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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - クロノ・ショック -

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「神様に祈る時間を」
「十秒、やるよ」

 険しい表情で言った梨乃の海斗。
 いつもの優しい二人は、そこにいない。
 突如、時狭間に響き渡った、不気味な鐘の音。
 いつも聞こえてくる美しい音色とは異なるその音が、二人に変化を及ぼした。
 その確証はないけれど、明らかに、二人は不気味な鐘の音が響いた後、おかしくなった。
 さっきまで、楽しくお喋りしていたのに。くだらない話をしながら、笑っていたのに。
 どうして、こんなことになっちゃうの。どうしても、戦らなきゃならないの?
 ねぇ、どうしたの。二人とも。そんな怖い顔しないでよ。
 ねぇ、聞こえてる? 声、ちゃんと、届いてる?

 何度も何度も、そうやって声をかける。
 海斗と梨乃は応じてくれない。何も答えてくれない。
 どうすればいいのか。何が起きたのか。状況を飲み込めずにいるのは確か。
 でも …… あぁ …… 悲しきかな、本能よ。いつの間にか、武器を構えていた。
 仲間の攻撃だとて、すぐさま身構えてしまう。今ばかりは、その本能が憎い。
 避けられぬ戦いであることを、心よりも身体が先に理解するなんて。

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 もしかして。
 いやぁ、もしかしなくても。
 あの人たちの仕業なんだろうなぁ、これ。
 だって、他に思い浮かばないもん。こんなことするのは、あの人たちくらい。
 何なのかなぁ、ほんとに。あの人たちって、何がしたいんだろう。
 銃を欲しがったり、人の部屋に勝手に入ってきたり(しかも窓から)、変なカードを送りつけてきたり、
 街中で急に襲ってきたり …… あぁ、もう、ぜんっぜんわかんない。考えれば考えるほどわかんない。
 でも、さすがに、今、どういう状況なのかってことくらいはわかる。
 海斗も梨乃も、すっごい怖い顔してる。別人だよ、もはや。
 犯人は特定できてる。でもねぇ、あの人たちがすぐ傍にいるとは限らないんだよねぇ。
 姿を確認できれば、捕まえていろいろ尋問するんだけど、手がかりといえば、さっきの変な鐘の音くらいだもんなぁ …… 。
 身構えつつも、悠長にそんなことを考えている慎。
 そうして釈然と構えている理由は簡単。
 戦う気がないから。
 向こうは確かに戦る気満々だ。
 でも、仲間に対して応戦することはできない。
 売られた喧嘩は買う! ってのも男らしくてカッコイイかもしれないけれど、それってちょっとガキっぽい。
 じゃあ、どうする? 考えた結果、慎が出した答えは。

「寝不足なのに〜〜〜。うぅぅぅ〜〜〜」

 逃亡だった。
 一瞬の隙をついて、逃げる。
 ここ数日、仕事が立て込んでいてロクに眠れていない。
 いやまぁ、ぐっすり眠れた試しは一度もないんだけれど、それにしても最近の忙しさは異常だ。
 寝不足ゆえに、ときどき足がもつれたり、やたらと息が上がったりはするものの、立ち止まりはしない。
 当然、海斗と梨乃は追いかけてくる。これまた、見たこともない形相で追いかけてくる。正直、ちょっと怖いくらい。
 逃げる、逃げる。全力疾走で。だが、ただ、がむしゃらにエスケープしているというわけでもない。
 慎は、とある場所を目指して走っていた。一目散に、その場所を目指して。
 その目指した場所というのは ――

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ …… つ、ついた」

 千華の部屋だった。
 到着して早々、慎はノックもせずに千華の部屋にずかずかと入り込む。
 いきなり部屋に入ってきた慎に、本を読んでいた千華はギョッと目を丸くしたが、
 やたらと肩を揺らし呼吸を整える姿と、額に滲む汗の量から、慎が何かに追われていることをすぐに悟った。
 そして、間もなくして海斗と梨乃も、これまた、ずかずかと千華の部屋に入ってくる。

「プライベートも何もあったもんじゃないわね」
「う〜 …… ご、ごめんね、千華さん」
「ふふ。冗談よ。気にしないで」

 クスッと笑い、ソファから立ち上がって慎を背に庇う千華。
 海斗と梨乃の様子がおかしいことは、一目見ただけではっきりとわかる。
 死んだ魚のような目。不気味な二人の形相に、千華は苦笑を浮かべながら言った。

「少しだけ、時間を稼いでくれる?」
「はぁ、はぁ、はぁ …… うん。どのくらい?」
「そうね。三分くらい」
「あい、了解〜」

 両手に白い光を灯しながら言った千華。
 前に一度だけ見せてもらったことがある、光の魔法。
 相手の動きを完全に封じた上で意識を奪う、千華が使う魔法の中でもかなりレベルの高い魔法。
 でも、その魔法を発動するには、少し時間がかかる。これさえなければ完璧なんだけどねと千華は言っていた。
 指定された時間は三分。正直、まだ呼吸を整え終えていないけれど、まだ息苦しいけれど。
 ちょっと待ってなんて言える状況じゃないから、慎は、すぐさま動いた。
 倒せとは言われてない。ただ、時間を稼いでくれと言われただけ。
 全力で戦る必要はない。でも、手加減してどうにかなりそうな相手でもない。
 特に海斗は、前に一度、疑似とはいえ、直接手合わせしている。そのとき、危険性を体感した。
 隠している実力は、途方もない大きさと強さを誇るだろうと、そう思わされた。
 梨乃に至っては、どの程度の力を持っているのかすらわからない状況だ。
 たった三分。されど三分。
 戦るからには、例え相手が仲間であろうとも、誠意を持って。
 フゥと息を吐き落とすと同時に、慎は、得意の体術で先手をしかけた。
 短時間とはいえ、その身ひとつで向かうのは、あまりに無謀だということで、
 常世姫と永世姫、二匹の守護蝶にサポートしてもらいつつ、的確に海斗と梨乃の攻撃を受け流しては反撃を繰り返す。
 だが困ったことに、接近戦を持続させることができない。
 千華と同じく、海斗と梨乃も、魔法を使うからだ。
 遠距離からの攻撃ができるのは、ずるいと思う。
 いやまぁ …… 慎にも、アウトレンジからの攻撃手段はあるけれど。
 後々のことを考えると、この場でその能力を披露してしまうのは好ましくないように思える。
 奥の手は隠しておきたいと思うのが人の性。ここぞというときに発動してこその必殺技だ。

