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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 神に祈る時間を -

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 梨乃が攫われた。
 攫ったのは、当然、クロノハッカー。
 どうやら、トライって奴が単独で犯行に及んだ模様。
 奴は、東京という世界にある空き家に来いと記したカードを送りつけてきた。
 空き家の在りかを示した地図と、ご丁寧なことに、捕らえた梨乃の写真も添えて。
 写真の梨乃は、全身を鎖のようなもので拘束され、ひどく痛めつけられていた。
 梨乃が本気を出せば、こんな鎖くらい、すぐに破壊できるはず。
 そうしない、できない理由は、ふたつ考えられる。
 ひとつは、鎖に何らかの仕掛けが施されていて、能力そのものが使えないのではないかという可能性。
 もうひとつは、トライの何らかの発言によって、梨乃の感情が抑制されているのではないかという可能性。
 例えば …… ありがちだけど、暴れれば仲間に危害が及ぶ。だからおとなしくしていろ、とか。
 何にせよ、梨乃は、ああ見えてプライドが高く、負けず嫌いなところもある。
 ただ黙って、おとなしく捕らえられているような、そんな女の子じゃない。
 もう、明白だ。あいつが、梨乃を拘束しているんだ。あらゆる意味で。

 理解すると同時に、駆け出していた。
 もう、止められない。怒りの矛先は、ただ真っ直ぐに。
 謝っても無駄。許さない。償わせてやる。後悔させてやる。
 手加減? 何それ?

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 ・
 ・
 ・

 チームを、ふたつ編成。
 まず、千早と藤二と海斗。三人は、囮となってトライに攻撃をしかけるチーム。
 次に、千華と浩太。こちらのチームは、梨乃の救出にあたる。
 どんな罠がしかけられているかわからないので、油断しないこと。
 単独行動は絶対厳禁。とくに海斗。気持ちはわかるけど、落ち着いて行動してね。

「わーってるよ」
「あ、海斗。その通路、だめ」
「んあっ?」
「魔法結界が張られてる。こっちの道から行こう」
「 …… へいへーい」

 トライに指示された場所、東京都内にある空き家へとやってきた五人。
 先頭を行くのは、千早。千早の後を追うようにして、ほかの四人も進んでいく。
 しかけられている罠を見破る手段は、ノートパソコン。
 千早は、開いた状態のそれを、魔法で自分の傍に浮かばせながら歩いている。
 どんなプログラムを用いて罠を掌握しているのかは、不明。
 おそらく、聞いても答えてはくれないだろう。企業秘密、と返されるのがオチだ。
 で、ごらんのとおり、海斗が少し不愉快そうにしているというか、機嫌が悪いかと思うが、
 その理由は、いたって簡素なものだ。あやうく、おいてけぼりをくらうところだったからである。
 千早は、真っ先に、藤二・千華・浩太の三人に連絡を入れた。
 いやまぁ、海斗にも、ちゃんと連絡するつもりではいた。
 ただ、一番最初に海斗に事情を説明した場合、彼が暴走する可能性が高い。
 ひとりで勝手につっぱしられては、作戦もチーム編成もクソもないということで、
 千早は、冷静に、まずほかの三人に伝えてから、海斗にも連絡するという手段をとった。
 海斗が不機嫌なのは、千早のその手段に "仲間はずれ" の感覚を覚えたからだ。
 ちょうどタイミング良く、千早たちが集まっているところを見つけて、そこで事情を聞いたからこそ、
 いま、こうして一緒に行動することができているが、
 あのまま放っておいたら、俺だけおいていかれたんじゃないだろうか。
 海斗は、そういうことを考え、また、そういう理由でふてくされている。
 ちゃんと連絡するつもりだったよ、と千早が説明しても、何だか面白くなさげだ。
 事実として、一番に聞かされていたら、確実に暴走していただろうに。
 千早の判断は正しい。ふてくれされている海斗は、ほうっておいて問題ない。

 外は雨。
 ザァザァと降りしきる雨の音と、軋む床音。
 一行は、辺りを警戒しながら空き家を進んでいった。
 しばらく進んだところで、千早がピタリと立ち止まり、後ろに控える仲間を右手で遮る。

