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<東京怪談ノベル(シングル)>


IF



 人間には人間の社会があるように、人魚には人魚の社会がある。社会に伴うルールもそれぞれに違いがあって、あたしのように両方で暮らす者にとっては大変なこともある。
 ――人魚にとって、自分たちが“人魚としての能力を持っている”ことは重要な意味を持つ。
 人間社会ではさまざまな職業があって、それぞれが社会の役に立っているように、人魚社会ではその特殊能力によってそれぞれの役割を担っているのだ。
 ところが普段人間社会の中で暮らしている人魚にとって、人魚の能力というのは使う場面のないものだ。衰えてしまいやすい。
 そこで人間社会で暮らす人魚を対象にした試験――『人魚検定』がある。能力が衰えていないことをそこで証明しなければならない。
 ……その試験、気が重くないと言えば嘘になる。
(だって人魚検定には、能力の証明以上の意味があるんだもの……)
 人魚検定は、能力よりも血を見るためにある。
 自分が人間ではなく人魚であると証明するための。
 仲間だと認めてもらうための試験なのだ。
(逆に言えば、みんなに受け入れてもらえるチャンスなんだし……がんばらなきゃね)
 あたしは、人魚としても人間としても微妙な立ち位置にいる。完全に拒絶されている訳ではないけれど、深海で暮らす人魚のみんなとは壁を感じることもあるのだ。
 でもこの試験で結果が出せれば、みんなとの関係が好ましくなるかもしれないし、自分の自信にだって繋がる。自己鍛錬だって、少しずつだけど積んできた。
 ……きっと大丈夫。
 そう自分に言い聞かせて、深海へと向かう。
 最近は補習の関係で学校の勉強に集中していたから、まだ頭の中では数式がグルグルしている。
 それでも一度身体を海へと浸せば、自分はやっぱり人魚の血を引いているのだと実感する。
 ――冬だから海水はとても冷たいのに、それさえも気持ちが良い。
 二本の足だったものは磁石のようにくっつく。足と足の境目がゆっくりと溶けだし――大きな尾鰭へと変わる。太陽の光を浴びて鱗がキラキラ光っていてうっとりしそうになったけど、潜り始めるとすぐに消えてしまった。


 指定された場所まで泳ぐと、一人の人魚さんが待っていた。
「海原みなもさまですね」
「はい。こんにちは、人魚検定を受けに来ました」
 あたしが頭を下げると、相手の人魚さんも深々と礼をした。
「受け賜っております。本日は遠いところから、ようこそいらっしゃいました。では人魚検定についてのご案内を致します」
 ……あたしは内心驚いた。どこかの旅館へ泊まりに来た人みたいだ。
(これって、歓迎されているのかな)
(それとも皮肉なのかな……)
 人魚さんの顔は雪のように白く、眼も唇も上がりも下がりもしていない。人形のように表情がないから、感情を読めなかった。言い方も温かくはなかったけれど、冷たさも感じられなかった。
 前にお掃除で来たときよりは良いかもしれない――あたしがそんなことを考えているうちに、人魚さんは一つの洞穴を指差した。
「あの中で試験を行います。海原みなもさまは、適性試験は初めてですね?」
「はい」
 とあたしは頷いた。
 適性試験とは、その人魚がどのような能力を持っているかを見るものだ。能力の方向性は人魚によってさまざまだから、この試験で調べる必要がある。
「基礎能力を見る普段の検定と合同で、適性試験を行います。あの洞穴は私の作った特殊な空間で、あそこへ入った人魚の適性を引きだすための架空世界に繋がっております。その世界では何かしらの問題が起きているでしょう。貴方さまはお一人で、その問題に対する何かしらの答えを“能力で”提示しなければなりません。その答えが、貴方さまの適性能力の方向性を示唆している筈です。……不安そうな顔をしてらっしゃいますね、びんごですか?」
「は、はい……。能力で、というのがちょっと……。あたし、まだ自分がどんな人魚になるのか、わからないんです……」
「びんごでした。御心配にはおよびません。あの洞穴の中では、貴方さまの想いが強くなったときに限り、一時的に能力が増幅されるのです。ですから“答え”を貴方さまが持っていれば、能力は応えてくれるでしょう。制限時間は二時間、説明は以上です。おっけーですか?」
 何だかまだ、頭の中が混乱しているけど……。
 洞穴と人魚さんを見比べて、あたしは覚悟を決めた。
 元々行くしかないんだもの。頑張らなきゃ!
「はい、大丈夫です」
「おっけーでした。ではどうぞ、良き希望と良き絶望を」
 人魚さんは無表情でしゃべり方も抑揚がないけど、多弁だ。
 慣れてくると、この人魚さんは悪意がないと言うのが判る。そもそも好き嫌いの概念がない人なのかもしれない。
 ――そう思ったら少し気が楽になった。
 あたしは人魚さんに礼をすると、洞穴へ入った。

