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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 桜掃除 -

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 漆黒の闇、時狭間を埋めつくさんばかりの、桜の花びら。
 あらゆる世界と繋がっている空間ゆえに起こる春先の現象。
 春を迎えている空間の事象が、ダイレクトに影響しているらしい。
 具体的に説明すると、外界各所で咲き、散った桜が、全て時狭間に流れてきてる感じ。
 だからこそ、この量。途方もない桜の花びらが、全域に積っている。
 お掃除するのは、契約者の仕事。
 そんなわけで、自分もお掃除に協力している。

「うっ、おっ! うがぁぁぁぁぁぁ!」
「ちょっと! 何やってんのよ」

 でも、なかなか厳しい状況だ。
 ほんとに、すごいの。量が、とんでもないんだ。
 高く積った桜の花びら上を歩く感じになってて、中にちょっと空洞があるとこを踏もうものなら、
 今の海斗みたいに、ずぶずぶ〜っと中に落ちていってしまう。地味だけど危ないよ、これ。
 みんなで協力してお掃除してるけど、いったい、いつになったら終わるのやら …… 。
 何か良い方法ないかなぁ。一気にぶわーっとお掃除できるような、そんな手段。

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「ぎゃー!」
「ちょっと、海斗! あんた、いい加減にしなさいよ!」
「あっ、あっ、やべ、これ、マジ、やべ。ちょ、梨乃、引っ張って、ちょ、おい」
「もういい。邪魔だから、そのまま埋ってればいい」
「死ぬだろ! しぶべがもぶぶぶぶぶ …… 」

 うぅむ。やっぱり、無理がある。
 まぁ、海斗に関しては、わざとやってんじゃないかって思わされる節があるけど。
 そもそも、この量がおかしいのだ。この量を、たかだか数人で掃除するってこと自体が無謀なのだ。
 最初はね、確かに、掃除をし始めたときはね、楽しいとかそういう気持ちはあったよ。
 こんなにたくさんの桜の花びらを拝める機会なんて、そうそうないし。
 でも、もう、何時間たった? 掃除を始めてから、何時間たった?
 いつまで続くの、これ? いつまで、ほうき持ってバタバタ駆けまわらなきゃならないの、これ?

「 …… キリがないのですよ」

 ふぅ〜と溜息を吐き落としながら、海斗を助けに向かった乃愛。
 桜に埋もれた状態で力なく、ふるふると、出ている左手だけを振って助けを求めている海斗。
 乃愛は、よいしょ、と言いながら海斗の左腕を掴み、うんしょ、うんしょと引っ張った。
 あれ。何か、こんなおはなしの絵本なかった? 気のせい?

「乃愛ちゃん、いいのよ、助けなくて」
「んしょ、んしょ …… うむぅ、でも、このままだと窒息死してしまうのですよ」
「大丈夫よ。そいつ、ちょっとやそっとじゃ死なないんだから」

 サッサッとほうきで桜の花びらを集めながら淡々と言った梨乃。
 どうやら、梨乃もかなり苛々しているようだ。そりゃあね、こんだけ長い時間、同じことの繰り返しだとね。

「ぶおっふぁー!!!!」
「抜けたのです」
「さんきゅ、乃愛! つか、梨乃! てめー、いま、何つった!?」
「事実、ピンピンしてるじゃない」
「お前なァ!」

 すぽーんと海斗を引き抜いた拍子に、コロンと転がってしまった乃愛。
 海斗と梨乃のいつもの遣り取りに苦笑しながら、ぴょいんと起き上って衣服についた花びらを払う。
 まぁ、海斗と梨乃の言い争いはいつものことだけど、二人とも、今日は、いつも以上にピリピリしてる。
 いつもは何のことない些細なことでも、ムッとしちゃう感じ。ぎすぎすしてる感じ。
 海斗と梨乃だけじゃなく、藤二や千華、浩太も同じだ。
 いつもなら、藤二とか千華が、止めなさいって言って二人を叱るのに。
 いつもなら、浩太はクスクス笑いながら二人を見守っているのに。
 ただ、黙々と作業している。
 たぶん、そんな元気、とうに使い果たしてしまったのだろう。
 確かに、このままではキリがない。いつになったら終わるのやら、まったく見当がつかない。
 いつまでやればいいのかわからないという状況は、精神的にも肉体的にも多大な疲労をもたらすものだ。 
 そもそも、人間の集中力って、思った以上に途切れやすい。なかなか持続しないものだし。
 まぁ …… 海斗たちは、普通の人間とは言えない存在ではあるけれど。

