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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 涙は伝う +



 虚空の月に巨大な影を落とす白く美しい燕型の宇宙船。その姿はまるでベールのドレスを纏った女性のようだと人は言う。
 あたしは自分の純白の翼を広げ傍らを飛ぶ。あたしの名前は三島 玲奈(みしま れいな)。自らの細胞から培養し、船と一心同体となった改造人間だ。
 表向きは政府所有の探査船。
 だが裏の顔は虚無の境界と戦うIO2の尖兵。黒く長い髪、愛らしい顔立ちを持つと人は評価してくれるけれど……。


「まだ、信じられないなぁ」


 それは数日前の事。
 宇宙船――いや、あたしに死刑宣告が下ったのだ。簡単に言えば廃艦処分。容赦ない事業仕分けの結果だ。あたしは今もまだそれを信じたく無い。あたしはまだ生きていたい。だって拉致同然で改造され、この姿になったんだもの。心が満足するまで生き抜いてみたいのよ。
 恋や結婚なんて無理。子供だって欲しかった。なのに今の伴侶といえば天文学。
 ……でも、それでも……それなりに充実していたのに。


 あたしは情緒不安定になる。
 揺れる意識。
 溢れてくる涙は頬を伝う。
 だけど宇宙空間で誰があたしを慰めてくれると言うのだろう。唯一傍にいる船は物言わぬ物体。それでもあたしにとって愛しい子供。


 ああ、嫌だ。
 こんな感情捨てたはずだった。捨てるべきだったのに――久々に自分が「女」であることを思い知らされた。再認識したそれはまさに母性。自分の血肉を分けた子がたった一言で死んでいくなんて知りたくなかった。
 もし男だったならこんな感情なんて割り切ってしまえただろう。
 きっとそうだ。
 女じゃなかったら――ああ、ああ……!!


 涙は零れる。
 頬から顎に落ち、鼻を啜った。
 今からこの子は大気圏に突入し、そのまま燃え尽きる運命だ。せめて最期の瞬間を目に焼きつけ、共に逝かなければいけない。それが『母』としての役割だ。
 ぐしっと手の甲で涙を拭う。
 あたしは最期のお別れを言おうと探査船の冷たい肌に触れた、その瞬間――頭の中に声が響いた。


―― 玲奈、大気圏突入の命令は一旦停止。改めて君に命令だ。「鬼子母神」と名乗る鬼火が次々と学校を襲っている。そいつは子供達の魂を抜き取り、その霊を従えて地獄へ逃走中。それを阻止しろ。

「鬼鮫っ!」

―― 聞こえているな。もう一度言う。子供達の霊を奪い返せ。


 頭の中に響いてきた低音。
 ぶっきらぼうな声の持ち主はIO2エージェントの鬼鮫。そっと目を伏せれば頭の中に小さなスクリーンが浮かび上がる。そこには複雑そうな顔をした中年の男の姿が映っていた。


「どうやって助ければいいの?」


 命令だ、と鬼鮫は繰り返すけれどあたしが今居る場所は宇宙空間だ。
 ふっと妙案が湧く。
 先程まで自分の頬を濡らしていた原因――つまり死への恐怖を思い出す。死ぬのは嫌だ。だけどそう言っていられない。どうせこの子と共に逝くというのならば。


「命令を実行します――ただし、大気圏突入は止めないわ」

―― 玲奈?

「通信は繋げておくから、どうすればいいか教えてね。――……いくわ」


 あたし達は落ちていく。
 地球に向かって真っ直ぐに、耐熱対策もなく、ただ、ただ――生と死の狭間を目指して。
 「鬼子母神」と名乗っている鬼火が地獄へと行くというのならばあたしも追おう。どうせ今更天国にいけるだなんて思っていない。沢山の人を殺めてきた、沢山物を壊してきたあたしとこの子が行く場所なんてひとつしかないんだから。


 熱があたしと探査船を覆う。
 熱い。
 熱くて、苦しくて――ああ、でもこれならば。


「見つけた!」


 燃え盛る劫火の中、あたしは目標物である鬼火の姿を捉えた。
 子供達の呻き声と泣き声が聞こえ、そして無数の手が救いを求めるように蠢いている。子供達は自分達の意思ではなく、強制的に連れて行かれているのだ。中には赤子もいるではないか。


「酷い、どうして、こんな事を……!」


 問い掛けても当然答えなどない。
 玲奈は唇を噛みながら何か手は無いか必死に計算し、辺りに視線を巡らせた。ふと、鬼火の傍に寄り添っている小さな灯を捕らえる。霊でもない、それはまるで――。