「意外と気が強いんだな」
「 ………… 」
「ふふ。そんな目で見つめてくれるな」
「 …… 最低。あんたなんか、だいきらい」
「気が合うな。俺も、大嫌いだよ」

 見つけた。トライと梨乃だ。
 薄暗い部屋の中央に、鎖で拘束された梨乃と、そのすぐ傍にしゃがんでいるトライ。
 梨乃の傷が増えている。あれからまた、何度も痛めつけられたのだろう。
 ふつふつとこみ上げる怒り。我を忘れて飛びかかりそうになる衝動を抑える千早。
 仲間たちは、暗く沈んでいく千早の目、その冷たさに、自然と息をのんだ。

 ・
 ・
 ・

 カタン ――

 傍に浮かせたノートパソコン。
 そのエンターキーを、冷たい眼差しのまま、千早が押下した。
 次の瞬間、梨乃の髪を引っ張り上げて笑っていたトライの身に異変が起こる。
 トライは、右手に何やらおかしな機械を持っていた。いや、持っていたというよりかは、
 肩から手首にかけて、その機械を "装備していた" というべきか。
 形は異質だが、トライが所有しているその機械もまた、パソコンの類。
 千早は、そこへウイルスを送り込んだのだ。事前に用意していた特殊なプログラムと一緒に。

「空気の読めない奴だな」

 クスクス笑いながら、冷静に、送り込まれたウイルスの除去処理を行うトライ。
 空気が読めない? この状況で? この状況で、空気を読めって言うのか。
 姑息な手段で人を呼びつけるような人に、そんなこと言われたくない。
 そっちの都合なんて、知ったことか。
 声にして放ちこそしないものの、千早の怒りは増していくばかりだった。
 普段の柔らかな印象はどこへやら。睨みつけながら、トライに歩み寄る千早。
 仲間たちは、千早の変わりようと、それに伴うトライへの僅かな同情に苦笑しながら後を追う。

「一人じゃ、心細かったのか?」

 送り込まれたウイルスの除去を終え、眼鏡を押し上げながら言ったトライ。
 千早は、肩を竦めて淡々と返す。

「僕には仲間がいるから。あなたと違って」

 千早の反論に対し、トライは笑うばかり。
 知っているのだ。千早は、知っている。
 海斗や梨乃に似た他のクロノハッカーは、確かにいる。
 でも、仲間じゃない。たぶん、この人たちの間には、絆とか信頼とか、そういうものは存在しない。
 ただ、目的を達成するためだけに、行動を共にしているだけ。
 いざとなったら、この人たちは、自分だけでも助かろうとする。平気で見捨てる。
 そんなの、仲間でも何でもない。
 トライの笑うばかりの反応は、それが事実であることを象徴している。

 しばらく、睨み合いだけが続いた。
 だが、その最中、囚われている梨乃が、小さな声で千早の名前を呼んだことで、
 それまでの、どこか息苦しいような緊迫した空気が、ふっと払われる。
 和んだわけではない。むしろ、その逆だ。

「海斗。いいよ。おもいっきり、暴れて」
「 …… な〜んか、指図されてるみたいでムカつく気もするけど。りょーかい」

 ケラッと笑い、両手にボボッと紅い炎を灯す海斗。
 他の仲間たちも、千早と海斗に続き、さっと身構える。
 もう、じゅうぶん。
 これ以上、睨み合っても無意味なだけ。
 トライが嫌な奴であることは既に把握しているし、
 梨乃を攫って痛めつけたことに対する怒りも、もう随分と落ち着いた。
 落ち着いたと言っても、許す気になったとか、そういうことではない。断じて。
 限界に達したことで、妙に落ち着いてしまったのだ。

 カタン ――

 千早が、再びエンターキーを押下したのを合図に、作戦スタート。
 海斗と藤二が、それぞれ、トライに向けて魔法を連発する。
 炎と風は、相性が良い。風を操る側の技量がものを言う感はあるが、
 うまく操れば、これまたうまいこと風に煽られて、炎の勢いがグンと増すのだ。
 千早は、相性が良いことも、普段から仲が良いことも知っていたがゆえ、この二人を組ませた。

