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<東京怪談・PCゲームノベル>


〔琥珀ノ天遣〕 vol.8



「邪魔よ!」
 明姫リサは下心丸出しの視線の主に、珍しく声を荒げて肩をぶつけ、前に進んだ。
 今はこんなやつらに構っていられない。
 探しているのは夏見未来。一ヶ月前に「さよなら」と言って消えてしまった人物だ。
(人込みをこれだけ探しても見つからないなんて……)
 あんな「さよなら」なんて絶対に認めない! 認めないんだから!
 どれだけ歩き回っても彼女は見つからなかった。
 絶望に、リサは打ちのめされそうになる。もう一ヶ月も探し続けているのに――――。

 だが見つけた。
 見つけたのはある場所だった。いつもは絶対に行かない。
 とぼとぼと歩いて、夏見未来を見つけたのは霊園だったのだ。
 そこに彼女が立っていた。一瞬、目を疑う。
 一つの墓を前に、夏見未来はぼんやりと墓石を眺めていた。
「み、ミク……?」
 ゆっくりと近づいていくと、彼女はふふっと笑う。
「あーあ、見つかっちゃった」
 そう言って振り向いたのはミクだった。以前より表情が柔らかい。
 その表情にドキリと恐怖を感じてリサは慌てて思っていたことを話し出した。すぐに言わなければと焦燥感にかられたのだ。
「か、完全な人間なんて存在しないわ! だからミクだって……」
「そういう意味じゃないんだよ」
 ミクはそう言って、目の前の墓石を指差した。
 指の示す先をリサは視線だけ遣ってみる。
「…………天宮美玖?」
 アマミヤミク? だれ?
 まさかと思って、ミクへと視線を動かすと彼女は笑ったのだ。
「孤児院の出身だったんだけど…………というか、そういう情報らしいね。なんか全然憶えてないし」
「…………あなた、どこから来たの?」
「琥珀の世界」
「?」
「って、ナツミなら言うかな。あいつは一番頭がいいし、センスいいから。
 ほら琥珀って、樹液が固まってできたあれのことなんだけど。中には虫が入ってるやつもあるじゃん……大昔の。
 つまりさ……停止した世界のことだよ」
 切なく言うミクは囁く。
「あの世だよ。死者の世界」
「あの世?」
「現世と隣り合わせの世界のこと」
 ミクはそう言って、語りだした。彼女の、過去を……………………。



 神は泥からヒトをつくった。
 では「夏見未来」とは?

 その人物は「夏見未来」を振り向き、笑顔で言ったのだ。
「調子はいいようだね」
 不愉快な感情。嬉しい感情。色々なそれが混ざり、夏見未来は突然暴れだした。
 だが夏見未来は拘束されており、手や足の先をばたつかせるだけであったが。
「なあ、ミクル」
 呼ぶと、その人格が表面に出た。
「はい、ご主人様」
「おまえは素直でいい。反抗的なサマーとは大きな違いだ」
「あまり言われては、抑えられなくなります」
 うっすらと笑みを浮かべて言うミクルに、男は笑顔になる。
 彼は夏見未来の肉体をゆっくりと撫でていく。そこに欲望などは欠片も見えず、あるのは淡々とした作業の動作だけだ。
「御使い、という言葉を知っているかね?」
「……神の使者のことでしょうか? 神以外にもそう表現することはありますが」
「そう、僕は創造主であるわけで、おまえはその使者なわけだな」
「なるほど」
「知っているかね?」
 男の口癖だ。
「宇宙はとても広い。そして神はそのすべてをみているとされているのだ」
「そうですか」
「浪漫を求めるなら、僕は神だ。人間ではないし」
「人外の生物の存在は認められておりますが……」
「そこらにいる、転がってる有象無象と一緒にされたら困るね」
 男の笑みが深くなっていった。
 そこから彼の長い演説が始まる。創世時代から始まり、神話やそのほかにも……。
 確かに現代では様々な怪異がある程度「実在する」として認識されており、そこに不可思議さがなくなっている。それが彼には嘆かわしいのだ。
 つまりだ。
 彼は自分が最高で、至上の存在だと言いたい。
 これに尽きる。
 そう結論づけたのはサマーで、ナツミだった。
「ではオマエは『なんだ』?」
 その問いかけにも毎回のことで、どう答えようと大差はない。表に出てくる人格によって若干異なるだけだ。
「ボクはあなたがつくった人造の天使」
 答えにぴくりと反応した男は、夏見未来を間近から覗き込む。
「……おまえはミクだな」
「よくわかったね。ギャハハ」
 にこやかに笑う夏見未来から離れ、男は目を細めた。
「ミクルだと、『あなたにつくられた』と言うはずだ」
「………………」
「そうだ。身の程を思い知るがいい。おまえたちは絶対に人間にはなれない。人間に似た、人間ではない存在なのだ」
「…………そうだろうね」
 夏見未来は囁く。別の人格に入れ替わったのだ。
「では逆に問うけれど、元々人間であった我々は、人間になれるのだろうか?」
「無理だ」
 はっきりと男は告げた。刹那、右腕の拘束用の紐がぶちりと力ずくではずされた。
 不用意に近づいた男の首を締め上げる右腕。だが、左腕はそれを止めようともがいている。
「なれないだとぉ? こんな不完全な状態で生きていられるわけないだろ!」
 その通りだった。
 彼女たちは限られた命の中でしか生きられない。
 なぜなら――――。
「に、人間なんか、なれるわけ、ないっ」
 手足をばたばたさせる男の首が折れた。夏見未来はそのまま右腕の力を抜き、天井を見上げた。
 天井と言えるのだろうか? 空もそこにはない。そこは宇宙と呼べる場所なのかもしれないが、地上にはない場所だ。
 ああ、なんだろう。この空しさは。
 創造主を殺してしまった。ミクルは嘆いている。サマーは激怒している。ミクは……。
「…………あーあ」
 そう呟いただけだった。
 多くの人格を宿す彼女は拘束紐をすべて外して起き上がった。
 裸体の夏見未来は現在は女性寄りの肉体をしているのだが……誰が見ても言葉に詰まるであろう。
 首から下の胴体や腕、足には明らかにつぎはぎされた痕跡があり、肌の色さえも違っていた。
 完璧ではなく、不完全。人間であったが、今は人間ではない。
 多くの人格は、それぞれの肉体の一部の持ち主のものなのだ。
 ミクルは左腕、サマーは右腕というように……肉体はあちこちで繋がれ、一つの身体を形成していた。
 内部の骨格にもあれこれと仕掛けがしてあり、普通の人間ではありえないのがありありとうかがえた。
 彼女は、彼にもなれる。女にも、男にもなれる。



