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<甘恋物語・スイートドリームノベル>


変化する音――I

 ビターにスイート、ミルクにホワイト‥‥。
 たくさんの種類のチョコレートを目の前に散りばめて。
 この一粒一粒が、ほろ甘く、ちょっぴり苦い気持ちと重なる。
 ボールに放りこんで自分の気持ちを織り交ぜて。ねってねって、形を変えて。
 自分の心を形で示して固める用に、型に入れて冷やし固める。

 不安と希望のサンドウィッチになりながら、一人しか見せない様に綺麗にラッピングして。



「今年はいっぱい作らなきゃなぁ」
 相馬樹生は両手いっぱいに抱えた紙袋を持って歩いていた。
 紙袋の中身は数種類のチョコレートとそれをコーティングするもの、ラッピングである。
 大学の課題で布を大量に抱えることはよくあるが、お菓子の材料を抱えるのはこの時期だけ。そう、バレンタインを前にしたこの時期だけである。
「バンドのメンバー‥‥ベースの女の子と、ドラムの兄貴でしょ? 今度のアルバムのプロデューサ氏に、マネージャー。あぁ、ルームメイトと大学の友人にもかぁ」
 あげる予定の顔ぶれを思い浮かべてみるも、買ってきた材料で足りるか不安がよぎる。
「あ、あと‥‥」
 もう一人、顔が思い浮かぶものがいた。
 蒼衣、永嶺蒼衣――同じバンド『Crescens』に所属するヴォーカル兼ギタリストだ。
 高い身長と、明るい髪色、東洋人では持ちえない青い瞳の持ち主である。一言でいえば魅力的なその容姿も、彼の性格を如実に現す皮肉的な口調により、よりいっそう際立ってはいるのだが。

―――ドクン

 樹生の胸が早鐘のように鳴り出した。

(「どう、して‥‥?」)
 胸が締め付けられる。
 いつからだっただろう、彼のことを考えるとなぜか苦しくなる。
 そんな自分が不安になったのか、樹生は足早に通りを歩き出した。
 急に早くなった彼の足取りに、今朝ごろ降った雪が、さらさらとまとわりつく。
 しっかりと抱えた紙袋に、肩から提げたギター。まだ寒い冬のためか、しっかりと着込んだコート。首に巻いたマフラーが、進む速度にあわせて揺れていく。
 先程一瞬だけ不安をよぎった顔は、今は強張っていた。



「蒼衣‥‥」
 移動中の電車の中で不意に零れ落ちた名前。
 景色を見るわけではなく、ただぼんやりと窓のほうに視線がいく。移り行く景色の中、樹生は出会った当初を思い浮かべていた。
 それは、ちょうど1年前くらいのころ。
 あの頃は少し違っていたような気がする。少なくとも、こんな風に思い浮かべることはなかった。
「‥‥なんでなのかなぁ」
 彼のことを知るたびに、深くなっていく関係。なぜだろう、知りたいのに、知りたいのに知りたくない。そして、そのことを彼に知られたくないと思ってしまう。
「――っ!!」
 自分自身で理解できない思いが、彼に対してだけ取り巻いていくのだ。それは、時として胸を締め付け、痛みを伴っていく。
 この気持ちは、なんだか‥‥。
「な、何考えてるんだ‥‥。だって‥‥蒼衣は男、なのに‥‥」
 締め付ける痛み、そして複雑な気持ち。それは、まるで恋をしているような――感覚。
 くしゃりと握り締めたのは、胸に抱いた紙袋だった。




「Happy・Valentine!!」
 カラフルな紙で包まれた箱を、出会った一人ひとりに渡していく。
 昨夜から奮闘を見せたチョコ作りは、自慢の出来に収まっていた。トリュフをはじめ、手軽に食べれる一口サイズばかりである。
 そう、今日はバレンタイン当日だった。当初の予定通り、ルームメイトと大学の友人に渡してから向かったのは練習スタジオ。今日はアルバムの打ち合わせもかねて、目当ての人物は全部揃う予定だ。
 最初に渡したプロデューサやマネージャは、手作りだと告げるとことのほか喜んでくれた。バンドのメンバーのベースの女の子は、照れながらも、
「私より美味しそうで、ちょっとむかついちゃいます」
 なんて、軽口をたたきながら用意したチョコをくれたり。
 兄貴分のドラムは、
「ん、サンキュ」
 そう一言いって、くしゃりと頭を撫でられてしまった。まぁ、喜んでくれたのだから良しとしようと、樹生は思う。
 そして、手元に現在あるのは残りひとつ。
(「――あれ? 蒼衣‥‥まだ来てないのかな?」)
 スタジオは狭い。すでに、集合時間は過ぎているのに、バンドの要でもある蒼衣は姿を見せていなかった。
 いつも遅れてくるのがおかしいだのという彼なのに、今日に限って遅れているようだ。
「蒼衣、なんか連絡ありました?」
 たまりかねてマネージャーへと聞いたときだった。

