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<東京怪談ノベル(シングル)>


ただいまお試し冒険中

 オンラインPRG『ネクストファンタジア・オンライン』の運営側から、海原・みなもにメールが届いた。
 今までと同じくテストプレイを依頼する内容だったが、今回のテストプレイはモンスターではなくプレイヤーキャラクターだった。みなもは快諾し、テストプレイヤーとなった。中に入って直接操作することはこれまでとは変わらない。ウォータードラゴンと
化していた時には制限が多かったが、プレイヤーキャラクターは違う。思いのままに動けるし、発言出来るし、何よりも冒険が出来る。テストプレイに同行するプレイヤーもいるようなので、本格的な冒険が出来るだろうと楽しみにしながら、みなもは『ネクストファンタジア・オンライン』の世界に飛び込んだ。



 見慣れたグラフィックの草原に降り立つと、みなもの姿は変化していた。
 屈強な肉体、太く長い尻尾、四本指の間に薄い膜が張った手、硬いウロコに覆われた肌を備え、二本足で直立し、鋼鉄製の鎧と武器を身に付けている。今までと同じドラゴンかと思いながら見回すが、これまで中に入って動かしていたウォータードラゴンとは
体格が違い、成人よりもいくらか大柄な程度だ。みなもは腰に提げたソードを抜き、滑らかな刀身に自分の顔を映した。そこにいたのは、深緑色のウロコに覆われたトカゲ人間で、瞳孔が縦長の黄色い目をきょとんと丸めていた。みなもが目を瞬かせると、トカゲ人間も瞬きして分厚い瞼を上下させた。一体どんなキャラクターだろう、とみなもは事前に教えられた操作方法で自分のスペックを調べると、種族はリザードマンで職業は戦士だった。
「あなたが海原みなもちゃん?」
 明るい声を掛けられてみなもが振り向くと、ハイレベルな装備で身を固めた魔法少女シズクが立っていた。
「あたし、運営からあなたのテストプレイの動作確認とサポートを頼まれているんだ。だから、これからよろしくね」
「あっ、はい、よろしくお願いします!」
 みなもはどぎまぎしながら、魔法少女シズクに一礼した。前回、ウォータードラゴンに入っていた時にこてんぱんにやられてしまった記憶が過ぎったが、今は同じプレイヤーなのだからと緊張を緩めた。
「でも、女の子にリザードマンの男性キャラってのはないよねー。いくら試用段階で女性のリザードマンのグラフィックが出来上がっていないからって言っても、もうちょっと気を遣ってくれてもいいのに」
「道理でごついと思いました……」
「まずは外見から確かめないとね。グラフィックの善し悪しはゲームの出来を左右するし」
 魔法少女シズクはみなもを見上げ、眺め回してきた。ちょっと触らせてね、と魔法少女シズクはみなもの手を取り、自分の手と重ねた。小柄な彼女の手のひらに比べ、みなもの手は二回りも大きくて分厚く、刃物のような爪も生えている。両手足にも硬い筋肉が詰まっていて、見るからに強そうだ。尻尾を持ち上げてみて、と言われたのでみなもが尻尾を持ち上げると、彼女は興味深げに太い尻尾をさすった。みなもはくすぐったくなって笑いそうになると、口元から牙が垣間見えた。皮膚感覚は生身の時に比べると若干鈍いが、肌の硬さの証拠だ。尻尾を下ろすと重心がずれてしまい、後ろにのめりかけた。後頭部から背骨に添って生えた背ビレは体色よりも色が濃く、尻尾の先には背ビレが発達したトゲが四本生えていた。魔法少女シズクはみなもの縦長の瞳孔の目や楕円状の頭部や爬虫類から進化した種族らしく少し曲がり気味の背中も確かめると、うん、と満足げに頷いた。