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 洞穴を泳いで進むと、急に開けた場所に出た。
 ――あ、水の性質が変わった。
 水がクリアになり、その中を薄いグリーンや濃く淀んだ色、ワインレッド色の水草がゆらゆらと揺れていて、おとぎ話のように鮮やかな色彩で包まれていた。水温も高く、眠りに誘われそうだ。
(だけど……)
 目には見えないけど、あたしには逆鱗で判っていた。
 ――この水にはたくさんの血が溶け込んでいる。

「それは私たちの仲間の血です。救世主さま、どうかお助け下さい!」

 ネイビーブルーの小さな魚の群れが、あたしに訴えかけてきた。
 この空間では魚と言葉を交わすことが出来るらしい。
「どなたにやられたのですか?」
「大きなグレーの魚たちに。あんな奴ら、今まで見たこともありませんでした」
「あの悪魔どもはある日突然上から降ってきて、私たちを殺し始めたのです。もう数千匹、いいえ数万匹と喰い殺されました……」
「何度も倒そうとしたんですが……子供たちは倒せても、一番強いオスが倒せません。メスが一匹でも残っていれば、結局どんどん殖えていくのです……」
「だから私たちは減る一方です。私の子供ももう残っていません……」
 魚は目から真珠のような丸い涙をこぼしていた。そのごく小さな涙は水に溶けあい、左瞼を通してあたしに悲しみを訴えてきた。
 涙がこぼれていくのを止めてあげたいけど……出来なくて、もどかしい。
「だから色んな方にお願いしているんです。あのボスを倒して、その頭を持ってきてくださいませんか。そのときは、たっぷりとお礼しますから」
 この言葉に、あたしは内心納得した。
 悪魔の頭を持ってくること。これが試験の課題なんだろう。
「救世主さま、お願いします」
「あいつはここから南の方角にいます。本当にお願いします!」
 あたしは魚の群れに背中を押されながら、悪魔を探す旅に出た。
 ただ、どうも気が進まない。
 魚たちの悲しみや憎しみを強く感じたのに、あたしは“悪魔”に対して攻撃的な気分になりきれていない。
 それどころか、後ろめたさを感じてもいた。
 ――上から降ってきた、と言う言葉が引っかかる。
(上と言えば、空、陸上……。そして人間……)
(それに水からも……あの魚たちとは違う何かを感じる……)
 ……その巨大な魚たちが、本当に悪魔なら良いんだけど……。


 あたしの不安は的中した。
 南へと泳ぐにしたがって、水から血と大きな感情を感じ取って眩暈がした。
 巨大魚が血を流しながらここを通ったのだと水は伝えてくる。
 強い恐怖と怒り、混乱を抱いて。
 ――水から感じた違和感は、このせいだったんだろう。
(凄く……気持が悪くなりそう……。近づきたくない……)
 あたしは尾鰭を動かすのをやめ、底に溜まっている砂の上に身体を乗せた。
 眩暈がする。
 見たくないものを見てしまいそうな不安。
(でも……何とかするって約束したもの……)
 唇の先を固く結び、あたしは再び泳ぐ。


