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<東京怪談ノベル(シングル)>


癒しの女神(?)
 
 カツ、カツカツ。
 暗闇に固い、靴音が響く。
 足音と呼吸音が二つずつ。
 それしか聞こえない。
「なんだか静か過ぎてかえって不気味だね。見張りとかいないのかな?」
 沈黙に耐えかねたのか、少年の声がする。
「変なのが出てくるよりずっとマシでしょう。余計なこと言わないのですよ!」
 諌める少女の声。だが二人はハッとする。
 耳を済ませると声が聞こえる。
 グルルルル‥‥。
 それは人ではない、獣の唸り声。
「ほら! 見なさいよ。勇太くんが変な事言うから、変なのがでてきちゃったじゃないの!」
「えっ? 僕のせいですか?」
「そうよ。だって、ここは潜入可能な入り口だった筈でしょ? こんなのがいるって情報無かったし‥‥」
「それは‥‥すみません」
 慌てて小型のモバイルを閉じた少年の申し訳なさそうな顔を、少女は背後に庇うようにして仁王立つ。
「あー! もういいから! あたしの後ろに居て下さいね!」
「玲奈さん! 前!!」
 勇太の叫びに、反射神経のみで玲奈は反応し、爪の攻撃から飛びのくとファイティングポーズをとった。
「‥‥あれは、猿?」 
 現れた化け物にとび蹴りをかましながら彼女は思う。なぜ、こんなことになったのだろう。と。
 思い返せば二日前。のんびり見ていたテレビの臨時ニュース。
 あれが、全ての始まりだった。 

「うわぁん! なんだかわかんないことになってるの〜〜」
 彼女、三島・玲奈が号泣しながら飛び込んだのは月刊アトラス編集部。
 そこで
「な、なんです? 一体どうしたんですか?」
 一人の少年が驚きに目を見開きながら迎えてくれた。
「あれ? 編集長はいないの? 君はだれ??」
 さっきまでの号泣を嘘のように止めてきょろきょろと首を回す玲奈に少年は西尾・勇太と名乗りアトラスの見習いライター兼アルバイトであると告げた。そして
「編集長は他のスタッフと一緒に取材に出ています。なんだか訳のわからない事態が起きてるとかで‥‥あれ?」
 彼は首を傾げる。
 佇む少女との面識は彼には勿論無い。初対面だ。
 だが‥‥何故か見覚えがある。と感じている自分を勇太は感じていた。唾を飲み込み‥‥問う。
「失礼ですが‥‥お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「白王社の嘱託写真家‥‥三島・玲奈です」
「三島‥‥レイナ‥‥さん、ってえええええ!」
 勇太は思わず後ろに身体を滑らせる。
 そしてテレビのスイッチを入れた。
『え〜、只今私は文部省前に来ています。現在文科省が極秘裏に製作保有しているといわれる大気圏外宇宙船玲奈号と改造人間玲奈についてのコメントはまだ‥‥』
「ひょっとして、この三島玲奈さん?」
「そう‥‥なの。おまけに死刑宣告とか‥‥本当に何がなんだかわからなくて〜〜〜〜」
 泣き出した少女に慌てた勇太がお茶を入れ、落ち着かせ‥‥話を聞きだしたのはそれから暫くのことだった。
「そうか‥‥。大変だったね」
 ハンカチを渡した勇太はモバイルを開いてカチカチとキーボードを叩く。
「事業仕分け、だって‥‥酷いね」
 事業仕分けとは元は、国や自治体が行っている事業を予算項目ごとに必要かどうか、必要ならばどこがどうするかを判断するものだ。
 担当職員と外部員などが判定するものだが‥‥
『国勢調査の結果、大気圏外宇宙船玲奈号と改造人間玲奈、さらには三島玲奈本人も有権者は不要と判断しました。一般の方にもインタヴューしてみましょう』
『勿論、あんなロケットとロボット要りませんわ。その分を‥‥もっと‥‥』
 テレビで甲高い声の主婦がまくし立てる。玲奈否定の言葉を耳だけで聞きながら、勇太の目はディスプレイとその奥をにらみ続けている。
「でも、編集長達が言うとおり、この事件そのものがおかしくて‥‥って! 君何してるの?」
 そこで初めて勇太の指が止まった。玲奈がやおら立ち上がり勇太の方に近づいてきたのだ。
 手には握りこぶし。
「ロボットとは何よ! あたし抗議する!。断固抗議しにいくわ!」
 そして勇太の顔面30センチまで自分を寄せると、玲奈は彼の耳にそっと囁いた。
「あのね。お願いがあるの‥‥」
 そして、状況は最初に戻るのである。