「だから」
 ミクは眉をひそめた。そして遠い目のまま、リサを見つめた。
「だからさ、『今』のままのミクがいいっていうリサの願いを叶えるには、このままじゃないといけないんだよ」
 いつも消えてしまうのは、元々彼女たちが死人だったからだ。死体を遣っているうえ、あれこれといじられているために、現世とあの世を行き来していたのだ。
 どこから来たのかもわからない。確かに彼女たちは「天使」と呼べる存在だろう。性別もなく、人間でもない。それに、なにより……あまりにも。
(『完全』すぎる……)
 不完全のくせに、感情はほぼすべて、それぞれ個別で担当しているという。これを『完全』と言わずしてなんという?
 だがそんな状態で長い時間もつわけがないのだ。創造主がいたからもっていたのに、彼女たちは、いや、サマーが殺してしまった。
 肉体のメンテナンスができる唯一の存在を失った以上、滅びるのは運命だろう。
「そんなのって……」
 まさか……『すでに死んでいた』とは思わなかった。だからミクは死ぬという表現よりも『壊れる』という表現を使うほうが多かったのだ。
 しかも……。
(つぎはぎって…………ヴィクター・フランケンシュタインが作ったクリーチャーで有名な……?)
 つまりは――怪物、ということだろう。
 ミクはリサから目を離さない。
「もしも……ボクを生き残らせるのなら、統合しなきゃね。それもうまくいくかわかんない。
 誰かの人格を『柱』にするんだ。ボクは……最初から、ナツミがそうだと思ってた。だから、足掻いてた」
 あがいて、いた。
 その囁きにも似た小さな声に、リサは胸をつかれる。
 星が欲しいといっていた。さがしていると、言っていた。
(星……星って……いま、意味がやっと……)
 ――わかった。
 それは輝きだ。生命の輝き。空にあっても届かない星に憧れることそのもの。そして、それこそ。
(イノチ)
 ほし、と言っていた。ミクもサマーもおそらく、聞き間違えたのだ。
 ナツミが告げたのは「保志」だ。意志を保つことを示していたに違いない。その方法を探せ、ということだったのだ。
 多重というにはあまりの量の人格を内包しているミクには、重荷が過ぎた。
(ミクに生き残ってもらうには、他の人格が吸収されて、別の存在になる……。その逆も……。
 最悪の場合だと)
 そこまで考えてリサは青ざめて俯く。
 多重人格で生きていられる人間だっている。けれどそれがミクたちに当てはまるとは言えない。
「ねえリサ」
 声をかけられてリサは反射的に顔をあげた。
 ああどうしよう、私…………私、もう、こんな年齢なのに。大人になったと思ったのに。
 ……まだまだこどもなんだわ。
 どっ、と気持ちが溢れた。
 涙がそれに比例して零れ始める。どういう顔をすればいいのかわからなくて、何度か涙を左手でぬぐいながら、ミクを見つめた。
「リサはミクの大事な友達だよ」
「み、み……ミク……っ」
 唇がわななき、堪えきれなくなった。
「大事なんだよ。だから、リサのお願い、きいてあげたい」
 優しい声にすがりたくなる。
 生きていて欲しい。だけど『誰』が生き残るのかわからない。そして、もしも生き残っても……それはもうミクたちじゃない。
 リサのことだって、憶えていないかもしれない。
「な、なんだってするわ……私」
「うん。ボクもなんだってしてあげるよ。できる範囲でなら」
 にっこり微笑むミクに近づけない。涙が、嗚咽がひどくて動けない。足が動いてくれない。
 泣き声が洩れないようにするのに精一杯だった。
 私が泣いたって、どうにもならないのだもの。
「だから『願い』を叶えてあげる。あとちょっとだけど、ボクはボクのまま、リサと一緒にいるよ」
 その最期の瞬間まで――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】

NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、明姫様。ライターのともやいずみです。
 最終回直前。ミクの謎が明かされました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。