 やがて屋根のように重なり合った水草の前に出た。
 ――この水草の中にいる。
 ゴボゴボと微かに音がする。
 荒い呼吸が水流を作り、血の臭いと一緒にあたしの唇を押してくる。出ていけ、と言わんばかりに。
 だけどここで引き返す訳にはいかない。
 あたしはゆっくりと近づいて――、

「きゃっ!」

 ザン、と水を切って巨大魚が突進してきた!
 あたしは寸でのところで避けて、攻撃態勢を整え――それから言葉を失った。
 ――なんて姿をしているんだろう。
 鱗はボロボロに剥がされ、そこから血が滲んでいる。
 ギョロついた大きな目は、重すぎたのか垂れていた。片方の黒目はどす赤く濁り、黒いドロリとした染みが白目の端から出ている。片目は見えていないだろう。
 背骨は中央を境にぐにゃりと曲がっていて、不自然なシルエットを描いている。
 口は腫れぼったく、両端が醜く下がっていた。
(これが悪魔? これが――)
 再び巨大魚は体当たりしてくる。
「はっ!」
 あたしは背中を反らせて避けた。
 何度やっても同じこと。
 巨大な身体でこれだけ水を動かされれば、僅かな水の流れも読めるあたしにとって、攻撃を避けることは造作もない。
 一方、巨大魚はもはや水平に身体を保つことも無理なようだ。斜めになった身体でヨロヨロとターンし、力を振り絞っている。
「ちょっと、待って下さい! 一体何があったんですか?!」
 あたしは水草からも離れて、尾鰭を止め、危害を加えるつもりが今はないことを訴えた。
「あたし、貴方がこの辺りの魚たちを襲うって聞いて、やってきたんです。でも詳しいことが判らなくて……」
「…………………………………………」
「お話を聞かせて下さい。もし貴方が悪い魚じゃないなら……力になれるかもしれませんから……」
「…………腹が減った……」
「え?」
「腹が減った! 腹が減ったんだよ! お前は喰えるか、喰えないのか?!」
「私は……食べられません。ごめんなさい……」
「そうか! ならほっといてくれ。仲間ともはぐれて、今この身体じゃあ縄張りまで戻れない。狩りにも行けない。喰えなきゃ、傷を治せずに死ぬばかりだ……くそ! くそ!」
 地鳴りのような声が響き渡る。
 巨大魚は、あたしよりもずっと大きい身体をしている。それに比べてあの魚たちは数センチあるかないか。食べていても空腹だろう。
 それが狩りにも行けないなら尚更だ。
「あの……。どうしてここに来たんですか?」
「知らないさ! 落とされたんだ。前はあんたみたいなのと一緒にいたんだ。あの頃は飯だってもっと喰えたのに!」
 感じていた後ろめたさの理由はこれだと思った。
(捨てられたんだ……)
 他の魚たちが「見たことない」と言ったのはもっともだ。元々ここには存在しない生き物なんだから。
 ううん、もしかしたら、自然にはいない魚なのかもしれない。
 生態系はピラミッド型に築かれると理科の授業で習ったけど……、この魚は元々いないところから連れてこられたのだから、ピラミッドの上に立ってしまっている。
 ――仇を討ってほしいと言われたけど、あたしはどうすればいいんだろう。
 あの魚たちの気持はもっともだと思う。あたしがもし魚の立場で、自分の家族を食べられそうになったりしたら、阻止しようとあがくだろう。相手がどれだけ仕方のない理由であっても――あたしたちがお肉を食べるのと同じ、生きるための食事であっても――自分たちが生きるために戦うだろう。
 だから魚たちが自分で仇を討つならば、筋が通ると思う。
(あたしは違う)
 あたしは魚じゃないし、部外者なのだ。普段は魚を食べているのだから、むしろ巨大魚に近い立場にいる。
 おまけに“彼”は自分の意志でここに来たんじゃない。あたしのような、人間に捨てられたのだ。背骨が曲がっていることや、片目に問題があるのは、飼われていたときにされたことなんじゃないんだろうか。……少なくとも彼のせいではない。
(あたしに殺せるの? ましてや、頭を切り落として持ってくるだなんて……)
 ただ問題なのは、殖えたことだ。ここに元々住んでいた魚たちを絶滅させる訳にはいかない。それは人間としても、人魚としても何とか対処しなければならないことだ。
(全て殺すしか……手はないの……?)
 ――背後から水の流れを感じる。
「危ない!」
 巨大魚を突き飛ばし、自分も何とか攻撃を避ける。水のうねりは水草を千切り、遥かへと流れていく。
 攻撃の来た方向を睨むと――見知らぬ人魚がいる!
「見つかっちゃったかあ。悪魔の親玉はそいつでしょ? ね、報酬は山分けってことで、人魚同士手を組まない?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
 どう言っていいかわからないまま、あたしは止めに入った。
「あの、確かにこのままじゃあいけませんけど、巨大魚が全て悪い訳じゃないんです。巨大魚たちは捨てられてここに来て、空腹だったから魚たちを食べていたんです。残虐なことをするつもりはなかったんですよ……」
「そう」
 人魚は小さく頷いてくれた。
 良かった、何とかお話出来そう。
「ですから、あの、対処法を二人で考え……」
「あんたも馬鹿ね、元々いない生き物なら、全部ぶっ殺して構わないってことでしょ!!!」
 ドオン!
 相手が喋り終わらないうちから、水泡弾がいくつも飛んでくる!
(全部も避けきれない!)
 あたしは自分よりも大きな巨大魚を抱いて、めいっぱいの力を込めた。
「逃げるなら、仲間のところまで連れて行ってくれないか。俺だけではもう泳いで行けないから……」
 巨大魚の小声に、あたしは頷いた。
「飛ばしますよ!」
 後ろから迫ってくる水泡弾を殆ど勘で避けながら、鰭が千切れそうなくらい全速力で逃げた。