 バシーン!
 玲奈の目から放たれたビームが今、正に玲奈に飛び掛かり胸を貫こうとしていた角の間をすり抜けて巨大な鹿の眉間に突き刺さる。
 ウオオオ!!
 言葉で表現し難い唸り声を上げて倒れたそれは、水飛沫と共に跡形も無く消えていた。
 ここは国会議事堂の真下にある地下通路。
 有事の為の避難用であるそれは、秘密の見取り図によれば議場の直ぐ近くまで通じている筈である。
「直接直談判しようと思うの! だから国会議事堂に近づける経路を見つけて!」
 そう無茶な注文をした玲奈に頼まれて勇太がやっと見つけた道。
 なのにここに出てくるのは予想された武装した警官やSPではなく
「猿に、狐に鹿のお化け? なんでこんなのが出てくるのよ」
 玲奈が大きく息を吐き出して問う。
 突然現れたそれらは怨み骨髄の様子で玲奈に襲い掛かってきた。
「玲奈さん、気をつけて! それらは神霊です!」
 勇太はそう言って心配し、玲奈もできるなら倒したくないと思ったが、こちらの話を聞こうともせず、ただ襲い掛かってくるかれらは倒すしか他に進む道はなかったのだ。
 レーザーに霊障フィールド。変身は衣服の補充が利かないので避けたが、それでも玲奈は圧倒的な力で神霊達を蹴散らすことができた。
 勿論変わりに疲労は溜まっていくが‥‥。
「本当に‥‥どうして‥‥!」
 しゃがみこみかけた玲奈を新たなる敵の気配が立ち上がらせる。
 猿から始まって、狐、鹿との連戦、正直疲れているが、ちらりと後ろを見てから玲奈は闇をにらみつけた。
 自分ひとりならともかく勇太がいる。彼を守る為に、下がるわけには行かない。
 だが四番目に‥‥現れたのは大きな亀であったのだ。
 そして‥‥あっけにとられる玲奈と勇太にその亀は小さく頭を下げて立ち上がった。
『彼』の背後に何か影のようなものが‥‥見える。
「あなた‥‥一体何の用事なのよ!」
 啖呵を切った彼女にその影もまた丁寧に頭を下げていた。 
『癒しの濫用は穢れを招く、そなたに‥‥頼みたいことがある‥‥』
 頼みたいことがある、と言った割に影は何も言わないで消えうせていた。
 それは瞬きする間のできごと。
「猿に狐に、鹿に亀‥‥。議事堂前日枝神社、山王の眷属のようですが、一体何をしに‥‥、頼みたいことって一体?」
 くすっ、玲奈は腕組みをして笑った。
「ああ、そういうことだったの。言いたい事は判るけど‥‥派手で回りくどい方法であたしを召喚しないで欲しいなあ。まったく」
「えっ?」
 意味が解らず首を傾げる勇太に玲奈は説明をせず、もう一度小さく笑ったのであった。

 そしてそれから数日の後。
 テレビ、雑誌などは再びこぞって三島・玲奈の特集を組んでいた。
 それをアトラスの編集部で見つめる玲奈と勇太に
「ご苦労様」
 編集長は珍しくにっこりと笑って見せた。それに照れたように答えながら
「結局、一体あの騒ぎはなんだったんですか?」
 玲奈に問う勇太。
 彼女を悪者としたほんの数日前の騒動はもう夢のように跡形も無かった。
 玲奈は差し出されたお茶を飲みなら
「神様からのSOSってとこ、かな?」
 と笑いながら答えた。
 首を傾げる勇太。玲奈は編集長と顔を見合わせて微笑した。
 その手には数日前の国会議事堂での特集記事が載っている。

『だから! 今の世の中皆、疲れているんですよ! 癒しスポットに頼る国民しかり! その癒しスポットを守る神様しかり!』
 自分から押しかけた前代未聞の参考人招致で玲奈はそう力説した。
 あの戦いの後玲奈は気付いた。
 今回の事件、おそらく顕にされることがなかった筈の、あったとしてもほんのちょっとした話題くらいであった『玲奈』を人心を操ってここまで大きくしたのはあの神霊たちであったのだろう。と。
 理由は癒しを求めて国内きっての人気のパワースポットに集まる人の数。
 救いを求める人々の思いが神という彼らのキャパシティを越えた事‥‥。
『事業仕分けというのなら、役に立ちますよ! それと同時に国家規模で取り組みましょう! 働きすぎの現代人の心のケアを』
 そう言って玲奈は勇太と一緒に見事なプレゼンテーションを展開し、それは満場一致の拍手を持って参議院、衆議院で可決された。

「でも、ステキですね。この写真」
 勇太の素直な賛辞にありがと、と玲奈は笑う。
 開かれた雑誌のページには玲奈が世界中を回って写した、大自然の写真が特集されている。ワイドショーでは特別コーナーとして宇宙船から撮られた見る者を癒す星星の映像が流されていた。
 それを見た人々は一時心を安らがせ、明日への意欲を養うのだ。
 都庁に定期的にこれらを展示するスペースを作ることで、新たな癒しのパワースポットとなり、新たな観光名所となる。
 緩やかに『玲奈』達への興味も薄れてきているし、一石二鳥以上である。
「これで、神様達も少しは暇になってくれればいいわよね」
 優しく目を閉じる玲奈の頬に柔らかい何かの感触が触れた。
「ゆ、勇太くん?」
「癒しの女神の祝福を僕もちょっと頂きました」
 悪戯っぽく笑う勇太に
「もう!」
 頬を赤らめる玲奈。
 それを見つめ笑う編集長と部員達。
 鮮やかで、幸せな時間が玲奈の元に再び戻ってきていた。

 その後、パワースポットを司る神霊達が暇になったかどうかは定かではない。
 ただ、三島・玲奈の名は癒し系女子高生として長くその名を人気と共に博す事になる。
 長く、いつまでも、愛されて。
 まるで‥‥女神のように‥‥。