲奈は羞恥で真っ赤になったが、全身が泥まみれで肌は隠れている。とにかくどうにかしなきゃ、と玲奈が立ち上がると、そこに少女が通り掛かった。少女は海パン姿の少年にしか見えない玲奈を見た途端に頬を赤らめ、ぎこちない挨拶をして通り過ぎていった。様子からして、一目惚れされたようだった。
「てっ、ことは……」
 混乱が抜けて徐々に事の次第を理解した玲奈は、肝心なことに気付けなかった。
 はさみが持参したカメラで、無惨な姿を撮影されていることに。



 そして、後日。はさみが撮影した玲奈の写真は老婦人の元に渡った。
 少女時代の思い出と対面することが出来た老婦人は涙を浮かべて喜び、何度も礼を言って九十九家の屋敷を去った。一部始終を知っている玲奈は愛想笑いを返すのが精一杯で、それはあたしなんですけど、と言えそうで言えなかった。玄関先まで老婦人を見送ってから戻ってきたはさみは、複雑極まる顔の玲奈の目の前に件のネガを突き出した。
「そういうことだったのですね」
「もおっ! 恥ずかしいから棄ててよ!」
 赤面した玲奈ははさみからネガを奪おうとするが、はさみはひらりとネガを翻した。
「それは出来ません。初恋の美しい思い出なのですから」
「どこが美しいの! さっさと返して! ちょん切らせてー!」
 玲奈は超生産能力でハサミを生み出して握り締め、はさみを追い掛けるが、はさみも身軽に駆け出した。
「切らせません」
「切らせろったら切らせろー!」
「切らせません」
「あぁーもうっ、こうなったら戦艦玲奈号でもなんでも出してやるぅー!」
「切らせません」


 それからしばらくの間、九十九家を舞台に玲奈とはさみの壮絶な戦いが繰り広げられたという。



 終