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<東京怪談ノベル(シングル)>


忘れていたカケラ

 新聞部の朝は早い。
 朝日がまだ昇るか昇らないかの薄暗い中、月代慎は歩いていた。
 気のせいか、自警団の姿が多い。
 まあ、すれ違うたびに挨拶をすれば、特に怒られる事もなく。

「昨日の今日、だからかなあ?」

 慎は首を傾げた。
 昨晩の事を慎は思い出していた。
 鮮明に思い出す、怪盗の姿。
 黒いチュチュを身にまとい、屋根から屋根を、黒鳥のように、しなやかに跳んで行くのが、まぶたの裏に焼き付いていた。
 それにしても。
 歩きながら考える。
 あの思念、何だったんだろう?
 怪盗が物を盗んでたのって、あの思念を祓うため、だよね? 多分だけど。
 でも変だなあ。もしあんな思念があったら、俺が先に気付いてたのに。幽霊部員とは言え、写真部だ。少なくとも、月1では顔を出しているんだから。
 そうこう考えている内に、新聞部の部室が見えてきた。
 新聞部が入っている旧校舎は古めかしい建物で、日が出ていたら血の色に見えるツタバラが黒いバラに見えるのが何とも言えずに不気味だ。
 旧校舎1つを現在はそのまま新聞部が使っている。学科や生徒が増え、学科ごとに塔が建てられている今、この旧校舎だと全く足りなかったのだ。新聞部の部室以外は特に使われる事もなく、特に掃除もしていないので埃の匂いがツンとする。
 ギシギシといつものように床を鳴らして、1つだけ灯の付いている部屋に入る。

「おーはようございまーす。あー」

 入ったら、そこには殺人現場が。
 小山連太が床に突っ伏して倒れ、手は真っ黒で何やら遺書が握られていた。
 慎は慣れたように、しゃがんで連太の肩を揺すった。

「先輩―、起きてー。こんな現場見たら普通殺人現場だと勘違いしちゃうよー」
「……あー」
「あーあ、それ、原稿? 丸まってるよ?」
「えっ!?」

 ガバッと起き上がり、連太は手の紙を広げて見る。

「……セーフ。これ草稿だった。原稿はあっち」
「ああ、よかったねー。でも連太先輩、寝てていいの? そろそろ原稿印刷しないとまずくない?」
「ああ! 起こしてくれてありがと! 自分写植やるから、慎は写真部に頼んでた現像写真取りに行ってくれる!?」
「? うん。いいよー」
「サンキュ!」

 慌しく、連太は原稿の仕上げ作業が始まった。
 慎は首を傾げながら、写真部まで走る事にした。

/*/

 何でだろう?
 慎は走りながら首を傾げていた。
 普段写真部は朝に活動する事がほとんどない。そもそも普段月1で出かけていっても、ほとんど活動内容がないし、時々新聞部の写真の現像を頼まれるけど、それは定期新聞であり、号外みたいに朝とか昼に突発的に現像しようにも新聞部員が見つからないので、仕方なく慎が空き教室に現像機材を持ち込んで現像する位、やる気がない部なのだ。
 昨日写真部が荒らされたみたいだから、それのせいで朝から来てたのかな?
 考えながら走っていたら、時計塔が見えてきた。
 小さい入り口を通って、手回しエレベーターを使って昇り、さらに細い階段を昇っていくと、外から見たら時計盤の裏に当たる場所に、写真部の部室がある。そこははなから窓がないし、誰も使わないから暗室替わりに使えると言う事で、初代写真部部長が生徒会に掛け合って譲り受けた部屋だと、大分前に今の部長が言っていたような気がする。
 今現像中だったら、いきなりドア開けたら写真駄目になっちゃうだろうなあ。
 そう思って、ドアを叩こうとした時だった。
 ドアがバンと開いた。
 慎はびっくりして飛びのいた。

「ん? 月代君?」
「あっ、先輩」

 写真部の先輩だった。
 驚いた事に、部室を覗けば今日は写真部の部員が半数以上揃っていた。
 もっとも、部員数11人のこの部で半数以上と言っても7人なのだが。慎を含めたら8人だが。

「ちょうど新聞部の写真ができた所だから。月代君新聞部でしょ? 持っていってあげて」
「……えーっと。今日は一体どう言った集まりで? 昨日怪盗が来て部室荒らされたとかで?」
「ううん。全然荒れてないわ」
「あれえ?」

 慎の頭の中にはてなマークが飛んだ。
 確かにドアの向こうを見ても、いつもと全然変わらず、雑然とカメラや写真の現像機材が並んでいるだけだ。
 違うと言えば、いつもはどことなくかび臭い部屋が、かびの匂いの替わりに現像液の匂いで充満している位か。
 何で荒れてもいないのに、こんなに人来てるんだ?

「早く行ってあげて。号外印刷しないと駄目なんでしょう?」
「あー、ありがとう」
「それから」
「?」
「忙しいと思うけど、今度からもうちょっと写真部にも顔を出してね。今度からもっと撮影会とか増やすから」
「……うん。分かった」

 先輩にそう言われて送り出され、慎は再びはてなマークを飛ばしながら写真部まで走り帰る事となった。
 今までやる気なんてあってないようなものだったのに、この変わり様は何なんだろう?
 うーん……。
 考えていて、怪盗が祓った思念について思い出した。
 確かずっと『怠けたい』とか言ってたような……。
 まさか。それが祓われちゃったって事、なのかな……?
 可能性としてはありそうな気がした。

/*/

「あーお帰り」
「ただいまー。もう人使い荒すぎだよ」
「はいはい、後でまあ何かおごるよ」
「うん。昼ご飯とかおごってくれなきゃやだよ?」
「はいはい」
「ふーん……いい撮影スポット見つけたんだねえ」

 慎は写真部の現像仕立ての写真を封から出してまじまじと見た。
 写真には、この間見た写真よりもはっきりと怪盗の姿が写っていた。
 顔半分は仮面で隠れて見えないが、塔から塔に跳ねる様は、ちょうど月をバックにしていて、さながら舞台のワンシーンみたいで美麗だ。
 慎がまじまじと写真を見ている間に、連太は写植の終わった原稿に写真を貼り付けていく。

「そういや、インタビューとかできたの?」
「ああ、無理だった。残念だったなあ。インタビュー終わった後にデートに誘いたかったのにー」
「何それ」
「いやー、見惚れちゃったんだよねえ。綺麗だった」
「へえ、バレリーナなんて皆同じものだと思ってたけど」
「先輩、バレエとか見てても寝てるクチでしょ? テレビとか出てたら分かるけど、オーラある人とない人の差って歴然なんだよ?」
「……悪かったなあ。でもそんなに見惚れるほどなら、もうちょっと近くに行けたらインタビューに行きたかったなあ」
「どうせ自警団に追い掛け回されてたんでしょ? 隠れてこそこそ写真とかさ」
「ちぇっ、バレバレだ」

 パン、と最後の写真を張り終えた。

「うっし、終わり。早速印刷かけてこないと」
「わーい、おめでとー、行ってらっしゃーい」

 慎は走り去って行く連太に手を振った。
 バタリ、ギシギシギシ、と言う音が遠ざかれば、旧校舎はここしか機能していないので、新聞部も静かなものだ。

「思念を祓う怪盗かあ……」

 慎は笑った。
 何で思念を祓うのをこっそりとしないのかまでは分からないけど、怪盗は学園の思念を祓っている事だけはよく分かった。
 次祓うのは何だろう?
 興味が、自然と沸いていた。

<了>