「やってみましょうか」

 ポツリと、小さな声で呟いた乃愛。
 あまりにも小さな声だったため、誰も気づいていなかった。
 だが、数秒後、全員の視線が一斉に乃愛に向かい、集まることになる。
 かすかな声であることに変わりはなかったけれど、それは、鮮明に聴こえたのだ。
 子守唄のような、優しいハミングから始まり、次第に軽快に、それは、辺りを温かな雰囲気で包んでいった。
 両の手、両の指を指揮棒に見立てて、揺らす。目は閉じたまま、口元には淡い笑みを。
 自己暗示として何度か使ったことのある、特殊な能力。
 乃愛は、歌った。
 透き通った綺麗な声、降り積もる桜の花びらの上。その魅力的な歌声は、やがて、時狭間全域へと響き渡った。
 そして、聴き惚れるだけにとどまらず、さらに不思議な現象が上乗せされる。
 ふわふわと、ひとりでに、桜の花びらが浮かび始めたのだ。
 一枚、また一枚と、宙に舞う桜の花びら。
 乃愛の歌を聴いて喜び踊るかのように、花びらたちが、宙に浮かぶ。

「すげー」
「綺麗」

 乃愛を中心に、乃愛を囲うようにして、ぐるぐると旋回する桜の花びら。
 その光景は、夢か現か、わからなくなるほどに美しいものだった。
 そこらじゅうを埋めていた花びら、その全てが宙に舞って踊る。まるで、絵本のワンシーンのような柔らかな光景。
 乃愛は、歌によって宙に浮かばせた桜の花びらを、そのまま、大きな袋の中へ入るように誘導していく。
 聞き分けのよい花びらたちは、乃愛の歌声に従い、それぞれが自らの意思で袋の中へ。
 過去に試したことはなかったが、これは "操作" 能力の一種だ。
 歌により、物質に魂を宿らせ、意のままに操る、いわば、言霊のようなもの。
 普段、乃愛は、どうしようもない悲壮感に襲われたとき、自らの心にこの能力を使う。
 過去や、未来への不安など、あらゆる不安要素によって、アンバランスになってしまう心。
 脆く儚く、弱い部分。この歌声は、そんな、心の疲労にも効果がある。すーっと気持ちが楽になるのだ。
 いつも、自分にしか使ったことがなかったがゆえに、うまくいくのかどうか不安ではあったけれど、
 どうやら、この能力は自分以外にも、その効果を発揮するようだ。
 もう少し精度を上げ、応用を利かせれば、もしかすると …… かなり便利な能力として重宝することになるかもしれない。
 例えば、この歌声に、弟の治癒魔法を乗せてみるとか …… 試してみたいことは、山のようにある。

 そんなことを考えながら、歌を続ける乃愛。
 乃愛は、ただ歌っているだけなのに、みるみる、花びらが片付いていく。
 さっきまで、絶望的だったのに。いつになったら終わるのか、その目途がまったく立たない状態だったのに。
 綺麗な歌声と、本来の姿へと戻っていく時狭間。それらを目の前にして、梨乃たちは、ただただ、酔いしれた。
 いつしか自然とわきおこる手拍子。もはや、それは、乃愛の独壇場。即興のステージと化していた。
 だが、その中で、ただ一人。
 笑ってはいるものの、どこか不安そうな表情を浮かべている人物がいる。

(気のせい …… じゃねーよな、やっぱ)

 海斗だ。
 海斗は、違和感を拭えずにいた。
 他の仲間たちは、誰も気づいていないようだが、海斗だけは、それを感じ取った。
 歌う乃愛の横顔。その表情に、いつもと違う "大人びた" 印象が、やたらと漂っている。
 キョトンとしたり、へにゃっと笑ったり、おっちょこちょいだったり、かと思えば、うるうると目に涙を浮かべたり。
 百面相のように、コロコロと表情が変わる。そういう、いつもの無邪気な乃愛は、そこにいなかった。
 海斗は、それが不安でたまらない。何の根拠もないけれど、なぜか、不安でたまらなかった。 
 なぜだろう。なぜか、乃愛が、手の届かない場所、遠くへ行ってしまったような気がして。

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 CAST:

 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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