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<東京怪談ノベル(シングル)>


呪いの追憶

 窓から差し込む明かりと、昨晩寝苦しさを感じて少しだけ窓を開けてそのまま眠ってしまった為に、窓からそよそよと心地よい風が室内へと滑り込んでくる。
 カーテンが緩やかにたなびき、ベッドに横たえていた体を包み込むようにして過ぎ去っていく。それが妙に心地良かった。
 そのまま体を横たえていたい気もしたが、ゆっくりと瞼を押し開き2、3度瞬きを繰り返す。
「朝か…」
 上体を起こし、ベッドから降りようと身を乗り出した瞬間背中にズキリ、と針で刺したかのような痛みが走り抜けた。その痛みに一瞬顔を顰めてしまう。
 ……まったく…。
「難儀な体だ…」
 口の片側だけがキュッと上がり、まるで自嘲するかのような笑みが自然と零れ落ちた。
 彼女の名はシエラ・アルフィス。表向きはアクセサリーショップを経営しているが、本業は魔道具を生成販売する工房「紅月」のオーナーだった。
 彼女の背中に走り抜ける痛み。そこには過去に受けたある強力な呪いを受けた事が原因だった。
 すぅっと伸ばした白い指が捉えたものは常時吸い続けているタバコ。シエラはそのタバコに火を灯すと目を細めて燻らせ、溜息にも似た息を煙と共に吐き出す。
 一般のタバコのそれとは違う香のような香り。これは、背中の痛みを緩和するための特別なタバコだった。
 ズキズキと痛む背中に、眉間に軽く皺を寄せたままタバコを吹かしている内に、痛みは徐々に遠のいていった。それに合わせ、シエラは灰皿にタバコを押し当てて火を消すとゆっくり立ち上がる。
「さて、何か依頼でも探しに行くとするかな…」
 手早く身支度を整えると、シエラは部屋を後にした。

「おや、シエラ。何だか顔色が悪いぞ? 大丈夫か?」
 シエラが訪れたのは度々と言っていい程依頼を受けに訪れる草間興信所。中に入るなり、この興信所の所長であり探偵でもある草間が心配そうにそう声をかけてくる。が、シエラは一度チラリとそちらをみやり、
「問題ない」
 と、一言で話を切り伏せた。
 草間はその言葉にわざとらしく小さく肩をすぼめてみせるが、ソファに腰掛けたシエラの前にやってくるとすぐさま一枚の紙を差し出した。
「今日の依頼だが、事故がやたらと多発化している廃ビルがあるんだ。その調査を頼みたい」
 シエラは草間の手からピッとその紙を取ると、冷めた目でざっと目を通す。
「あなたの所はこんな仕事ばっかりだね」
 書面から目線だけを上げ草間を見ると、草間は何も言わず苦笑いを浮かべてシエラを見つめていた。自分だってこんな仕事は受けたくないんだけどね、と苦々しくも草間の目がそう訴えかけてくる。
 シエラはそんな草間から書面に視線を戻すと、それをテーブルの上に置いた。
「まぁ、どうでもいいけれど…。とにかく、今からこの調査に向かう事にする」
「あぁ、頼んだぜ」
 一通りの事をあらかた把握したシエラはすぐに席を立ち現場へと足を向けた。