(あ〜。もどかしいな、この感じ)

 海斗と梨乃が放つ炎と水の魔法を器用に避けながら苦笑する慎。
 二分半が経過。あと三十秒。うん、でも、このくらいなら、何とかなりそう。
 攻撃、防御、反撃を繰り返しながら、そんなことを考えていた慎。そこに生じた隙。
 あともう少しだからと、どこかで安心してしまった慢心が、慎の頬に傷を刻ませてしまう。

「いっ …… てぇ」

 頬を掠めた炎。さほどのダメージはないが、逆にそれが慎を苛立たせた。
 やられたらやりかえす! とか、男らしくてカッコイイかもしれないけど。それもちょっとガキっぽい。
 殴られてカッとなってムキになってかかっていくとか、寧ろカッコ悪いような気もする。
 とか何とか、頭ではそうやって冷静に考えられるけど、実際はそんなの無理。
 あ〜あ。何だかなぁ。やっぱり、俺ってガキなのかなぁ。大人の男になるのって ――

「ほんっと、難しいなぁ」

 クスッと笑い、右目にそっと触れた慎。
 それは、普段、封印している力を解放するために必要な一連の所作のひとつ。
 触れたことで、慎の右目には、不可思議な模様が浮かび上がる。
 ダメだって、頭ではわかってるんだけどね。ムッときちゃったから、もう抑えられない。
 ガキだなぁって笑ってもいいよ。俺も、そう思うし。しょうがないなぁって呆れてるとこもあるし。
 まぁ、力を解放するの、実はかなり久しぶりだから、どうなるかわかんないけど。手加減もできないだろうし。
 致命傷を負わせるくらいに留めることができればラッキーなほう。何とか制御はしてみるけど、
 制御できる自信も …… 十パーセントくらい。だから、先に謝っておくよ。

「ごめんね」

 怪しい笑みを浮かべながら呟いた慎。
 もう、どうしようもない。後先考えないって、まさにこういうこと。
 大人でいられない、そんな自分に苦笑しながら、慎は秘めたる力を思うがままに解放しようとした。
 だが、慎が、右目から手を離した瞬間、魔法発動の準備を終えた千華が、その腕を掴み、間一髪のところで抑える。

 ・
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 白い光に包まれ、その場にパタリと倒れてしまった海斗と梨乃。
 目を開けたまま気を失っている二人は、まるで死人のようで、少し気味が悪い。

「実験的ね」

 気を失った海斗と梨乃の頬に触れながらクスクス笑って言った千華。
 千華が発動した光の魔法によって、海斗と梨乃は、即座に意識を失ってしまった。
 当然だが、死んではいない。あくまでも、一時的に意識を奪うことができるだけ。
 一時間もすれば、まだ目を覚まして襲ってくることだろう。つまり、猶予は一時間。
 二人の身に何が起きたのか、それを調べて、一時間の内に二人を元の状態に戻す必要がある。
 意識を失った海斗と梨乃の目をそっと閉じさせ、千華は携帯を手に取った。
 仕事で外界に赴いている藤二と浩太を呼び付ける為だ。

「あ、もしもし? ちょっと面倒なことになってるんだけど」

 藤二と浩太に事情を説明し、なるべく早く戻ってくるようにと伝える千華。
 千華もまた、この事件が誰によって引き起こされたものであるか、その犯人の目星がついているがゆえ、
 曖昧な説明ではなく、かなり具体的な説明をすることで、藤二と浩太を納得させた。
 十中八九、クロノハッカーの仕業。
 慎から聞いた話によれば、妙な鐘の音が聞こえた瞬間に海斗と梨乃の様子がおかしくなったとか。
 念の為、居住区へ戻ってくる前に、時計台と監視塔に何か悪戯されていないか、奴等の痕跡が残っていないか確かめてきて。
 千華の的確かつサバサバしたわかりやすい説明と指示に、藤二と浩太は応じ、了解の返答を返すと同時に電話を切った。
 通話が終わることで、シンと静まり返る千華の部屋。
 慎は、右目に触れながら苦笑を浮かべていた。
 ゆっくりと元に戻っていく右目。消えていく不可思議な模様。
 千華は、苦笑する慎に歩み寄ると、頭を優しく撫でて、こう言った。

「こんなところで使っちゃ、勿体ないわ」

 明らかにしたわけじゃないけれど。ギリギリ、発動する寸前で止められたけど。
 どういう技を仕掛けようとしていたか、その威力がどれほどのものか。
 怒りによって我を忘れかけた慎の、開いた瞳孔を見れば、その技が奥の手であることくらい容易にわかる。
 深く詮索するわけでもない。冷静さを欠いたことを責めるわけでもない。ただ、優しく頭を撫でるだけ。
 そんな千華の態度に、慎は、クスクス笑った。
 さすがだなぁ、敵わないなぁ。なんてことを考えつつ、肩を竦めて。

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 CAST:

 6408 / 月代・慎 / 11歳 / 退魔師・タレント
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.02.23 稀柳カイリ

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