「なるほど。確かに良い攻めだ。だが、いささか、品がないな」

 灼熱の炎風をくらいつつも、依然、苦笑を浮かべるトライ。
 瞬時に魔法結界で自身の体を覆ったからこそ、トライは、そうして余裕をぶっこいていられる。
 詠唱もなしに、すぐさま結界を張れたのは、トライの右腕にある、例の機械によるものだ。
 その機械には、ズラリとキーが並んでいる。
 それぞれのキーには、何か文字のようなものが書かれているが、
 見慣れぬ文字ゆえに、何と書かれているのかまでは、さすがにわからない。。
 だが、どうやら、キーをひとつ、ポンと押すだけで、それに対応する魔法が発動する模様。
 随分と便利で高性能なものを持っているものだ。
 でも、それは、千早とて同じ。
 千早の持つノートパソコンは、見た目こそ普通だが、
 千早自身が独自に開発し組み込んだプログラムによって、途方もない性能を有している。
 キーの押下だけで魔法や能力を発動する便利な仕様くらい、こっちも採用済みだよ。

「 …… ! くっ」

 トライの顔が歪んだ。
 それは、灼熱の炎風が与えるダメージによるもの。
 つまり、さきほどまでトライの体を覆っていた魔法結界が消えているということ。
 何の前触れもなく、ふっと消えてしまった結界。トライは、すぐにまた結界を張ろうとした。
 だが、対応しているはずのキーを押しても、ピーと異音を放つだけで、結界が発動しない。
 眉を寄せてトライが見やる先には、ニコリと微笑む千早の姿。
 再びウイルスに感染してしまったトライ自慢の武器。
 なぁに、大したことじゃない。さっと除去してしまえばいいだけのこと。
 勢いを増していくばかりの炎風に眉を寄せながらも、トライは、そうして冷静な対応をみせた。
 だが、先ほどのようにはいかない。
 千早が二度目に送り込んだウイルスは、さらに強力で悪質なもの。
 最初に送り込んだウイルスがお粗末なものだったのも、作戦のうち。
 たやすく除去できたからこそ、トライは油断した。その慢心を、突いてやる。

「千早くん!」
「こっちは済んだよ!」

 千華と浩太の声。
 見やれば、そこには、囚われていた梨乃を救出した頼もしい二人の姿があった。
 どうやら、梨乃を拘束していた鎖も、トライが所有しているあの機械で発動されていたもののようだ。
 機械が、ウイルスによってイカれてしまったことで、鎖による拘束も解けたらしい。
 よし。目的は果たした。梨乃を救出できれば、それでいい。
 この作戦は、梨乃を救出することを前提に組んだもの。
 正直、やっぱりまだイラついているし、鉄拳制裁でも食らわせたいところだけど、
 ここでムキになってしまえば、余計、面倒なことになってしまう。
 トライが単独で実行した悪行だからこそのチャンス。
 他のクロノハッカーが集まりだす前に、この場を去らねば。

「海斗、藤二さん、撤退!」
「えー! マジで? いーとこなのに?」
「はいはい。わかったから。お前、ちょっと黙れ」
「うおっ! ちょ、何だよ! 藤二! 離せや! 下ろせー!」

 やっぱり、海斗は、この作戦の趣旨を理解していなかったようだ。
 千早は、自分がとった行動の正当性を確信し、クスクス笑う。
 間違ってなかった。一番最初に海斗に連絡していたら、本当にどうなっていたことやら。

「ちっ …… 待て!」

 炎風の中、必死にそれを払いながら叫ぶトライ。
 だが、千早たちは、聞く耳持たずで窓を割り、そこから脱出した。
 まぁ …… 海斗だけは、ギャーギャー騒いで文句を言っているようだが。
 何より優先すべきは、梨乃の奪取。トライを倒す算段は用意していない。というか、その気もない。
 だから、用が済んだらエスケイプ。わき目も振らずにエスケイプ。
 待て、と言われて待つ馬鹿はいません。