 ごぼごぼごぼごぼ……。
 あたしは口から泡が出るくらい疲れ切っていた。
 逃げ切るのが精一杯。とてもあの人魚とは戦えないだろう。
 数発は食らってしまい、あたしも巨大魚も血を流していた。
「あんた……大丈……夫か……?」
「あたしより、貴方の方こそ大丈夫なんですか」
 互いに減らず口を叩いていたけど、巨大魚の死期が近いことは明白だった。
 めくれた鰓が辛そうに震えている。呼吸がそれだけ速いのだ。
 早くみんなのとこへ連れて行かなければならない――とあたしは急いだけど、その行動を後悔した。連れてくるべきでなかったのだ。
 仲間がいる、と言われて案内した場所には、数え切れない程の骸があった。そのどれもが浮いて水の中を漂い、他の生き物たちに食べられたらしく、ところどころ喰い破られていた。殺されてから時間が経っている証拠だった。
 ――あたしは初めて魚の呻くのを見た。
 鱗の剥がれた巨大魚はグルグルと骸のあたりを回り、鰓からゴボゴボと音を立てた。やがて力尽きたのか沈み始め……あたしは彼を抱きしめた。
「とうに……とうに、死んでいたのか」
「………………」
 あたしは何て答えたらいいのかわからなかった。
 やったのはあの人魚だろう。
 だけど、それを巨大魚に言ってもどうにもならない。
 頭の奥で、あの魚の群れが喜ぶのが思い浮かんだ。
 それが良いことなのか、悪いことなのかもわからない。
(あたしなら、どうしたんだろう?)
 あの人魚にはああ言ったけど、全てを助ける対処法なんてなかったのかもしれない。
 認めたくないけど――殖えすぎた巨大魚の行く先は、あたしの手には余る。
 他の場所へやっても同じこと。そもそも一度ここに馴染んだ魚を他へやること自体タブーなのだ。その中に病原菌を持っている魚がいれば、その病気をよそに感染させることになるのだから。
 人間の世界に戻すことにだって無理がある。水温のせいか、他の理由でもあるのか、彼らは育ち過ぎてしまった。維持費も高くつく。おまけにこの見た目では、引き取り手なんて出ないだろう。
 ――目の前では巨大魚が痛みに堪えながら涙を流している。
 水もその悲しみや彼らの血を吸って、震えていた。
 あたしは答えを見つけられないまま、彼を抱き寄せた。
「ごめんなさい……力になりたかったけど……ごめんなさい……」
 あたしは何も出来ないんだ。
 そう思ったら、情けなくて、悔しくて仕方なくて――涙がボロボロとこぼれた。
 あたしたちは水の底で抱き合って、震えていた。
 肩の傷がひどく痛んだ。
 巨大魚はよりひどい状態で、致命傷を負いながらもなかなか死なず、苦痛に呻き続けていた。
 呻きながらも、巨大魚は歪んだ口をパクパクさせて繰り返し呟いていた。
 何が悪かったんだろう、何でこんなことになったんだろう……。
「貴方は本来、ここに居ちゃいけないんです。生態系を壊してしまう。だから狙われたんです……ましてや殖えてはいけなかったんです……」
 そんなことを説明しながら……あたしは、ふと、自分の肩の変化に気づいた。
 さっきまで血だらけだったのに、完全に修復されている。まるで最初からなかったように。能力が増幅されているのだ。
 ――この瞬間、あたしは途方もないことを思いついた。
 馬鹿げていることだ。それに禁じ手かもしれない。考え方によってはあの人魚よりも酷いことかもしれない。実行したところでこの巨大魚一匹のみの効果だろう。そこには矛盾が孕むこともあるかもしれない――だがもう、みんな死んでしまった。
 心の中で迷っているあたしの背中を、巨大魚の一言が押した。
「一つ願いを聞いてくれないか。俺を殺してくれ……」