「何だ? 樹生‥‥そんなに俺が好きだったのか」
 不意に耳元へ、ざわりと低めの声が聞こえる。
「‥‥あ、お、い?」
 解かってるのに、思わず確かめずにはいられなかった。振り向こうとしたが、肩に乗った腕が首を固定している。
「そう、お前が探していた蒼衣様だぜ」
 低く響く笑いは、面白げな音を隠そうとしていない。
 目の前で苦笑するマネージャーを見ると、どうやらこの、頭の上に顎を載せようと手で押してくる人物は、たいそう楽しいらしい。
「何だ、顔を見ないとわからないか? 声だけでわかれよ」
「わかるけどっ! こ、この手を退けてくれてもいいじゃないかな。何も出来ないじゃないか」
「‥‥はぁ、まだまだだな」
 ようやく退けてくれたものの、新たに頭の上に何かを載せられる。
 落ちないようにと、慌てて手を出すものの、それは洒落た紙袋だった。
「――Happy・Valentineだったか? まぁ、たまに菓子会社の戦略ぐらい乗ってやるさ」
 口角を上げつつ、誘うような視線で。
 一瞬口を開けて魅入ってしまったが、慌てて視線をそらす。樹生は顔に熱が集中するのを感じていた。
「こ、これやるよっ!」
 樹生は混乱した頭の中、それでも自分が渡していないことに気づいて差し出したのは先程バンドメーンバーたちにあげたのと同じ包み。抵抗ゆえか、顔を逸らし視線は合わせない。
 伸ばした手から、なかなか受け取られないことに不安を覚えて視線を移し見ると、蒼衣はなにやら不満気に包みを見ていた。
 そう、見ていたように感じた。
 それは、ほんの僅かなことで。吐く息と同時に、手から受け取られる。
「――Thanks。まぁ、俺に用意しただけ上出来だ」
 ひらひらと手を振りながら去る後姿を、かけられた言葉の意味を理解できずに見つめてしまう。そして――。
(「!?」)
 蒼衣が他のメンバーへと渡した包みをみて、身体が強張った。
(「え‥‥ちが、う?」)
 手元にある包み。紙袋に入ったままなので、他の人には見られていない。
 しかし、樹生にはその違いが明らかにわかる。
 ――大きさも、包み紙自体も、明らかに違う。
(「え‥‥なんで僕のは違うの?」)


 他人とは違う、それを形に示されたなら。
 戸惑う樹生を置き去りに、今日も『Crescens』の演奏は始まる。
 樹生のギターからは、いつもと違う、仄かな甘美の音が混ざっていることを、蒼衣だけは感じ取っていた。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8177 / 相馬・樹生 / 男 / 20 / 大学生/ギタリスト】
【8211 / 永嶺・蒼衣 / 男 / 21 / ミュージシャン】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度は発注ありがとうございました。
 長らく時間を頂戴いたしましたこと、申し訳ございませんでした。

 東京怪談からの発注とあり、久々に怪談の世界に触れました。
 舞台は東京ということもあり、久々に日本でいいんだっ! と思い、筆を走らせた感があります。
 他の納品ノベルも見てからの発注とあり、大変ありがたいと同時に恥ずかしくもありました。
 ご満足いただける内容になっていれば良いなと思います。

 まだまだ発展途上中の想いは、たとえ同性同士であってもどきどきします。
 次はいかなる手段で、そんなことを思いつつ、彼らの行く末が気になる次第です。
 二人の視点の違い、楽しんでいただけたらよいなと思います。


 それでは、またお会いすることを願いまして。

 雨龍 一