「さて、どうするかな…」
 昼間だと言うのに全体的に薄暗く気味の悪い大きな廃ビルに、まばゆい閃光が駆け抜けている。
 自然ではない不自然に巻き起こる荒い風に金色の髪をなびかせながら、シエラは目の前の霊を冷ややかに眺めていた。
 廃ビルで頻発している事故。それは、今シエラの目の前でシエラの発動したルーンによって捕縛されているような状態だった。パリパリと音を立て、部屋中にまるでそれ自体が意志を持っているかのように走り抜ける閃光が、その霊の周りを駆け巡っている。
「ひとまず、消えてもらおうか」
 クスリ、と口元に笑みを浮かべるとシエラは手を顔の前で組みルーンの詠唱を始めた。
 その詠唱に苦しさを感じた身動きの取れない霊は、苦しさに雄叫びのような悲鳴を上げ蠢き回っている。
「消えろ!」
 スッと手にしたナイフを構え、霊めがけてそれを投げつける。それが霊の胸元に刺さるとけたたましい悲鳴を上げ、蒸発するかのようにその場から消え去った…。
「…ふぅ」
 シエラは小さく溜息を吐くと、投げつけたナイフを拾い上げ早々にその場から立ち去ろうとした。が…。
 廃ビルの入り口まで来たとき、ポツリと頬を叩く水に思わず顔を背けた。
「何だ…雨か…。タイミング悪いな…」
 頬についた雨粒を拭い去りながら、ポツポツと雨脚を強めサァアァっと音が立つほどに降り始めた雨を、シエラはぼんやりと見上げる。
「参ったな…。これじゃ帰るに帰れない…」
 溜息を吐き、わずらわしそうに軽く眉間に皺を寄せて雨を見上げた。
 雨音だけを聞きながら、どれくらい時間が過ぎただろう。早く止むことだけを願って見上げていた雨は、一向に止む気配はない。
 そんな雨を眺めながら、シエラはふと昔の事を思い出していた。
 あの日も、確かこんな雨だった…。
 昔。まだシエラが幼い頃。魔術の訓練を受けていたシエラと友人は、ある日二人だけで練習に励んでいた。
『見てなよ。先生がやってた事、真似てやるんだから』
 友人はそう言いながら、彼女たちの先生が二人に見せるために行った悪魔召喚儀式を見よう見まねで行い始めた。
 どうせ見習いなのだから上手くいきっこない。そう考えていたのはシエラだけでなく、当の本人もそうだったに違いなかった。
 ところが、見よう見まねたその儀式が偶然にも成功してしまったのだ。
『う、うわあああぁあぁっ!!』
 友人の発動した悪魔は、自分を召喚したその友人を見つけるなり凄まじい形相で睨みつけてくる。
 召喚した以上、その召喚したものを調伏させるだけの力がないと、召喚されたものは激しく暴走し始める。当然、当時のシエラ達にそんな力があるはずもなかった。
『ヴォオオオオオオオオオオッ!!』
 けたたましく背筋も凍るような咆哮を上げ、悪魔は腰が抜けて尻餅を着き恐怖に震える友人めがけてその手を伸ばし襲いかかった。
『危ないっ!』
 シエラは咄嗟に友人の前に踊りでてその体を抱き締め庇う。
『ああああああああああああっ!』
 友人に襲いかかろうとした悪魔はシエラの背中に凄まじい勢いで吸い込まれるようにして消え去った。
 肩で荒く息を吐き、震える腕で何とか体を支えていたシエラの体は汗に濡れ、激痛に顔を歪めている。
 友人は泣きじゃくり、その異常を察知して大人たちが駆けつけた。
『こ、これは…』
 駆けつけた大人たちは、目の前の状況に息を飲んだ。
 明らかに強力な召喚を行ったであろう痕跡と、泣きじゃくる友人に痛みに苦悶の顔をする自分…。
 大人はすぐにシエラの体に吸い込まれた悪魔を解除しようとしたが、既にシエラの背中にはくっきりとした魔法陣が浮き上がり、手の施しようがなかった。
 しとしとと、糸の様に細い雨脚の中言葉もなくただその場にいた全員が愕然と立っていた…。

 RRRRR…

 しとしとと降る雨と、昔の記憶に意識を飛ばしていたシエラの耳に、異質な音が飛び込んでくる。
 その音に急激に現実に引き戻されたシエラはまるで自分の過去を嘲笑うかのようにくっ口の端を引き上げて苦笑いを浮かべる。
 今更、そんな事思い返してもしょうがないのに…。
 シエラは胸ポケットで呼び続ける携帯電話に手を伸ばすと、おもむろにそれを耳に押し当てた。
「はい…もしもし」
 その電話は、この廃ビルの事故原因の調査を依頼した依頼人からの電話だった。