 あたしは巨大魚に寄り添って全身を絡ませると、ゆっくりと生きている服を這わせた。あたしと巨大魚を一つの生き物として作動させるのだ。普段なら出来ないことだろうけど(試したことさえないけど)、今は違った。巨大魚の傷口から生きている服は滑り込んでいき、骨として、血として、筋肉として、臓器として――動き始める。
 全ての部位が修復されたように、巨大魚は生命の息吹を取り戻していた。
「――いいんですね?」
「ああ、やってくれ……」
 あたしは深呼吸すると、ゆっくりとエンジンを噴かすように――巨大魚の身体を若くしていった。
 巨大魚は話せなくなるまで、ありがとうと繰り返していた――。
「あんた、何を考えているの?! 頭がなければ報酬が貰えないのに!」
 全ての事が済んだ後で、それを知った人魚が怒鳴っていた。
「命を戻すなんて、そんなの間違ってるわよ!」
「そうかもしれません」
 あたしは静かに言った。
「だけど、これがあたしの答えなんです。命を奪うよりは、戻す方が良いと思ったんですから」
 あたしのしたことは間違いかもしれない。
 だけど不思議と気持ちは吹っ切れていた。
 これしか選択はなかったという気持ちでいっぱいだった。


 洞穴の入り口で、案内役の人魚さんが待っていてくれた。
「おかえりなさいませ。おめでとうございます、貴方さまは合格です」
 その言葉に、あたしは凄くホッとした。
「でも……あたしの能力って結局何だったんでしょうか……」
「そうですね。命に関わるものでしょう。死、あるいは蘇生、あるいは……右手を開いてみてください」
「?」
 人魚さんの言うとおりにして――。
 あたしは驚いた。
 そこには水草の種子が握られていたから。
「……あるいは、転生。せっかくですから、お部屋で育ててみてはいかがですか。種子もそれを望むでしょう」
「はい」
 あたしは優しく種子を握った。宝物を包み込むような気持ちで。
「種子は新たな人生を歩むでしょう。――時々は考えてみてください。自分の能力の可能性がどのようなものかを。何故その魚を、別の魚にさせるのではなく、全く関係のない植物に転生させたのかを。性格と能力とはびんご関係にあるのです」
 あたしは人魚さんに深く頭を下げると、陸を目指して泳ぎ始めた。



終。