 ・
 ・
 ・

「大丈夫?」
「うん …… ありがとう」

 時狭間へと戻る最中、今さらながらと千早が案じた。
 藤二におんぶされている状態で、梨乃は、申し訳なさそうに笑う。
 たぶん、罪悪感があるんだと思う。結局、みんなに迷惑をかけてしまったとか、
 私が一人でも何とかできれば、みんなに迷惑をかけることもなかったのにとか、そういうことを考えてる。
 実際にそう言ったわけじゃないけど、顔を見ればわかる。そのくらい、みんな、わかる。

「梨乃。僕の目、見ててね」

 にっこり笑いながら、じっと梨乃を見つめる千早。
 ひだまりを思わせる優しく温かな金色の瞳がもたらす、癒しの光。
 体がふわふわと浮かぶような感覚に目を丸くしている間に、梨乃の傷はすっかり癒えた。
 どうやったのか、それはわからないけれど、千早が治療してくれたことは確か。
 梨乃は、にこりと微笑み返しながら言った。

「ありがとう、千早くん。 …… ごめ ――」
「ストップ」
「えっ」
「謝る必要なんてないよ。ね、みんな?」

 ごめんね、と謝ろうとしたところを止め、仲間に問いかけた千早。
 仲間たちは、すぐさま、うんうんと頷き、そして、笑った。

 僕たちは、友達であり、仲間。
 クロノハッカーのように、損得だけで動くような真似は、絶対にしない。
 友達が、仲間が困っていたら、すぐにでも助けにいく。例え、来なくていいって言われていても。
 だって、そんなはずないんだから。一人で大丈夫だから、なんて、絶対に言わせないんだ。
 あの人たち、クロノハッカーは、こういう気持ちを持ち合わせていない。
 よくよく考えると、それってすごく悲しいことだよね。
 一緒にいるのに、そばにいるのに、繋がっていないだなんて、寂しいよね。
 まぁ、確かに、ちょっとは同情してるけれど。それとこれとは、話が別だったりもする。
 可哀相な人だから、可哀相な人たちがやることだからこそ、許せないんだよね。

「なーんか、すっきりしないなー。あそこで、やっちまえばよかったのにさー」
「お前なぁ …… あのまま戦ってたら、連中が集合して、それどころじゃなくなったぞ」
「そうよね。もしも、そうなっていたら、一番パニックになったのは、海斗。あなただと思うわよ」
「んあっ? なんで? オレがテンパるわけねーじゃん」
「それね、自分をわかってない証拠だよ、海斗」
「はー? 意味わかんねーし」

 つまりは、もっと暴れたかったと言っているようなもの。
 まぁ、事実として海斗にGOサインを出したことで作戦が成功した部分もあるが、やりすぎはよくない。
 何においてもそうだが、加減や抑制は重要なのだ。常にフルパワーで突っ込む姿勢は好ましくない。
 その暴走によって状況が悪化してしまったら、元も子もないのだから。

「なー、千早。梨乃だけ助けて、お前はそれで満足なの?」

 千早の顔を覗き込んで尋ねた海斗。
 その問いかけに、千早は少しだけ考え、ポツリと小さな声でこう返した。

「 …… そうだね。やっぱり、物足りないかもね」

 こうすればいい、こうするべきだ。
 そうやって、しっかりと計画を練った上で乗り込むのは当然のこと。
 提案・実行した作戦が問題なく成功して、ほんとうに良かったとは思ってる。
 でも、トライに対する怒りが、まだ治まらないっていう事実は、また別の話。
 もっと酷い目に遭わせてやるべきだったかも。再起不能になるくらい。
 いや、もう、いっそのこと、二度とこんなことができないように、心身丸ごと抓んでしまっても …… 。
 そんなことを考えながら歩く千早。
 いつもどおりの柔らかな笑顔を浮かべているものの、底知れぬ怒りが漂っている。
 仲間たちは、そんな千早の横顔に苦笑を浮かべた。
 千早だけは、怒らせないように気をつけよう …… とか思いながら。

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 CAST:

 7888 / 桂・千早 / 11歳 / 何でも屋
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / トライ / ??歳 / クロノハッカー

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.03.02 稀柳カイリ

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