「まさか、鬼子母神の実子? 鬼鮫、聞こえてる!? 鬼火にも子供らしきものがいるみたいなの、どうにかできないかな!」

―― 子? そうか……子供と共に道連れにする気だな。玲奈、そいつを使え。鬼子母神に直接攻撃するのではなく、子供の方を威嚇しろ。

「子供の方を?」

―― 子が大事なら、母親がどのような行動を取るかくらいお前にも分かるだろう。

「……分かったわ」


 鬼鮫の助言に従い、あたしは霊波で子鬼火を威嚇する。
 それは本当に危害を加えない程度のものだったけれど、驚かすには充分。鬼火達はあたしの――ううん、船体の姿を確認すると驚いたかのようにあっという間に逃げ出した。あれくらいの鬼火ならばあたし達に敵うはずなんてないもの。それくらいの判別は出来るくらいの知能はあったみたいで助かった。


 そして漂うのは沢山の霊魂。
 放り出された多くの子供達はあたしと宇宙船へと身を寄せる。焼けた船体を心配してくれているのか、伸ばされた手は優しく金属の肌に触れ、そして透けてはもう一度触れようと努力してくれている。


「君達の肉体は亡くなってしまって、戻してあげられないの。ごめんなさい」


 そう言うと死の意味も分かっていない子供達はきょとんとした顔をする。
 だけど、親にも、友人にも会えないのだと伝えると泣き出す子達が続出した。行き場のない可哀想な子供達。地球では彼らはすでに死に、子を失った親が泣いていることだろう。


 大気圏突入後、あたしと船は再び宇宙へと姿を戻す。
 ぎりぎり戻ってこれた事を喜んでいる暇は無い。だって、廃艦命令は「停止」になっているだけ。ただ、それだけだ。いつまた同じ様な命令が下るのか分からない。


―― 玲奈、聞こえるか。

「ええ、聞こえるわ。今度は何? 廃艦命令かな」

―― いや、吉報だ。IO2側の計らいで船に墓碑が接続され当分そこを子供ら住処とする案が出ているぞ。出来るな?

「墓碑? この船に?」

―― 当分の間だけでいい。子供達が次なる道を見つけるまでの間だ。

「――そう言われちゃ断れないわね」


 やれやれとあたしは肩を竦める。
 鬼鮫との通信はそこで途絶え、あたしは目を開いた。そこに広がっているのは闇。宇宙空間だ。星屑が舞い、地球の青が映える場所。


 ばたばたと船内を走り回る子供達の霊の気配にあたしは苦笑してしまう。壁なんてないものとしてすり抜け、どうやら鬼ごっこをしているらしい。
 霊になっても子供は本当に元気なものだ。皆一緒なら寂しくないわね。
 だけど、……。


『お母さん! これなぁに!?』


 あたしはまだ十六歳の乙女なの、お母さんって呼ばれるのだけは勘弁だわ!



■■■■



 あたしは涙を拭った。
 泣いていた日々は本当に辛いものだったけれど、それはもう大丈夫。
 鬼鮫の声が聞こえる。あの、低くて、乱暴な口調の彼の声が。


―― 玲奈、お前に吉報だ。事業存続が決まった。廃艦命令は無くなったぞ。


 ああ、神様!
 あたしはどう転んでも後悔しないって腹を括って、あの時大気圏に突入した。だからこそ起こった結果に感動したの。
 神様は人の心の中にいて必要なときに楔をうって、それが人の行動と未来を作るんだなあ……なんて、ちょっとロマンチックな事を考えてみたりね。
 廃艦命令が下った瞬間から本当に苦しくて、涙が止まらなかった。あの日々はもうお終い。
 断腸の思いで決断したことが、投げた言葉が自分の為になったと思いたい。


「良かった。あたし達、まだ生きていられるのよ」


 船体を優しく撫でる。
 喜んでいるわよね。
 だってあたしとあなたは一心同体。


 あなたがいなきゃあたしはいない。
 あたしがいなきゃあなたはいないの。


「また、幸せな日々を一緒に過ごそうね」


 笑えない船、それでもあたし達は一緒に喜びを分かち合った。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7134 / 三島・玲奈 (みしま・れいな) / 女 / 16歳 / メイドサーバント:戦闘純文学者】

【NPCA018 / 鬼鮫 (おにざめ) / 男 / 40歳 /IO2エージェント ジーンキャリア】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。
 今回は発注有難う御座いました!

 「SF描写苦手上等、むしろ大いにファンタジーで行っちゃって下さい」とのお言葉に甘えさせて頂きまして、ファンタジーかつ心理描写で進ませていただきました。
 面白いプレイングでどう表現しようか考えた結果このような形になりましたが、どうでしょうか?
 ご期待に応えていることを願いつつ、失礼致しますっ。