「これなら良し。いい感じに悪そうだし、格好良い! 亜人のキャラはこうでなっくっちゃ!」
「そうですか、だったら良かったです」
 みなもがちょっと嬉しくなると、尻尾の先が独りでに揺れた。
「じゃ、今度は経験値を上げに行こうよ。援護するから」
 魔法少女シズクに促され、みなもは歩き出した。が、尻尾の置き場がよく解らず、何度か転びそうになった。身の丈も生身の時とは違うので、手足のバランスが変わっているのも歩きにくさの一因だった。
 しばらく歩いて移動した先は、草原と隣接した森のフィールドだった。魔法少女シズクは索敵魔法でモンスターの位置を調べてから、みなもを誘導した。モンスターの中に人間が入っていたことを知っているので、みなもは心苦しく思いながらもソードを抜いて身構えた。草むらから飛び出したのは、初心者が一人で戦うのは辛いが経験値が豊富なモンスター、ゴブリンだった。
「えいやあっ!」
 みなもは早速斬り掛かるが、予想以上にゴブリンが素早く、避けられた。
「たあっ!」
 二回目も同じ結果に終わったが、ソードを振りすぎて木に刺さった。と思いきや、めきめきと音を立てて木が真っ二つに折れてしまった。リザードマンは怪力の種族だとスペックを見た時に知っていたが、ここまでとは思っていなかったので、みなもは呆気に取られてしまった。
「腕力と体力が高い分、命中率が下がっちゃってるからだよ。レベルが上がったら、パラメーターを上手く振り分けないとね」
 ゴブリンに金縛りの魔法を掛けて逃がさないようにしつつ、魔法少女シズクが説明してくれた。
「解りました、頑張りますっ!」
 みなもは奮起してソードを振り回すが、普段とは逆の左利きになっているせいで狙いが定まらず、ゴブリンに掠めるどころか木や草や岩を砕くばかりだった。ゲームの中ではあるが気分的な問題で息を荒げながら、みなもはソードを構え直した。
「リザードマンの戦士には初期でも近接戦闘用のスキルがあるはずだから、それを使ってみなよ」
「はい、やってみます!」
 魔法少女シズクからのアドバイスを受け、みなもはスキルのウィンドウを開いた。彼女の言う通り、初期段階でも使用可能の攻撃スキル、衝撃波があった。みなもは衝撃波を選択してソードを横たえ、ゴブリンを狙った。
「やあああっ!」
 地面が揺れるほど力強く踏み込んだみなもがゴブリンを薙ぎ払うと、一瞬、暴風が吹き荒れた。ゴブリンの頭上にダメージを受けたことを表す数字が浮かんで消えると、今度はみなもの頭上でエフェクトとファンファーレが鳴り響いた。
「レベルアップ、おめでとう」
 魔法少女シズクが笑顔で拍手したので、みなもは尻尾を振りながら笑い返した。
「ありがとうございます」
「この調子でガンガンレベル上げて、一緒に海底洞窟を攻めようね!」
「どうして海底洞窟なんですか?」
「だって、あのドジなウォータードラゴンが可愛いじゃない。それに、ウォータードラゴンがドロップするアイテムの中には、戦士にぴったりな武器もあるし」
「でも、海底洞窟以外にもダンジョンはありますし……」
 それでは、過去の自分と戦うことになる。複雑な心境のみなもは語尾を濁すが、魔法少女シズクはワープ魔法を使った。
「善は急げ! 手始めに火山のダンジョンにGO!」
 半ば強制ではあったが、大冒険の始まりには違いなかった。



 その後。みなもは魔法少女シズクの援護を受けながらいくつものダンジョンを巡り、経験値を稼ぎに稼いでレベルを上げた。
 装備もスキルも充実して単独でボスクラスのモンスターと戦えるほどの実力となったが、冒険者達の前で失敗を繰り返すウォータードラゴンの姿に居たたまれなくなったみなもが、最強装備の兜で顔を隠して恥じ入ったのは言うまでもない。



 終